狒々掃討戦、開始!
天狗達と麓の妖怪達が休戦協定を結んでから数日後、遂に妖怪達が動き出した。本格的な決戦に挑むつもりであるらしい。それに合わせて、天狗と鬼の戦士達も出陣することとなった。
「彼奴らが何を企んでいるのかは不明じゃ。まだ何か秘策が用意されておるやもしれん。心して掛かれぃ!」
「「「応!」」」
この討伐作戦は、総大将として大天狗自らが出陣していた。とは言え、都の長が最前線に出る訳にはいかない。なので彼は後方、それも都の城門にある見張り台から指揮に徹する予定である。
しかし、万が一にも備えて何時でも援軍に向かえる位置にいるのである。ジゴロウ達は大天狗が本気で戦う所を見たことが無いのだが、彼さえいれば間違いなく守りきれると鬼達は口を揃えて言う。なので心配など微塵もしていなかった。
「けどよォ、結局パーティー単位で動く事になンだなァ」
「仕方があるまい。森を焼き払う訳にも行かぬのじゃからな」
ジゴロウが言う様に、突入するにあたっては軍団全員で纏まるのではなく、パーティー毎に少しずつ距離を開けて進軍する事になっていた。勿論、これには理由がある。それは森の中で最も効率的に戦えるのが、パーティーの人数であったからだ。
都の周囲の森からは、ジゴロウ達の奮戦と鬼と天狗達による地道な戦いを経てほぼ狒々を追い出す事に成功している。しかし、まだまだ居座っている狒々も多数おり、それらからの奇襲が予想される。その奇襲に対応しやすいのが、パーティー単位で行動することだったのだ。
パーティー間の距離は常に保つように徹底されていて、すぐ近くのパーティーが襲撃されたら即座に援護へ向かう事が出来る。鬼と天狗達の練度が窺えるだろう。
「まあまあ。進軍や言うても、ワイらは自由行動やで?いつも通りですやんか」
「合わせて動く、なんて無理だもんな」
その中で、ジゴロウ達は自由行動を認められていた。彼らが戦力として数えられていると言っても、所詮は外様の者達である。足並みを揃えて動くのはほぼ不可能だ。
無理に合わせようとすれば、確実にそこが敵の付け入る隙となる。であれば最初から自由行動をさせておき、敵陣を引っ掻き回す役割を与えた方が良いと判断されたのだ。
「無駄話はその辺にして、儂らも出陣しようかの」
「強ェ奴が絶対いるよなァ?へへっ、楽しみだぜェ」
こうして、『天霊島』における狒々の掃滅作戦が開始された。どのような経緯を辿るにせよ、この島の狒々が絶滅する勢いで減少してしまう事を誰も疑っていなかった。
◆◇◆◇◆◇
「あ、せや。今日って生産イベントの初日ですやん」
ジゴロウ達が鬼達よりも先行して森を歩いていると、ふと思い出したかのように七甲が口を開いた。彼が言うように、今日は生産イベントが行われている日であった。四人とも狒々の事件に係りきりで、しかも興味そのものが余り無かったので今まで失念していたのだ。
「アイリスはんとしいたけはんの作品、賞とか取れるとええですな!」
「入賞ならしそうじゃないか?後、しいたけが前にイベントで儲けてやるとか息巻いてたけどさ、上手くいったのかよ?」
四人の下にも、二人の作品のスクショと【鑑定】した結果は送られている。二人とも個性的な作品を生み出しており、優勝するかどうかはともかく、何らかの賞は狙えるのではないかと思っていた。
「金は知らねェが、イベント当日ってこたァ第三陣のプレイヤーが来る日って事かァ」
「そうじゃったなぁ。忘れとったわ」
源十郎は忘れていたが、この三日間続くイベントの初日は第三陣のプレイヤーがやって来る日でもある。初心者がジゴロウと戦えば、ジゴロウや源十郎と同じタイプのリアルでも強い者がいない限り勝てる訳が無い。
しかし、初心者も時間が経てば熟練者に変わる。その時、互角に戦えるまでに成長したプレイヤーが出てくるかもしれない。血沸き肉踊る戦いを求めるジゴロウにとって、新たなプレイヤーの増加は即ち新たな強敵候補の追加でもあるのだ。
「ってこたァ魔物のプレイヤーも増えンだろ?バーディパーチにも新しくプレイヤーが来るかもなァ」
「鳥人を選んだら、シオちゃんと同じくバーディパーチからスタートやろ。そうなると…話に聞いた二人と鉢合わせになるんちゃうか?」
「…トラブルになるんじゃねぇの、それ?」
セイはスクショで送られてきた、新たな仲間になるかもしれない二人の容姿を思い出して遠い目になってしまう。人柄は問題ないようだが、もしも自分がバッタリとフィールドで出会したら迷わず先制攻撃してしまう外見をしていたからだ。
街の内部で戦闘になったりしないだろうか?セイに限らずジゴロウすらもそんな心配をしていた。
「グルルルル…」
「フィル、近くに居るんだな?」
「ウォン!」
ジゴロウ達が雑談に興じている間も、セイの従魔であるフィルは嗅覚を活かして警戒を怠っていなかった。以前は奇襲を許してしまったが、狒々の臭いを嗅ぎ分けられるようになった彼にはもう通用しない。潜んでいる場所までも把握していた。
「あそこだ!」
「はいよ!聖光!」
「キキィィィ!?」
セイが指差した樹上に向かって、七甲が魔術を放つ。するとフィルが察知した通り、狒々が潜んでいたらしい。魔術に貫かれた一匹が、細い枝をバキバキとへし折りながら落ちてきたのだ。
「雑魚ばっかだなァ」
