生産イベントに向けて
源十郎が使った新たな『奥義』である【絶刀】は、装備している刀剣を十秒間だけ飛躍的に強化することが出来る。これを発動している状態で武技を使うことで、他の武技系の『奥義』と同等の威力を発揮させるのが本来の使用法であった。普通の武技を『奥義』へと昇華させる、一風変わった『奥義』なのだ。
だが、源十郎のような達人の手に掛かれば、【絶刀】が発動している間の通常攻撃すらも『奥義』に匹敵する威力を発揮する。たゆまぬ鍛練によって培われた剣士だからこその裏技だ。
「…やれやれ、老骨には堪える戦いじゃったわ」
真っ二つに両断したのに油断せずに残心していた源十郎は、サブロウが動かなくなった事を確信してから大太刀を下げた。ジゴロウ達の方を振り返れば、リーダーを失って恐慌状態に陥った狒々達が這う這うの体で逃げ出している。危うい場面は多々あったが、勝利をもぎ取ったようだ。
「源十郎はん、ボロボロやないですか!大丈夫でっか?」
「うむ。中々の強敵じゃったわ。確実に格上の相手じゃ」
心配する七甲に応えながら、源十郎は腰のホルダーに引っ掛けているポーションを呷る。あとは帰るだけではあるが、今は外骨格の大部分が破損して防御力が低下している状態だ。体力が少しでも多い方が安全であろう。
「爺さんが苦戦する相手…楽しみが増えたぜェ」
「兄貴はぶれないなぁ」
七甲に遅れてジゴロウとセイも合流した。全員、源十郎ほどではないがかなりダメージが蓄積している。また同じ規模の群れに襲われれば、確実に二人以上死に戻りしてしまうだろう。これ以上見回りを続けるのは自殺行為である。
それに数多くの狒々を討伐し、さらに戦闘中に少しだけ情報を得ることも出来たので、見回りの成果は十分と言える。クエストの達成条件は十分に満たしているので、源十郎は予定通りにここで調査を切り上げることにするのだった。
◆◇◆◇◆◇
「アイリス様、B-3の組み立てに必要なパーツが完成したとのことです」
「ありがとう、トワさん。皆さん、怪我をしないように、安全第一で組み立てて下さい!」
「「「わかりました!」」」
『龍の聖地』内の船渠にて、アイリスは半龍人の女衆と共に浮遊戦艦の未完成部分の組み立てを行っていた。どうして男達がいないのかと言うと、幼龍の世話が彼らの主な仕事だからだ。
『世話』とは身の回りの世話にとどまらず、食料の調達や戦い方の指南など多岐にわたる。龍神アルマーデルクスが認めた者とは言え、仕えるべき龍達を蔑ろには出来ない。なので半龍人達自身の家事を熟す女衆にお鉢が回ったのだ。
船渠内の工房には戦艦のパーツを加工するための機材が全て揃っており、それを用いて足りないパーツを作成していた。一から設計したり作業用機械を造り出したりする訳ではないので、能力のレベルが不足していてもどうにかなる。アイリスが幾ら器用でモノ作りの達人だと言っても、空飛ぶ船の組み立てを楽に熟すのは無理なのだ。
それにどこの部品が幾つ足りないのか、などの情報は戦艦のAIが教えてくれる。故に過不足なく、また不良品を生み出すことなく順調に作業が進んでいた。
『アイリス様、パーツ用ノ金属ノ備蓄ガ尽キカケテイマス。御注意下サイ』
「そうなんですか…わかりました。今の作業が終わったら、今日は終わりにしましょう」
「「「はーい!」」」
ただ、組み立てが順調過ぎる分、元になるジャンクパーツの供給が追い付いていなかった。イザームも努力しているのだが、どうしても作業を中断させてしまうのだ。こればかりはどうしようも無かった。
アイリスは半龍人と共に組み立て用機械を動かしたり、装甲を溶接したりしている。溶接には高温を発するバーナーを用いるが、【火属性脆弱】を既に克服したアイリスにダメージは無い。彼女は無数の触手で様々な作業を同時に、且つ丁寧に仕上げていく。ついさっき開始したハズの組み立て作業は、五分と掛からずに終了した。
「これで終わりですね。お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!」」」
半龍人達と互いを労った後、アイリスは船内の工房に向かった。ここには彼女の万能作業台と、最近はしいたけの私物と化しつつある昔のアジトから持ってきた錬金術用の器具も置いてある。ここは『夜行衆』の数少ない生産メインの二人の城となりつつあった。
