喧嘩両成敗
「ぎゃああ!?」
「ぐぼっ!?」
恐ろしい速度で踏み込んだジゴロウは、その大きな拳で一方的に講釈を垂れてきた青年の左右にいた者達を連続で殴り飛ばした。このイベントではプレイヤー同士でダメージを与えることは出来ない。だが、衝撃で吹き飛ばすことは可能であるらしい。青年と同じように、二人も後方へ飛んでいった。
「な、何しやがる!?」
「あァ?喧嘩吹っ掛けたのはテメェらだろォがァ。お望み通りにボコボコにしてやるぜェ」
残った二人もそれぞれの武器を抜いたが、突如として振るわれた暴力に及び腰になっている。一方でジゴロウの方は完全にヤる気満々だ。
「菱魔陣、遠隔起動、爆弾」
「「がああああ!?」」
よし、吹き飛ばすのがアリなら行ける思った。ジゴロウにばかり意識を向けていたので、私への注意が散漫になっていたらしい。炸裂した魔術の爆風をモロに食らった者達は吹っ飛んで行った。
実際なら頭が爆散していてもおかしくない衝撃だっただろうが、ダメージはないので五人は全員無事である。むしろ虚仮にされたとあって怒りに燃えているらしい。怒声と共にこちらへ向かっている。よし、手早く付与をすませよう。
「…付与は終わりだ。兄弟、私は何人受け持てば良い?」
「必要ねェ…が、一人は譲ってやるぜェ。おお、そう言やァ二人で暴れるのは久々だなァ!」
「確かに、お前と二人だけというのはアレ以来ほとんどなかったか」
アレと言うと、もちろんファースの北の山での一件である。あの事件の時から三人だったし、直後に源十郎とルビーを仲間に迎え入れたので我々二人というのは案外なかったのだ。
私は杖を一旦しまいこんで、代わりに大鎌を取り出した。どうせダメージを与えられないのなら、こちらの方が戦い易いと考えたからだ。普段なら戦い難くとも魔術を優先させたかもしれないが、今日は気分が昂揚しているらしい。あの時のことを思い出したからかもしれない。
駆けてくる男達に向かって、ジゴロウは正面から突っ込んだ。先頭にいたリーダーらしき青年は構えるが、その脇を通り過ぎて後ろの者達に殴りかかる。どうやら、このリーダーの青年を私にやらせるつもりのようだ。
しかし、私の方など振り向きもせずに青年はジゴロウに背後から斬りかかる。おいおい、無視してくれるなよ。
「ふんっ!」
「だあっ!?この野郎!」
無防備な背中に私が一撃入れると、青年は苛立ったように私を睨む。そうそう、こっちを狙えばいいのだ。
「魔術師の癖に、俺とやろうってのか!?」
「何だ、魔術師相手に負けるのが怖いのか?それは残念だ」
「調子に乗んな!」
安い挑発に面白いように引っ掛かった青年は、怒りと苛立ちのままに剣を振り回す。冷静さを欠いているからか、その太刀筋はかなり荒い。ステータスにものを言わせているだけで、ジゴロウや源十郎のような怖さと鋭さは全く感じなかった。
なので落ち着いてよく見れば、その剣を受け流すことなど容易い。それに攻め方が力押しばかりで、虚実織り交ぜたフェイントなどは使ってこない。防ぎきるだけなら私の集中力が続く限りは可能だろう。
「何で当たらないんだよ!」
「そりゃあ当たらないように防いでいるからね」
「バカにすんな!百烈突き!」
ここで青年は武技を使用してきた。凄まじい速度で突きを繰り出す強力な武技で、全て当たればかなりのダメージを見込める大技である。
ただし武技はある程度自由は利くものの、基本的に決まった型通りの動きを強制される。例えば【鎌術】の三連斬なら、どの方向から斬るかは調整可能だが、三回斬る動きを途中でキャンセルすることは出来ない。これがジゴロウと源十郎が自己強化系以外の武技を使いたがらない所以であった。
このように動きの自由が利かなくなる武技だが、素人でも腰の入った動きをすることが可能なので普通のプレイヤーは当たり前のように使っている。むしろ我々の中でも二人は少数派で、残りは武技を常用していた。
「おっと」
しかしながら、私でも知っていることだが強力な武技とは得てして発動中に大きな隙を晒すものだ。青年の使った百烈突きは強力だが、百回の刺突を終えるまでは動きに大幅な制限が加わる。
そのことを知っているなら簡単だ。大きく後ろに下がるだけで回避しつつ、相手の晒した極大の隙を突き放題になるのだ。
「あっ!?」
「流石に私のことを舐めすぎだろう、それは」
なので大技の武技を使う時は、攻撃の隙を突くか敵の体勢を崩してからが基本となる。このレベルになってそれを知らないわけがないので、単純に私のことを格下だと見下して油断しているのだ。
