人類モドキ
このティンブリカ大陸には人類モドキしかいない。自分達は疵人という種族である。ムーノの告げた事実は衝撃的なものだった。
この大陸には彼女ら以外にも話の通じる存在がいるが、その者達も人類ではないということになる。そしてムーノ達を含めた人類モドキは女神に見捨てられているらしい。ここで言う女神とは、人類を産み出したとされる『光と秩序の女神』アールルだろう。もしそうなら、何故彼女らは見捨てられたのだろうか?
「色々と教えていただきたいところですが、聞いても良い話なのでしょうか?」
「構わないさ。代わりと言っちゃなんだがね、今日みたいに食材が手に入ったらアタシ等に譲ってほしい。魔物を狩るのも男衆の仕事だけど、皆に行き渡るだけの成果がある時ばかりじゃ無いからねぇ」
「勿論ですとも。幸い、と言うのもおかしい話ですがウチには戦っていないと落ち着かない奴がおりまして。彼なら肉を安定して供給出来ると思います」
戦っていないと落ち着かない奴とは、当然ながらジゴロウのことだ。私は今日初めて目撃したが、奴は自分で倒した魔物の肉を普段から生で喰らっているらしい。平気なのは小鬼だった時に最初からあった能力である【悪食】のお陰のようだ。
しかもジゴロウは戦いの最中に噛み付いてそのまま食い千切ることもあると言っていた。それを食べると満腹度が回復するのを知ってからは、状態の良い素材が必要無い相手は積極的に噛み殺しているのだ。もう同じプレイヤーというか、完全に狂暴な猛獣である。
「おっかないねぇ。あの赤い角のある男だね」
「その通りですが…何故わかったのですか?」
「ヒッヒッヒ。何、簡単なことさ。アタシはね、長いこと生きてきたお陰でその人の『業』が感じ取れるんだよ」
『業』に関しては掲示板で見た事がある。NPCの神官ならば誰でも知っていることで、プレイヤーの行動が善悪のどちらに偏っているのかを示す基準である。良い事をしていると『善良』に、悪事を繰り返せば『悪逆』に偏り、どちらも同じくらいにやっていれば『中庸』になるのだ。
人類は善悪のどちらにも容易く偏るが、同時に中庸に戻したり逆の『業』に偏らせたりするのも簡単だ。例えば悪行を重ねた後でも、適切な手順を踏んでから善行を積めば『業』を善に寄せることが出来る。
魔物の場合は『業』が悪から始まって、悪に偏りやすい傾向にある。善や中庸にすることも可能だが、そのためには只管に善行を積む必要がある。本気で善良魔物プレイをしなければならないのである。
その『業』が何に関係するかと言うと、一般的な人類のNPCからの好感度である。『業』が善であればあるほど好かれやすく、逆に悪であればあるほど警戒される。クエストの報酬が増えたり、善でなければ入ることが出来ない場所に入れたりもするそうだ。
もちろん中庸や悪であることが条件のイベントやクエスト、そして職業の存在も報告されているので、善でなければ不利という訳ではない。あくまでも一般人からの評価が良くなると考えた方が良いだろう。
色々な要素と絡んでいる『業』だが、実は高位のNPC神官であっても具体的な数値にすることは出来ないそうだ。ごく一部のNPCだけが細かな違いも感じ取れるという話であった。ムーノはその数少ない人物なのだろう。
「あんた等の『業』は悪に寄ってるけどね、魔物じゃ珍しいくらいに中庸に近い。少なくとも会う者全てを殺して来た危ない奴ではなさそうだ。人助けもそれなりにしてきたんじゃないのかい?」
「人助け…言われてみれば時々やっていたような…」
私はプレイヤーを虐殺したり、戦争イベントではNPCの騎士を殺害したりした。だが、訪れる場所でどこでも厄介事の解決に手を貸していた気がする。これが私の『業』を中庸に戻しているのだ。
こ、これは悪役志望としては問題があるのでは…!?私は私のやりたいように行動してきたが、このままではただの良い人になってしまうではないか!
いや、ちょっと待て。前にマーガレットのいたサイル村に行った時は村人に恐がられていたハズだ。これはどういうことだろう?
