神鉄鎧人形 その三
カルが加わったことで、戦局は大きく動いた。攻撃の手が一人分増えただけではあるが、それだけで神鉄鎧人形の守りをどうにか突破出来るようになったからだ。
具体的に言えば、ジゴロウの拳と私の魔術、そしてカルの尻尾や爪を三枚の盾で防ぎ、ウスバの斬撃を剣で弾く間に茜の刃が核を削っている。防御を崩すのにかなり苦労しているものの、ようやく安定して核にダメージを与えられるようになった。勝利への道筋が見えてきたのではないだろうか?
キュイーーーーン!
「おや?」
「むぅ…」
「魔術か!」
神鉄鎧人形はここに来て新たな攻撃方法を追加してきた。それは合体する前と同じ、鎧の隙間から放出する魔術であった。核が三つあるからか、合体前に使っていた三つの属性を全て使えるらしい。
しかもそれらをローテーションすることで、ほぼ途切れることなく魔術を使い続けている。セバスチャンは合体前で対応に慣れているので問題はなかったのだが、防御を崩す役割であるジゴロウ達はダメージ覚悟で前に出なければならない状況にあった。
「赤が光った」
「ッシャオラァ!」
ただし、どの属性の魔術が何時放たれるのかを見切る方法はある。それは胸に填まった核であった。赤の核が光ると炎属性の、緑の核が光ると風属性の、そして青の核が光ると水属性の魔術が放たれるのだ。
事前に属性がわかるのは大きく、炎に高い耐性を持つジゴロウが遠慮なく突撃可能になる。奴が炎を噴射する瞬間こそ、こちらにとって最大の攻撃チャンスなのだ。
「しかし、これでは時間が掛かりすぎですね…。ふふふ、イザームの切り札は見せてもらったのですから、私も一つ見せて差し上げましょう」
「ボス、あれ使うの?」
ウスバは私の魔術を切り裂いた黒い剣を構えると、グッと力を込める。すると刃に亀裂のような模様が入ると、そこからグジュリという湿った音と共に…何かの肉が滲み出るようにして現れた。
その肉はどこに隠されていたのかと思いたくなるほどに膨張していき、ウネウネと蠢く巨大過ぎる触手のようになった。その表面はピンク色でヌラヌラとした粘液に包まれていて、所々にギザギザの牙の並んだ口があった。
その口からは剣と同じく黒い色の舌が伸びているのだが、その表面には無数の眼球がある。眼球は人間らしきものから猛禽類や爬虫類のもの、さらに昆虫の複眼種類は多岐にわたっていた。
それらがギョロギョロと獲物を探すように小刻みに動いているのは最高に気味が悪い。何なんだ、あの趣味の悪い武器は!?
「ふふふ…元の持ち主はNPCの冒険者パーティーですよ。どうやら古い遺跡の調査に向かった帰りだったようで、そこの発掘品ですね。それを奪い取った戦利品です。武器の本質についての詳細は教えませんが」
「やっぱり可愛くない…」
「ありゃ?なァんかデジャブが…いや、余計なこたァ考えねェ方がいいわな」
愛しそうに肉の表面を撫でるウスバと、嫌悪感を隠そうともしない茜。二人の対比は緊迫した状況にあっても面白かった。ジゴロウは何か気になることがあったようだが、頭を振って雑念を振り払ったようだ。きっと映画か何かで似たものを見たのだろう。
巨大の触手となっても重さは変わっていない上に判定的には剣のままなのか、ウスバはこれまで通りの精密で素早い速度でこれを振り下ろす。ビタンという肉が打ち付けられた音が響くが、神鉄鎧人形はこれを盾で受け止めた。
