不死主従の哀歌 その一
扉の向こうはとても天井が高く、同時に広い部屋であった。ただし、荒廃の具合は外と大差ないレベルだ。内壁の塗装は剥がれ、天井まで届く石柱の何本かは折れていて床に瓦礫が転がっている。色褪せた上に繊維が所々抜けている赤い絨毯には、天井から落ちてグチャグチャに潰れたシャンデリアとその破片が散らばっていた。
廃墟となった宮殿の侘しさを思い知らされる光景であるが、そんな感傷に浸る暇など無い。何故なら、その奥にある二つ並んだ玉座に誰かが座っているからだ。
我々から見て左側の玉座に座っているのは、真っ黒で装飾を可能な限り抑えたドレスを着た女性だった。ベールが掛かっていて顔は見ることが出来ない。上品で仕立てが良いように見えるが、全体的に陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「ひょっとして…喪服、でしょうか?」
「喪服か。なるほど…」
アイリスは正直に思った感想を口にしただけなのだろうが、なんともしっくり来る表現であった。誰の喪に服しているのかは不明だが、少なくとも服装に関してはそう思うことにしよう。
「あぁ…誰かいらしたのですか?」
玉座に座っていた女性は、美しいがそれでいて何故か背筋がゾッとする声で語りかけて来た。会話が可能な相手なのか?ならば何らかの交渉が出来れば良いのだが…
「いいえ、わかっていますわ。私を追って来たのでしょう?あの恐ろしいリヒテスブルク公に命じられて」
「リヒテスブルク…だと?」
我々はリヒテスブルクこう、つまり公爵か侯爵という者の手先だと誤解されているらしい。誤解は解く必要があるが、その前にリヒテスブルクという名前に覚えがある。これはファースの街などがある国の名がリヒテスブルク王国なのだ。
国と王家の名が異なることも多いが、リヒテスブルク王国においてはリヒテスブルク王朝が統治していると聞く。ミドルネームは流石に覚えていないが、ジョージ・リヒテスブルクだったか。いや、ゲオルグだったか?掲示板でちらっと見ただけなのでうろ覚えである。
そこは英語読みとドイツ語読みの違いでしかないからどっちでもいい。重要なのは彼女がリヒテスブルク王の事を『こう』と呼んだことだ。公爵も侯爵も貴族としてはとても高位であるが、王ではない。それなのに今は王国を治めている…一体どんな事情があったのか。きっとろくでもないことなのだろう。
「あー…誤解でございますよ、お嬢様。我々はリヒテスブルクとは関係の無い者…」
「あぁ、恐ろしい…怖い…!私を守って、クロード!」
私の弁明は全く耳に入っていない様子の女性は、恐怖に震えながらもう片方の玉座に縋り付く。その時、我々は気が付いた。空だと思っていた玉座に、いつの間にか傷や罅だらけの頭蓋骨が乗っていることに。
「オゴ…ゼ…ノ、マバ……ギィ…」
頭蓋骨は歯を擦り合わせるようにして何かを口走ると、眼窩から死瘴灰と思われる物体がサラサラと流れ出す。それは床に落ちると積もる前に意思があるかのように動きだし、玉座の後ろへと向かった。
それだけでもただ事ではないと察するには容易であるが、それから起きた事は私の想像を遥かに超える。死瘴灰らしき物体は玉座の奥から何かを巻き込んで戻ってきたのだが、問題はその内容であった。
「あれ、ほ、骨だよね?でも…」
「大き過ぎるっす…」
巻き込まれていたのは、余りにも大きな骨であった。私はアバターのお陰で骨を見慣れており、あれは恐らく大腿骨である。それだけで約二メートルはあるんじゃないか?以前遭遇した天巨人のリュサンドロスやカロロスほどでは無いにしろ、相当大きな者の骨ということになる。
同じく巨大な骨がゴロゴロと運ばれてくる。ルビーのような小さい仲間を一飲みに出来そうな頭蓋骨や大弓のような肋骨、机ほどもある骨盤など多種多様だ。全て組み合わせれば十メートル近い身長になるように思われた。
「いやいや、それよりも一緒に運ばれてるモノの方がヤバいだろ!」
