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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十四章 山海と先住民達
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イベント初日のアクシデント

 理解が追い付いていないらしいルシート殿に、我々がやったことを事細かに説明した。ナデウス氏族と交流したこと、そこで黒壁について教わったこと、風来者として探索に向かったこと、そして壁の向こうにいたボスを倒したこと。これらを順序立ててなるべくわかりやすく伝えたのだ。


 ルシート殿は終始目を皿のように見開いていた。この地域に住む者達にとって、霧の奥深くにある黒壁とその内側から這い出る化け物は恐怖の象徴らしい。それが消えたなど、俄には信じられないようだ。


「すぐに信じてもらえるとは私も思っていません。出来れば他の四脚人(ケンタウロス)の方々と来て下さい。大したおもてなしも出来ませんが」

「…考える時間をいただきたい。よく考え、相談した上で結論を出そうと思います」

「納得するまで考えて下さい。これはお近づきの印です」

「おお、これは美味しそうだ!」


 ルシート殿は即答を避けたが、真剣に考えてくれるようだ。ならば誘った手前、こちらも礼を尽くそう。私は先ほど狩りまくった大岩沢蟹(グレートロッククラブ)の新鮮な食材を渡した。


 ムーノ殿から四脚人(ケンタウロス)は雑食だと聞いているので、きっと喜んでもらえるに違いない。実際、ルシート殿は嬉々として受け取ってくれた。


「それでは、我々はそろそろお暇しようと思います。カル?」

「グオオン」

「カルしゃん、行っちゃうの?」


 私が呼ぶとカルは優しくルシンを地面に降ろした。彼女は悲しそうにカルを潤んだ瞳で見上げている。どうやら短い間に随分と仲良くなったらしい。カルも鼻先を擦るようにして別れを惜しんでいた。


「今はね。縁があればまた会えるさ」

「がいこつしゃん、ほんと?」

「本当だとも。良い子にしていれば、きっとね」

「わかった!ルシン、いいこだから、またあえりゅ!」

「そうだろうね。…ルシート殿、またお会いする日を楽しみに待ってますよ」


 それだけ言って、私はカルと共にその場を後にする。これで図らずも四脚人(ケンタウロス)とコンタクトを取ることに成功した。ならば他の人類モドキとも会ってみたい。


 イベントがすぐそこに迫っているが、クランとしての目標の一つとして提案者するのも良いだろう。そんなことを考えながら、ログアウトするべく帰還した。


「…なあ、カル。あそこに鎮座しているのはシラツキで間違いないよな?」

「グオオン」


 我々が上空から見下ろすと、建物が崩れている場所にシラツキが着陸しているのだ。ここが我々の所有地となったことで、霧の中にも入って来られるようになったのだろう。


 その理屈はわかる。それにあの場所は最初から建物が崩れていたと記憶しているので、シラツキが着地しても問題はない。ただ、誰がここまで運んできたのだろうか?


「イザームー!カルちゃーん!」

「なるほど、アイリスか」


 シラツキの甲板に出てきたアイリスが、上を見上げながらこちらに触手を振っている。なるほど、シラツキは彼女としいたけの工房でもある。宮殿を本格的に拠点にするにせよしないにせよ、商売道具が遠くにあるのはいただけない。


 それにシラツキと中にいるトワも放置するのは可愛そうだ。特にアイリスとしいたけの二人はトワの世話になっているので忍びないのだろう。


 ただ、我々の持ち船が野晒しかつ瓦礫の上にあるのはあまりにも憐れだ。あれは空を航行可能な古代文明の遺産だぞ?収容可能な建物を作るのは急務である。何らかの対策はするとしよう。


 何だか一つの冒険が終わったのに、やらねばならぬことはどんどん増えていく。嬉しい悲鳴を上げながら、私はシラツキの自室でログアウトするのだった。



◆◇◆◇◆◇



 ログインしました。今日から例の無人島イベントが開催されるが、私は参加は最低限にして人類モドキの集落を巡ろうと思っている。関わりが出来れば、我々だけでは広すぎて活用し切れない空間を使ってもらえるかもしれない。今は物悲しい廃墟のような街だが、活気のある場所に出来れば良いなぁ。


「こんばんは。集まっているな」

「よォ、兄弟」

「こんばんは」


 シラツキのラウンジに出ると、ジゴロウと邯那、そして羅雅亜が集まっていた。珍しい三人組である。ログによるとここにいない者達はまだログインしていないか、既にイベントエリアへ向かっているらしい。行動が早いことだ。


「イザーム君も来たんだね。ちょうど良いし、四人でイベントエリアに行かないかい?」

「うーむ…わかった。行こう。その前に、カルは連れていけないから一言声を掛けてくる」


 少しだけ迷った私であったが、せっかく誘われたのに断るのは申し訳ない。それにまあまあ興味があったイベントの初日にログインしているのだから、行きたくなるのが人の性であろう。