しかし、それはどうやら悪手だったらしい。触手状の肉塊は盾を舌で絡めとって牙で食い付き、ガリガリとそれに齧り付いていたのだ。盾と直接触れていない口からも不気味な舌を伸ばして絡み付かせて逃げられないようにしている。何と言うか、『絶対に捕食してやる』という強い執念すら感じた。
剣の力を解放する前に茜が嫌そうな顔をしていたが、あれは力を公開することへの懸念ではなくて単にあの触手が気持ち悪かったかららしい。気持ちはわかるよ、うん。初めてミケロを見た時も中々の衝撃だったが、あの剣に比べれば可愛いものではないか。
閑話休題。恐ろしい速度で盾を食らっていくウスバの剣だったが、神鉄鎧人形の対応は流石だった。捕まった状態から抜け出せないと見切りをつけたのか、盾も爆発させたのである。
「ふふふ…ごちそうさまでした」
神鉄鎧人形は三つの核を輝かせて失った盾を再構築していくが、盾の爆発は全く意味をなしていなかった。何故なら爆発する瞬間に膨張したウスバの剣が盾を完全に取り囲み、爆風すらも食べたからだ。
口から垂れている舌にある眼球は全て恍惚の色に染まっている。強力な武器に関心が向くと同時に、あまりにもグロテスク過ぎて気味が悪くもあった。古代の遺産…他にもろくでもないものが沢山ありそうだ。
盾の再生は流石に一瞬では終わらないので、今は盾の数が減っている状態だ。まさに攻めの好機である。私とウスバで盾を引き受け、カルの尻尾が剣を力で叩き潰し、茜の剣とジゴロウの拳が核を襲う。阻止するべく神鉄鎧人形も暴れるが、セバスチャンの盾捌きによって大剣による攻撃は防がれていた。
ギギ…ギギギギギ!
茜が地道に蓄積させていったダメージによって、核は傷だらけになっている。その内の一つである青い核にヒビが入った時、核鉄鎧人形に再び異変が起こる。鎧の色が漆黒に染まると鎧の隙間から毒々しい色の霧を噴射した。
「【煙霧魔術】だと?ここからは複合魔術も使ってくるのか!」
二つの属性を組み合わせた魔術、つまり奴の持つ属性なら【煙霧魔術】、【爆裂魔術】、そして【雷撃魔術】だ。【煙霧魔術】なら中にいると持続ダメージが入る霧を発生させられるし、【爆裂魔術】ならダメージと同時に吹き飛ばしも可能。そして【雷撃魔術】は魔術の発生が速くて回避が難しい…戦術の幅が一気に広がった。
これは流石にセバスチャンの負担が大きすぎる。毒対策のアクセサリーを持っているからか、彼は毒霧を浴びても平然としていた。しかし、あれが酸霧だったらジワジワと体力と装備の耐久度を削られていたことだろう。
どうする?防御役をカルにやってもらうか?いや、そうするとカルは死んでしまうかもしれない。かと言ってセバスチャン一人に任せていては回復が間に合わない。私の【魂術】は持続時間が長く、効果時間中にジワジワと回復させるタイプだ。なので回復速度に優るダメージを受けてしまうとジリ貧になってしまうのだ。
回復ポーション同じタイプの回復方法で重複もするので、服用すれば回復速度をさらに上げることも可能だ。もう使っているのだが、今ですらセバスチャンの体力は削られ続けている。このままでは倒す前に彼の体力が尽きてしまうだろう。
「イザーム様、私のことはお気になさいませんよう。私にも奥の手はありますので」
「…わかった。このままの調子で仕留めきるぞ」
小揺るぎもしない彼の口振りから嘘でも何でもなく勝算があるのだと信じてこのまま戦うことにした。ただし、完全に任せきりという訳には出来ない。よし、後で怒られるかもしれないが…やってみようか!
