ラウンジにて
ネナーシ達と思わぬ遭遇をした翌日、仕事が終わってからログインすると浮遊戦艦のラウンジで何か盛り上がっている声が聞こえて来た。気になったので私が向かうと、そこには今アクアリア諸島にいる四人と邯那・羅雅亜の夫婦コンビ以外の全員が集まっていた。
「どうした、皆?随分と楽しそうだ」
「あっ、イザームじゃん!遅かったね!」
私の登場に気が付いたルビーが、シオの膝の上でポヨンポヨンと飛び跳ねる。とても平和で微笑ましい光景だ。
「ああ、仕事が少し長引いてね。それで、何かあったのか?」
「そうだよ!ほら、これ見てよ!」
「これは…剣か」
ルビーに促された私は、皆が取り囲んでいた机の上を見た。そこには二振りの剣が置かれている。片方は片刃の直剣で、もう片方は両刃の短剣であった。
象牙色の刀身の根元には龍の、金縁に彩られた鐔には唐草模様めいた精緻な彫刻が施されている。柄には滑り止め用の革が巻かれており、この剣があくまでも壁に掛ける飾りではなく実戦用の品であることが伝わって来た。
ただ、柄頭には指輪などで宝石を固定する爪だけが付いているのが奇妙である。装飾なのかもしれないが、仮にそうだとしても爪だけでは不恰好でしかない。未完成品だったら見せないだろうし…ううむ、何かのギミックがあるのだろうか?
「これは…アイリスが造ったのか?」
「その通りです。今週末のイベントに提出する作品ですよ」
「ほう…【鑑定】してもかまわないか?」
「勿論です!」
我々の中でここまで凝った武具の製作が可能なのはアイリスだけである。だからこそ、妙な部分が気になったのだ。
それにしても、腕利きの職人である彼女がイベントに提出する作品か。声から自信が溢れているし、余程良い作品に仕上がったのだろう。ならばきっとこの爪にも意味があるに違いない。それでは、【鑑定】だ!
――――――――――
色無き龍牙剣 品質:優 レア度:T
属性を失った龍の牙から造られた剣。
軽いが生半可な金属ならば易々と切り裂くだろう。
柄頭の爪に魔石を嵌め込むと、その魔石の属性を刀身に付与することが可能。
装備効果:【斬撃強化】Lv5
【強度上昇】Lv5
【属性付与】
――――――――――
これが【鑑定】した結果であった。【斬撃強化】によって剣としての力を上げ、【強度上昇】によって非金属素材の脆さをカバーしている。シンプルな効果付与によって、通常の剣としても優れているように思う。
しかし、この剣の最大の特徴はむしろ柄頭にある爪の方だったらしい。この部分に魔石を嵌め込むことで、様々な属性の武器として利用出来るのだから。
「最初は三種類以上の属性を持った武器が造れないか試行錯誤していたんです。でも技術的に無理で…だったらいっそのこと属性を後付けすれば良いって思って作りました」
「属性付きの魔石を利用するってアイデアは魔道具から来てるんだぜぃ。その場にいたこのしいたけが証言しよう!」
「なるほど、魔道具か…」
しいたけがアイリスよりも誇らしげなのは謎だが、魔道具のシステムを武器に取り入れる発想は面白い。魔道具は便利グッズだというイメージが強かったが、強力な武器に応用も利くとは知らなかった。単純ではあるが、固定観念を壊した発想は素晴らしい。
それでも、イベントの最優秀賞を取るのは難しいと思う。性能も見た目も素晴らしいが、鍛冶専門のプレイヤーなら同等以上の作品を提出するだろうし。それでも、間違いなく入賞はするに違いない。
「流石はアイリスだ。私は剣の事は良くわからないが、【鑑定】の結果からもこれが名剣と呼べる作品なのは確信出来る」
「ありがとうございます!」
アイリスは嬉しそうに触手をくねらせている。作りたい物を形に出来た達成感に包まれているのだ。
「ところで話は変わりますけど、ネナーシさん達っていつ頃合流出来ると思いますか?」
エイジはふと思い出したかのようにそう言った。もう片方の実力は不明だが、ネナーシは複数の同格の魔物を相手にして互角に渡り合う位には強い。少しレベルを上げれば、今の『黒死の氷森』ならば突破可能だ。
