進化と転職(カル編 三回目)
進化するにあたって、最初に決めるべきは能力を増やすのか強化するのかである。もちろん、私一人で決めたりはしない。カルにも聞いてみるとしよう。
「カルよ。何か欲しい能力はあるか?」
「グオン」
カルは首を横に振ってその意思が無い事を示した。ならば強化の方向で行こう。
「では、どれを強化するかを決めよう。よく使う【牙】は強化したら良いか。もう一つは…そうだな、お前は前線で戦うのが好きだろう?だから生存重視で【体力強化】はどうだ?」
「グオン!」
今度は同意するようにカルは鳴いたので、この二つで決まりだな。それでは進化を開始しよう!
――――――――――
従魔、カルナグトゥールの【牙】が【龍牙】に進化しました。
従魔、カルナグトゥールの【体力強化】が【体力超強化】に進化しました。
従魔、カルナグトゥールが進化を開始します。
――――――――――
「グルル…グオオン…」
カルは雄叫びこそ上げなかったが、低く唸り声を出している。何時も通り古くなった鱗がガラガラと剥がれ、身体は更に大きくなってもう小型バス程にまで成長した。四枚の翼を広げればその威圧感は巨体の時のクロードに勝るとも劣らない。
全体的に鱗の凹凸がより大きくなり、肌を擦り付ければ相手を摩り下ろすことだって出来そうだ。爪や牙もノコギリ状になっていて、肉を引き裂くことなど造作もないだろう。
そして最大の特徴である尻尾はより鋭く、同時により分厚くなっている。もうあれは巨人の振るう巨剣と言っても差し支えない刃渡りだ。これからも強力な武器となってくれるだろう。
狂暴そうな雰囲気はより強くなったものの、やはり甘えたがりなのに変わりは無い。私に頭をグイグイと寄せて来る様子は、小さかった時を彷彿とさせる。今の頭部だけでもあの頃の全身よりも大きいが、未だに可愛いと思ってしまうのは親バカというやつだろうか?
――――――――――
従魔、カルナグトゥールが破滅龍に進化しました。
――――――――――
おお!ようやく劣が外れたのか!ここが龍としてのスタートラインのようなものだろう。これからもガンガン進化して共に強くなろうじゃないか。
進化の後は当然転職が待っている。まあ、カルに関しては何時も通りに種族と同じ名前の職業にしか就くことが出来ないのでこちらは余りワクワクしないのだが。
――――――――――
従魔、カルナグトゥールが破滅龍に転職しました。
転職に伴い、カルナグトゥールの【無魔術】が【龍魔術】に変化しました。
転職に伴い、カルナグトゥールが【龍鱗】が【破滅龍鱗】に変化しました。
――――――――――
ほほう?【龍魔術】に【破滅龍鱗】と来たか。龍だけに許された【無魔術】の進化先らしい。【破滅龍鱗】は【龍鱗】の進化先だ。【虚無魔術】とはどこがどう異なるのか。とても気になる。色々と試してもらうとするか!
「お前も強くなったなぁ…私は誇らしい」
「グルル?」
「フッフッフ、よしよし。では、上がった力を見せてもらうとするか」
私はヒラリとカルの背中に跨がり、共に大空へと飛び立った。獲物を探して飛んでいると、いつの間にか『地を巡る大脈河・中流』という場所に来ていた。
ここは最初にシラツキが停泊した河口を昇った先にあたる場所で、生息している魔物が河口と同じ程度ならばどれだけ強くなったのかよくわかるに違いない。適当に見繕って…よし、あれでいいだろう。
私が発見したのは、河原に生息する魔物の中でも防御力が高い大岩塊沢蟹であった。以前に戦った時には、その強靭な甲殻で我々の物理攻撃を弾いてくれたよ。魔術で仕留めたものの、カルの攻撃すらも通さなかったのはよく覚えている。あの時のリベンジといこうじゃないか!
「カル。あの魔物を全力で不意打ちをかけるぞ。手加減は一切無しでやってくれるか?」
「グオウッ!」
カルは大岩塊沢蟹目掛けて急降下し、空中で一回転しながら尻尾を叩き付けた。その瞬間、メシャッと何かが潰れたような音と共に大岩塊沢蟹の甲殻にカルの尻尾がめり込んだ。
「うわっ…死んでる…?何てパワーだ!」
甲殻を砕いて内部にまでダメージが届いたことで、大岩塊沢蟹は絶命してしまった。奇襲が成功したとはいえ、以前はあれだけ手間をかけさせられた相手を即死させるとは…流石はカルだ!