「手早く始末しようかのぅ」
「ウキィィィィィ!!!」
ジゴロウは強敵と言える個体がいない事に不満げであるが、ちゃんと戦うつもりはあるらしい。油断なくファイティングポーズをとった。隠れているのがバレていると知ったのか、狒々達も樹上から姿を現して襲い掛かってくる。この作戦における、ジゴロウ達の最初の遭遇戦が始まった。
◆◇◆◇◆◇
ジゴロウ達が戦闘を開始した頃、妖怪達と狒々達は激しくぶつかり合っていた。妖怪達は狒々の縄張りへ大規模な侵攻を開始し、それを迎え撃った形になる。
ここは狒々の縄張りなので、最初は彼らの方が優勢であった。だが、参戦している妖怪達には様々な種族がいる。よって多彩な戦い方が可能であり、戦いを有利に運ぶことが可能だ。
最初の勢いは既に無く、以前に撮影された戦闘の焼き直しのように狒々達は追い詰められている。以前と同じように、最高戦力である蛮闘狒々王が来なければ逆転は難しいだろう。
「チッ!間が悪いネ!」
しかし、運が悪い事に蛮闘狒々王はこの場に居なかった。と言うのも、実質的な支配者であるシェントゥの命令によって他の場所を攻めているからだ。
「これじゃあ、森の縄張りは捨てるしか無いネ。予定とはちょっと違うけど、仕方ないネ!お前とお前は付いてきて護衛ヨ!残りは死ぬまで戦うネ!」
逆転の目が無いと悟ったシェントゥは、狒々達に命令すると二匹の狒々を引き連れて一目散に逃げ出した。目指すは彼が育て上げた最強の駒、蛮闘狒々王の下である。
「アレさえ居れば安心ヨ。ちゃっちゃとあの頑丈な巣を奪って、この島をいただく足掛かりにするネ!」
シェントゥの言う頑丈な巣とは、『天霊の都』のことである。最高戦力である蛮闘狒々王を投入し、可能な限り手早く制圧する作戦だった。
その為、縄張りの守りが手薄になってしまった。このままでは確実に敗北して縄張りを失うが、新たな拠点を奪い、そこに住む者達も自分の下僕としてしまえば己の勢力はむしろ増すに違いない。
「コレにも十分な魔力が集まったネ。後は安全な場所で使えば…キキキキキッ!」
シェントゥは首から提げている巾着袋の上から、中身を大事そうに触りながら高笑いを上げる。その顔は戦場からの逃亡者とは思えない程に自信と野心に満ち溢れていた。
彼は縄張りに残っている狒々達をかき集めながら、蛮闘狒々王と合流すべく『天霊の都』を目指していた。その時、進行方向から何かが戦う音が聞こえて来た。
「誰と戦っているのヨ?こっち側に妖怪はいないはずネ」
この時、シェントゥは妖怪達の動きに合わせて天狗達が動いた事を知らなかった。なので縄張りの『天霊の都』に近い辺りで戦闘が起きているのを、純粋に疑問に思ったのである。
「まあいいヨ。少しでも壁は欲しいネ。アッチに行くヨ!」
故に戦闘が起こっている事そのものを重要視せず、取り巻きを引き連れて戦いに乱入する。斥候を放って相手の戦力などを調べたりしなかったのは、一刻も早く仲間を援護しようと思ったからではない。単にこの数がいれば、何が相手だろうと押し潰せると高を括っていたからに過ぎなかった。
「ウォン!ウォン、ウォン!」
「…皆、敵の援軍だ!」
「気付かれたみたいネ。けど、関係ないヨ!行け、お前達!」
シェントゥの接近にいち早く気が付いたのは、角の生えた淡い青色の毛皮を持つ狼であった。その狼は彼を睨み付けながら、激しく吠えている。その吠え声に呼応して、仲間と思われる棒を振り回す大猿が他の者達に警戒を促す。しっかりと連携が取れている者達であった。
ここに来てようやく、シェントゥは戦っている者達が彼の妖怪に関する知識に無い事に気が付いた。妖怪とはアクアリア諸島にいる魔物の呼称でしかないのだが、逆に言えば妖怪と呼ばれない魔物はアクアリア諸島出身ではないのである。
「余所者ネ?何故こんな所に…」
「おい、爺さん!アイツ、ターゲットじゃね?」
「キキッ!?」
姿を現したシェントゥを指差したのは金色の鬼…即ちジゴロウである。独特の毛色と首から提げた巾着袋という特徴を見間違える訳が無かった。
図らずも標的を見付けて喜んでいるジゴロウ達に対して、自分が狙われているとは少しも考えていなかったシェントゥは激しく動揺していた。裏方で狒々達を操る事に徹し、戦いの場には決して出なかった自分の存在を知られているとは思っていなかったのだ。
「そうじゃのぅ。運が良いわい。あの猿を討ち取れば…」
「お前らっ、絶対にコイツらを足止めするネ!」
討ち取る、という言葉を聞いてからのシェントゥの行動は速かった。彼は逃走中に集めた全ての戦力をジゴロウ達にぶつけ、自分だけは即座に逃走することを選んだのである。
狒々達は命令に従い、牙を剥き出しにして襲い掛かる。躊躇う様子を一切見せずに味方を捨て駒にする思い切りの良さに、今度はジゴロウ達が驚かされる番であった。だが、リーダーである源十郎の判断は素早かった。
「セイ、追い掛けるのじゃ!儂等は片付けてから向かう!」
「わ、わかったぜ!フィル、臭いを追って付いてこい!テスは俺の肩にしがみつけ!」
木々の枝を足場にして逃げるシェントゥだが、同じ猿系の魔物であるセイならば追いかけられる。天霊島の森の中で、猿同士による鬼ごっこはこうして始まるのだった。
次回は9月2日に投稿予定です。




