神鉄鎧人形 その二
ジゴロウとウスバが高笑いを上げながら激闘を繰り広げる中、私達三人はとにかく堅実に戦いを進めていた。その戦術の根幹を支えるのはセバスチャンの防御にある。
両手に別サイズの盾を装備するだけあって、使い分けとそれぞれの使い方が絶妙だ。そのお陰で私と、特に茜は自由に好き勝手に攻撃出来ている。当然敵のヘイトを我々が集めることになるのだが、その調整も完璧にこなしていた。この人、何で執事やってるんだろうか?
「呪文調整、空圧撃…っ!セバスチャン!」
「存じております」
私が【時空魔術】の空圧撃を使ったところ、神鉄鎧人形の盾ごと左腕を圧縮してしまった。それによって左腕が潰れてしまい、予想した通り凄まじい冷気が吹き寄せる。
思っていた以上に盾と左腕が傷付いていたようで、起きないように気を付けていた部位破壊をしてしまった。しかしセバスチャンは声色一つ変えずに対応して凍てつく爆風を防いでみせた。驚くべき反応速度と正確さだ。
「うーん…何か変」
「変、と言うと?」
私の隣に音もなく着地した茜は、首を傾げて呟いた。私は奇妙な点など感じていないが、実際に矛を交えた彼女には何か違和感を感じるようだ。ジゴロウや源十郎にも匹敵するであろう彼女の発言は無視出来ない。私は反射的に違和感について尋ねた。
「剣術、盾術、魔術。どれも高性能で使いこなしてる。でも、それだけ。尖った部分がない」
「強味がない…それが特殊ボスにしては相応しくない、と?」
私の確認に彼女は頷いた。私の主観では十分に強いのだが、確かに特殊ボスという肩書きにしては物足りないような気もする。ならばまだ複数の形態を残している可能性が高い。
だが、今は戦闘中である。思索に耽っている間にも戦況は動くし、呆けていてはセバスチャンに負担がかかる。なので頭の片隅に入れたまま戦闘を続けるとしよう。
「ブッ壊れろやァ!」
「ふふふ…装甲の傷も直りますか。しかし、何かを消耗していますよね?」
ジゴロウが怒鳴りながら神鉄鎧人形の頭部を蹴って歪め、ウスバが鎧を切り刻んでいく。歪みや傷も破損部位と同様に修繕していくが、それには何らかのリソースを消費している。なので二人は部位破壊よりもとにかく傷を付けるような戦い方に変更しているようだった。
ブウゥゥーーン…
そうして消耗させ続けていると、三体の神鉄鎧人形の核が同時に発光し始める。ジゴロウと戦っていた個体は赤色に、ウスバと戦っていた個体は緑色に、そして我々と戦っていた個体は青色に輝いていた。
色は明らかにそれぞれの持つ属性に対応している。それよりも問題は発光が始まった途端にこちらの攻撃が通じなくなったことだ。強制イベントというヤツだろうか?
仕方がないのでその時間を使ってこちらも立て直しを図る。私は全員に【付与術】や【魂術】をかけ直し、他の面々もポーションを呷ったり武装を変更したりと忙しく準備を整えていた。
「なっ!?」
「何だァ?」
その間も神鉄鎧人形の輝きは徐々に強くなり、それがピークに達した瞬間に三体の神鉄鎧人形はバラバラになってしまった。我々は驚き、同時に困惑しながらことの推移を見守るしかない。
バラバラになったパーツは宙に浮かんでいて、天井の近くを漂っている。最初はただ浮かんでいるだけだったが、天井の中央に浮かぶ三つの核が集まってから変化が訪れる。その他のパーツが核を中心として円を描くように動き始めたのだ。
最初はゆっくりと、しかし徐々に速度を増してパーツは動く。まるで金属の嵐とも言うべき速度に達したところで円は集束してパーツが一気に組み上がり、一つの形を成した。
現れたのは、身長が倍ほどになった神鉄鎧人形だった。ただし、その胸には三つの核が埋まっていて両手に一本ずつ剣を持つ二刀流である。ただ左手の剣はこれまでと同じなのだが、右手の剣は二本の剣が合体したらしい。より分厚く、長い大剣と化していた。
攻撃特化かと思いきや周囲を二枚の盾が浮遊していて、これが自動的に防御するようにも見える。まさに攻防一体と言うべき出で立ちだ。
また、いままでは鏡面のように磨かれた鎧の表面にはとても細緻で美しい装飾が施されている。完成された芸術品を前にした神々しさにも似たものを抱いたが、私はこれが非常に危険だということを知っている。FSWにおいて武具の装飾は飾りではなく、何らかの効果を付与することになるからだ。
「第三形態は合体、ですか」
「ありがちっちゃァありがちだよなァ」
獲物が一体になってしまったことを不服に感じているかと思ったが、ジゴロウとウスバは楽しげに笑いながら此方に合流する。一騎討ちが出来なくなったことよりも、強敵との戦いへの興奮が勝っているのだろう。
合体の最中も例の輝きに包まれていた神鉄鎧人形だったが、その強さはだんだん弱くなっている。フワリと着地した時には、完全に輝きは失われていた。ここからは攻撃が通用する、と解釈していいだろう。
「行くぜェ!」
「ふふふふふ」
その瞬間、ジゴロウとウスバは弾丸のように飛び出した。そして示し合わせたかのように左右から挟撃すると、ジゴロウは脚目掛けてローキックを、ウスバは首と胴の隙間を狙った突きをお見舞いする。だが、浮遊していた二枚の盾が間に割り込んでそれを防ぎ、逆に此方へと突撃して来た。
「防御いたします…ぐっ」
「セバスチャン!?星魔陣、呪文調整、闇槍!」
勢いを乗せた大剣の一撃は、セバスチャンの鉄壁の防御を揺らがせるほどの威力を誇っていたらしい。盾で受けた彼は一瞬だけ体勢を崩したものの、踏ん張って耐えていた。
無理はさせられないので、援護するべく私は反射的に魔術を放つ。しかし、それは三枚目の盾によって防がれてしまった。浮いている分、どこから攻撃しても割り込める盾がこれほど鬱陶しいとは!
