不死主従の哀歌 その六
最初は燻るようだった青白い炎は、一気に燃え上がってクロードを包み込む。炎の勢いはどんどんと増していき、遂には灰の代わりに炎が全身を象った。
骨の鎧の隙間やひび割れからも炎が漏れだしており、まるで炎の化身であるかのように見える。ただし、頭部にだけは炎の中に頭蓋骨が浮かんでいた。やはり、あの頭部が本体であり弱点であるのだ。
そして背中には相変わらず半透明なカトリーヌが抱き付いている。クロード君は燃えているのに、熱くないのだろうか?それとも彼女には影響が無いように調整出来るのか?そもそも効かないのか?そんなどうでもいい事が妙に気になってしまった。
「源十郎達は退いて、エイジ達に代われ。エイジ、カル。決して無理はするな」
「ぼくが死んだら盾が一枚無くなりますもんね」
「グルルルルゥ!」
「兎路とモッさんもだ。焦らず、堅実に頼む」
「大丈夫よ。アタシ、熱くなるタイプじゃないから」
「当然です。ここまできたら全員生存状態で突破したいですから」
モッさんの意見には全面的に同意である。クロードはこれまでに遭遇した敵でも最高の強さであるが、どうにか『奥義』を使わせるまで追い込んだ。ボスは例外、みたいなことが無ければ切り札を使わせたことになる。このまま勝ちきってみせよう!
盾を構えたエイジを先頭に、クロードとの距離を縮めていく。その間に、奴は揺らめく青白い炎を剣の刀身とハルバードの斧頭に纏わせていく。【付与術】に近い能力だろうか?
「ブオオオオッ!大盾重撃!」
『ふっ!』
「げっ!?アチチチチ!」
エイジは臆すことなく【盾術】の武技で殴りかかった。それをクロードが剣で受け止めた所、エイジの盾がみるみるうちに赤熱していくではないか!あれ、どんな温度になっているんだ?
熱いと感じるのは気のせいだろうが、盾の上からダメージを受けたのは間違いない。あの盾には魔術に対する耐性があったはずなのにそれを貫通とは、やはりあの青白い炎は尋常なものではないようだ。
「すり抜けるけど、一応ダメージは入るのね」
「素手の私には厳しいですよ、これは」
相変わらず物理攻撃は効きづらいらしい。しかも灰から炎に変わったことで足の鉤爪と翼で戦うモッさんには相性が最悪な相手となっている。モッさんや紫舟など、自前の肉体で戦うタイプだとこう言うときに辛いのだ。
私が魔術で火属性への耐性を上げ、ウールの鳴き声で魔術全般への耐性を上げ、ミケロの回復も相まってダメージは嵩んでいない。これ以上火力を上げられる可能性も高いので、油断は出来ないが。
「ガオオオオオオオオオッ!」
ただ、同じく身体を武器として扱うカルは鱗を焼かれながらも無視して戦っていた。【体力強化】に【防御力強化】、【龍鱗】に【再生】と防御系の能力も多いカルだからこそ可能なゴリ押しである。無理をするなと言ったのに…後で説教か?
ただ、カルが無理をしてくれているお陰でエイジが引き付け続けるのが困難な状況でも互角に戦えていた。しかしカルの無茶が前提であるので、長くは持たないだろう。それに長い戦いで我々の魔力も残り少ない。何時までもフォローは出来ないし、この辺りで『奥義』や『秘術』を使ってでも仕留めにかかるとしよう。
「兄弟、次からはハイペースで攻めていく。『奥義』をいつでも使えるようにしておいてくれ」
「ヘヘッ!そう来なくっちゃなァ!」
ジゴロウはいつも通り楽しそうに返事をする。なんだかんだで全力を以て戦うのが大好きな男なので、ここまで鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
そんな事を言っている間にも、エイジ達は戦っている。謎の体力減少もこれまで通りであるし、そろそろ交代の時間だ。なら、『奥義』を使ってからにしてもらおう。
「三人とも、かましてやれ!」
「…そう?なら私から。【乱刃舞・陽炎】!」
私の意図を素早く察した兎路が、早速『奥義』を使用した。最初はゆったりとした動きであったが、徐々に速度が上がっていって仕舞いには全く目で追うことが出来なくなっていた。
この『奥義』は緩急をつけて曲剣を振るう剣舞の一種であり、独特の動きによって見切るのがとても難しいそうだ。陽炎のように揺らめいて予測不能な剣は、クロードの防御を見事に突破してその鎧と身体を斬り裂く。やはり炎の部分には効果が薄いが、最後の一太刀だけは頭蓋骨へと届いた。