「兜だけど…破損箇所から中身がちょっと見えてるわね」
「うえぇ…」
大きな骨と一緒に通常サイズだが中身入りの兜がガラガラと運ばれていた。兜は破損が激しいものの、扉の左右にあった石像と同じデザインだ。きっとセプテン公国近衛隊の兜だろう。外で徘徊している首無近衛騎士達のものだと思われる。
どうしてそんなものがここに来るのかは謎でしかない。だが、嫌な予感だけはどんどん膨らんで行く。
「ありゃ武器かァ?デケェなァ、オイ!」
「剣とハルバード…異なる武器の二刀流じゃろうか?興味深いのぅ~」
最後に運ばれて来たのは、此方もビッグサイズの武器であった。源十郎の言う通り、一本の直剣とハルバードであった。どちらも私の背丈を超えているが、確かに今集まっている骨のサイズから考えれば片手で扱えないことも無さそうだ。
源十郎も頻繁に使う特殊な二刀流だろうか。そうこうしている内に灰は全て出しきったのか、これ以上増えることも新たにモノを持ってくることもなかった。
「オォ…オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ァ!!!」
最初に女性が持ち上げた頭蓋骨が濁った雄叫びを上げる。すると頭蓋骨が灰にズブズブと埋まって見えなくなり、これまでに持ってきた全てのモノが集まって一つになっていく。
そうして現れたのは、想像通り巨大な動く骸骨であった。身長は予想に違わず十メートル前後。右手にハルバード、左手に剣を握り、口や全身の関節からは常にサラサラと灰が落ちていた。
巨大なだけの骸骨なら、私は当然として私に慣れている仲間達も恐ろしくもなんともないだろう。しかし、これまで遭遇したどの魔物よりも個人的には恐怖を抱いてしまう。その原因はその異形、即ち頭骨と肋骨の内側に兜付きの生首がギッシリと詰まっていたことだった。
半開きになった口から大量の兜が覗き、身動ぎする度に兜同士が擦れて軋む耳障りな音が妙に大きく聞こえる。流れ出る灰は薄衣のマントのようにも見え、恐怖と同時に一種の威厳を感じられた。
――――――――――
名前:カトリーヌ・セプテン
種族:不死女王 Lv52
職業:女王 Lv2
能力:【知力強化】
【精神強化】
【杖】
【暗黒魔術】
【指揮】
【状態異常無効】
【死スラ二人ヲ別ツニ能ワズ】
【女王の威光】
【不死女王の呪界】
名前:クロード・ジョルダン
種族:呪怨骸骨近衛騎士団長 Lv100
職業:近衛騎士団長 Lv10
能力:【体力超強化】
【筋力超強化】
【防御力超強化】
【器用超強化】
【守護剣術】
【守護斧槍術】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【???】
【光属性脆弱】
【???】
【不滅の忠義】
【死スラ二人ヲ別ツニ能ワズ】
【???】
――――――――――
「はぁ!?」
「レ、レベル100だと…!?」
喪服の女性こと、カトリーヌ・セプテンの方は純粋な戦闘力は低そうだ。今の我々ならば誰でも倒せるし、同じ50レベル台の魔物の中でもかなり貧弱である。【女王の威光】と【不死女王の呪界】という二つの能力、そして二人のお揃いである【死スラ二人ヲ別ツニ能ワズ】は要注意だ。しかし、実力は低いようであった。
だが、クロード・ジョルダンの方はヤバい。ヤバ過ぎる。レベルが100だって?格上なんて次元じゃないぞ!?【鑑定】の結果が伏せ字まみれで読めない部分が多すぎるということは、相手と圧倒的な実力差がある証拠でもある。正攻法では勝てる訳が無い!
「これは…無理ゲーじゃね?」
「馬鹿言ってんじゃねェぞ!むしろ望むところだァ!」
「その通りじゃ。強敵と見え、斬り結ぶ時間こそ至高よなぁ!」
私を含めて多くの仲間達がレベル100だと聞いて及び腰になる中、ジゴロウと源十郎は嬉々として突っ込んで行く。彼等は敵が強ければ強いほど喜ばしいのだろう。
二人をそのままにして、残りの我々が何もしない訳にも行くまい。ええい、ままよ!
