キルデとムーノ
エイジに元気付けられて途中まで送って貰ったアルヴィーは、集落に入ってからもキョロキョロと周囲を警戒しながらオババの家を目指した。今度は絶対に取られたく無いという思いから、かなり慎重になっていたのだ。
「おい、アルヴィー!何してんだ?」
「げっ、キルデなの…」
しかし、アルヴィーは今最も会いたく無かった少年、キルデとその取り巻きに見付かってしまった。彼は先ほどアルヴィーのお土産を奪った少年であり、集落で一番の悪ガキである。酋長の一人息子で次期酋長と目されており、その立場を使って傍若無人に振る舞っていた。
酋長とその妻が躾けるべきなのだが、二人は息子を溺愛しているので強く叱ったりはしない。他の大人が注意すると、自分に都合の良い形に酋長に告げ口するので、集落の大人ですら一人を除いて強く出られないのである。
その状況は、悪ガキをさらに増長させていた。今も取り巻きを引き連れてアルヴィーの行く手を阻み、威圧するように囲んでいる。自分よりも年少の、それも女児にやることではないが、止める者はいなかった。
「げっ、って何だよ?失礼なヤツだなぁ」
「失礼じゃないの。アルヴィーはキルデがキライなの」
「おいおい、そんな口の利き方をしていいのか?俺が酋長になった時に困るぜ?」
「エイジお兄ちゃんが言ってたの。しゅーちょーが偉いだけでキルデは偉くなんかないの。こういうのを『親のナナヒカリ』だって言うらしいの。ナナヒカリは将来マトモな大人になんてなれやしないって」
「何だと!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべていたキルデだったが、アルヴィーの言葉で顔色が変わった。面と向かって酋長としての資質を疑われた経験など一度も無く、ある意味彼を最も動揺させる一言であったのだ。
反論しようにも、両親の事を傘に威張っているのは事実であるので否定する事も出来ない。彼はしばし口をパクパクさせて動くことすら出来なくなっていた。
「アルヴィーはオババさまのところに行くの。邪魔しないで欲しいの」
「…ババアのところだって?」
アルヴィーがオババの名を出してようやくキルデは落ち着きを取り戻した。オババは唯一キルデを叱責する事が出来る大人である。故に苦手意識があり、聞くだけで反射的に不愉快になる名前であった。
「何しに行くんだ?教えろよ」
「イヤなの。キルデには関係ないの」
「いいや、あるね!テキジョウシサツって奴だ!」
「誰が敵だって?」
アルヴィーに教えるように迫るキルデだったが、背後から今最も聞きたくない声を聞いて慌てて振り返る。そこには彼の天敵であるオババがいるではないか。
「ちっ、ババアめ!今の時間は寝てるんじゃないのかよ!」
「昼寝の時間だけどねぇ、スナミが怪我をしたみたいでね。治すために起きたのさ。それで…」
オババはキルデとその取り巻きを、老人らしからぬ鋭い眼で睥睨する。そこにはアルヴィーやセイラと接する時の優しさなどは一切無く、正しく少年達は蛇に睨まれた蛙の如く縮こまってしまった。
「小さな娘を寄って集って…男として恥ずかしく無いのかい?」
「うるせぇ!何をしようが俺の勝手だろ!」
「はぁ…何を言っても無駄だね。アルヴィーや、こっちにおいで。馬鹿共は放っておいて、このオババとあっちに行こうね」
「はいなの!」
一変して柔らかな表情に戻ったオババは、クイクイと手招きしてアルヴィーを呼ぶ。怯んでいる少年達を尻目にオババの元まで駆けて行ったアルヴィーは、そのままオババと手を繋いで歩いて行ってしまった。残されたキルデは二人の背中を悔しそうに睨むことしか出来ないのだった。
◆◇◆◇◆◇
アルヴィーが帰ってからゲーム内時間で約一時間の間、我々は雑談したり模擬戦をしたりしていた。そろそろログアウトしようとしていた頃、アルヴィーの一族であるナデウス氏族の集団がやってきた。
先頭に立っているのは、前と同じくセトゥン殿である。しかし、明らかに以前と異なる点があった。それは訪問した集団のほとんどが武器を持たない女性であることだ。お陰で以前のような物々しい雰囲気ではなかった。
「お久し振りですね、セトゥン殿」
「ああ。そうだな、イザーム殿」
「それで今回はどのような要件でいらっしゃったのですかな?」
「う、うむ。それがな…」
「下がりな、セトゥン」
何か言い澱んでいるセトゥン殿を押し退けて前に出たのは、一人の老婆であった。魔物の骨と節くれ立った木で作られた杖を持ち、特徴的な紋様が描かれたフード付きのマントに身を包んでいる。この老婆がアルヴィーの言っていたオババ様に違いない。
「アタシゃ、ムーノってしがない薬師さ。皆からはオババって呼ばれてるよ」
「存じております、ムーノ殿。アルヴィーは随分と貴女を慕っているようでした」
「ヒッヒッヒ!そうかい、そうかい。そいつは嬉しいねぇ」
オババの本名はムーノと言うそうだ。アルヴィーの様子をそのまま伝えただけなのだが、ムーノは快活に笑っている。他の奥様方もニコニコしており、中には涙ぐんでいる人もいた。ううむ、やはりアルヴィーは何かしら重い過去があるのかもしれない。
「それで、今日来た理由だけどね。アルヴィーに持たせてくれた肉はまだ残っているかい?」
「ええ、ありますよ。偶然大物を狩りましてね」
「幾つか分けてくれないかい?当然、タダとは言わないよ」
「勿論ですよ。お安く提供させていただきますよ」
それからは取引の時間が始まった。どうやらナデウス氏族の間では貨幣が流通していないようで、物々交換で取引することになった。
相手が見せてくれるアイテムは彼らの集落で作製された革製品と毛織物が中心であり、本来ならば高いレア度の肉とは釣り合わない。しかし、彼らが作ったアイテムという事に意味があった。それらを【鑑定】した結果がこれだ!
