霧と灰
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人造人類の血 品質:屑 レア度:R
錬金術によって造られた人造人類に流れる青い血液。
人類を模造するのは神の御業の再現に他ならない。
品質がとても悪く、正常な人造人類にとっては害でしかない。
人造人類の骨 品質:屑 レア度:R
錬金術によって造られた人造人類に流れる緑掛かった青い骨。
人類を模造するのは神の御業の再現に他ならない。
品質がとても悪く、正常な人造人類の骨格にはならない。
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不完全人造人類を剥ぎ取った結果、入手したのがこの二つである。品質が悪いモノしか入手出来なかったものの、逆説的に良質なモノを入手あるいは作製すれば完全なる人造人類を造る事が出来るに違いない。
また不完全人造人類の存在から、黒壁の向こう側にはあれ等を造った者がいる可能性が高い。不完全であっても作製可能な機材や技術書などがあれば色々と捗るだろう。
問題はその技術を持つ何者かが友好的ではない場合だが…ナデウス氏族を始めとした大陸の住民に恐れられる存在なのだから、戦闘になれば倒してしまえばいいだろう。戦争イベントの時に火事場泥棒を働いているのだから、今更躊躇するつもりは無い。
そんなことを考えていると、ピロンという電子音が聞こえてきた。これは運営からの通知に違いない。
「おっ!新しいイベントが発表されたみたいですよ」
「『鮮緑の山、紺碧の海』…ちょっと大きめの無人島が舞台のイベントらしいわね」
「そう言えば学生はそろそろ夏休みシーズンだったか」
何だかんだでリアルはもう初夏であり、あと一週間もすれば学生諸君は夏休みといった所だろう。もう社会人である私には関係ないが、これを期に始めようとする者達もいるはずだ。
実際、イベントの告知と同時に第四陣か第五陣かは忘れたが新しく販売するとも書かれている。イベントでは今から始めるプレイヤーにとっても発売日からプレイしているプレイヤーにとっても旨味のある内容にする予定とあるので、間違いなく新規プレイヤーの獲得を狙っているらしい。
「このタイミングでイベントか…幸い行き来は自由なようだし、行ってみたくなれば行くとしよう」
「今回はNPCが関わらないみたいだし、魔物プレイヤーも参加しやすそうだね。PKも出来ないっぽいし」
「プレイヤーに狙われること無く、旨味ある場所に最初から行ける…最初の我々とは大違いだ」
最初と比べて増えたとは言え、魔物プレイヤーの割合はまだまだ低い。プレイ開始直後が厳しい事が主な理由だと思われるが、その点をクリアすれば魔物を選ぶプレイヤーは多くいるだろう。気に入らなくともミケロのお陰で判明した転生システムで変更すれば良い。前に比べれば気軽に選べるようになったと言える。
「イベントはともかく、ムーノ殿から聞いた濃霧が見えてきた。目的地はあの中だ」
イベントについて話すのもいいが、今の目的地が見えてきた。『灰降りの丘陵』の中央部には小高い丘があり、濃霧がそれをすっぽりと覆うように発生している。その奥にある黒い壁が、黒壁と呼ぶ場所だと言う。
壁は何かを囲んでいるようだが、ナデウス氏族の伝承にもその内側に何があるのかは不明らしい。勇気ある彼らの先祖も、流石に壁を乗り越えるのは危険過ぎると判断したようだ。
『報告。前方ノ濃霧カラ、魔力ヲ検出。侵入ハ危険ト判断』
「霧から魔力…【煙霧魔術】か?断言は出来ないが、このまま乗り込むのは危険という事でいいんだな?」
『肯定』
濃霧に随分と近付いた時、シラツキから警告が発されると同時に空中で停止した。どうやら、この霧にシラツキで突っ込むのは危険であるらしい。霧を一気に突っ切って黒壁に乗り込むのもいいが、無理をしてシラツキが壊れても馬鹿馬鹿しい。ここからは徒歩で進むしかあるまい。
「わかった。ここで着陸しよう。艦内放送で着陸することを流してくれ」
『了解』
何はともあれ、ここに着陸するのが先決だ。私はシラツキの艦内放送を聞きながら、霧の中をどうやって攻略するかを考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇
「なるほど…これが灰か」
シラツキの着陸後、外に出た我々の目に映ったのは濃霧の真下に灰が降り積もった奇妙な光景であった。このフィールドが『灰降りの丘陵』と呼ばれている理由がようやく明らかになった瞬間である。
今まで活動していた地域では、どこにも灰など振ってはいなかったので疑問に思っていたのだ。今もシラツキが着陸した場所には灰など全く落ちていない。しかしながら、濃霧の真下にだけは私のくるぶしの辺りまで積もっている。誰が見ても霧と灰は密接な関係があると確信することだろう。
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死瘴灰 品質:劣 レア度:S
瘴砂が強大な不死の魔力によって風化したもの。
厳密には灰ではないが、手触りと色合いから灰と呼ばれる。
不死系の魔物を微少ながら回復させる効果がある。
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死瘴灰、と言うのか。どうやら不死である私と邯那を回復させるアイテムとなるようだ。試しに鎌で身体を少しだけ傷付けてから灰を振り掛けてみると、少量ずつゆっくりと回復していく。いざというときの回復手段としては全く使えないが、平常時ならば色々と使い道がありそうだ。