「二人に続け!こうなったら戦うしか無い!エイジ!カル!」
「ブオオオオッ!行きます!」
「グオオオオオン!」
巨体からは想像出来ない速度で振り回される剣と私では目で追うのも難しいハルバードの突きを、ジゴロウは跳んで回避し、源十郎は受け流しつつ前進する。いつもの事ながら、恐るべき技量であった。
二人が引き付けている内に、防御力の高い一人と一頭が前に出る。そしてエイジがハルバードを受け止め、カルが尻尾で剣と打ち合った。
「ブガアアアァ!?」
「グギャオオォ!?」
エイジは盾を持ったまま砲弾のように吹き飛ばされ、カルは刃のような尻尾の鱗の破片を撒き散らしつつ錐揉み回転しながら墜落した。重量級かつパワーファイターである彼らをいとも簡単に…これがレベルの暴力か!
エイジは蔓を伸ばしたネナーシが、カルは浮遊していたミケロが受け止める。もし二人が咄嗟に動けていなければ、エイジはともかくカルは開戦早々に大怪我をしていたかもしれない。
「大丈夫か!?」
「平気です!ネナーシさん、ありがとうございました」
「礼は不要で御座るぞ!」
「グルルルルルル…!」
「闘志が燃え上がっていますね。流石はイザーム様の従魔です」
エイジもカルも戦闘に支障は無いようだ。エイジは素早く立ち上がって戦線に戻り、カルは怒りを滲ませて睨みながらも牽制するようにクロードの頭上を飛び回っている。冷静さは失っていないようだ。
前衛組の指揮はいつも通りに兎路が行っているが、かなり苦しそうだ。ジゴロウ達の攻撃でダメージは入るのだが、あまり効いてはいない。ネナーシの拘束もほぼ意味が無く、一瞬だけ動きを止めたらすぐに蔓を引き千切られてしまった。
特に厳しいのはエイジだ。彼もかなりの腕前なので盾による受け流しには成功している。しかし、少しでも角度を誤ると体勢を崩してしまうのだ。流石に一人で支えるのは無理らしく、源十郎と邯那・羅雅亜のコンビが得物による弾きでフォローしなければならなかった。
我々後衛組も指を咥えて見ていた訳ではない。魔術で、投擲アイテムで、弓矢で、歌で遠距離攻撃と援護を繰り返す。【鑑定】で【光属性脆弱】だけは読めていたのだが、全身に纏う死瘴灰が防具のようになって効果を十全に発揮出来ていない。弱点の対策を自前でやるとは、羨ましい奴だ!
「ダメージが圧倒的に足りない。まともにやり合って勝つのはやはり難しいか。ここはお前の出番だ、ルビー」
「ボクの?」
私の一言にルビーが不思議そうに尋ねる。彼女はポーション等の足りなくなりそうなアイテムをしいたけから受けとるべく、一時的に後衛に下がっていたのだ。
この圧倒的な強者を前にして不利な戦いを強いられている現状を打破するには、何か大きな切っ掛けが必要である。これはそのための一手だ。私はルビーに小声で作戦を伝えた。
「わかった。やってみるよ」
「失敗しても構わんが、死ぬのだけは勘弁してくれ」
「一人でも欠けたら厳しいからね!」
そう言ってルビーは前線に戻っていった。後はどうやって隙を作るか、である。何が効果的なのかを判断するのは難しいが…奴が近衛騎士である事を精々利用させて貰おうか。
「魔法陣、遠隔起動、石壁」
「えっ?」
「ッ!」
私はカトリーヌとクロードを隔てるように石壁を発生させる。カトリーヌの方は呆けた声を出すだけだったが、クロードは露骨に空気が変わった。眼前のジゴロウ達を無視して石壁に向かって剣を振るったのである。
呪文調整によって強化すらしていない石壁は一振りで両断されてしまう。しかし、それによって致命的過ぎる隙が生じた。
「余裕ブッこいてンじゃねェぞ!」
「守る為とは言え、背を向けるのはいただけんのぅ」
ここまでの恨みを晴らさんとばかりにジゴロウ達が猛攻をしかける。素の防御力が高いのでダメージは少ないが、確実に体力は減っている。やはり、護衛対象を狙われるのは嫌がるらしいな?ならば好都合である。
「怖いわ、クロード!」
「あのさぁ、少しは自分で戦おうとしたら?」
「あっ…!?」
ジゴロウ達にもう一度意識が向いた瞬間。これを待っていたのだ。打ち合わせ通りにルビーが動いて背後から忍び寄り、カトリーヌの刈り取るのだった。
次回は12月20日に投稿予定です。