素早い速度で、だが虚空を何度も突き続ける光景は中々にシュールだが終わるまで待つ義理はない。私は右から鎌で青年の足を引っ掛けて転ばせた。武技はキャンセルされ、強制的に動く状態から回復した青年は素早く起き上がって剣を構える。しかし、今度は無闇に突撃することはなかった。
「どうした?来ないのか?」
「クソっ!魔術の使える鎌使いかよ!騙しやがって!」
「うん?私は歴とした魔術師だよ。鎌はただの護身術に過ぎない」
「嘘つけ!ただの魔術師が、俺を転ばせられるか!」
「それは単に筋力と器用を【付与術】で上昇させているからだ。納得したか?」
私は真実を話したのだが、青年は信じていないようでジリジリと距離を詰めるだけだった。ふむ、向こうから来ないのならこちらから仕掛けてみようか。
私は懐から取り出したお札をばら蒔く。それは【符術】で魔術を込めてある私のお手製だ。威力は自分で使うよりも数段劣るが、今は使ってもいいだろう。
「ほれ」
「はぁ!?」
杖を持っていないのに、しかも異なる攻撃魔術が同時に放たれるとは思っていなかったらしい。青年は慌てて盾を構えるものの、驚いたせいで対処が少し遅れた。よし、これで視界は封じたぞ。
「斬首」
「ぐぇっ!?」
盾を上げて私の姿が見えなくなる瞬間、私は短距離転移のお札を使って青年の背後に転移する。そして首に当たれば即死させられる武技を叩き込んだ。
当然、ダメージは入らないし状態異常も効かないので即死はしない。だが、もしこれが普通のフィールドだったらどうだ?この青年はここで死に戻りしていたはずだ。
「敗けを認めるか?」
「認めてたまるかっ!」
「そこまでです」
喉に刃が当たっている状態から振り向こうとした青年だったが、その前に私と青年を制止する声があった。その声を発したのは、我々の間に現れた艶のある球体である。
何の前触れもなく突然現れた球体の内側には、時計盤と五芒星の紋様が浮かんでいる。時計盤の針は動き続け、五芒星は回転しながら大きさも常に変化していた。この二つを聖印とする女神がいることを私は覚えていた。
「『時間と空間の女神』カルフィの関係者ですか?」
「はい、仰る通りです。私はカルフィ様の僕たる天使です」
ふむ、天使が直々に止めに来たと。白光力天使とは見た目が随分異なるが、それは仕える女神が異なるのだから当然か。
それよりも、流暢に会話可能な点にこそ注目するべきだ。私が以前に戦った白光力天使はまるで殺戮機械だったが、その前にイーファ様の伝言を伝えたダンディーボイスな天使は目の前の球体と同じように話していた。この違いは恐らく天使としての格の差だと私は推測している。
つまり、目の前の球体は高位の天使だと思われる。掌サイズと小さく、あまり強そうには見えないが、見た目で判断してはならない。ネナーシのように擬態する者だってこのゲームにはいるのだから。
「刃を降ろしていただけますか?」
「ええ、もちろんです」
「それと…あちらも止めていただけますか?私がいくら言っても届かないようでして」
私がジゴロウの方を見ると、彼は四人の男を圧倒して暴れ回っていた。一人を踏みつけて動けないように固定し、二人の足首を左右の手でそれぞれ握って武器のように振り回し、残りの一人を打ち据えているのだ。
何をどうすればこのような状況になるのかは不明だが、ジゴロウは種族の通り修羅と化していた。出現地点とそう離れていなかったこともあり、様子を伺っていたプレイヤーは戦いてドン引きしている。
私は兄弟分として毎日のように彼の戦いぶりを見ているから慣れているが、常識的に考えればあれが尋常ではないのは重々承知している。それにかなり怒っていたようだし、部外者の声は届かなくても仕方がないか。
「あー…はい。そこまでだ、ジゴロウ!」
「…チッ!こンくれェで許してやらァ」
渋々といった風にジゴロウは両手に握るプレイヤーをゴミを捨てるように放り投げ、踏みつけていたプレイヤーを蹴り飛ばした。扱いの雑さに、彼の燻る怒りの炎を感じる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、滅相も…うおっ!?」
「死ぎゃぶっ!」
私が天使と会話する隙を突くように、青年が斬りかかって来た!鎌で防ぐのも間に合わない状態だったが、弾丸めいた速度で突撃すると槍のように繰り出した前蹴りで青年を吹き飛ばした。た、助かったぞ!
