イベントの迷宮 その二
「ハッハァ!どんなモンか、見せてもらうぜェ!」
現れた鉄塊魔導人形という新たな敵に向かって、ジゴロウは躊躇なく突撃していった。いつものことなので、私は無言で【付与術】で強化を施す。最近は進化によって敏捷は十分になったようで、筋力と器用を強化するように頼まれている。私は言われた通りに彼を強化した。
飛び掛かったジゴロウは、鉄塊魔導人形に拳を叩き込む。のっそりとした速度で腕を掲げて防がれたものの、ジゴロウの拳は激しい金属音を立てて腕にめり込んでその形の窪みを作った。
「ほほぅ?見た目通り、かなりのパワーですね」
「装備のお陰でもあるのだがね。その装備も兄弟の実力で手に入れたものだ」
ジゴロウの攻勢はそんなものでは止まらない。振り下ろされる鉄の拳をギリギリで回避しながら後ろに回り込み、ローキックを膝に打ち込んだ。再び耳をつんざく金属音が迷宮に響き渡り、膝の部分が変な方向に曲がってしまった。
バランスを崩して転んだ鉄塊魔導人形はうつ伏せに倒れてしまった。両手を使ってどうにか立ち上がろうとするが、ジゴロウがそれを許すわけがない。彼は背後から上に乗ると、その拳を連続で更に叩き込む。
「硬ェがよォ!遅すぎンだよなァ!」
私なら一撃で即死してしまいそうな連打を、鉄塊の身体は耐えられなかったらしい。鉄塊魔導人形はジゴロウの圧倒的な打撃によって粉砕されてしまった。一応援護はしたが、ほぼ何も出来ずに終わったぞ。次はもう少し役立てるようにしたいものだ。
「ほぼ素手でボディの方を壊しますか。凄いですね…攻撃力なら獅子志士に匹敵するでしょうね」
「動きも無駄がない。戦ってみたい」
PKコンビは感心したようにジゴロウを見ている。鉄の塊である鉄塊魔導人形の身体を粉砕したジゴロウの強さを見て、強者を狩るという本職の血が滾るらしい。ダメージは入らないとは言えイベント中の、それも迷宮攻略中に挑むのはやめてくれよ?
ちなみに獅子志士というのは『仮面戦団』のメンバーで、獅子の仮面を付けた大剣使いだ。最初は『しししし』と読むのかと思ったが、『ショーン』と読んで欲しいと言われた。本人曰く、「『し』が四つで『しよん』、これを呼びやすくして『ショーン』」らしい。いや、凝り過ぎて分かりにくいわ!
閑話休題。とにかく『仮面戦団』の中で最もパワーに優れていそうな獅子志士に匹敵する攻撃力、加えて格闘の技量とあの速度を両立させているからこそジゴロウは我がクラン最強の二人の片割れなのだ。
「ボディの方、と言うからには核の方を壊すことも出来るのか?」
「壊すことも出来ると言うより、核を狙うのが主流ですね。明確な弱点ですし、ボディについた傷は核からの魔力供給で時間経過によって直ります。そして何より、相当な攻撃力がないと金属の塊を壊すことは出来ませんから」
弱点を狙うのは基本中の基本だ。私なら迷わずそうするし、そもそも金属の塊を拳で粉砕する方がおかしいのである。ウチのクランならジゴロウ、源十郎、エイジ、カル、あと従魔と融合したセイなら可能だろうか?