アイリスがプシューと音を立てて扉を開けると、部屋中に漂う薬品の臭いが彼女を刺激する。顰める顔は無いアイリスは、彼女が入室したにもかかわらず作業に没頭しているしいたけに話し掛けた。
「しいたけさん、新しいポーションは出来ましたか?」
「んにゃ?おっ、アイリスじゃん!」
声を掛けるまで全く気付いていなかったらしいしいたけに、アイリスは苦笑する他にない。それを察するでもなく、しいたけは饒舌に研究結果について語り始めた。
「聞いてよ、聞いてよ!今完成したんだけどね、このヴェトゥス浮遊島にある薬草とアクアリア諸島にある薬草を一緒に使うと、効果は変わんないのに色が黄色くなるんだ!意味わかんないよねぇ?」
しいたけはその黄色いポーションの入ったフラスコを揺らしながらケラケラと笑う。イザーム達が探索で使用するポーション類の生産を任されている彼女だが、必要数を確保すると残りの時間を新種のアイテム作りに費やしていた。
リーダーであるイザームを筆頭に、戦闘や探索メインのクランメンバーが『ポーションを作ってくれているのだから』と余った素材を提供してくれている。なので潤沢に集まった素材を使って、文字通りやりたい放題にアイテムを制作しているのだ。
「それとね、イベント提出用のアイテムは完成したぜぃ!」
「そうなんですか!見せてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ~」
最初に見せられたのはジョークアイテムとも言うべきポーションだったが、アイリスもイベント提出用アイテムと言われたら食い付かずにはいられない。最初こそネタアイテムを作ると言っていたしいたけだが、最近は実用的な投擲アイテムの作成に励んでいた。
切っ掛けはマクファーレンとの戦いである。生産職である彼女は自分が戦力としては三流以下であると自覚していた。だが、恐らくはプレイヤー全体でも屈指の腕前を持つ者達に囲まれて、最低でも足手まといにならないようにしておきたいと思うようになった。
では、その望みを叶えるにはどうすればいいのか。彼女が使えるまともな攻撃手段は、魔術と【投擲術】のみ。その攻撃手段も、生産職であるが故に魔術の威力は物足りないし【投擲術】に至っては武技とステータスの補正があってようやく当てられる腕前だ。しいたけはジゴロウ達の逆で、現実での運動音痴がゲームアバターの足を引っ張っているのである。
そこでしいたけが出した結論は、質の良いアイテムを事前に用意しておくことだった。【投擲術】で当てることはどうにかなるのだから、投げるアイテムそのものの性能を向上させようと思い立ったのだ。
しいたけが取り出したのは、ポーション等を入れる硝子瓶である。それ自体はなんの変哲もない瓶だが、中身は尋常ではない。黒と青のマーブル模様という、生理的嫌悪を誘う毒々しい液体が詰まっていたのだ。
「【鑑定】してもいいですか?」
「モチのロンよ!自信作なんだぜぇ~?」
許可も得たと言うことで、アイリスは早速【鑑定】によってこのポーションのような何かの正体を確かめる。その結果は以下の通りであった。
――――――――――
さむこわ君 品質:優 レア度:S
とある風来者の錬金術師が産み出した謎の液体。
中の液体に触れると水属性ダメージと共に恐怖の状態異常に罹る。
製法は秘匿されているが、尋常ならざる方法であるのは間違いない。
――――――――――
「ひょ、ひょっとして、このアイテム名はしいたけさんが付けたんですか?」
「そーだよ?カワイイ名前でしょ?」
アイリスが恐る恐る尋ねると、しいたけは当然のように即答した。その事にアイリスは強い羨望を覚えた。
アイテムの名称は、基本的にシステムによって定められる。例えばイザームの防具である『毒炎亀龍の法衣』は、『毒炎亀龍の素材を用いて作られた法衣』であれば誰が作ろうと同じ名称になる。【鑑定】すれば仕立ての違いや作成者も判明するが、それだけだ。
しかしながら、プレイヤーによって名付けをすることも出来る。最初に発見したのは主に服を作るプレイヤーで、斬新なデザインの作品を仕上げた時にこの現象が生じたようだ。
色々と検証された結果によると、オリジナリティーの高い作品には名前をつけることが出来ると判明した。これまでに無いデザインや性能である事が求められる。
新発見の素材やこれまでに無いデザインで実用的なアイテムを創造するのは難し過ぎる。なのでそれとは別に現実的な方法があった。それは【彫金】や【木工】などの能力によって装飾を施して追加効果を加えることだ。
