ロボットの正体は…
戦いの火蓋を切ったのはロボットの方だった。左手の連弩からボルトをマシンガンのように連射しながら、後ろに向かって飛び退る。まずは様子見、ということだろうか。
「私が防ぐ!星魔陣、石壁」
五枚の石壁を正面に作り出すと、ガガガッと小気味良い音を立てつつボルトが突き刺さった。私の動体視力では回避不能な弾速だが、威力は然程高くないのか貫通すらしていない。しっかり防御用の魔術を展開すれば問題はな…
ボカアァァン!
「うわー!爆発したー!」
「榴弾みたいなボルトが混ざっているようですね」
訂正しよう。問題はあった。爆発するボルトが混ざっているようで、一度の爆発で石壁が三枚も爆散してしまった。思っていた以上に威力は高そうだ。
チッ、これは厄介だ。この広間は障害物になるものが無く、撃ち放題である。隠れるべく障害物を設置しても、直ぐに破壊されてしまうだろう。
「カルに負担を掛けるのは忍びないが、エイジが居ない今は仕方がない。悪いが全員の盾になってくれるか?」
「グオオオオッ!」
カルは任せろと言うように雄叫びを上げながら、翼を広げつつ鱗を逆立ててロボットに向かって突進する。そんなカルに向かって、私は【付与術】で防御力を徹底的に上げた。
爆発は【爆裂魔術】の一種かもしれないが、カルの【破滅龍鱗】は属性に対する耐性が最初から高い。その耐性を信じつつ、ミケロの回復で体力を維持しながら前線を張ってもらうとしよう。
カルという大きな的に向かって、ロボットは射撃を開始する。爆発しないボルトは固い鱗が弾き飛ばし、爆発するボルトもその衝撃でよろめかせることは出来てもそれだけだ。カルは臆することなく突撃して間合いを詰めていく。
「アタシも頑張らなきゃねぇ!」
「動きを止めます!」
カルが前に出て攻撃を一身に受ける中、迂回するようにロボットの右斜め後ろから兎路が襲い掛かり、アイリスの触手が脚部を絡めとろうと迫った。少なくともどちらか一方は入る。そんなタイミングであった。
「キュイィーン」
「ぐっ…!やるじゃない」
「脚部に仕込み武器が!」
しかし、ロボットは間接を無視した動きによって右腕を大きく回して兎路の剣を防ぎきり、捕らえようと巻き付いたアイリスの触手を脚部から現れたチェーンソーのような刃が切断した。かなり気味の悪い動きだが、これがロボット本来の強みなのかもしれない。
迎撃された兎路は猫のように空中で身体を捻って着地する。アイリスの触手は直ぐに再生しているから戦闘に支障はない。相手が一筋縄では行かないことがわかっただけ良かったと思おう。
「【黒光の魔眼】、【浄滅の魔眼】」
「星魔陣、呪文調整、雷矢」
だが、これくらいで我々の攻勢は止まらない。ミケロの目から放たれる光線と私の魔術は防ぐことが出来ずに直撃する。ダメージは微々たるものだったので、恐らくは属性への耐性が高いのだろう。
だがロボットの装甲の直撃を受けた部分は確かに歪んでいる。攻撃そのものは効いているようだ。ならば【虚無魔術】で攻めるのが一番効果的だろうか?
「グオオオオオッ!」
後ろへ飛んでいる最中に魔術を受けたロボットに、カルは押し倒すようにしてのし掛かった。カルの爪は装甲を切り裂くかと思ったが、かなり頑丈なのか爪は食い込むことすらない。それだけではなく、ロボットはカルを正面から受け止めて耐えているではないか!
これが二脚ならば背中から倒れていたのかもしれないが、ロボットは四本の脚で踏ん張っている。ギシギシと軋んだ音を立てていて、徐々に押し込まれているようにも見えるので、純粋なパワーではカルの方が勝っているのだろう。何よりも大切なのは動きを止めたことだ。ここで一気に攻め立てるぞ!