だが、これで三枚目の盾を使わせることに成功した。その隙に懐へ潜り込んだ茜の剣が核へと伸びる。しかし、彼女の剣は左手の剣で払われてしまった。
誰も決定打を与えられなかったが、それはあちらも同じこと。浮遊する盾を迂回して駆け付けたジゴロウとウスバからの攻撃を高く跳んで避けると、我々と距離をとった。
「反応が速ェ。ちっとばかし手こずりそうだなァ」
「盾を破壊するのが最優先でしょうか?ふふふ、それはそれで面白そうですがね」
「むー、もっと速く突かないと…」
合体直後とほぼ同じ状態に戻ったわけだが、敵の実力の片鱗を見た戦闘が大好きな三人組はご満悦だ。ジゴロウは言葉とは裏腹に顔はニヤけているし、ウスバは仮面の下から不気味な笑い声で分析している。
茜は一見すると不満そうだが、これは戦いそのものではなく自分の動きに納得が行かないだけらしい。後ろに下がってからゆっくりと素振りをしてイメージトレーニングをしている。ストイックなんだなぁ、と感心してしまった。
「セバスチャン、行けるか?」
「お見苦しい姿を曝してしまい、申し訳ありません。防御方法を修正しますので、問題はないかと」
私は心配から尋ねたのだが、セバスチャンは慇懃な態度でそう答えた。いや、見苦しい何て思っていないし、むしろ踏ん張って防ぎきったことを称賛したいくらいだ。
セバスチャンは問題ないと言う。私は盾を使った防御に関しては完全に門外漢であるが、彼の腕前が一流なのはこれまでの戦闘でよく知っている。彼が大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
「異論はあるだろうが、ここからは核をしっかり狙うようにしよう。だが核はしっかり守られている。だから私とジゴロウ、ウスバの三人で防御を崩すぞ」
「いいねェ。楽しめそうだァ」
「ふふふ、重要な役割ですねぇ」
「セバスチャンは大剣を防いで欲しい。茜は抉じ開けた隙に核を狙ってくれ」
「かしこまりました」
「うん」
作戦は決まった。三枚の盾と防御にも使えるらしい剣を三人で抑え、セバスチャンが攻撃を引き受けている間に茜が核を破壊するのだ。長丁場になることを覚悟し、どっしりと構えて挑もう!
◆◇◆◇◆◇
それから約五分ほど戦闘を行ったが、一つだけ言いたい。手が足りない!とにかく、攻め手が足りないのだ!
「むー!」
「だぁーッ!クソッ!悪ィ!抜かれちまったァ!」
このように、茜が懐に踏み込んだとしても盾か剣が割り込んで核への致命的なダメージは防がれてしまう。代わりに他の部分にはダメージが蓄積しているのだが、このペースでは我々の体力や魔力が尽きてしまうだろう。
五人で厳しいならば【召喚術】で下僕を呼びたいのだが、すぐに蹴散らされる雑魚を呼んだところで焼け石に水だ。それに召喚中は魔力の最大値が減少するのも良くない。解決策は…一つだけ残っているか。
「ウスバ、茜、セバスチャン。今から見るものについて、他言無用で頼む。従魔召喚!」
「グルゥ?グルルル…」
私は【召喚術】によって下僕ではなく、従魔であるカルを召喚した。床に現れた魔法陣の中から迫り上がるように現れたカルはお昼寝中だったようで、眠たげな表情で鎌首をもたげて周囲を見渡している。
ボスエリアに召喚出来るかどうかは若干不安だったものの、上手く行ったらしい。当のカルは状況が飲み込めていないようで、私に鼻先を寄せて甘えてくる。その姿は可愛いが、今はそれどころではない。戦闘に参加して欲しいのだ!
「カル、あの敵と戦うのにお前の力が必要だ。わかるな?」
「グルル?…グオオオオオン!」
目を見ながらそう言うと、カルは表情を引き締めて雄叫びを上げる。そして部屋の天井まで飛翔すると、神鉄鎧人形に向かって尻尾を叩き付けた。
無論、盾によって尻尾は防がれてしまった。だが、そこへ私とジゴロウとウスバが襲い掛かる。私の魔術とジゴロウの拳を盾で防ぎ、ウスバの剣は剣によって弾かれた。しかし、これで茜を阻むものは何もない。
「ここっ」
「防ぎます」
彼女の剣は蒼い核に突き刺さり、私の位置からでもハッキリと見える傷跡を残した。核を狙われるのはやはり問題であるらしく、神鉄鎧人形は大剣を薙いで彼女を叩き斬ろうとする。しかしその間に割り込んだセバスチャンが、円盾と大盾の両方を駆使して受け流した。
「良く来たなァ、カル坊!」
「…流石に驚きましたね。まさか龍を従えているとは」
「カッコいい。秘密にするから後で乗せて」
「若様に隠し事をするわけには参りません。ですが、若様以外に他言は致しません」
…セバスチャン、正直だな。まあ、いい。同盟を組むかもしれない相手なら、そのくらいの情報はくれてやってもいいだろう。さあ、新たな味方も加わったところで反撃開始だ!
次回は4月27日に投稿予定です。