だが、問題は『龍の聖地』に入れるかどうかである。我々は試練の代わりに古代兵器を操る外敵を討ち果たしたが、彼らを待ち受けるのは番人である神代光龍女王であるラングホート様だ。結界を維持し、来訪者に入る資格があるかどうかの試練を課すのが彼女の番人としての役割であった。
今の我々全員が束になっても彼女に勝つ事など不可能である。それどころか、トッププレイヤーが結集しても不可能だろう。なので彼らが乗り越えるべき試練はラングホート様に勝利することでは無いと予想される。
ただ、そうなると何二人がをさせられるのか全くわからない。アドバイスもサポートも出来ないので、二人には自力で頑張って貰うしか無いだろう。
「さあな。二人の都合もあるし、一日や二日では無理だろう。我々も船の完成にはまだまだ時間が必要だし、気長に待とう」
「あっ、船のことですけど、今のペースだとリアル時間で来週には完成しそうです。ですよね、トワさん?」
「はい、アイリス様」
確認するように尋ねたアイリスに、十八號…改めトワが肯定しつつ一礼した。トワはこの船渠にあった設備を使って修繕されているようで、彼女本人の視界などの問題は解決している。今では修繕を行ったアイリスの助手兼護衛を勤めていた。
閑話休題。船の完成は来週か。完成したなら行ってみたい場所はいくらでもある。選択肢が多すぎて迷うなど、何と贅沢な悩みであることか。
「空飛ぶ船…皆さんは何処に行きたいですか?」
何の気なしにモッさんが全員に尋ねる。すると口々にそれぞれの望みを言い始めた。
「はいはーい!ボクは今話題のフラーマ火山島に行ってみたい!アイリスもそうでしょ?」
「そうですね。見たことが無いアイテムとか沢山ありそうですし!」
「金属製武器の本場って話ですからねぇ…ぼくも行ってみたいですよ」
ルビーとアイリス、そしてエイジはフラーマ火山島に行きたいようだ。今、掲示板でもっともホットな場所でもある。情報によれば山人が多く、金属の加工に関しては世界一との呼び声も高い地域だそうだ。
魔道具の蒸気機関がそこかしこで使われており、街の動力のほぼ全てを賄っているらしい。所謂、スチームパンクの世界だ。街中からモクモクと立ち上る白煙や、武骨な金属フレームの内側で動く歯車など、掲示板に載せられていた画像だけでもワクワクさせられたものだ。
「自分はルビーから聞いた天巨人の国に行きたいっす!全部が全部超ビッグサイズとか、絶対楽しいっすよ!」
「僕もー、そこ行きたーい」
シオとウールは私やジゴロウが遭遇した天巨人の国を見てみたいようだ。シオは空で生活する種族という共通点から興味があると前から言っていた。ウールも同じ羊系の魔物の頂点に君臨する存在を実際に見てみたいのだろう。
「アタシは…まだ行ってない場所なら何処でも良いわよ。得にこだわりも無いしね」
「私もそうかな?」
「新しい素材が手に入るなら何処でもオッケーだぜぃ」
兎路、紫舟、しいたけの三人は何処でも良いようだ。こだわりが無いのが二人、何処であろうと未知のアイテムがあるならかまわないのが一人である。
正直、私もこのグループであった。これと言ってすぐに行きたい場所が無いのである。皆が候補に挙げた場所はどこも魅力的だが、急いで行きたいかと問われればそうでもないのだ。
「私も何処でも良いのだが…モッさんは何かあるのか?」
私は言い出しっぺであるモッさんに水を向ける。すると彼はニヤリと笑うと、インベントリを操作して一枚の古い紙を取り出した。そこには不完全ではあるものの、幾つかの大陸と思しき図が描かれていた。
「これは…地図か」
「ええ、その通りです。色々と掠れていますが、これは大昔の世界地図ですよ」
私を含め、モッさん以外の全員が息を飲む。我々がこのヴェトゥス浮遊島に到達した時、プレイヤーにはワールドマップ機能が解放された。その時からNPCの持つ地図を購入したり、書籍などから地理情報を得たりすれば自分のデータに書き加わる。
ただし、それは正確な情報だった時だけで、曖昧な宝の地図などでは反応しない。宝探しがマップを見るだけで解決してしまうと味気ないので当然の仕様であろう。
なので我々のデータが更新されたという事は、この地図は本物であることの証左だ。モッさん、貴方はこんなものを何処で入手したんだ?