「悪いな、兄弟。誘雷針」
「あだっ!?おい、兄弟ィ!何しやがン…アバババッババッ!?」
私は誘雷針をジゴロウに突き刺す。すると神鉄鎧人形から放たれた時、その雷撃は全て彼へ向かって迸った。するとバリバリと感電したように痙攣した。
「…ありゃ?ダメージが全然ねェぞ?」
「兄弟、自分の特性を忘れたのか?」
ジゴロウにダメージはほぼない。それはジゴロウには雷の耐性もあるからだ。これで【雷撃魔術】は彼に肩代わりさせれば良さそうだ。私は何時【雷撃魔術】を使われてもいいように、再び誘雷針をジゴロウに差しておこう。
その間に盾の再生は終わったらしく、再び三枚体制で守りを固め始めた。しかし、再び振るわれたウスバの触手剣が再び捕食しようと迫る。それを拒否するように盾は高速で回転させて弾いた。
おいおい、そんなこと今までやらなかっただろうが!盾を破壊することへの対策もされているということか。だが、ウスバは慌てず騒がず落ち着いて触手剣を素早く振るう。
盾の捕食こそ出来ていないものの、肉塊の力は強大でぶつかるだけでも盾は軋む音が鳴り響かせた。一撃ごとに盾が歪み、ベコベコに凹んでいく。ただし、盾を歪ませるのはウスバだけではなかった。
「ハッハァ!負けてらンねェなァ、カル坊!」
「グルオオオオオオッ!!!」
ウスバによる想定外の力業に触発されたのか、ジゴロウとカルも咆哮を上げながら盾の破壊を狙っていた。ジゴロウの剛拳とカルの尻尾が盾を歪ませ、既に致命的なヒビが入ったかと思うとほぼ同じタイミングで盾を砕いた。
「いよっしゃァァァ!」
「グオオオン!」
「喜ぶのはそこじゃないだろ!?核を狙え!ウスバ、盾は私に任せろ!」
「おう!そうだったなァ!」
「ええ、お任せしますね?」
「星魔陣、呪文調整、砂刃!」
手段と目的が入れ替わりつつあったジゴロウ達を叱責して、一気に畳み掛ける。私が魔術を片っ端から連射して盾を押さえ付け、セバスチャンが右手の大剣を防ぎ続ける。その間に三人と一頭は左手の剣を回避しながら核へとありったけの攻撃を叩き込んだ。
カルの尻尾が核の填まっている胸部装甲を千切るように斬り裂き、ジゴロウの拳とウスバの触手剣、そして茜の剣が核へと正確に突き刺さって致命的な亀裂を入れた。パラパラと核の欠片が溢れ落ち、その部分から魔力と思われる靄がシュウシュウと吹き上がった。
神鉄鎧人形は力が抜けたように膝をつくと、両手に持っていた剣を手放して床に落とす。そして浮かんでいる盾もガランガランと音を立てて墜落した。これは…勝ったのか?
いや、勝利のアナウンスはまだだ。ということはまだ決着はついていないということ。それは全員がわかっているようで、我々は一度集まって油断なく構えていた。だからこそ、敵の変化に気が付いたのである。
「何だァ?まァたピカピカし始めやがって…」
「ふふふ、こう言うときのお約束は…」
「…自爆?」
いやいやいやいや!三人ともちょっと余裕かまし過ぎじゃないですかね!?ボスエリアには障害物はないし、逃げ道もない。間違いなく凄まじい爆発が起きるだろうから、生き延びられる自信はない。どうすればいい…!?
「お任せください」
「セバスチャン?」
口には出さずに内心で慌てていた私だったが、全員の前にセバスチャンが守るように盾を構えた。彼が大盾の持ち手を捻るとその下部から固定用のアンカーボルトのようなものが延びる。これを床に突き刺した。
「使用条件、全て達成済み。奥義発動、『万年郷の護国城壁』」
セバスチャンが呟くと、突如として彼の盾の前に巨大な城壁の幻影が発生する。半透明の、しかし非常に立派な城壁に目を奪われたのも束の間、神鉄鎧人形は視界を焼くような大爆発を起こした。激しい光と暴力的なまでの轟音が、我々の視覚と聴覚を支配してしまうのだった。
次回は5月1日に投稿予定です。