従魔を含めて二十名そこそこのクランなので、今の倒し方が可能なのは全体の四分の一。そして可能なだけで簡単に出来ることではない。ジゴロウはいとも容易くやってのけたが、こう考えるとやはり難しいのだろう。
「勝利、おめでとうございます。身体の破壊に成功されましたので、特に良いアイテムがドロップしております」
我々が会話している間に剥ぎ取りを済ませていたセバスチャンはそう言って私に何かを差し出した。見ればそれはあの鉄塊魔導人形の胸に填まっていた球体である。これは一体何なのか。早速、【鑑定】をしてみよう。
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魔導人形の核(大) 品質:可 レア度:S
魔導人形の心臓部である核。その中でも大きなもの。
魔石をベースに稀少な素材を組み合わせて作成されている。
器となる人形に使用することで、忠実な魔導人形として再利用出来る。
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魔導人形の核!これを使えば簡単に魔導人形が作成可能ということか!これはアイリスとしいたけ、特にしいたけが絶対に欲しがるアイテムに違いない。彼女は連日イベントエリア行っているらしいので、必死になって回収しているのかもしれない。
音沙汰もないし、相当集中しているらしい。一報入れてくれれば集めるのに協力するのに…
「ドロップアイテムは他に何があるんだ?」
「魔導人形の核を破壊して倒した場合と、身体を破壊した場合で異なります」
「と言うと?」
「前者では身体を構成していた金属のインゴットと魔導人形の核の欠片が、後者では今回のように状態の良い魔導人形の核がドロップすることが判明しております」
「加えるなら核を破壊した時、金属は数はランダムでもドロップするのは確定ですね。破片はレアドロップのようです」
なるほど。倒し方でドロップが変化するのはこれまでもあったことだ。金属が欲しいなら核を狙って攻撃すればいいし、核が欲しいなら身体を壊してやればいい。核が欲しいのに身体を破壊する火力がない場合でも、破片を集めればどうにかなるのだ。
「破片…【錬金術】辺りを使って核に出来そうだ」
「ふふふ、よく知ってますね?」
「知っているとも。【錬金術】が使えるからな」
「【錬金術】も使える魔術師…案外少ないのですが、いない訳ではありませんね」
聞けば人類の間では魔術師の役割は魔術による攻撃や補助であって、【錬金術】に関しては錬金術を専門とする生産職に任せるのが一般的だとか。私の場合も本を読んでみた結果習得しただけで、最近はサボり気味ではある。腕の良い錬金術師が仲間にいるから、わざわざ私がやる必要がないからだ。
せっかくの能力を腐らせるのはもったいないので、これからは少しずつやっていこうと思う。イベントのフィールドには薬草もあるだろうし、久々にやってみるか。
「おゥ、兄弟!喋ってねェで進もうぜェ」
「ん?ああ、そうだな」
戦いを求めるジゴロウに催促される形で、私達は再び迷宮の攻略を開始した。出てくるのは必ず一体で、しかも鉄塊魔導人形ということはあるまい。さて、鬼が出るか蛇が出るか…
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【知力強化】レベルが上昇しました。
【精神強化】レベルが上昇しました。
【時空魔術】レベルが上昇しました。
新たに空圧撃、自己時間操作の呪文を習得しました。
【時空魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。
【虚無魔術】レベルが上昇しました。
新たに魔力武器生成、虚滅の呪文を習得しました。
【虚無魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。
【付与術】レベルが上昇しました。
【符術】レベルが上昇しました。
【魔法陣】レベルが上昇しました。
【鑑定】レベルが上昇しました。
【暗殺術】レベルが上昇しました。
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迷宮には魔導人形しか出現していない。最も多いのは鉄塊魔導人形である。次に多いのが鋼鉄魔導人形、そしてレアな敵として属性を持つ金属で出来た魔導人形だった。
しかし、その種類はまさに多種多様である。その姿形、そして大きさは個体によって異なっていた。最初に戦ったような巨人タイプもいれば、普通の人類とほぼ同じ大きさのマネキン型、狼や熊などの動物型、珍しいものなら掌サイズの小鳥型や昆虫型も存在していた。
魔導人形の大きさに比例して、得られる核の大きさも変化していた。今のところ最も大きいのは最初に得た「大」で、そこから「中」、「小」、「極小」の四種類ある。自分達で魔導人形を作る時、ちょうど良い大きさの核が必要となるようだ。
しかしここと言い『槍岩の福鉱山』と言い、最近はロボットっぽいモノと縁がある。これは天が私にロボットの兵団を作れと言っているのだろうか?