「油断したなァ、兄弟」
「返す言葉もないが、ありがとう。それで天使様、我々を罰するために来たのですかな?」
「端的に言えば、その通りです。理由はご承知のようですね」
「はい。これだけ暴れてお咎めなしで済むとは思っていません」
そりゃあペナルティはあるだろう。これは両者合意の上での手合わせではなく、完全に乱闘である。しかもイベントでのルールがなければ恐らく青年達は全員がリスポーンしていただろう。
つまり、公衆の面前で殺し合いをしていたようなものだ。他者を巻き込んではいないものの、わざわざプレイヤー同士の争いを禁じたイベントで暴れるのは流石に問題がある。これをナアナアで済ませるのは、管理者としての責任を放棄するに等しい。甘んじて受け入れるべきだ。
「ご理解いただけて恐縮です。それでは貴殿方に課すペナルティですが、今日一日の間イベントへの参加を制限させていただきます。具体的にはリアルタイムで今から二十四時間、イベントエリアには入れません」
「…それだけですか?正直、もう少し重たいと思っていました」
ゲームそのものに数日アクセス出来なくなるくらいはあるかと思っていたので、温情のある措置だと言えよう。
「PK行為が不可能な状態にし、何か揉め事が起きればGMコールをすれば良いと通知するだけで問題は起きないだろうと高を括っていた我々の落ち度でもあります。そこを考慮致しました」
「なるほど、そう言うことですか。なら、我々は潔く去りましょう。行くぞ、ジゴロウ」
「はいよォ」
「待てよ!」
温情をかけて貰ったのだから大人しく帰ろうとする私とジゴロウだったが、我々に絡んできた青年が呼び止めた。どうせろくなことを言わないだろうし放置して帰ろう。
「待てって言ってるだろ、このチート野郎共!」
「は?」
「あァ?」
それはひょっとして私達に言っているのだろうか?チートなんぞ使ってないぞ。ジゴロウを疑いたくなる気持ちはわからんでもないが、使っていたら女神の加護などを賜ることはあり得ない。
それに昨今は何重にもチート対策が施されていると聞く。それに二十四時間体制で女神と天使という高度なAIが管理しているゲームで不正など不可能に近い。少し考えればわかるだろうに…言いがかりは勘弁してくれ。
「彼らはチート等の行為は行っておりません。もしそうであれば、ペナルティはもっと厳しいものになっていたでしょう」
「嘘だっ!」
「嘘ではありません。彼らの勝利は彼らの実力による結果です」
「なっ…!」
天使様も保証してくれた。これで邯那と羅雅亜を始めとした仲間達が誹謗中傷を受けることもないだろう。
「それと、貴殿方もペナルティの対象であることをお忘れなく。ペナルティの内容は彼らと同じく…」
「ふっ、ふざけんな!俺達は被害者だぞ!?」
「返り討ちにあっただけではないですか?どちらが先に武器を取ったのかはログに残っています」
それからも青年は長々と抗議するのかもしれないが、我々はさっさと退散しよう。興が削がれたし、何よりもみっともなく支離滅裂な言い訳をする様子を見て悦に入る趣味などない。
そうして我々が去る直前、フレンドからのメッセージが届いていることに気が付いた。誰からかと思えばウスバからで、タイトルは『楽しそうで何よりです』だった。あ、アイツ、何処かから観戦していたのか!
「…まあ、約束は守れる証明にはなったか」
「どうしたァ?」
「いや、何でもないさ」
私の独り言にジゴロウは怪訝な顔をするが、私は適当に誤魔化して帰ることにするのだった。
次回は2月19日に投稿予定です。
ご存知の方もおられるかもしれませんが、GCノベルズ様から拙作が書籍化することと相成りました。2月29日に一巻が発売予定です。
書籍版のタイトルは『悪役希望の骸骨魔術師』となっております。ジョンディー様の描くインパクトある表紙が特徴的です。書籍版だけの追加キャラクターも登場しますので、書店で見掛けたら手にとっていただけると幸いです。




