不死主従の哀歌 その四
『姫様を傷付けた貴様を赦すと思ったか?』
「死にさらせェ!このクソボケェ!」
滞空する私の頭蓋骨を、クロードはまるでゴミでも払うかのように空中で真っ二つに斬り捨てる。激昂するジゴロウが電光石火の速度で突撃し、掬い上げるようにアッパーカットを放った。
それを後ろに下がりながらハルバードを素早く突いて反撃するが、ジゴロウは蹴りで柄を弾く。これは一秒にも満たない間に行われた攻防である。毎度ながら化け物だな、お前は!
「むぅ…つまらんところでやられてしまった」
私は確かに、一度死んだ。しかし、【生への執着】の能力によって一度きりの復活を遂げたのである。ローブの中に隠していたもう一つの頭骨が装着された私は、首を刎ねられた時に外れた仮面を拾って装備し直した。
体力はほぼ空とはいえ、私がしれっと立ち上がったことでクロードが骨の兜越しに舌打ちするのが聞こえてくる。一種の残機を持つ者は初めて見たのだろうか。それにしても、肉体は灰で構成されているのに舌打ちって出来るらしい。器用なことだ。
「油断したな、イザームよ」
「全くだ。返す言葉も無い」
いつの間にか前に来てくれていた源十郎の言い分は尤もである。クロードが変化していく際、見ているだけではなく直ぐにでも皆と合流していればこうはならなかっただろう。益体もないことを考えていたのは、偏に己の不用意さを反省していたからだ。今日は反省することが多くて嫌になるね。
私は自分を【魂術】で回復しつつ、後ろに下がってアイリス達と合流する。やっぱり前に出て戦うのはとても疲れるなぁ。後衛の方が性に合うよ。
「アイリス、しいたけ。【鑑定】は?」
「レベルは下がったままです。それでも85もありますけど…」
「あと、能力が一つ増えてるぜぃ。【不死姫の抱擁】だってさ」
【不死姫の抱擁】は、間違いなくカトリーヌのことだろう。今は目を瞑ってクロードに抱き付いているだけだが、何らか特殊効果が発生する可能性は高い。観察したい気持ちはあるが、後手に回ると手遅れになる可能性もある。
ただ、ガンガン攻めているジゴロウを放置は出来ない。素早くやり方を決めるしかあるまい。
「敵は一体、身体は人間サイズ。四方八方から攻めるにしても、全員で畳み掛けるのは互いが邪魔になって悪手か。シオと七甲、ジゴロウを援護してやってくれ。その間に回復と強化のやり直しと前衛のローテーションを決めるとしよう」
「イエッサーっす!」
「はいよ、ボス!」
言うが早いかシオはクロードに矢を放ち、七甲は【召喚術】で新たな召喚獣を作り出して特攻させる。これに加えて正面から殴り合っているジゴロウを含めた三人に時間稼ぎをして貰う間に、色々と手早く決めねばなるまい。
「ジゴロウが危なくなったら源十郎、ルビー、紫舟、ネナーシが前に出てくれ。体力の消耗が激しいエイジ、兎路、モッさん、そしてカルは回復に専念。回復し次第、交代していこう」
「私たちとセイ君はどうしたらいい?」
「背後から交代で突撃を頼む。ただ、他の前衛とぶつからないように注意してほしい」
「後衛はどうするんですか?」
「もちろん、今すぐに援護射撃を開始する」
「必要ー?」
「必要だとも」