私は一度河原に降りて、大岩塊沢蟹の肉を貪るカルの首筋を撫でてやる。ボリボリと甲羅ごと喰らう蟹は美味なようで、夢中になって咀嚼していた。
「奇襲の不意打ちでダメージが上がっているとしても、尻尾の威力が段違いだ。うんうん、強く育ったなぁ」
「グルルルル…」
私はポンポンと優しく首を叩いていると、カルが頭を上げて前方を威嚇する。そちらを見ると、そこには三体の大岩塊沢蟹が群れを成して向かってくるではないか。
カルもやる気のようだし、ここは正面から戦って強さを見るとしよう。私も進化してからのまともな戦闘は初めてなので、色々と試させてもらうとするか。
「カル、前衛は任せるぞ。なるべく新しい能力を使ってみせてくれるか?」
「グルッ!グオオオオオオオオン!」
カルは一度頷いた後、勇ましく咆哮して空気を大きく震わせる。【咆哮】と【威圧】を持つカルの、ビリビリと空気を震わせる大音声によって三体の大岩塊沢蟹はその脚を止めてしまった。
動きの止まった相手に向かって、カルは容赦なく攻撃を仕掛ける。爪でハサミを力任せに引き裂き、牙は甲羅に食い込んでそのまま噛み砕いてしまいそうだ。今のカルの物理攻撃力は、大岩塊沢蟹の物理防御力を上回っているのだろう。
しかし、敵も黙ってやられてはくれない。残りの大岩塊沢蟹が左右からハサミで断ち切ろうとカルの両前足を挟み込む。
「グルゥ…グオオオオオッ!」
万力のような力で挟むハサミだったが、カルが吼えると同時にその鱗が起き上がった。ただでさえ鋭利な鱗であるのに、それが起き上がったことで全身から小さなナイフが生えているのと同じような状態になっている。
しかも、カルの鱗はかなりの硬度を誇る。起き上がった鱗は大岩塊沢蟹のハサミにめり込んでいた。ハサミの内側はもうボロボロになっており、カルも激しく暴れているので全体的にもヒビが入っている。
これは【破滅龍鱗】の効果だと思われる。何だか放っておいても勝てそうだが、それでは私の力を試すという目的が果たせない。それでは困るのでそろそろ交ぜてもらおうか!
「カル、一体は私がもらうぞ?星魔陣起動、風鎚!」
私はカルを挟んでいる一体のハサミへと風鎚を放つ。カルがボロボロにしてくれたお陰もあり、これだけでアッサリと破壊された。若干ながら素材が勿体ないと思うかのだが、倒し方を選ぶほどの余裕は流石にないのである。
部位破壊をされたことで、大岩塊沢蟹の一体のヘイトは完全にこちらを向いた。残った片方のハサミを振り上げ、口からブクブクと泡を吐きながらこちらに迫る。その動きは鈍重だが、あのハサミに捕まったらもちろんのこと、力任せに殴られても一撃で粉砕されるだろう。
「…飛んでしまえば何も効かないが。さて、ではそれなりに本気の一撃をお見舞いしてみようか。魔石吸収、大魔法陣起動…轟雷!」
魔術の発動と同時に上空に発生した魔法陣から、鼓膜が破れんばかりの雷鳴と目を焼くような閃光とともに極太の稲妻が落ちる。直撃した大岩塊沢蟹は、ハサミを振り上げた姿勢のままプスプスと煙を吹き出しつつ死んでいた。
いくら回避する速度がなくて弱点の属性であったとしても、まさか残った体力を消し飛ばすとは思わなかった。え?こんなに強いって、おかしくない?ひょっとして王様補正的な何かがあるのか?
私が驚いている内にも戦いは進んでいる。カルは二体相手に取っ組み合いをしているのだ。私が呆けている場合ではない。
「カル、【龍魔術】を使ってみせてくれ」
「グオオオオオオン!」
私のリクエストに応えるようにカルは再び咆哮する。それと同時に口から白いエネルギー弾のようなものが連続で発射された。これが【龍魔術】なのか!
一見すると光球に似ているが、色合いが多少異なっており、それ以上に威力が桁違いであった。のし掛かっていた大岩塊沢蟹に至近距離から当てたところ、甲殻を貫通して穴だらけにしたのだ。
「フシュウウゥゥゥ…」
「連射は出来るようだが、一度に撃てる数は決まっていて、しかも一度連射したらしばらくは撃てなくなるのか」
カルは私が指示しない限りは出し惜しみしない性格なので、撃てるのならばまだ生きているもう一体にも容赦なく【龍魔術】を使っているだろう。なので撃たないということは、撃てないということだ。
【無魔術】の進化先ということもあって、どんな相手にも一定のダメージが期待出来る。それにエネルギー弾の弾速は結構速いので、至近距離だけではなく中距離でも命中させられるだろう。
継続的な魔術合戦には使えないが、殴り合いの最中や奇襲時の最初の一撃として使うにはもってこいだ。カルの戦い方と合致しているし、これからは頻繁に使うようになるぞ。
「少々もったいないが、【混沌の王威】を使ってみよう」
新たな種族となって得た能力である【混沌の王威】。これの使い心地と実際にどんなものなのかを見てみたいのだ。最後の一体に使うには本当にもったいないのだが、一度試しておかなければならない気がした。
発動してみると、私の眼窩や口、袖やローブの裾などからネバネバとした謎の液体が流れ出した。それは一定の範囲に広がり、綺麗な円を描く。まるで磨いた黒曜石の円盤の上に立っているようだった。
私が一歩進めば、タイムラグもなくその円も移動する。通過した後の河原には痕跡は見当たらず、それがとても気味が悪い。どういう原理なのかは…ゲームだからとしか言えないな。
「これで範囲内だが…!?」
「グオウ?」
【混沌の王威】の範囲内に大岩塊沢蟹が入った瞬間、ハサミと甲羅がパキッと軽い音を立てて粉々になってしまった。それまではカルの剛力をもってしても、そう易々とは割れなかった甲羅が一瞬で…確実にステータス平均化の効果である。
きっと大岩塊沢蟹の場合は敏捷や知力が極端に低かったのだろう。その結果がこれだ。きっと低かった敏捷と知力とそれなりに上昇したのだろうが…これはちょっと凶悪過ぎるぞ?
ともあれ、進化した後の我々の性能は大体理解した。しばらく河原を散策した後に帰るとするか。
次回は2月3日に投稿予定です。




