四脚人族
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【死と混沌の魔眼】レベルが上昇しました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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結局、私とカルのレベルが一つ上がるまで河原の探索を続けることになった。身体の性能や魔術の威力を実戦で確かめることが出来て満足だ。少し早いが、そろそろ帰るとしよう。
「おや?あれは…」
帰っている途中、上空から地上を見下ろしていると草原を歩く四人の集団を発見した。最初、普通に敵かと思ったので先制攻撃を仕掛けるかとも思ったが、よく見るとただの魔物ではなさそうだ。様々な種類の獣が集まっていて、しかもその全てに人っぽい上半身がくっついている。
これはムーノ殿から教わった、四脚人という人々だ!獣人から変化した者達で、フィールドを家族単位で集まりながら放浪していると聞く。ならばあの集団は一家族ということになる。
「せっかくだし、近隣住人にご挨拶しに行こう。カル、わざと曲技飛行してから少し離れた場所に着地してくれ」
「グオオン!」
「うおおおおお!?速い!速いぞぉ!」
カルは私の面倒な注文によく応えてくれた。凄まじい速度で上昇と下降を繰り返し、ローリングしながら空中で八の字を描く。速すぎるのと想定外の激しい動きで目が回りそうだが、これはこれで楽しく感じるのは完全に慣れだと思う。
カルの巨体でそんなことをするととても目立ったようで、四脚人の家族は全員でこちらを見上げているのを視界の端で捉えた。小さな子供と思われる者は飛び上がってはしゃぎ、大人は警戒したように武器を構えている。うん、想像通りの反応だ。
「グオオオオオン!」
カルは空中を動き回ることに満足したのか、曲技飛行は一分ほどで終えてから指示通りに少し離れた場所に着地してくれた。よしよし、良い子だ。
着地したら今度はゆっくりと、かつ堂々とした足取りで四脚人の一家がいた位置へと歩いていく。カルの足音には重厚感があるので、これだけ演出すれば侮られることはないだろう。
「アレを出しておいて、と」
「止まれ!」
四脚人の一家に近付くと、若い少年が手製の槍を向けて威嚇して来た。下半身と上半身の毛並みから察するに虎四脚人と呼ばれる種族だと思う。威勢は良いが穂先が震えているので、カルに恐怖を感じているようだ。
その後ろにいる男性と女性もいつでも動けるように身構えている。ただ、女性の後ろにいる小さな子供はカルのことをキラキラと瞳を輝かせて見ていた。あの曲技飛行がお気に召したようで何よりだ。
観察するのはこのくらいにしよう。ノッシノッシと歩くカルの背中から私が飛び降りると、少年は驚いたような顔になった。だが即座に表情を引き締めると、私の方にも油断なく注意を向ける。
「待ってくれ、少年。敵対するつもりはない。これを見て欲しい」
私はあらかじめ掌に置いていた『ナデウス氏族の紋入り手形』を彼らに見せる。これは以前、ムーノ殿からいただいたアイテムだ。これを見せれば、ナデウス氏族を知っている大陸の住人は話を聞いてくれるだろうと彼女は言っていた。今こそ、その効果を試す時!
少年は無視して私を睨むが、その後ろにいる男性は納得したように頷いて武器を下ろす。細身だが引き締まった肉体と、基部から後方に少しだけ湾曲した溝のある角が特徴的である。動物の知識に乏しい私では何の四脚人なのかはわからない。山羊の仲間だろうか?
「それが何だってんだ!」
「落ち着け、アバート。この方は敵ではないよ。そうでしょう?ナデウス氏族の友人よ。ムーノ様はご健在でしたか?」
よしよし!子供はよくわからないかもしれないが、大人にはちゃんと伝わっているようだ。
「はい。あと千年は生きるのではないかと思うほどでしたよ、四脚人の方。私はイザーム、こちらはカルナグトゥールと申します」
「これはご丁寧にどうも。私はルシート。この家族の家長です。こっちが妻のアバシン、息子のアバート、娘のルシンといいます」
情報通り、全員が血の繋がった家族であるらしい。ただ、見事に全員が異なる動物の四脚人だ。ルシート殿は先述の通り推定では山羊系であるのに対し、奥方であるアバシンは夫よりも大柄だが温厚そうな美人で、左右に伸びて先端が上向きになっている立派な角が特徴だ。恐らくは水牛の四脚人だろう。
息子のアバートはこちらも先述の通り、虎の四脚人である。そして娘のルシンはフワフワとした柔毛と丸みを帯びた三角形の耳、八重歯のように覗く小さな牙があった。先ほどからずっと尻尾を左右に振っているようだし、犬の四脚人だと思われる。
草食獣から肉食獣の四脚人が産まれていることになる。それ自体は聞いていた通りなのだが、とても不思議な光景だ。