 三人に断りを入れてから、私は甲板で寝ていたカルに行ってくると伝える。するとカルは応援するように一鳴きすると、丸まって再び寝始めた。どうやら、今日は眠りたい気分であるらしい。ならば気兼ねすることなく向かえるというものだ。


「待たせて悪かった」

「カル坊はどうだァ?」

「グッスリお休みさ」

「寝る子は育つ、よ。ねぇ、あなた?」

「その通りだね。じゃあ行くかい?」

「そうしようか。おっと、忘れるところだった」


 四人でパーティーを組んでイベントエリアに向かう操作をする前に、私は仮面と杖を別のものに取り替える。両方ともアイリスに作ってもらっていたものだ。


 仮面には三つの目の部分に穴が空いているだけで、それ以外は凹凸もない。ただ空いているスペースにイーファ様の聖印、すなわち頭蓋骨と渦の紋様が描かれている。杖は霧吐き灰樫を削り出したもので、【火炎魔術】、【水氷魔術】、そして【煙霧魔術】の威力に補正が掛かる逸品だ。


 ただし、両方とも性能において『髑髏の仮面』と『蓬莱の杖』とは比べ物にならないほど劣っている。なのに何故こんなものを着けるのか?それは変装のためだ。


 ジゴロウと暴れた事件以来、私の風体は広まっているらしい。ならば無駄に目立つ仮面と杖を被る必要などない。腕と尻尾も隠しておけば、知らない輩に絡まれる可能性は低くなるだろう。ジゴロウ?当時とは見た目が全く異なるので、変装の必要など皆無である。


「それ、変装って言ってもいうのかしら?」

「銀の仮面を被るよりはマシだろう?」

「うん、それもそうだね」

「ということで…ほいっと」


 パーティーリーダーとなっている私と羅雅亜がメニュー画面を操作すると、視界が一瞬だけ真っ白に染まったかと思うと四人で見覚えのない海岸に立っていた。周囲には普段はお目にかかれない普通の人類がたくさんいる。どうやらイベントの舞台へ無事に到着したようだ。


 そんな我々だが、非常に注目を浴びている。ただ、その視線は全て邯那と羅雅亜に集まっていた。それもそのはず、二人は第一回闘技大会、ペアの部の優勝者なのだから。


 二人は有名なクランに所属することなく、さっさと他の大陸に行ってからほぼ行方知れずだった。それがマーカーが魔物に変化していて、しかもどこの馬の骨とも知れない魔物を二匹連れて来たのだ。私とジゴロウに向けられるのは、『あいつらは誰だ?』という訝しむ視線だけだった。


「思っていた通りの注目度だ。二人に話し掛けたそうにしている者達がそれなりにいるが…」

「なら、手筈通りにここからは別行動に移ろう。イザーム君達のことは適当にはぐらかしておくよ」

「面倒を掛ける。ジゴロウ、行くぞ」

「あいよォ」


 こうなることを見越してパーティーを別にしておいてよかった。出現地点で別れると、私とジゴロウは足早に去っていく。後ろから二人は知り合いらしき者達に囲まれて何か話しているようだが、羅雅亜が上手く誤魔化しているようだった。


「おい、アンタら。ちょっと待てよ」

「…何か?」


 だが、何事もなくこの場を後にすることは出来なかったらしい。我々の行く手を阻むようにして、五人のプレイヤーが立ちはだかった。


 装備を見るに、中々レベルが高いようだ。背丈は普通、耳も普通で獣の特徴もない。なので種族(レイス)は全員高位人間(ハイヒューマン)だと思われる。容姿は誰も彼も美形で、キャラクタークリエイトで頑張ったのが伺えた。


 我々は彼らと会ったことはないと思う。ひょっとしたらファースにいた時に北の山で殲滅した者の中にいたかもしれないが、そんなことは一々覚えてなどいないので省こう。ただ、彼らの用事だけは薄々察していた。


「何でアンタらみたいなのが、あの二人と一緒にいるんだ?見たところ大した装備じゃないみたいだが?」

「何故と言われても…別に何も問題はないだろう」

「大アリだ。二人は大会で優勝した、対人戦だとトップレベルのプレイヤーだぞ?アンタらみたいな無名プレイヤーとは住む世界が違うんだよ」

「ほう…」


 先頭にいる男はさも当然のように言い放った。『住む世界が違う』などという台詞を本当に言う奴がいることに、私は驚きを隠せないでいる。本人が良いならそれで良いではないか。


 ただ、彼の言いたいこともわからないではない。我々がトッププレイヤーの脚を引っ張る重石のように映っているのだ。もっと悪く言うなら寄生していると思われているのかもしれない。彼には彼なりの正義感があるのだと思う。余計なお世話だが。