それに、しいたけ辺りに加工してもらえば即効性のある回復薬になるかもしれない。そうなれば回復手段に乏しい不死にとっては朗報だ。何かしらのデメリットはありそうだが…それは仕方がないさ。
「この霧、よく見ると緩やかに渦を巻いてますね。だから拡がらないみたいですけど…どういう仕組みなんでしょうか?」
「単なるエフェクト…の可能性は低いよね。意味深な演出にも意味があるのはFSWのお約束だし」
何気無いエフェクトや説明文に真実に迫る情報が眠っていることが多いのは有名な話だ。故にこの霧が渦巻いているのにも何らかの理由があると思われる。さて、その理由はなんだろうか?それを調べながらの探索になるだろう。
「おい、兄弟!そろそろ入らねェか?」
「落ち着きが無い奴だな…。わかったよ、パーティーを組んでから探索を開始するとしよう」
我々は戦闘力と索敵等の能力、そして連携の熟練度を考慮して四つのパーティーに分かれた。一つ目は私、カル、ジゴロウ、アイリス、しいたけの五人組だ。索敵は私の魔力探知しか方法が無いが、ジゴロウとカルの戦闘力でカバーする。ジゴロウと双璧を成す源十郎を選ばなかったのは、偏に私以外にジゴロウを制御可能な者がいないからである。何度も言うが、悪い奴ではないのだ。ただ、必要以上に戦いたがるだけで。
二つ目はルビー、シオ、源十郎、紫舟、ウールの五人だ。折り紙付きであるルビーの索敵能力に加え、遠近両方を戦闘を熟せるもっともバランスの取れたパーティーになっている。目立った成果を挙げるとすれば、それは彼女らだと私は確信している。
三つ目はエイジ、兎路、七甲、モッさん、ミケロ、ネナーシの六人だ。【超音波】を用いるモッさんの索敵能力は言うまでもなく、戦闘面でも多少近接に偏り気味だがバランスは悪くない。回復が得意なミケロもいるので、最も安定した探索が可能だろう。
四つ目はセイと彼の従魔、邯那と羅雅亜の地上最速組だ。騎乗戦闘という特殊な戦法を共通して行う彼らは、普段から行動を共にすることが多い。四つのパーティーでは同じ時間辺りの行動範囲は段違いに広いことだろう。
「出発前に突発的な依頼があったし、それぞれの判断で探索を切り上げてくれ」
キルデ少年の救出劇が切っ掛けで黒壁の調査を主目的とした訳だが、そのお陰で探知の時間はかなり少ない。寝不足にならない程度で切り上げるとしよう。
と言うわけで我々は探索を開始することにした。私達のパーティーは探索能力が低いので、霧の外側を歩いて回ることにした。ジゴロウは少し不満なようだが、外側でも面白い敵は現れるだろうと納得してくれた。
「…納得させられるのがイザームだけなんだよねぇ」
「あァ?何か言ったかァ?」
「気のせいじゃない?そんなことより、灰はたっぷり採取しとかないと。灰で錬金でしょ~?灰を混ぜた土で薬草を育てても面白そうだよね!色々と楽しみですなぁ~」
「あはは。確かに、色んな使い方がありそうですね」
「グルルゥ…?」
そう言って二人の生産職はウキウキした調子で灰を採取して容器に詰めていた。やはり、初見の素材には心踊るようだ。
方向性は異なるが、カルも灰に興味があるようだ。さっきから尾の先端や前足の爪で灰をつつき、その独特な感触に困惑している。しかし止めようとはしていないので、実は気に入っているのかもしれない。
「グルル…ギャオオオオォ!?」
「カル!?」
カルが今度は地面に鼻先を近付けた時、事態は急変する。地面付近の霧がまるで大きな人の手のような形状に変化し、カルの頭を鷲掴みにしたのだ!一体、何事だ!?
「敵!?どこにいるんですか!?」
「何処だろ?目に見える位置にはいないけど…」
「魔力探知…居た!アイリス!二時方向に触手を伸ばしてくれ!」
「…何か居ました!えいっ!」
私は慌てて魔力探知を使い、敵の位置を探る。すると霧の中に一つだけ反応があったので、アイリスに拘束するように頼んだ。すると彼女の触手が何かを捕らえ、引きずり出した。
その敵は非常に奇妙な姿をしていた。表面がザラザラした、灰色の球体である。直径は一メートル程であろうか。それ以外には何の特徴もない薄汚れたバランスボールのような何かが、触手に巻き付かれたままフワフワと浮かんでいた。一体、これは何だ?
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種族:霧球魔 Lv71
職業: 操霧師 Lv1
能力:【知力強化】
【精神強化】
【水氷魔術】
【火炎魔術】
【煙霧魔術】
【霧操作】
【霧感知】
【霧適応】
【軟体】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【打撃耐性】
【風属性脆弱】
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「霧の中に特化した魔物、って感じだねぇ~」
「そのようだな!風刃!」
私と同じく【鑑定】したしいたけの意見に同意しつつ、私は【暴風魔術】を素早く放つ。そしてカルの頭部を掴む霧の腕を切り裂いた。すると操作する力を失ったようで、霧の腕は形を維持出来ずに文字通り霧散してしまった。
「グオオオオ…オオゥ?」
「嘘っ!?武技を使ってるのに!?」
怒りに震えるカルが殺意を剥き出しにして襲い掛かったものの、霧球魔はアイリスの触手の隙間からすり抜けたので空振ってしまった。彼女は拘束する武技を使用していたのに脱出したのは、おそらく【軟体】のお陰だろう。
能力に明記されていないが、拘束は難しいと思われる。自由の身となった霧球魔は浮遊したまま霧を衣のように纏い始めた。この霧が奴の武器であり、防具でもあるのだろう。厄介な相手に遭遇したようだが、やってやろうじゃないか!
次回は11月5日に投稿予定です。