親子の名前から察するに、子供は両親の名前の半分ずつ受け継ぐようだ。親と姿形が大きく異なるので、親子の繋がりを示すためにそういう風習があるのかもしれない。
「お騒がせして申し訳ありません。私とカル、そして仲間達は少し前にこの大陸を訪れたのですが、四脚人の方とお会いするのは初めてでして。少しでも楽しんでいただけるかと空を舞ってみた次第です」
「はっはっは!そういうことでしたか!最初は襲撃かと思いましたが、その割には殺気を全く感じませんでしたから困惑していたのですよ」
「あっ!こら!ルシン!」
私とルシート殿が和やかに談笑していると、我慢できないとばかりにルシンが母親の陰から飛び出してカルの足下に向かった。そして物珍しそうに見上げ、先ほどのように手を伸ばしてピョンピョンと可愛らしく跳んでいる。
「どらごんしゃん!おなまえ、おしぇえて!」
「グルル?」
「ぐるる、ってゆうの?ルシンはね、ルシンっていうの!」
両親と兄が真っ青になっているのを他所に、ルシンは全く臆することなくカルに自己紹介をしていた。恐ろしいとか近付くべきではないとか、そういった考えは全くないらしい。私は苦笑しながら片膝立ちになり、ルシンと目線を合わせた。
銀色の骸骨が近付いても、ルシンは全く動揺していない。不思議そうにこちらを見るだけだ。警戒心が薄すぎるのか、それとも大物なのか…きっと後者に違いない。
「ルシンちゃん、この子はカルナグトゥールというんだ」
「かりゅな…?ぐるるじゃないの?」
「カルは人の言葉を話せないからね。気軽にカルと呼んであげてくれ」
「うん!かりゅ!遊ぼ!」
ルシンはカルの太くて逞しい前足をグイグイ引っ張っている。チラリとこちらを見るカルの目には、隠しきれない期待が見て取れた。ついに劣の文字が取れたとしても、彼もまだ精神的には幼い。小さな子供と遊びたいと思っても、なんら不思議ではないのだ。
「カル、遊んであげなさい」
「グオン!」
カルは一鳴きすると、ゆっくりと頭部を下げてルシンに顔を寄せる。彼女が鼻先を撫でると、心地良さそうに高い声で鳴いた。
ルシンは大興奮でカルの頭に抱きつくと、なんとその上によじ登った。それだけでもかなり楽しそうなルシンに気を良くしたカルは、ゆっくりと彼女を落とさないように注意をしつつ頭を上げた。
「たかーい!すごーい!」
「あ、あのイザーム殿?大丈夫でしょうか?」
「カルは敵には容赦がありませんが、仲間や敵意のない相手には寛容です。それこそ目玉や鼻の穴に指を突っ込むなど、非常識な行為をしない限りは怒りませんよ」
ホッと胸を撫で下ろすルシート殿を尻目に、カルとルシンは別の遊びを始めていた。何とカルの長い首を滑り台にして、即席の遊具になっているのだ。しかもバランスを崩してもいいように、翼を広げて落下防止ネットのようにしている。なのでルシンは安全に遊べていた。
「い、妹が龍で遊んでる…」
「アバート君もどうだい?」
「俺はそんな歳じゃないっ!」
呆然と二人が遊んでいる光景を眺めていたのでそう提案したのだが、アバートはプイとそっぽを向いてしまった。子供扱いされると怒るくらいのお年頃であるようだ。
まあ子供はカルに任せて、こちらはルシート殿との会話を続けよう。ここはナデウス氏族の時と同じように、相手にとって有益な存在だとアピールしなければなるまい。
「ときにルシート殿。何か入り用の物かお困りのことはありませんか?我々に出来ることなら可能な限りお手伝いしますが」
「そうですねぇ…これは私達一家だけではなく四脚人という種族全体に言えることですが、疵人のような定住出来る家が欲しくはありますね」
「家ですか?」
欲しいのなら作れば良いのではないか?私が言葉にはしなかったことを察したのか、ルシート殿は悲しそうに頭を振った。
「私達は他の種族よりも素早く、足場の悪い場所でも活動出来ます。ですが、細かい作業や建築などは苦手でして」
「ははぁ、なるほど」
言われてみれば確かにその通りかもしれない。下半身が他の人類に比べてとても大きい四脚人は、貨物の運搬などは得意だろう。だが、大工仕事などには向かない。家などを作るなら、普通よりも倍以上の強度と大きさの足場が必要となると思われる。
それに彼らが家を持つとしたら、高い天井と広い面積が必要となる。もし彼らが集落を築いたなら、人数に対して広過ぎる範囲を守らねばならない。それは現実的ではなく、そして草原でも生きていける強靭な肉体もあって放浪して暮らしているのだ。
と言うことは、彼らは家が必要ないというよりは家を維持管理するのが難しいから家を持てないということなのか。そうか、それは可哀想…いやいや、待てよ?あるじゃないか、無駄に広くて家が余っている場所が!
「ルシート殿。貴殿は黒壁のことをご存知ですよね?」
「ええ、もちろん。危険な場所です」
「実はあの向こうを我々は占領しまして。家は有り余っているので使われますか?」
「は、はい?」
『霧泣姫の秘都』に誘った私を、ルシート殿は意味がわからないという表情で見るのだった。
次回は2月7日に投稿予定です。