「キュイイィーン」
「ガアッ!?ガオオオオオオオオッ!!!」
ここが勝機だと我々が一斉に攻撃を仕掛けようとした時、ロボットは両肩の武装を展開した。右肩からは毒々しい色の霧が噴射され、左肩からはレーザーが発射される。
カルは苦しんでいるようだったが、怒りに任せて口から【龍魔術】の光弾を連射した。至近距離から放たれた光弾がロボットを襲い、激しい爆発を起こした。
バシュ!バシュ!
ロボットは背中からワイヤーのような者を射出して広間の天井に突き刺すと、それを巻き上げて上へと離脱していた。表面の装甲は歪み、所々融解して無惨な状態になっている。カルも毒によって力が入らないのかグッタリとしていた。
「治療します!」
「頼む!やるぞ、アイリス!ウール!」
「はっ、はい!」
「メエェ~」
すかさずミケロが治療を始め、遠距離攻撃が可能な我々は天井に張り付くロボットを攻撃する。相変わらずグネグネ動く右腕で魔術や投擲物のほとんど防ぐが、三人分の攻撃には耐えられずに幾つか直撃させることが出来た。
「アタシも居るわよ、っと!」
その間に壁を駆け上がった兎路が、ロボットを固定しているワイヤーを断ち切った。支えがなくなったロボットは自由落下するが、四本の脚で何事もなかったかのように着地する。見た目は既にボロボロだが、まだまだ動けそうだ。
ロボットは連弩をカルに向けると、これを再び連射し始めた。私は急いでカルとミケロを守る魔術を展開したが、長続きはしないだろう。早く治療を終えてくれ!
「これならどうだー。メ゛エ゛ェ~!」
ウールには何か策があるのか、何時もとは異なる声色で鳴き始めた。普段は長閑な気持ちにさせてくれる彼の鳴き声だが、この声は違う。何と言うか、耳から頭の中を引っ掻き回されているかのような感覚に陥る最悪のノイズなのだ。
別にダメージや状態異常に掛かった訳ではないのだが、兎に角不快な音に私たちは思わず耳を塞ごうとする。しかし兎路はともかく、耳にあたる部分の無い私とアイリスとミケロは耐えるしかなかった。
ビキキッ!
ただ、ノイズに耐えた甲斐はあったらしい。ウールが鳴き始めた直後、ロボットの装甲にヒビが入ったのだから。後程ウールに何をしたのか尋ねた所、彼の現在の職業である吟遊詩魔になった時に覚えたて能力の一つだそうだ。
口から出す鳴き声によって、直接攻撃出来るようになったのである。これまでのウールは基本的にサポートしつつ、隙があれば魔術で援護していたのだが、これからは二つある口の片方でサポートしながらもう片方で攻撃することも出来る。やれることの幅が広がったのは目出度いことだ。
閑話休題。ウールのお陰でヒビが入ったロボットの装甲に兎路の曲刀が振り下ろされる。どこか故障でもしたのか、ロボットの反応が遅れて右腕で防ぐことは出来なかった。
本来ならロボットの装甲はカルの爪を弾くほどの硬度だった。だが、度重なる攻撃を受けて激しく損傷している上に、相手は我がクランでも一、二を争う器用さを誇る兎路だ。しかも鳴き声による攻撃を終えて、ウールが再びステータスを上げる歌を歌っている。そうなると、やることは一つであった。
「ここっ!双閃舞!」
「回収します!」
兎路は武技によってロボットの装甲に入っている亀裂をなぞるように双剣を奔らせる。すると装甲の一部が剥離し、それをアイリスが触手を伸ばして素早く回収する。これで万が一にも自己再生可能だとしても修復には時間がかかることだろう。
表面の装甲の裏には布が張り付けてあったようだが、兎路の斬撃によってそれも切り裂かれる。その内側には機械の回路が入っている…と思っていたのだが、私の予想は外れてしまった。
「何だ、これは?」
「金属…でしょうか?」
装甲の内側に入っていたのは、金属の光沢を放ちながらもプルプルとゼリーのように震える物質だった。装甲が破壊された部分からその物質はズルリと地面に落ち、それと同時にロボットは糸の切れた人形のようにけたたましい音を立てて崩れてしまう。まさか、ロボットの本体はこのメタリックな粘体のような存在なのか…?