「何処から盗んだのよ」
「盗んだとは人聞きの悪い。これは『古代の移動塔』の中で拾ったモノです」
「えぇ!?ボクも色々探したけど、見付けてないよ!?」
『古代の移動塔』では我々も使えそうなモノを回収していた。もしも地図を見付けていれば、絶対に持ち帰っていたハズだ。それに我々の中で最も目端の利くルビーですら見付けられなかったモノを、どうやって発見出来たのだろうか?
「見付けられなかったのは仕方がないと思いますよ。私が見つけたのは完全に偶然でしたし」
「何処にあったの?」
「引き出しが半開きにしかならない机の中でした。どうやらこの地図が詰まっていたみたいですよ」
「そ、そんな場所に…」
分かりやすいような分かりにくいような、微妙な場所にあったと聞かされたルビーはフニャフニャになってしまった。斥候職として見落としていたことにショックを受けたらしい。
シオが慰めるように撫でているが、落ち込んだルビーはすぐには立ち直れないようだ。シオの膝の上でプルプルと震えるだけであった。
「とにかく、地図を見て下さい。この中央に描かれているのがルクスレシア大陸。北北西にあるのは我々がいるヴェトゥス浮遊島で、東にあるのが今ジゴロウさん達がいるアクアリア諸島。東北にあるのが先程話題に上がったフラーマ火山島、そして南にあるのが掲示板でも名前だけは判明しているテラストール大陸ですね」
テラストール大陸については、街の図書館で得た情報が拡散されているので私も知っている。どうやら森人と獣人が多い大陸らしい。これらの種族はありのままの自然を愛するようで、文明的な街などは無いのだとか。
人間の街にいる森人と獣人は、大半が退屈なテラストール大陸から刺激を求めて飛び出した者達の末裔だそうだ。田舎を飛び出す若者のようである。
森人や獣人が好きなプレイヤーにとっての楽園のような場所だろう。この情報が広まった直後、それぞれの種族が好きなプレイヤーの掲示板が乱立していたのは記憶に新しい。人とは好きなモノに手が届くかもしれないと思うと暴走するのだなぁ、と思ったものだ。
「正確な位置関係はそうなって…おや?」
モッさんはそれぞれの大陸に翼爪を指して説明してくれる。だが、我々は気が付いた。他よりも遠くはあるが、ルクスレシア大陸の南西に一つの大陸が有ることに。
「気付いたようですね。ここには掲示板にもまだ載っていない土地があるらしいのですよ」
「情報が出回って無い大陸かぁ~!名前は…ティンブリカ大陸って言うんだねぇ」
私のワールドマップにも、その謎に包まれた大陸の名前だけが刻まれている。私は掲示板を隅々までチェックしている訳ではないが、名前を一度も見た覚えが無い。
「古代はともかく、現代のNPC…この世界の住人ですら知らない大陸。行ってみたくはありませんか?」
悪魔に成らんとするモッさんの提案は、正しく悪魔の誘惑のような魅力に溢れていた。
次回は8月29日に投稿予定です。