「ただね、あんたの場合はちょっと妙だよ。『業』とは別の何かが出てるのさ。心当たりはあるかい?」
「『業』とは別の…ひょっとしたら称号が関係しているのかもしれません」
私には『異端なる者』から『深淵を知る者』、『深淵へ潜る者』を経て『深淵に至りし者』に三度も変化した称号がある。このフレーバーテキストに人々に恐れられるという文言があり、これが『業』とは別の何かに違いない。私はそのことをムーノに伝えてみた。
「そういうことかい。あんたの言う通りだと思うよ。アタシ等みたいな人類モドキなら気にならないけど、純粋な人類ならあんたを見ただけで震え上がるか襲い掛かるだろうね」
「ほっ、そうですか」
「…何で安心してるんだい?あんたも大概変わり者だね」
「よく言われますよ。好奇心からお聞きしますが、我々の中で一番『業』が偏っているのですか?」
「あの浮かぶ目玉だね。あれは相当数の人類を殺してるよ」
ムーノが浮かぶ目玉と呼ぶのは、もちろんミケロの事だ。彼はヴェトゥス浮遊島に行く方法を聞き出すため、街の外にアジトを設けている悪人を襲撃していたと言っていた。その時に『業』を稼いでしまったのだろう。
我々唯一の元人類にして純粋な神官の『業』が一番深いとは…魔物の集団らしいと言えばらしいことだ。普段は大人しいが、実は一番ヤバイ奴なのかもしれない。怒らせないようにしよう…
「ま、アタシ等は人類モドキだ。『業』は悪寄りになってるから関係ないけどねぇ」
「人類モドキ…他にはどのような種族がいるのでしょうか?」
「教えてあげたいけど…今日はここまでだね」
ムーノの視線の先を追うと、アイリスと奥様方が取引を終えたところだった。どちらもニコニコしているので、有意義な取引にであったようだ。
「アタシも歳だからね、毎回来られる訳じゃあない。けど、今度来た時に色々と教えてあげるよ。その代わり…」
「もちろん、情報に見合った対価はご用意しましょう」
「ヒッヒッヒ!わかってるじゃあないか!」
私とムーノ殿はがっしりと握手をしてから別れることとなった。我々が集めた彼らの生活に必要な物資と、彼らにしか作れない工芸品やこの大陸に関する情報を交換する。この取引から始まる本格的な交流が始まるのだ!
◆◇◆◇◆◇
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【尾撃】レベルが上昇しました。
【尾撃】の武技、尾壁を修得しました。
【体力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【魔力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【火炎魔術】レベルが上昇しました。
新たに壊炎の呪文を習得しました。
【火炎魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。
【呪術】レベルが上昇しました。
新たに重症化の呪文を習得しました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
――――――――――
それから約一週間、我々は河口付近に陣取ってナデウス氏族の人々と交流しつつレベル上げと素材集めに勤しんだ。全員の装備の更新も終わり、とても充実した一週間だったと言えるだろう。
同時にムーノから幾度も話を聞き、彼らが知る限りの情報を得る事が出来た。まずナデウス氏族についてだが、彼らの一族は今我々がいる河口に隣接した草原フィールド、『灰降りの丘陵』の辺縁を一年掛けて巡る遊牧民である。
モンゴルのゲルに酷似した組立式住居で寝泊まりし、温厚で毛織物の原料や食料になる乳を出す四角毛乳牛という家畜と、騎獣として馬犀という馬のようなシルエットの犀と共に生活している。家畜のエサとなる牧草を求めて移動しながら、現地にいる他の人類モドキと物々交換をして足りない物資を補い合うそうだ。
ナデウス氏族の他にも疵人の氏族は存在し、彼らは各地に小さな集落を形成して定住しているようだ。ナデウス氏族は集落間を繋げる役割もあり、疵人の中では最も尊敬されている一族だそうだ。そのことを誇りに思っているのか、話しているときのムーノはとても誇らしげであった。
次に彼らが取引している人類モドキだが、ナデウス氏族も含めた疵人の他に三つの種族が存在する。それは森人、山人、そして獣人に対応していた。
