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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十三章 暗黒の大陸
206/688

大柚子胡椒魚は殴られた

――――――――――


種族(レイス)大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ) Lv77

職業(ジョブ):超食漢 Lv7

能力(スキル):【丸呑み】

   【粘着液】

   【体力超強化】

   【防御力強化】

   【高速再生】

   【待ち伏せ】

   【雷属性脆弱】


――――――――――


 動いた壁の正体は大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)という魔物であった。それを【鑑定】した結果がこれである。レベルは圧巻の77だが、保有する能力(スキル)の数は驚くほど少ない。しかし、だからこそ生態の予測は可能だ。


 恐らくはひたすら獲物が近付くのを待って、能力(スキル)にもあるように丸呑みにしてしまうのだろう。補食のために戦闘などを行わないスタイルでここまで成長したのだと思われる。


 よく耳を澄ませば、穴の向こう側からは水の音も聞こえてくる。きっと川に繋がっていて、大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の巣穴に迷いこんだら食べられてしまうのだ。


「この穴の向こう、結構広い空間があるみたい。そこにその大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)とか言うのがぎゅうぎゅうに詰まってるよ」

「…井伏鱒二かよ」


 ルビーの報告に私が思わず呟いたが、それに反応したのは源十郎だけであった。おいおい、三人とも本を読まないのか?国語の教科書に載っていた時期もあったハズだが…まあいい。


 とにかく、目の前にいるのは巨大な捕食者ではあるが、戦士ではない。そして獲物を食べ続けて成長しているが、外に出ることは出来ない。小説のように悲しんでいるのかは不明である。予想外の事態ではあるが、特に見逃す理由も無いので倒してみるとしよう。


「ジゴロウ、先ずは一発殴ってみてくれるか?」

「はいよォ!」


 私の頼みを嬉々として受け入れたジゴロウは、籠手に雷を纏わせて思い切り殴り付けた。ドゴン、という重たい音が響いた直後にバチバチと黄金の雷光が迸る。音とエフェクトは派手なのだが、壁を殴っているようにしか見えないし今はマーカーが見えないので最初は効いているのかがわからなかった。


 だが、反応は顕著である。痛みからのたうち回っているようで、壁のような肌が激しく動き、我々が立っている通路が思わずよろけてしまうほど揺れ始めた。間違いなく効いているらしい。


「ダメージは通るか。だが、暴れられると通路が崩れてしまいそうだな。ならば…星魔陣起動、呪文調整、麻痺(パラライズ)


 私が【呪術】を使うと、大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)はビクビクと痙攣してはいるが動きを止めた。状態異常への耐性も低いのか?こちらとしては好都合だが、レベルに対してあまりにも情けないな、おい。


「今のうちにボコボコにしてしまおう。体力が多いようだから、威力優先でやってくれ」

「容赦無いのぅ」

「平然とエグいこと言うよね。ボクとしては【短剣術】の大技を実戦で使えて嬉しいけどさ」

「強ェ相手じゃねェならさっさと片付けるぜェ~」

「あの~皆さん、なるべく素材が傷付かないように攻撃してくださいね」


 アイリスによる生産職ならではの要望があったが、結論から言うと考慮する必要はなかった。何故なら、大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)は【高速再生】という能力(スキル)のお陰か傷を負う端から治ってしまうからだ。


 雑に戦っても良質な素材として利用可能なのは有り難いのだが、ここからが地獄の始まりであった。大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の高い回復力は我々五人の総火力とほぼ拮抗しており、さらに奴の莫大な体力も相まって辛い持久戦に突入したのである。


――――――――――


戦闘に勝利しました。

【雷撃魔術】レベルが上昇しました。

新たに轟雷(サンダーボルト)の呪文を習得しました。

【雷撃魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。


――――――――――


「お、終わり?終わりだよね?」

「勝利のインフォが流れたのだから間違いない…と思う」


 それから小一時間、大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)はそのレベルが齎すステータスと強力な能力(スキル)だけで粘っていた。本当にただただ固いだけの壁を殴る作業は辛い。四人とも今はゲッソリとしている。


 私の場合は麻痺(パラライズ)など各種状態異常の維持や【雷撃魔術】に尻尾と鎌も使って攻撃していたので、別の意味でとても疲れた。引き出しが多い分、十全に使いこなそうと思うと大変なのだ。


「剥ぎ取り…終わりましたぁ…」


 アイリスが剥ぎ取りを済ませると、死体が消えて想像以上に大きな空洞が露になった。この空間いっぱいに身体が詰まっていたということは、カルの数倍の体積があったということだろう。結局一度も頭部を見ることはなかったが、間違いなく我々くらいならば丸呑みにする口があったことだろう。


 アイリスが仮想ディスプレイを操作して剥ぎ取った素材とその数、そして【鑑定】した結果を送ってくれた。パーティーを組んでいる者へ見せる事が可能なこの便利機能は、先のイベントと同時に追加されたものだ。どれどれ…


――――――――――


大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の軟皮 品質:良 レア度:S(特別級)

 ブヨブヨとした大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の皮。

 水を弾く性質があるが、電撃にとても弱い。

 上質な外套の素材となる。


大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の粘液腺 品質:良 レア度:S(特別級)

 大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の粘液を分泌する器官。魔力を送り込むことで同質の粘液を分泌させられる。

 爽やかな香りを発するが、粘着性が高く、一度付着すると取ることは難しい。


大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の顎骨 品質:良 レア度:S(特別級)

 あらゆる生物を喰らう大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の頑丈な顎の骨。

 住処へ迷いこんだ獲物を丸呑みにして喰らう際、この顎によって逃がさないように挟み込む。

 ほんのりと爽やかな香りがする。


大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の腿肉10kg 品質:優 レア度:T(秘宝級)

 爽やかな香りを放つ大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の肉。これは腿の肉である。

 柔らかく、脂が乗っていて非常に美味な高級食材。

 腐りやすく、直ぐに食べられなくなる。


――――――――――


「これはまた奇妙な…コメントに困るぞ」


 大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)という名は伊達ではないのか、皮以外の全てから爽やかな香りがするようだ。実際にアイリス一つだけインベントリから肉を出して貰った所、本当に柚子を思わせる香りがふわりと漂ってくる。…何だこれ?