ウールが質問口調なのは、ジゴロウがクロードと互角に渡り合っているからだ。今も目まぐるしい速度で拳と剣、蹴りとハルバードが激しくぶつかって火花を散らす。
ジゴロウは戦うのが楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑っているが、籠手と武器がぶつかるたびにダメージを食らっている。籠手の上から体力を削るのは武器の性能なのか、はたまた能力なのかは不明だ。どちらにせよ、このままだと遠くない内に削り殺されてしまいそうだ。
「源十郎、四人は行けるか?」
「うむ。ミケロのお陰でもうほとんど完全回復じゃ」
「ならば頼む。ジゴロウ!交代だ!」
「ちぇッ、仕方ねェ!」
体力が危険な値になる前にジゴロウは退き、代わりに源十郎達が前線に出る。源十郎が剣とハルバードを大太刀と大身槍で弾き飛ばし、左右から挟み込むように迫るルビーのナイフと紫舟の脚が鎧の隙間から差し込まれ、ネナーシの蔓が絡み付いて拘束した。
「良い腕前じゃな。ジゴロウが猛るのも頷ける」
「何、この感触?」
「手応えがあんまり無いよー!」
「むむっ!?この鎧、変形しますぞ!?」
刃を合わせて静かに闘志を燃やす源十郎とはうってかわって、他の三人はあまり良い感触ではないようだ。ルビーと紫舟の攻撃は確かにダメージを与えたが、想定よりも遥かに少ない。ほぼゼロと言ってもいいだろう。
理由はおそらく、クロードの肉体が灰で構成されていることだろう。二人の攻撃は肉を斬り裂くが、斬る肉が仮初めの彼には効きづらいのだと思われる。
鎧の隙間に刃を入れるのはとても難しい。少しでもクロードが身体を捻っていれば鎧の上を滑るか、表面を削るだけだっただろう。私は源十郎と斬り合っていたから彼女等の攻撃を避けられなかったのだと思っていたが、避ける必要がなかったからされるがままになっていたのだ。
そしてネナーシの蔓だが、絡み付いた端から鎧そのものに切られてしまう。クロードの鎧を構成する骨はどれも刃のように鋭くなっており、しかも彼の思い通りに動かせるようで固定しきる前に抜けられるのだ。
クロードにまとまったダメージを与える方法に見当はついている。最初に灰を大量に流出させたボロボロの頭蓋骨。あれが本体だろう。それをどうにかしない限り、我々に勝ち目は無い。異形で堅牢な鎧と不滅の肉体を持つ、源十郎やジゴロウと正面から斬り合える達人の、どこにあるのかも不明な急所を狙う…ははは!笑えてくるね、全く!
「先ずは一撃!」
私が心の中で自棄になっていると、羅雅亜に跨がった邯那が突撃の勢いを乗せて方天戟を叩き付ける。だが、骨の鎧が変形してスパイクのようになって其方を見もせずに防いで見せた。
「あァ~、回復が身体に染みるぜェ。兄弟、さっきの見えたかァ?」
「ああ。教えていたな」
ミケロによって回復してもらっているジゴロウに、私は魔術で強化しながら頷いた。クロードは背後が見えているわけではない。背後にいるカトリーヌに教えてもらっていたのだ。
カトリーヌの言葉はここまで届いていない。しかし、邯那が斬りかかる直前、彼女が半透明の身体をうっすらと発光させながらクロードの耳元で囁くように口を動かすのはこの目でハッキリと見ていた。アバターの目は無いがね!