「そう言えば【鑑定】はしたの?アタシは能力を持ってないから出来ないけど」
「はっ!忘れていた!」
「わ、私もです!」
私としたことが、何時もは真っ先に行う【鑑定】を忘れてしまった!それはアイリスも同じことだったらしい。キビキビと動くカッコいいロボットと遭遇した興奮から、冷静さを失っていたのである。
地面の上で怯えるようにプルプル震えるメタリックな粘体を私は【鑑定】してみる。すると驚くべき結果が表示された。
――――――――――
名前:ダ・ロゥ・ヤー
種族:鉱人 Lv42
職業:操縦士 Lv2
能力:【体力強化】
【筋力強化】
【器用強化】
【剣術】
【弓術】
【砲術】
【鎧術】
【採掘】
【操縦】
【変形】
【高速治癒】
【物理耐性】
【魔術耐性】
【鈍足】
――――――――――
「め、鉱人…だと…!?」
衝撃の事実である。今まで戦っていたロボットこそ、探していた鉱人だったのだ。ひょっとして、最初に【鑑定】していれば戦闘を回避出来たのでは…?もしそうなら完全に私のミスである。
私は大きなため息を吐いてから武器をしまった。そしてポケットに入れていた例の手形を取り出すと、丸まっている鉱人の前まで歩み寄ってこれを見せた。
「君は鉱人だね?私はイザーム。君達に会うためにこの山を訪れたんだ。これを見て欲しい」
「…?…!」
銀色の半球体になっていた鉱人は私が見せた手形を見るとプルプルと再び震え始め、変形して話に聞いていた通りの体長一メートル程の三頭身の人型になった。鉱人は短い脚を動かして近付き、凹凸もパーツも無い顔で手形を確認した。
「これ、知ってる。外の人の、絵」
「ああ。ナデウス氏族からいただいたものだ」
「…!言葉、わかる!?」
鉱人はボーイソプラノのような美しい声で驚いたように叫んだ。見た目からは想像もつかない美声に驚きつつ、私は頷いた。すると鉱人は私を見上げ、ローブの裾を引っ張った。
「言葉、わかる!凄い!外の人、言葉、わからない」
「これは…【言語学】の効果ですかね?」
「きっとそうね。アタシ達は聞き取れるのに疵人にはわからない理由はそれくらいしかないわ」
他の人類モドキ達がそうであったように、彼らも当たり前に人の言葉を使えるものだと思っていた。だが、そうではなかった。言葉が通じないからこそ、彼らはナデウス氏族と会話出来ず、故に無口だと言われていたのだろう。
目の前の鉱人、ダ・ロゥ・ヤーは余程他の種族と会話出来たことが嬉しかったのか、ピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。名前だけでは彼なのか彼女なのかもわからないが、コミカルな動きで可愛らしいのは確かだ。
「君のロボット…いや、鎧か?壊してしまって悪かった。怪我をしているなら我々で治そう」
「大丈夫。ダ達、すぐ治る。戦術殻、消耗品。壊れたけど、平気。換えはある」
何でもないことのようにダは言ってのけた。鉱人は一人称が自分の名前で、あのロボット風の鎧は戦術殻と言うらしい。一人称については個人差があるかもしれないが、もしも種族全体がそうなら可愛らしい文化である。
戦術殻についてだが、消耗品で失っても気にする必要のない程度の装備で換えは沢山あるのか。戦術殻を着たダはカルと互角に戦えるほど強かった。本人のレベルは50にも満たないのに、である。鉱人って、実はこの大陸で突出した戦力を保有しているのでは?
「外の人、ダ達を探す?」
「あ、ああ。その通りだ」
「なら来る。お前達、言葉通じる、外の人。皆歓迎!」
私が鉱人の軍事力の高さに戦いていると、ダは意気揚々と歩き始めた。私達は顔を見合わせると、取り敢えずダについていくのだった。
次回は3月26日に投稿予定です。