『ぬああっ!護刃一閃!』
「させない!【真・剛反盾】!」
頭部への一撃はやはり効くようで、クロードは目に見えるほど体力を減らした。『奥義』が終わった直後の隙にクロードは剣で兎路を斬りかかるが、エイジの『奥義』がそれを完全に受け止めた。
その効果は圧倒的な防御力と反射ダメージである。発動後に受けた最初の攻撃にしか効果を発揮しないものの、相手が格上であってもほぼ間違いなく揺るがずに受けきる防御力を得ながら敵の攻撃を反射させるので、使い所を誤らなければ強力な『奥義』だ。
エイジが受け止めたのは兎路を狙ったクロードの武技である。剣には青白い炎が付与されていることもあって、その威力は推して知るべしであろう。反射ダメージによって、クロードの身体を象る炎は大きく揺らぎ、本人の体勢も大きく乱れた。
「今です!【緋翼刃臨】!」
その隙にモッさんも『奥義』を使う。四枚ある翼が緋色に染まり、金属のような光沢を放つようになった。そしてクロードの頭部へと砲弾のように突撃する。
クロードはハルバードで打ち落とそうとするが、激突する直前でグニャリとその軌道が曲がって回避した。完全には避けきれなかったのでハルバードの柄と翼の端が当たってしまい、頭部に致命打を与えるには至らない。だが、兎路と同様に掠めることには成功したので、またもやダメージを与えるのに成功した。
『おのれぇ…!』
「三人とも退け!カル!」
絞り出すようなクロードの声を無視しつつ、三人は一目散に逃げ出した。彼らはカルが何をしようとしているのかを察していたからだ。
「ゴオアアアアアアアアアアア!!!」
「どわあああぁ!?」
「…巻き込まれてたら蒸発したかもね」
「ああっ!?エイジ君が!」
カルは上空から溜めていた【龍息吹】を解き放つ。私などが直撃すれば一瞬で木っ端微塵になるであろう黒い奔流が、恐ろしい勢いと圧力を伴ってクロードを襲った。
急いで逃げた三人だったが、最も鈍重なエイジは爆風から逃れられずに此方へと吹き飛ばされてしまう。まるでギャグ漫画のように放物線を描いて頭から落下しそうになるが、アイリスの触手とネナーシの蔓、そしてミケロが受け止めてくれたので大事には至らなかった。
『ぐおおおおおおおおおおおお!?』
余波だけで巨漢のエイジを吹き飛ばすカルの【龍息吹】を、直撃したクロードは全身全霊で耐えていた。剣とハルバードを激しく振り回し、その剣圧を以て散らしていく。
レベル80オーバーの相手が全力で防御しなければ対象出来ない攻撃を持つカルと、それを削られながらも防いでいるクロード。どちらを称賛するべきか。悩ましいところである。
「【戦鷹の勇矢】っす!」
「ほな、ワイも使うでぇ!【超越せし分身】!」
「【破怪鳴波】~。メ゛ェ~」
「運任せですが…【女神の悪戯】」
「戦闘系の『奥義』が無いのが悔やまれます…」
「戦いが本業じゃないからねぇ」
ただし、凄いからといって手心を加えるつもりは一切無い。カルの【龍息吹】に手一杯である内に、後衛組も次々と攻撃していく。
シオの弓からジェット機のような激しい風切り音と白い羽根のようなエフェクトと共に矢が飛んでいき、七甲がごく短時間ではあるが自分よりも強い分身を召喚する。ウールの音波が鎧を完膚無きまで破壊しつつクロードの身体を揺らして、ミケロがイーファ様に祈ることで敵をランダムに弱体化させた。
アイリスとしいたけに戦闘系の『奥義』は無いので、二人はいつも通りに投擲している。しいたけの言う通り、本業である生産には非常にお世話になっているので気にする必要はまったく無いぞ。
「ゴヒュウウウゥゥゥゥ…」
『ハァ…ハァ…』
「どうしてそこまで…」
カルの【龍息吹】が途切れた後、クロードはボロボロになりながらも未だに立ち続けていた。炎の勢いは弱くなり、浮かぶ頭骨も原型を留めているのが不思議なほど崩れている。それでも、まだその両足でしっかりと立っていた。
凄惨な状態なのに、表情などないはずなのに、戦意の衰えなどは全く感じられない。決して退かず、背を向けず、全てを防ぎきろうとしている。地面に転がって受け身をとれば良い場面も多かったのに…何が彼をそうさせているのか?