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ナデウス氏族の隠外套 品質:優 レア度:R
ナデウス氏族に伝わる技法で作られた外套。
羽織った状態でフードをすっぽり被ると、特殊な染料の効果により他者に認識され難くする効果がある。
色のついた皮革でしかなく、防具としては期待出来ない。
装備効果:【隠形】Lv5
ナデウス氏族の癒絨毯 品質:優 レア度:R
ナデウス氏族に伝わる技法で作られた毛織物の絨毯。
特殊な染料で染められており、上にいるだけで徐々に傷が癒えていく。
独特の紋様は美しく、芸術品としての価値も高い。
設置効果:【自動回復】Lv4
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他にも色々とあったが、私が注目したのはこの二つであった。隠外套は認識阻害の効果が、癒絨毯には治癒の効果がある。これから分かることは、ナデウス氏族は染色技術を巧みに使って暮らしていることだ。
戦う力が無いアルヴィーはどうやってシラツキの近くまで来れているのか、ずっと疑問に思っていた。その答えが隠外套なのだ。着ているだけで気配を消す事が可能な外套を着ているからこそ、我々の中ではルビーしか感知できないだけの隠形能力を得られていたのだ。
そして恐らくだが、ナデウス氏族の集落は隠外套と同系統の技術を用いて隠しているのだと思われる。大規模でそれでいて高度な術を施されているから、ルビーでも発見出来なかったのだ。そう考えれば納得が行く。
また、隠外套と癒絨毯の共通点は彼らに伝わる技法によって染色されていることだ。集落の外で活躍する隠外套と集落の内で使われるであろう癒絨毯に同じ技術が使われているということは、生活のあらゆる分野で利用されているということだ。応用が可能な染色するだけでアイテムに様々な効果を与える技術…是非とも教えて欲しいものだ。
「すまないねぇ。あの娘に貰った肉を焼いて食べたら美味しかったんだけど、辺りに香りが立ち込めちまってね。仕方なく女衆に事情を話したら自分達も欲しいって言い出したのさ」
「此方としても助かりました。どうにも保存し難い食材でして、余った分をどうするべきか悩んでいたのですよ。お陰様で廃棄せずにすみそうです」
「お主、ひょっとしてここまで狙っておったのか?」
「その通り…と言いたい所ですが、違います。誰かが我々に興味を持ってくれれば万々歳だと思っていました」
私がアルヴィーに肉を二度も振る舞った理由は、我々はナデウス氏族に利益をもたらし得る存在だと教える第一歩になれば良いと思ったからだ。腐りやすくて棄ててしまう高級肉を有効に活用する方法だろう?
だからまさか今日、即座に反応があるとは考えていなかったのだ。悪い方に事態が進んだ訳では無いし、結果オーライと考えよう。
「少しずつでも良いので、交流を深めて行ければと思っております」
「あんたの考えは分かったよ。それにしても、色んな種族がいるねぇ。風来者ってのはあんた等みたいな奴ばかりなのかい?」
「ハッハッハ。そんなことはありません。どちらかと言えば人間や森人などの人類の方が多いですね」
「人類…ねぇ」
私としては何気なく口にした言葉だったのだが、『人類』というワードを聞いた途端にムーノの表情が険しくなった。何故だろうか?ルクスレシア大陸の者達と風情は異なるが、彼女等も人間だろうに。
「何かお気に障る事を申し上げましたか?」
「いいや、そうじゃないさ。なぁ、イザームよ。アタシ等、ナデウス氏族はあんたの眼にはどう見える?」
「どう、ですか?そうですね…この危険な大地に順応した民族、でしょうか?」
「そういうことじゃない。見た目の話さ」
「見た目ですか?特徴的なフェイスペイント以外は他の大陸にいる人間と同じに見えます」
「…そうなのかい?嘘じゃ無さそうだし、本当にそうなんだろうねぇ」
はぁー、とムーノは深いため息をついた。彼女の表情は険しいものから一変して疲れたような、それでいて悲しいようなものになっている。この問答にどのような意味があったのだろうか?
「あの…ムーノ殿?」
「イザームや。この大陸を冒険するって言ってたらしいね?」
「あ、はい。そのつもりですよ」
「だったら注意しておきな。アタシ等を含めて、この大陸にいるのは魔物と人類モドキだけだってね」
「人類…モドキ?ということは…!」
「想像の通りさ。アタシ等は人間じゃない。大昔に人間の手で改造された種族…疵人。女神に見捨てられた、出来損ないさ」
ムーノは淡々とそう語った。大きな声を出した訳でも、威圧するような言い方であった訳でもない。なのに私は何故か何も言えずに、思わず出もしない生唾を飲み込みそうになるのだった。
次回は10月20日に投稿予定です。