この方法でもオンリーワンの作品を作り出せれば、名付けを擦ることは出来る。装飾のセンスを問われるし、それぞれの能力のレベルが高くなければ上手く行かないので、熟練の職人でなければ難しい。
どちらにせよ、名付け可能である唯一無二の作品を作り出すのは難易度が高かった。故に名付けが可能な作品を生み出す、というのは多くの生産職プレイヤーにとって目標の一つとなりつつあった。
「『黒死の氷森』で集めた素材を黒い灯火で煮込んだら出来たんだよね」
「そんな方法で…しいたけさんの場合は、新しいアイテムを作ったから名付けられたんでしょう。羨ましいです…」
「いやいや、単にやりたい放題やってたら偶然出来ちゃっただけだって。ところで、アイリスちゃんは提出するアイテムは完成した?」
「それが、まだなんです。試作品は出来たんですけど…」
「満足いく性能じゃないってこと?」
しいたけの確認に、アイリスは触手を萎れさせながら頷いた。彼女が出品しようとしているのは武器なのだが、色々と試しても彼女の理想とする性能に達しないのだ。その問題を打開策が見出だせない状態が続いていた。
「確か、『複数の属性を使える武器』だっけ?無茶するねぇ~」
「でも、理論上は可能だと思うんです!それだけのポテンシャルが龍の素材にはあるはずです!」
アイリスは『黒死の氷森』の攻略で売るほど集まった龍の牙や骨を活かした武器を作ろうとしていた。牙は龍牙兵から、骨は偽骨龍からドロップしている。
ただし、『偽』と付いているように偽骨龍を構成している骨には龍以外の魔物のモノも多く、龍の骨は少ない。なので骨は仲間の武器を作るために保存しておき、提出するのは牙を使った武器に決めている。
そしてこの龍の牙であるが、経年劣化によって脆くなっている上に属性を失っている。強度の部分は【錬金術】によって取り戻すことが出来るので、武器の素材としては申し分ない。更に属性付きの魔石と融合させれば、属性を付与することも可能であった。
だが、アイリスはその先を求めた。どのような属性にも染まる素材ならば、あらゆる属性を操る武器の素材となり得るに違いないと考えたのである。彼女の発想は素晴らしいものだったが、ここからが茨の道であった。
「二つの属性を付与させるのはどうにかなるんです。でも、相反する属性は無理ですし、三種類以上に増やしても上手く行かないんです…」
それが限界であった。色々と試してみたものの、火属性と水属性を同時に付与することは出来ないし、三種類以上の属性を付与することも出来なかった。水属性、風属性、そしてこの二つの複合属性である雷属性の三種類で試すと一応成功はした。ただし、付与されたのは雷属性だけである。
どうやら複合属性の魔石とその元となった魔石ならば同時に使えるが、結果は複合属性だけが残るようなのだ。他の複合属性も同じ結果となり、現状ではあらゆる属性を操るなど夢のまた夢であった。
「私の能力不足、と言うよりアプローチが間違っている気がするんです。するんですが…どうすればいいのかは見当もつかないんです…」
「大丈夫だって~。アイリスちゃんならどうにでも出来るよ。だってこんな便利なアイテムが作れるんだからさ!」
しいたけは慰めるでもなく、当たり前のように言い切った。彼女が指差したのはビーカーの下に置いてあるアイリス作のアルコールランプっぽい魔道具である。
小型だが火力の調節も出来る優れもので、しいたけが実験に使いたいと言ったらアイリスは即座に作ってくれた。アイリスからすれば簡単な作業だったのだが、依頼したしいたけはその器用さに舌を巻いたものだ。そんなアイリスなら絶対に完成させられる。そう確信していた。
「魔道具…?そうですよ!魔道具ですよ!」
「おおっ!?閃いちゃったの?」
「はい!こうしちゃいられません!一気に仕上げてみせます!」
しいたけとの会話がヒントになったのか、いきなり元気になったアイリスは即座に作業に入る。今度は何を見せてくれるのだろうか、としいたけはワクワクしながらその様子を眺めるのだった。
新しいレビューをいただきました。ありがとうございます。
しかし少々厳しめのご意見でもありました。なので少しだけ落ち込みましたが、もっと面白い作品にしていけるように精進していきます!
次回は8月17日に投稿予定です。