ゲームだから?そうプログラムされているから?確かにそうかもしれないが、相手は実際の人間と遜色ない感情を持つAIだ。ならばあまりにも不利な状況になった時、逃げ腰になってもおかしくないのではないか?
そうではなく、決して逃げられない理由があると思った方がしっくり来る。それほど鬼気迫る姿に、気圧されそうになっていたのは私だけではない。それは思わず呟いたアイリスだけではなく、いつになく真剣な表情になっているジゴロウも同じであるようだった。
「一気に行くね?【飛天雷駆】!」
「必殺!【英傑奥義・轟天穿地】!」
だからといって、ここで我々も退くことは無い。雷をバチバチと全身から迸らせる羅雅亜は空中を駆けて突撃し、馬上の邯那が英雄であると多くの人々に認知されている者だけが使える『英傑奥義』で方天戟の連続攻撃を叩き込む。
第一回闘技大会に出場し、ペアの部で優勝した彼女は風来者はもちろんのこと、それを観戦していた住人にも英雄と認識されている。なので習得する資格があったのだ。
「【装具獣憑】!うおおおおおっ!」
邯那達が上から攻めている間に、セイは姿勢を低くして接近していた。彼が騎乗していないのは、新たな『奥義』で従魔を武具と融合させていたからだ。
狼のフィルが鎧と、精霊のテスが棍と融合しており、これによってセイは狼の俊敏さと光属性の武器を得たことになる。どことなく狼を想起させる意匠に変化した鎧に身を包み、白い燐光をばら撒きながら素早く接近して頭部目掛けて掬い上げるように棍を振るった。
バキン!
セイの棍を受け止めたハルバードは、半ばからポッキリと折れてしまった。我々の猛攻を防ぎ続けた武器だったが、流石に耐えられなかったようである。
『おおおおおおおおっ!』
「あ、あらら!?」
「ぐあああ!?」
「クソッ!仕留め損なった!」
クロードが獣のような咆哮を上げると、青白い炎の勢いが激しくなった。邯那達は慌てて距離をとるが、炎によって邯那の片足と羅雅亜の腹部が焼かれてしまった。死亡してはいないものの、邯那のマーカーには部位欠損のアイコンが出ている。馬上であっても戦うのは難しいだろう。
苦し紛れの攻撃にも見えるが、火力はとても高いらしい。これで離れないなら、動けない状態の者か…火属性に耐性を持つ者だろう。
「【我征くは修羅の道】ィ!ハハハハハハハァ!」
青白い炎に向かって突撃したのは、全身から黄金の炎と雷を放出するジゴロウであった。二つの炎が激突し、混ざり合って上へと向かう。そして天井を一瞬で融解して突き抜けてしまった。
戦いを欲するジゴロウにぴったりな『奥義』の名前である。両雄がぶつかり合ってから数秒で、二色の炎はお互いを焼き尽くしあったように消えてしまった。
その後、ジゴロウは此方へと跳んで戻ってくる。全身から煙が上がっているので、耐性を破られてダメージを受けたらしい。しかも左腕を二の腕から切断されていた。今すぐにミケロが治さねばならない重傷である。
しかし、無茶をした甲斐はあった。彼の右手には鋭い金属が、即ち剣の先端が握られていたのである。炎の中で、彼は左腕を犠牲にしつつもクロードの剣を圧し折ったのだ。
「よォ、兄弟。後は任せるぜェ…」
「ミケロ!治療を!源十郎!」
「任せよ!【極突】!オオオオオオオオオッ!!!」
裂帛の気合いと共に、源十郎は四本の腕で握る大身槍を突き出す。動かずに溜めていると速度と威力が増幅される『奥義』によって、源十郎は音を置き去りにする勢いでクロードの頭部を槍で突く。
クロードは即座に剣を使って防ごうとするが、ジゴロウによって折られたせいで防御がコンマ数秒で間に合わない。源十郎の渾身の突きは、見事にクロードの眉間を貫通してみせたのだった。
『イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
勝った。誰もがそう思った瞬間、これまで微笑んでいるだけだった半透明なカトリーヌが絶叫を上げる。叫び声は衝撃波となって吹き飛ばし、我々は壁に叩き付けられるのだった。
次回は1月14日に投稿予定です。




