セイVSシェントゥ
キリのいいところまでにしたので、ほんの少しだけ普段よりも長いです。
「待てやコラァ!」
「キキィッ!しつこいネ!」
セイは木の枝を跳び渡りながら、シェントゥを追跡していた。シェントゥは小柄故に小回りが利くので、機敏に動いて振り切ろうとする。しかし、大柄なセイの方が単純なスピードで勝っているので、巻かれることも無い。
「ほとんど練習してないけど、コイツを当ててやるぜ!」
不毛にも思える鬼ごっこだが、ここでセイが勝負に出た。彼は腰のポーチの中から、丸く形状を整えてある礫と投石器を取り出したのである。
投石器は【投擲術】用の武器であった。故に能力による補正を受け、対応する武技も使える。『投擲』という文字から【投擲術】は素手でしか使えないイメージがプレイヤーの間にあったのだが、実はそうでは無い事が最近判明したのだ。
どうして今まで知られていなかったのかと言えば、【投擲術】が圧倒的に不人気な能力だからだ。遠距離攻撃として、命中率と威力の両面で弓の方が上なのである。一応、何処にでも転がっている小石などを使えるので金銭面で有利なのだが、前述の理由により同じ時間辺りの稼ぎの効率で劣ってしまっている。なので結局は弓を使った方が稼げるので、唯一のアドバンテージも潰されていたのだ。
それはプレイヤー間では常識であり、余程の事情かこだわりが無い限り【投擲術】を選ぶ者は居なかった。しかし、世の中には妙なこだわりを持つ者がいるもので、何故か【投擲術】を極めんとする者が現れたのである。
そのプレイヤーが最近になって投石器を使える事を発見し、掲示板で情報を拡散した。すると弓よりも嵩張らず、しかもいざというときは素手でも使えるという点から【投擲術】は陽の目を見ることになる。今では前衛職のサブ武器としてそれなりに使えわれるようになった。
情報をチェックしていたセイも、流行に乗るように【投擲術】を習得した。彼の場合は仲間にしいたけがおり、彼女が用意する投擲用アイテムが有れば凶悪な攻撃手段になると確信していたからこその決断である。
そして彼が用いる投石器だが、もちろんアイリス謹製であった。『黒死の氷森』で倒した魔物の毛を紡いで作られた糸が使われたことで、投げた時の弾速と水属性のダメージが上昇する効果が付与されている。
まだ能力のレベルが低くとも、当てる事くらいは出来るはず。そう考えたセイは、礫を投石器の幅が広い部分に置いてから回転させる。そして十分な遠心力が得られたと判断した時、武技を使って礫を放った。
「食らえっ!速投!」
「ウゲェッ!?」
セイが放った礫は、見事にシェントゥの胴体を捉えた。予想もしていなかった攻撃が、丁度空中にいた時に食らったシェントゥはバランスを崩してしまう。地面に落ちずに枝に掴まる事は出来たが、片手でぶら下がる形になってしまった。
シェントゥは即座に枝に登って逃げようとしたものの、特大の隙を逃すセイでは無い。シェントゥが掴まっていた枝によじ登った時、セイは新調した棒を大上段に振りかぶって襲い掛かっている所であった。
「オラァ!」
「ギャアアッ!?」
セイが購入した棒は、表面に鋲のような細かい凹凸が無数にある細長い金砕棒である。その半ばには握りとなる布が巻かれている所から、主に両端を鈍器として用いる武器だと分かることだろう。
セイの金砕棒を両腕を交差させて防いだシェントゥだったが、渾身の打撃は随分と効いたらしい。鈍い音と共に悲鳴を上げたシェントゥの頭上に浮かぶマーカーには、部位破壊のアイコンが点灯している。シェントゥは痛みに顔を歪め、セイは手応えに獰猛な笑みを浮かべた。
「ギキィ…よくもやってくれたネ…」
「へっ!ちょこまか逃げるのもここまでだぜ!俺達の手でぶっ殺してやらぁ!」
シェントゥの忌々しげな視線を真っ向から受け止めながら、セイは威勢良く啖呵を切った。彼は【鑑定】の能力を持っていないので、相手のレベルや種族は不明である。故に正確な強さを推し測ることは出来なかった。
しかし、全力ではあっても武技を使っていない攻撃で腕が折れる防御力しか無いことは分かっている。ならば棒で殴り続ければ必ず倒せる。そう確信していたのだ。
「…ぶっ殺すだっテ?ただの魔物風情ガ?このシェントゥ様を?」
腕を擦っていたシェントゥだったが、セイの『ぶっ殺す』という言葉を聞いて動きが止まる。そしてフルフルと震えたかと思えば、激怒に顔を歪ませたではないか。
「調子に乗るナ!お前如きが、この朱厭にまで至ったシェントゥ様に勝てるものかァァ!」
「いぃっ!?」
セイの態度は、自尊心の高いシェントゥの逆鱗に触れたらしい。恐ろしい形相で怒鳴ると、その口から何と舌が伸びて飛び出した。