 巨体であったからか、アイテムとしての肉のサイズはかなり大きい。説明文の通りなら、これだけで10kgあるのだろう。腿以外にも肩肉や胸肉などもあるらしい。説明文は誤差なので省く。


 それにしても、肉が最もレア度が高いというのも驚きだ。私は食事出来ないので、私の取り分はカルと他の皆に渡すとしよう。


「お肉のグラム表記を足しても100kgに達しないので、ドロップ品特有の目減りは起きているみたいです。それでも相手が格上だったこともあって五人で戦ったドロップ量としては多いですけど」

「見た目は鶏肉っぽいかな?大きさと重さがおかしいけど…」

「うむ。しかし、他の食べるアイテムと同じく味などしないのではないかの?」

「食ってみりゃァわかンだろ。アイリス、一個くれよ」

「え?はい、どうぞ」


 そう言ってジゴロウはアイリスから肉を一つ譲渡してもらうと、何とそれに生のまま齧ったではないか!そのままモゴモゴと生肉を咀嚼している。そりゃあこれはゲームだけども!生肉とか平気で食べてそうな見た目だけども!ビックリするだろう!?


「…旨い。旨いぜ、これ!」

「あ、味があるのか!?」


 ジゴロウは驚愕して目を見開いて呟いた後、貪るように肉を喰らい始めた。勿論、生のままである。


 絵面が完全に山に潜む悪鬼の食事シーンなのだが、問題はそれよりも明確な味のある食材の発見である。仮想世界における飲食は、基本的に味気ない物とされている。無理なダイエットを助長したり、あまりに美味すぎれば現実の食事への興味が薄れたりするからだそうだ。


 なのにジゴロウはハッキリと味を感じているらしい。飲み物はともかく、食べ物で味があるのは…大丈夫なのか?主に法律とかそういう方面で…


「味をしっかり感じる食材…それって高級品に限るんだと思いますよ」

「どういう事だ?」

「それはですね…」


 私の疑問を察したアイリスが、彼女の見解を教えてくれた。問題は味のある飲食物アイテムそのものではなくて、それを用いたリアルへの悪影響である。なので味を感じる食材は、全て簡単には入手出来ない高いレア度のアイテムに限られるのではないか、と彼女は考えたのだ。


 確かに、この『大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)の肉』のレア度はT(秘宝級)とかなり高い。説明文にも高級食材とあるので、市場価格は高額に違いない。リアルに影響を及ぼす量を買い占めるのが不可能であるなら、悪影響を及ぼす原因にはならない。だから法的な問題には当たらないだろう、と。


 言われてみればその通りなのかもしれない。ただアイリスの予想が正しければ、この肉はとんでもなく高額ということになる。換金手段が今は無い事が悔やまれるなぁ。それに腐りやすいということなので、早めに食べなければゴミと化すらしい。無駄にするのは勿体無いし、どうするべきか…


「ここで悩んでいても仕方がない。一旦外に出よう」

「賛成だよ。ボクが先導するね」


 ともあれ、肉の使い道についてあれこれ考えるよりもこの穴から外に出るのが先決である。我々は入った時と同じように、ルビーの先導されて外に出るのだった。



◆◇◆◇◆◇



 大柚子胡椒魚(オオユズコショウウオ)との戦闘で疲れたこともあって、我々はカルを連れてシラツキに戻る事にした。その際、肉塊の一つをカルにあげると置いてきぼりされて落ち込んでいたのが嘘のように上機嫌となっていた。カルにとっても旨い肉であるようだ。


「ジゴロウ、そんなに旨かったのか?」

「いや、絶品って感じじゃねェな。下味を着けた肉の刺身って感じだったからよォ。生だってのも理由かもしれねェが…」

「あんなに驚いてたのは、味がしたからってことなんだ?」

「そうだぜェ。普通に旨ェが、それだけだ」


 ほうほう、美味しいと言ってもリアルの高級料理に比べれば大したことは無いということか。ならば高級食材をどこまでも求めるプレイヤーは、好事家か酔狂な美食家くらいだろう。


「ジゴロウさん、お肉を食べた後、身体に何か変化はありましたか?」

「それも無ェな。ジジイのところで飲んだ茶とは違うみてェだ」

「これだけのレア度のアイテムで食事効果が無い、というのは奇妙です。高級品でも調理しないとポテンシャルを活かしきることは出来ないようですね」


 高級肉も調理しなければ味がして満腹度を回復させるだけのアイテムになってしまうということか。ふむ、ならば…


「今日はシラツキで焼き肉パーティーと洒落こもうか?」

「いいねェ!」

「みんながログアウトする前にやるんだね!」

「ならばクランチャットで連絡しておくぞい。運良く今日は全員がログインしておるようじゃし」

「こんなこともあろうかと、実はBBQセットを作ってあります!」


 四人の盛り上がりは半端ではなかった。皆が喜ぶ提案が出来たなら、私も嬉しい。ただ、一つだけ残念な点があるとするなら、発案者たる私自身が食べられないことなのだが…水を差すのも悪いから黙っておこう。そんなことを考えながら、我々はシラツキへと【時空魔術】によって帰還するのだった。

 学生時代にテストで解答欄に井伏鯖二と書いて先生に怒られた記憶。


 次回は10月12日に投稿予定です。

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