洞窟探検 その五
勝った。勝った…んだけど、なんだか呆気なかったな。こう、もう少し苦戦すると思ったのだが。
それにあの死霊道士はボスの類いでは無かったようだ。ボスを倒したのなら、何らかのインフォが流れるハズだからな。いや、仮にボスだったとしても中ボスだったのだろう。そもそも、この洞窟にボスがいない可能性だってあるのだ。過度な期待は禁物だぞ。
取り合えず、この隠し部屋にはこれ以上敵はいないようだな。だったらここをしっかりと漁ってから出ていくとしよう。どうしてしっかり漁るのか、と疑問に思うかもしれない。その答えは、彼らのドロップを見れば解るだろう。
――――――――――
古びた僵尸の札 品質:劣 レア度:R
僵尸を作るための札。経年劣化により状態は良くない。
死体に貼り付けることで、僵尸として使役出来る。
古びた道士の礼服 品質:劣 レア度:R
ここより西の地からやって来た道士の正装。
格闘戦を考慮され、見た目よりも動きやすい。
――――――――――
これが僵尸と死霊道士のドロップアイテムだ。これ、絶対に【死霊魔術】が関係してるだろ。なら、私でも僵尸を作れるに違いない。その為の資料があるかどうかを調べるのだ。
それに連中は西の地からやって来たらしい。その土地についての情報も手に入るかもしれない。言語が異なるかもしれないが、そこは【言語学】があればどうにかなる…はずだ。
「イザーム、これは?」
五人で手分けして物色していたところ、ルビーが何かを見つけたらしい。一体何があったのだろうか。
「何か、紐で括られた竹?の束なんだけど…」
「ち、竹簡だと?何て古風な…実物は初めて見るぞ」
そう、竹簡だ。木や竹に文字を書き、それを紐で繋げて巻物のようにして保存する、日本や中国のおいて史実で使用されていた本の原型である。竹製なのが竹簡、木製なのが木簡だ。しかしこんなものを登場させるとは、運営のこだわりを感じるぞ。
「中身は…うん、虫食い状態だが読めるぞ」
竹簡は多少の経年劣化が見てとれたが、読めないことはない状態だった。中身をざっと読んだところ、思った通りに書いた者は【死霊魔術】、それも僵尸作成を得意とする一族の出身者だったようだな。祖国で何かあったようで、一族郎党で逃げて来たとのことだ。
ならばこの資料には【死霊魔術】以外の魔術についての記述があるかもしれないな。余人には単なる竹の束だが、私にとっては一抱えの宝の山のようだ。
だが、じっくり読むのは後にしよう。他にも幾つか見つかった竹簡と木簡をインベントリに入れた私達は、一度ここでログアウトすることにした。何だかんだで探索と調査で結構時間を費やした。休憩するべきだろうな。
今回も休憩の順番はさっきと同じで良いだろう。先ずは私とジゴロウが残る。今回は護衛の召喚獣のいるから特にやることは無い。ならばこの辺で新しい魔術について見ておこう。
【虚無魔術】の魔力妨害ね。これは発動すると術者を中心として敵味方関係なく魔術を失敗しやすくなるフィールドを展開する術だ。
いやいや、使えないから。発動すると術者も使えなくなるみたいだし、魔術師泣かせ過ぎるだろ。これ、ジゴロウや源十郎が覚えるべきじゃないか。
新たな呪文が使えないことはわかった。そうなるとまたもや手持ち無沙汰になってしまう。そうすると我々は自然と闘技大会の観戦を初めるのだった。
「初日の優勝は…勇者君か」
闘技大会が開催されているコロシアム、その電光掲示板っぽい魔道具にデカデカと勇者君ことルーク氏の名前が表示されている。ひどいネタバレもあったもんだ。
「妥当だろ。技量も中々だけどよ、それ以上に武器と防具が違うからな。ありゃあ多分、神さんから貰ったって噂の聖剣と『蒼月の試練』の突破報酬だぜ」
「ああ、彼らもクリアしてたんだったな」
しかし、ジゴロウからすれば当然の帰結らしい。まあ、少し考えれば当然か。
鬼畜難易度である『蒼月の試練』。それをクリアした報酬がどれほどのものか、私達は身を以て知っている。というか、お世話になっている。ジゴロウが中々と評価する技量と武具がアレならば負ける訳がない、か。
「そういう意味じゃぁ、今日が一番面白ぇかもな。アイツと仲間の女共は二日目にはエントリーして無かったからよ」
「そうだったのか。…いや、当然か?絶対にモメるだろうしな」
闘技大会の初日が個人戦なら、二日目は二人一組になって戦うペア戦だ。三日間の内、参加出来るのは二つの競技だけなので、勇者君は初日と三日目のパーティー戦に出るのだろう。それが無くとも彼の場合、出場しようものなら女性陣の誰と組むかで絶対に揉め事が起きるだろうから大会規定はグッジョブかもしれないな。
「それで、どうだ?誰か面白そうな相手は見つかったか?」
「いんや、どいつもこいつも普通の域を出ねぇな。画面小さくして個人戦の決勝トーナメントでも観るわ」
「そうか、わかった」
ペア戦は今、予選が行われている。そのやり方は初日と同じでバトル・ロワイアル形式だ。互いに背中を預けあって戦う様子は素人である私の目には見応えがあるのだが、ジゴロウには物足りないようだ。
それに観る限り魔術を参考にさせて欲しい使い方をしているプレイヤーはいない。だったら私も画面を小さくして別のもの…そうだな、掲示板でも読むとしようか。
「個人戦…はいいか。決勝トーナメントに残った魔術師はいなかったようだし。なら、読むべきはペア戦の実況スレか…ん?」
闘技大会実況スレを読み流していると、ペア戦における予選第一試合の話題が何度も出ている事がわかる。『無双ゲー』やら何やら、圧倒的な蹂躙劇が行われたらしい。誰が何を行ったのだろうか?