蛇行しながら迫る舌の先端には、太く鋭い毒針が付いている。鞭のようでありまた槍のようでもある舌は、シェントゥの最高にして必殺の武器であった。
「けど、遅ぇよ!」
「ひょっ!?」
セイは少し驚いたが、それだけであった。彼は【悪鬼舌】を使うジゴロウを見たことがあったので、初見のインパクトはそこまで大きくなかったのである。
また、つい先日に源十郎との模擬戦に付き合わされた事で、素早い刺突には目が慣れている。そのお陰でセイは容易く回避することに成功した。
「ほいっ、と!」
「ギエェッ!?」
しかし、セイは躱すだけでは終わらなかった。彼は金砕棒を器用に回して舌を絡めとると、一本釣りの要領で思い切り引っ張ったのである。
やられたシェントゥはたまったものではない。鰹の如く急に引き寄せられた彼は、思いも寄らない事態に混乱してしまう。背後で暗躍する立ち回りを好む性格が災いして、自分自身が危険に曝された経験が極端に少ないことが仇となったのである。
「ふんっ!」
「ギャアアアアア!!?」
力任せに引き寄せたセイは、飛んできたシェントゥの顎を蹴り上げた。口から舌を伸ばしていたので、シェントゥは己の舌を噛み切ってしまう。
蹴り飛ばされたシェントゥは、何とか尻尾の先にある手で枝を掴むことで地上への落下を免れた。だが、ダメージは少なくない。体力の減少もあるが、それ以上に舌という武器を失った事が大きかった。
「キッ…キキッ!な、中々やるようネ!お前、このシェントゥ様に仕えないカ?」
「はぁ?」
プライドを傷つけられて怒りのままに攻撃したが、手痛い反撃を受けたことでシェントゥは我に返った。元々、彼は身体能力を活かして戦うタイプの妖怪では無い。なのに戦士であるセイと殴り合いをするという愚を犯している事に気付いたのである。
このままでは本当に討たれてしまうかもしれない。そう思ったシェントゥは、口を押さえながらセイを勧誘し始めた。セイからすれば意味不明の行為だが、余りにも予想外であったが故に耳を傾けてしまう。それを見たシェントゥはニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「馬鹿ネ!『動くな』!」
「うぎっ!?」
シェントゥの命令を聞いたセイは、一度ビクンと痙攣してから動きが止まってしまった。この言葉で他者をコントロールすることこそ、シェントゥの十八番なのだ。
彼の種族である朱厭は中国の妖怪であり、これの出現は戦争の兆候だとも伝わる。その伝承からか、朱厭には【煽動】という能力が備わっていた。
これはNPCの不安を煽って攻撃的にする、という普通のプレイヤーなら使い所に困る能力である。これをNPCであるシェントゥは上手く使いこなして来た。妖怪同士で争いを起こさせ、疲弊した所を襲撃して漁夫の利を狙うのだ。
だが、そうやって小狡い真似をしていた彼に転機が訪れた。そのきっかけとなったモノこそ、首から提げた巾着袋に入っているアイテムであった。
「キキキキキッ!この種のお陰で、全てが上手く回るようになったネ!」
シェントゥは巾着袋を大事そうに撫で回しながら、恍惚とした表情を浮かべる。その中にあるのは、『仙桃の種』という特殊なアイテムであった。これは『仙桃』という華国にある険しい山の上でのみ自生する植物の種であり、魔力を溜め込む性質を持つ。
外付けのバッテリーのようにも使えるのだが、種に溜まった魔力を使って武技や魔術を使うとその威力が上がる性質がある。また、魔力を使って発動する能力の効果を高める力もある。これが重要なことであった。
シェントゥは元々、華国の辺境にある山の奥地に暮らす普通の妖怪であった。しかし、希少な『仙桃の種』を入手してからは【煽動】の能力が強化されて他者を洗脳することまで可能になってしまった。
『仙桃』と『仙桃の種』は、華国に住まう妖怪達にとって伝説の宝にも等しい。強力なアイテムを得たシェントゥだったが、彼は己が決して強くない事を自覚していた。故に種の力を狙う者達から襲われる事を恐れ、種について知っている者がいないであろう『天霊島』へやって来たのである。
それからは自分と姿が似ている狒々に上手く取り入って群れの一員となり、全体を洗脳して実質的な支配者にまで上り詰めた。更に島全体を支配しようと画策し、今に至るのである。
「チッ、種の力を消費しちゃったネ…忌々しい奴だヨ!」
「…」
石像のように動かないセイを、シェントゥは折れていない方の腕で何度も殴った。洗脳によって動きを封じられているので、彼は抵抗するどころか話すことすら許されない。正にされるがままであった。
「フゥ…。思いがけず時間を取られたヨ…急がないとネ」