「背後から助言してもらえる、ってのが【不死姫の抱擁】の効果なのかねぇ?」
「それだけでは無いだろう。ボスの持つ能力がそこまでちゃちだと思わない方がいい」
背後霊が助言してくれる能力。決して弱い能力ではないが、それだけとは思えない。背後への警戒云々は副次的な効果だと考えるべきだ。むしろ発光したことが気になるが…
「お、おおお?」
「貴方、大丈夫!?」
やはり、何らかの仕掛けがあったらしい。羅雅亜の脚が唐突に覚束なくなり、千鳥足のようになり始めたのだ。マーカーにあるのは反転の状態異常。つまり、前後上下左右の感覚が狂ってしまう状態だ。
かなりの速度で駆けていた羅雅亜だったが、フラフラになりながらも一時離脱する事に成功していた。徐々に速度を落とすとそのまま脚をガクガクさせながら立ち尽くしてしまった。
「魔法陣、遠隔起動、解呪」
「うぅ…お?治ったよ」
「はぁ、良かったわ」
私は離れた場所から素早く呪いを解除する。二人はすぐに走って距離をとった。問題なく解除出来たことから、あれは呪いだということが確定したと言っていい。発光したときに呪いを掛けたのだと思われる。
今最も近くにいる源十郎達が呪われていないので、呪われる対象と呪いが発動するのには特定の条件がありそうだ。それを確かめるには身体を張る者が必要だが、それは用意すれば良いのだ。
「七甲」
「任せてや!」
待ってましたと言わんばかりに、七甲が召喚獣であるカラスをけしかける。勿論、源十郎達の邪魔はしないように配慮して、ほぼ後ろから襲い掛かった。
すると予想通りカトリーヌが発光して、カラスのほぼ全てが同時に呪われてしまった。掛けられた呪いは多種多様で、麻痺するものもいれば睡眠や石化しているものもいる。複数の状態異常になっているものこそいないが、クロードの後方、大体百二十度くらいの範囲に確定で呪われたようだ。
「どうやら、背後から攻撃するないし接近すると呪われるらしいな。囲んで袋叩きは難しいようだ」
「数的有利を潰してくるんですか…」
「御守りの効果も無いってことは、そういうことだよねぇ?」
「面倒だが、現実だ。それよりも、そろそろ交代か」
七甲の協力の下で相手の能力の仕様をある程度解明する間も、源十郎達は激しく斬り合いを続けている。ジゴロウの時と同じく、源十郎達は誰もまともに斬られたわけでもないのに体力が減少していた。状態異常などではなく、体力を徐々に削る何かがあるようだ。
ネナーシだけは蔓を斬られているが、攻撃に使う蔓は即座に再生可能かつダメージも微々たるものなので誤差と考えていい。やはり彼も謎のダメージに晒されているようだ。正体不明のダメージなんて、流石に怖すぎるぞ?
「エイジ、カル。攻撃は兎路とモッさんに任せて防御に専念しろ。二人は背後に回るのは控えてくれ」
「グオオオオオッ!」
「やってみせますよ!」
「アタシも相性悪そうなんだけど…」
「削れるだけ削ってみましょうか」
エイジ達はいつでも行けるようだ。よし、ではスムーズかつ効果的な攻撃をしつつ交代してもらおうか。
「退け、源十郎!七甲!」
「はいよ!自爆じゃあ!」
『ッ!?』
源十郎達の後退に合わせて、七甲がまだ息のある召喚獣を自爆させる。クロードの背後で光属性の爆発が引き起こされるが、大したダメージにはならないだろうと私は予想していた。
しかし、それに反してクロードは焦りを露に振り返って爆風を剣とハルバードで防ぎきった。【守護剣術】と【守護斧槍術】の名は伊達ではないようだ。
しかし、安心してはいられない。この想定外の動きはいかん!何故なら振り返らないことを前提に、セイが正面からの突撃を敢行するようにクランチャットで密かに指示していたからだ。
「セイッ!」
「ヤベェな、アイツ止まらねェぞ!」
爆発で舞う灰で状況が見えていないセイは、速度を緩めることなく突撃する。テスが連続で魔術を放ち、その弾幕を追いかけるようにフィルに跨がっての突撃は我々の誰もが認める突破力を有しているが今はダメだ!
このままでは背後からの攻撃によって状態異常にされ、無防備になった所を瞬く間に斬り殺されるに違いない。エイジ達も間に合わない。そう思っていた。
『後ろか!』
「チッ!気付かれたか!」
テスの弾幕を剣で弾かれ、棍の一撃もハルバードで受け止められた。しかし、何故振り返ったのだ?七甲の爆破もわざわざ振り返らずとも堅牢な鎧に防がれたであろうし、セイの一撃も無理に防ぐよりは邯那の時のように鎧を変形させて防ぎつつ状態異常にさせた方が効率が良いはずだ。
だと言うのに、なのに何故振り返ったのか。その辺りに攻略の鍵がありそうだ。とは言え、セイが離脱してからエイジ達が戦う番がやって来た。しっかりと援護しつつ、打開のために即興で策を練るとしよう。それが私の役割なのだから。
年末年始は少し投稿をお休みさせていただこうと思います。次回は1月5日に投稿予定です。
それでは皆様、よいお年を。