現在はペア戦の予選第七試合なので、予選第一試合のハイライトは視聴可能になっている。少し視てみるか。
「ええっと…どういう…こ…と…!?」
あー、うん。何が起こったのか、私の目に映ったままを話そうか。まず、一組だけ浮きまくっているペアがいた。片方はジゴロウが高評価を下していた長物使いの女性だ。個人戦とは違って、使っているのは斧槍だな。そして彼女の相方なのだが…馬だ。
そう、馬なのである。鎖帷子状の馬鎧を纏った立派な白馬だったのだ。それに騎乗して颯爽と登場したのである。
え?これっていいのか?と皆が思ったようだが、なんとその馬はプレイヤーなんだとか。人外だが魔物ではないプレイヤー、という訳だな。
それからの試合はというと、掲示板にあるようにまるで無双ゲーのようだった。余りゲームをやらない私でも知っている、歴史上の人物で雑兵を薙ぎ倒して行くアレだな。
闘技場を縦横無尽に駆け回りながら振り回される斧槍が軽戦士を両断し、白馬の体当たりが重装甲の戦士を吹き飛ばす。
また、馬は魔術を取得しているらしく、それも使って的確に馬上の彼女をフォローしていた。正に、鎧袖一触とはこの事だと謂わんばかりの光景だ。
想像してほしい。馬、それも専用の鎧まで着装しているものの威圧感を。それが魔術を放ちながら、自動車並みの速度で近付いてくる姿を。
一般人でそれに対して冷静に対応出来る者が何人いるというのか。少なくとも、私は無理だ。腰が抜けるに違いない。
VRゲームで騎兵の恐ろしさを見せつけられる事になるとは。これは優勝候補なんじゃないのか?ジゴロウにも教えてみよう。
「ジゴロウ、ちょっと良いか?」
「あん?何だ?」
「ペア戦の予選第一試合、そのハイライトを視てみろ。面白いものが観られるぞ」
「へぇ、どれどれ…っ!ククククク!スゲェな、この女!まさかこんな隠し芸があったとは!」
ふふふ、ジゴロウも気に入ったようだ。食い入るように彼女の戦いを見始めたぞ。
「これが決勝トーナメント…本戦でも通用するかどうかだな。本戦に進める奴ってのは程度の差こそあれ、対応出来るだろうからな」
「それはそれで楽しみが出来たんじゃないか?」
「ま、その通りだな」
さて予選を見物し続けるのも良いが、今は別の暇潰しに向いたものがある。それは何かって?そりゃあ結構見つかった木簡と竹簡だ。これにはどんな事が書かれているのかね?
◆◇◆◇◆◇
――――――――――
これまでの行動経験から【符術】スキルを獲得しました。
新たに僵尸化を習得しました。
【考古学】レベルが上昇しました。
【言語学】レベルが上昇しました。
――――――――――
おおー、これは興味深いな。大体全部読み終えたが、中々に濃い内容であったぞ。
まず彼らが何者なのかだが、その経緯が記された日記がある。ここより遥か西にある『アクアリア諸島』という地域の『華』という国の出身らしい。そこで彼らは秘伝の【死霊魔術】と【符術】を用いて歴史の影で暗躍していたのだが、政変によって祖国を追われたのだという。
しかし、たどり着いたこの地では【死霊魔術】は禁術だった。それを使いこなす彼らは迫害され、更には賞金首となって指名手配されたのである。
そして唯一生き残っていた日記の著者は世界を呪いつつ己を不死化し、回収出来た一族の死体と共にここに隠れ住む事にしたそうだ。そう、それが我々と戦った死霊道士だな。
彼らのバックストーリーは救われない話ばかりで少し滅入ってしまう所があったが、西にアクアリア諸島という他の陸地が存在する事と、そこにはいくつか国家があるという情報をもたらしてくれたな。それにその他の書籍は様々な秘伝書ばかりでとても有意義だった。
私が求めていた【死霊魔術】の新たな技能として僵尸化を手に入れたぞ。今度ちょうどいい死体があったら使ってみるか。そして僵尸化の際に必要不可欠なお札を作成する【符術】も獲得出来た。僵尸化以外にも使い道は無数にあるようなので、非常に期待が高まるな!