森人に対応するのは、闇森人だ。ファンタジー世界によく登場する種族であり、私の想像に違わず褐色の肌と長い耳が特徴的な者達だそうだ。
ここから西にある魔物が跋扈する森の中でひっそりと暮らしており、ナデウス氏族が彼らの住む森の近くを通った時に薬草などの医薬品を譲ってもらうそうだ。性格は陽気で人懐っこく、好奇心が強い子供のようなところがあるらしい。我々が訪ねれば、きっと歓迎されるだろうとのことだ。
ただし、彼らは森で生きていける位には強い。怒らせれば一族の総力を挙げて襲ってくるそうなので、決して敵対するなと教わった。
山人に対応するのは、鉱人という者達だ。全身が金属質でツルリとしており、身長が一メートルにも満たない小柄な体格で三頭身の人形のような姿をしているらしい。
目や鼻、口などは無いのだが五感は備わっている。恐ろしく無口でナデウス氏族の者でもコミュニケーションをとるのが非常に困難であるようだ。
彼らが住んでいるのは北にある峻険な山であり、そこに洞窟を掘って暮らしている。滅多に山から降りてこないので、ナデウス氏族でも数年に一度会えればラッキーらしい。悪い者達ではないのだが、コミュニケーションに難があるので取引は出来ていない。
獣人に対応するのは四脚人である。彼らは我々がイメージする『人間の上半身に馬の下半身』ではなく、『獣人の上半身にその獣の下半身』という姿をしている。つまり、虎の獣人の上半身なら、下半身も虎のものなのだ。
ちなみに同じ獣でなければ子を成せない訳ではなく、父母のどちらかと同じ獣に生まれる訳ではない。なので鹿四脚人の父と馬四脚人の母の間に獅子四脚人の子が産まれてもおかしくないのである。奇妙な生態だなぁ。
彼らは家族単位で『灰降りの丘陵』に点在しており、丘陵を巡っている最中に度々出会うようだ。自由奔放だが家族を大事にする性質であり、同時に強さを尊ぶと言っていた。ジゴロウと殴り合いをさせれば、勝手に友情が芽生えるんじゃないだろうか?
「短い間でしたが、お世話になりました」
「いいさ。アタシ等もそろそろ別の場所に移る時期だからねぇ」
そして今日、我々は河口から出発することにした。目新しい素材は周囲にはもう無いし、レベルの上がり易さも落ち着いている。河岸を移す時期が来たということだ。
「でも、やっぱりあの娘は泣いちまったねぇ」
「ええ。今もエイジが励ましていると思います」
幼いアルヴィーにとって、仲良くなったエイジとの別れは辛かったらしい。ワンワンと声を上げて泣いてしまった。エイジと姉のセイラが二人で何とか対応しているが、落ち着くまでしばらく時間がかかりそうだ。
「あの娘は寂しがりやだからねぇ。懐いた相手と離れたくないんだろうさ」
「そうだったのですか。ですが、酋長殿と一度も面会出来なかったのは残念です」
「そりゃあ仕方ないさね。あの肉の事件で大恥をかいたからねぇ。あんた等の話題を出すだけで不機嫌になるんだよ」
肉の事件とは、酋長の息子がアルヴィーから肉を掠め取ったことに端を発する事件である。アルヴィーから奪った肉を、酋長の息子は自分と仲間が取ったものだと言って両親に渡した。勝手に外へ狩りに行くのは危険だが、獲物を取って帰るほど立派になったと酋長夫妻は喜んだ。そして息子の成長に関して集落で言って回ったのだ。
だが、それがいけなかった。後日、我々が振る舞った肉と息子が持ってきた肉が同じものだった事が発覚したのだ。まあ、ナデウス氏族の者達も絶賛する美味しさだったのだから当然の結末である。流石におかしいと息子に問いただしたところ、悪事を白状したのだ。
このことで酋長は息子を叱るのではなく、自分に恥をかかせたと我々を逆恨みするようになったらしい。親バカなんてレベルじゃないぞ?恨まれる方からすればたまったものではない。その結果、我々は酋長と会話どころか顔合わせすらさせてもらえなかった。
「あの子も一人息子が可愛いんだろうけどね、いい加減にしないとダメだね。これ以上甘やかすなら、次期族長は別の者にさせなきゃあ…」
「オババ様!オババ様はいらっしゃいますか!?」
ムーノ殿が何気に彼らの未来を左右するような事を言い出した時、ナデウス氏族の戦士が慌てて此方に走って来た。何かトラブルだろうか?
「無様を晒すんじゃないよ、みっともない。何かあったんだろ?話しな」
「き、キルデ様が行方不明になったとのことです!」
戦士の報告を聞いて、ムーノは手に持っていた杖を取り落としてしまうのだった。
次回は10月24日に投稿予定です。