セイを気が済むまで殴った後、シェントゥはこれからの事について考えを巡らせる。麓の妖怪達だけではなく、鬼と天狗まで自分達の縄張りに侵攻していたのは予想外であった。
しかし、これはむしろ好機なのかもしれないとシェントゥは思い直した。纏まった戦力が外に出ているのなら、彼らの巣、即ち『天霊の都』の防御は手薄になっている。ならば蛮闘狒々王率いる部隊は容易に陥落させられるのではないか。
縄張りに残っていた者達は全滅するかもしれないが、代わりに堅固な拠点を簡単に奪えるのなら収支はプラスである。それが狒々達を単なる駒としか数えていないシェントゥの出した結論であった。
「キキッ…キキキキキッ!やっぱり運はこのシェントゥ様の味方だヨ!今日だけは女神に祈ってやってもいいかもネ!」
「ああ、そうかい」
「!?」
アクシデントすらも己を利する状況に、運命に愛されていると錯覚して陶酔していたシェントゥだったが、背後から頭頂部を強打されてしまう。太い枝から落ち行く時に、歪む逆転した視界に映ったのは金砕棒を振り下ろしたセイの姿であった。
「助かったぜ、テス」
そう言ってセイは肩に座るテスの頭を指先で優しく撫でる。彼の洗脳が解けたのは、従魔であるテスの功績だった。彼女は幻蝶純妖精から幻精霊へと進化を遂げている。彼を救ったのは、この進化によって得た新たな力であった。
幻精霊は光精霊の亜種で、攻撃力に劣るが種族として持つ【操幻】という能力によって蜃気楼などで幻を見せたり、逆に幻を打ち消したりすることが出来る。イザームの【邪術】に似た事が可能であり、その解除まで可能なのだ。
その【操幻】の力を発揮させた事で、セイの洗脳を解く事に成功したのである。少し時間が掛かったのは、『仙桃の種』で強化されていたからだった。
そんなテスの力どころか存在すら認識していなかったシェントゥは、これまでで最も強い打撃を頭に受けた事でスタンの状態異常になってしまった。なのでこれまでのように咄嗟に手や尻尾を使って枝に掴まることは出来ず、重力のままに落下していった。
「いいタイミングだぜ、フィル!やっちまえ!」
「ウォオオオオオオオオン!!!」
シェントゥが地面に激突する直前に、ようやくフィルが追い付いた。木々を飛び移っている内に、陸路で行くには遠回りしなければならない場所を通っていたためだ。
テスと同じく、フィルも進化を果たしている。彼は氷刃角狼から氷刃角勇狼となった。進化によって、彼の咆哮には味方の強化と恐怖の状態異常への耐性を付与する効果が加わっている。これは『黒死の氷森』で幾度となく恐怖を与えてくる敵と戦った経験が、進化先へと影響したようだ。
フィルは吠える事で自分を強化すると、種族の通りに刃のような角に冷気を纏わせて突進した。空中でスタン状態であるシェントゥに、回避する余地は無い。羅雅亜のそれに匹敵する突撃が腹部に直撃し、鋭い角は貫通してしまった。
フィルの疾走はそれだけでは終わらず、勢いのまま身近にあった大木に角を突き立てる事でようやく止まった。突撃の衝撃で大木が大きく揺れ、ミシミシと嫌な音を立てる。彼の突進が凄まじい威力を誇っていた証左と言えよう。
「ゴボッ…し、従…」
フィルの角に貫かれ、更に頭部と大木に挟まれて身動きが取れなくなったシェントゥであるが、しぶとくもまだ生きていた。なのでスタン状態から立ち直ると即座にフィルを洗脳しようと試みた。
しかし、然しもの彼も瀕死の重傷を負っている。息も絶え絶えで、命令を言葉にするのも億劫な程であった。なのに不思議と頭の中だけは妙に冴え渡っていて、彼は追い詰められた状況にあって自問自答していた。
運命に愛されているハズの自分が、どうしてこんな目にあっているのか。それが不思議でたまらなかったのである。だが、同時に運命に愛されている自分ならばこの状況からも何らかのきっかけさえあれば切り抜けられるという、根拠の無い自信にも満ちていた。
「コイツでトドメだ!車輪破砕撃!」
ノロノロとしか動けないシェントゥに、セイは容赦無く大技を繰り出す。車輪のように回転しながら連続で敵を叩きのめす武技によって、シェントゥの残った体力は消し飛ばされた。
彼は疑問と根拠の無い自信を抱いたまま、消滅してしまう。天霊島を騒がせた黒幕は、こうしてあっさりと敗れ去ったのだった。
従魔と確固たる信頼関係を築いたセイと、支配している者は多くても駒としか考えないシェントゥの戦いでした。近親種でも、中身は正反対だった訳ですね。
漁夫の利狙いばっかりの頭脳派(笑)が、仲間までいるゴリゴリの武闘派と戦えばそりゃあ瞬殺ですよね?
次回は9月6日に投稿予定です。