下らない妄想はさておき、戦闘をこなすことでレベルも上がって新たな呪文も覚えた。空圧撃は【時空魔術】で初となる攻撃魔術だ。指定した座標を中心とした球状の範囲を圧縮して潰すのだが、消費魔力が多いからか発生が早くて威力も高めである。使いやすいし、これから頼ることも多くなりそうだ。
自己時間操作は一風変わっていて、能力などの再使用に必要な時間を減らす効果がある。これを聞いて最初は強すぎないかと思ったが、そこまで美味しい話ではない。これを発動すると徐々に魔力を消費しながら再使用に必要な時間の経過が少しだけ速くなるのだ。
つまり、使ったからといって【龍の因子】のような強力な能力を即座に再発動出来る訳ではないのである。しかも発動中は他の魔術を使えなくなる上、時間経過の速度も一割増し程度なので誤差の範囲だ。
…まあ、探索へ出掛ける前にもうすぐ使えるようになりそうな能力があれば使うくらいでいいのか?ハッキリ言って戦闘中に使える代物ではない。
【虚無魔術】にも二つの呪文が増えている。魔力武器生成は魔力によって無から武器を生み出す術だ。作成可能な武器には一覧があって、その中から選んで作り出すことになる。
ただし、武器の攻撃力は使用者のレベルと【虚無魔術】のレベル依存する上に、生産職に作ってもらった武具には圧倒的に劣る。なので魔力武器生成で作った武器をメインに据えるのは無謀であろう。急場凌ぎには使えるかもしれないが。
そして最後の虚滅だが…有り体に言って自爆魔術である。全ての魔力を消費して、敵と味方を巻き込んで全てを消滅させるらしい。味方もガッツリ巻き込むので、敗北必至な状況で『死なば諸共』の勢いで使うしかない。
私の場合、【生への執念】によって一度だけ使っても自分だけ助かると思う。しかし体力はほんの少ししか残らず、しかも魔力を全て失った状態の私に何が出来る言うのだ?巻き込まれた者が生き残っていた場合、あるいは範囲の外に敵が残っていた場合には確実なる死が待っているだろう。
空圧撃以外どれも使いにくい!しかし、特定の条件下ならば使えないこともなさそうだ。私に使いこなせるだろうか…?
「宝箱もあって、結構儲かりましたね。五人で山分けでもプレイヤーを狩るよりも実入りは良いですし」
「そりゃあPKの方が儲かるなら、このゲームは世紀末と化すだろうよ」
ウスバのぼやきに、私は苦笑しながら答えた。ウスバは滅多にフィールドや迷宮を訪れないらしい。ではどうやってやりくりしているのかと問うと、一部のNPCから受けられる暗殺や破壊工作のクエストの報酬で賄っているそうだ。
そう言えばアイリスとしいたけが賞を貰ったイベントで、ウスバがNPCの商人と一緒にいたというの情報を掲示板で見かけた気がする。きっと、依頼で繋いだ伝手という奴なのだろう。
「マップが使えないから確定ではないが、ここが一番奥のようだな?」
「はい。この扉の奥でボスが待ち構えております」
「扉のデザイン、前と一緒」
ボス前の扉は常に同じであるらしい。攻略する側としてはわかりやすくて助かる。
「ボスの情報は…」
「ンなモン聞いたらつまらねェだろォ、兄弟?」
「…と言うことだから言わなくていい」
「かしこまりました」
ジゴロウは彼らしい言い分と共に扉を開けていく。私は諦念と共に何かを言いかけたセバスチャンにそう言って、私本人は聞いておきたかった情報を得るのを断念する。そんな私を見てウスバはケラケラと笑い、茜は武器を抜いて戦闘体勢に入っていた。
何が来るのかはわからんが、このメンバーならば突破は容易だと思う。よし、やってやろうか!
次回は4月19日に投稿予定です。