「それで、我々にどうしろと?」

「二人にこれ以上近付くな。迷わ…」

「なァ、兄弟。こいつ、ド突き回していいかァ?」


 ジゴロウはボキボキと指を鳴らして絡んで来た者達を威圧する。彼にしては珍しく、目を細めて睨み付けていた。普段は戦いの最中に敵を口汚く罵ることはあっても、こんな風になることはない。どうやら、随分とご立腹のようだ。


 二メートルを超える背丈に筋骨隆々の肉体、燃える炎のような真っ赤な肌、太くて鋭い立派な角、雷がそのまま髪の毛となったような剛毛、そして全身に走る金色の刺青。強者の風格を放つジゴロウに凄まれれば、見慣れていない者だとやはり狼狽えてしまうらしい。相手も中身は一般人だと思うので、普通の反応ではなかろうか?しかし、戦って得られるものもなさそうなので私はジゴロウを制止することにした。


「止めておけ。戦う意味がない」

「ふっ、ふん!やれるもんならやってみろよ。見た目は御大層だが、どうせ大した腕じゃないだろ?それに魔物のプレイヤーが俺に勝てるわけない」


 絡んで来た青年は少し怖じ気づいたようだったが、ジゴロウに挑発で返した。しかし魔物が勝てるわけがないとは、どういうことだ?


「あん?何でそうなるんだァ?」

「決まってるじゃないか。普通の獣と違って、魔物のプレイヤーは第二陣から出てきたんだぞ。第一陣の俺達に勝てるわけがない」


 何をバカなことをとでも言うように青年はそう言った。そうか、一般的にはそういう認識なのか。我々が隠れて行動していたせいなのだが、それは少し悲しい。まるで魔物プレイヤーは一線級にはいないと言うのが共通認識のようではないか。


「わかったら俺の言うことを聞けよ。あの二人に関わるな」

「断る」


 青年の命令のような要請を、断固たる意思を持って私は拒否した。見ず知らずの、それも魔物プレイヤー全体を貶めるような発現を当然のように公言する、どこの馬の骨とも知れない三下の言うことなど誰が聞いてやるものか。言いたい放題言われて、私も少しだけ頭に来ているのだ。


「おい!今の話を聞いていなかったのか!?」

「聞いていたさ。その上でもう一度言おう。断固として、断る。そもそも『強い方が偉い』『偉い奴の命令を聞け』という考え方が意味不明だ。そもそも、二人のためにと言うのなら直接二人を説得するのが筋だろう?」

「ぐっ!」


 説得するのなら、我々ではなく邯那と羅雅亜のコンビにするべきだ。我々と共にいることのデメリットを説いて納得させられるのなら、それで良いのだから。それが難しいとわかっているからこそ、彼らはこちらに来たのである。


 そして何よりも腹立たしいのは、こいつは格下である我々を軽く脅せば身を引くと本気で考えているところだ。その腐った性根が、甚だ気に食わない!


「大体、君たち方が我々よりも強いという保証がどこにある?言いたいことがそれだけなら、さっさとそこをどいて道を開けろ」

「この野ごはぁ!?」


 私が言うだけ言ってさっさと進もうとした時、青年は剣を抜き放って斬りかかった…ところをジゴロウがぶん殴る。砲弾のような速度で青年は後方へ飛んでいった。


「ヤッベ、つい殴っちまった…」

「はぁ…仕方がない。ジゴロウ、やっていいぞ」

「おいおい、いいのかァ?BANされっかも知れねェぞォ」

「向こうはやる気だ。それに一発殴った後で聞くんじゃない」

「ハッハァ!そうこなくっちゃなァ!」


 あまりにもこちらを舐めきった言葉には、私の堪忍袋の緒も切れている。しかし、まさか刃傷沙汰になるとは思っていなかった。イベントの趣旨でプレイヤー同士の戦闘は意味がないのだが、相手は武器を抜いていてこっちも既に手を出している。もう話し合いで穏便に済ませるのは不可能だろう。


 こうなったら開き直って存分に暴れてやる。これまでの鬱憤を晴らしてやるのだ。そんな勢いで私は杖を構えるのだった。

 申し訳ありませんが、諸事情により次回は2月15日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 偽装スキル無くなるけどいいの?
[気になる点] イザームが銀仮面を装備せずイベントに参加してますが、これだと他者からの鑑定で色々とバレるのでは?それともイベント中は他プレイヤーが鑑定できない仕様?
[一言] 衍字報告 イベントがすぐそこに迫っているが、クランとしての目標の一つとして提案"者"するのも良いだろう。そんなことを考えながら、ログアウトするべく帰還した。 提案者する→提案する
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