あと、地味に【考古学】と【言語学】のレベルが上昇している。どうやら異国の古い書物に挑戦すると経験値にボーナスが加わるらしいな。有り難いことだ。
それに、書物の中には私以外のメンバーにとっても有用なものが幾つもあった。それは格闘術や各種武器術の奥義書であったり、特殊な金属の鍛造法であったり、暗器の使用法であったりする。皆、どれかが役立つだろうな。
おっと、もうこんな時間か。そろそろ三人も戻ってくるだろう。ログアウトの準備をしなければな。
◆◇◆◇◆◇
ログインしました。思った通り、ジゴロウは源十郎と一緒になって闘技大会を見物している。しかし、個人戦の時のような齧り付いてでも、という必死さは感じられなかった。何故だろう?聞いてみるか。
「二人は何があったんだい?」
「あ、お帰り。あの二人、ペア戦は見所があんまり無いからちょっと白けてるっぽいよ」
「あれ?馬に乗って暴れてた女性がいたんじゃなかったっけ?」
掲示板でも盛り上がっていた『無双ゲー』の如き蹂躙劇。あのプレイヤーなら観ていて退屈しないのでは?
私の疑問の意図を汲んだのか、ルビーとアイリスは苦笑いをしている。何があったのだ?
「その人の試合何ですけど…最初の突撃で全部終わってるんですよね」
「本戦が?」
「うん。一方的だし、何よりも止めようってガッツの無いプレイヤーばっかりでつまらないんだってさ」
「そう、か。残念だったな」
うーむ、平和を享受してきた一般人に人馬一体の突撃、それも騎馬が魔術を放ちながらのそれは荷が勝ちすぎだったようだな。余りにも一方的すぎて、逆に優勝候補筆頭である彼女の出ない試合の方が盛り上がるという謎の状態に陥っているのだとか。強すぎる、というのも大変だな。
「なら呼べばすぐに出発出来そうだな。ルビー、呼んでくれるか?」
「任せなさい!」
私の頼みに元気な返事をかえしつつ、ルビーは戦闘狂共のもとへと向かった。
「あの、イザーム。お聞きしたい事があるんです」
「何かな?」
「この探索行はどこまで行くのかなって」
当然の質問だな。洞窟探索の目的は普通のプレイヤーがいない時間を狙ったレベル上げだ。私のレベルもそうだが、三人は進化という目に見える成果があったので主目的はもう果たしたと言っていいだろう。なのでここで引き返しても問題は全く無い。
ただし、時間的な余裕はまだ十分ある。闘技大会の二日目はまだ終わっておらず、今すぐに引き返すと時間が余ってしまうだろう。なら、可能な限り冒険するのが最も楽しいのではないだろうか?
だが、これは私の意見であってそれを押し通すつもりは全く無い。皆が帰りたいのなら話し合った後で帰ればいいのだ。
「時間が許す限り冒険する、というつもりだったのだが…もう引き返すか?」
「あ!そうじゃ無いんです!」
アイリスは慌てたように触手を左右に振る。帰りたいわけでは無いのか。じゃあどうしたのだろう?
「私、戦うのとか苦手で前にやってたゲームでもほとんど街に引き籠って生産ばっかりしてたんです」
それなりに有名になったし、そういうプレイ方針も楽しかったんですけど、と言いながら彼女は続ける。
「けど魔物アバターになって、戦わないといけなくなって。でも頼れる相手もいなくて。正直、イザームからの返事が無かったら一度アカウントを削除しようと思ってたんですよ?」
「それは…」
私はなんと言っていいか解らずに言葉を詰まらせる。
「でもイザームやジゴロウと会って、ルビーと源十郎って仲間も出来て。今日なんて皆で冒険に出てる。それがとっても楽しいんですよ。だから、この冒険がもう終わっちゃうのかなって」
なるほど、むしろ終わってしまうのが惜しいのか。そう言って貰えると誘った私としては非常に嬉しいものだ。だからこそ、彼女に言っておかねばな。
「どんな冒険にも終わりはあるさ。当然、この冒険にも。でも、また機会はある。何度でも、冒険を楽しもうじゃないか。皆で、ね」
「うん…そうですね!」
アイリスは照れ臭そうにしながら明るくそう言った。私の陳腐な励ましだったが、それなりに効果はあったらしい。うん、心機一転して探索を続けるとするか!
ヒロインちゃんは素直ないい子です。尚、見た目はヤバい模様。
長物使いには相方がいます。なので、ヒロイン化はしません。あしからず。
因みに、主人公達の倒した死霊道士はリポップしません。明らかに中ボスでしたが、ボスではありませんし。それに世界観的に何度も戦える方がおかしいですしね。
こういう敵はゲーム内に結構いて、攻略組も既に何体か倒しています。通称はユニークエネミー。
なのでこの事は一般的に知られています。実入りがいいので、トップ層には血眼になって探している者がいるほど。そんな事をしている間にレベル上げをした方が強くなれるのですが、『唯一』という言葉の誘惑には誰もが弱いのです。




