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骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十二章 修理と強化と変態と
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蛮闘狒々

「ゴリラ、違ウ!我ガ名ハ、サブロウ!一族ノ強キ戦士、蛮闘狒々(バントウヒヒ)ナリィ!侵入者、殺スゥゥ!」


 一際大きな狒々(ヒヒ)こと、蛮族狒々(バンゾクヒヒ)のサブロウは名乗りを上げた。見た目からして狒々(ヒヒ)が進化した個体なのは明らかであったが、片言でも言葉を話せる知能を持つとは誰も思っていなかった。


「名前持ちの上位種やて!?」

「チッ、爺さん!」

「うむ」


 舌打ちするジゴロウとは対照的に、源十郎は少しウキウキしている。彼らは強敵と遭遇した時にどちらが戦うのかを事前にジャンケンで決めていたのだ。今日は源十郎が勝利しており、戦う権利は彼にある。初めて見る強敵と戦えないジゴロウは本当に悔しそうであった。


 源十郎は大太刀を大上段に、刀と小太刀を下の両腕を交差させて構える。そして翅を展開すると、踏み込むと同時に飛翔した。脚力に加えて背部から生える翅が爆発的な推進力を生み出し、目にも止まらぬ速さで一気に間合いを詰める。


「ウゴッ!?」

「シャアアアッ!!!」


 想像もしていなかった事態に動揺するサブロウに、源十郎は裂帛の気合いと共に刀を振るった。交差させていた刀と小太刀を左右へ振り抜き、そのまま流れるような動きで大太刀を振り下ろす。四本の腕と三本の刀を巧みに用いた連撃であった。


「ウガアアァッ!離レロォ!」

「むぅ…硬い毛皮じゃの」


 源十郎の刀は、確かにサブロウの身体を捉えていた。だが、あまりダメージを与えられていない。金属繊維のような剛毛と、その奥にある分厚い表皮、そして堅い筋肉が刃を阻んだのである。源十郎の攻撃力不足と言うより、サブロウの防御力が高かったのだ。


 それでもダメージは食らっているので、サブロウは我武者羅に腕を振り回して源十郎を追い払う。単調で大振りの拳など源十郎には掠りもしないが、如何せんサブロウの動きそのものは速く、腕は長い。後ろに下がって躱したものの、源十郎がもう一度懐に入るのには一工夫必要であった。


「腕は斬り落とせんじゃろうし、受け流しや弾くだけでも刃が折れそうじゃ。ならばここは…ふんっ!」


 源十郎は、額から伸びる兜虫の角を使って腕を弾いた。レベルが60へと上昇して武士甲蟲人サムライインセクター・エッジビートルから|錬武士甲蟲人《サムライマスターインセクター・エッジビートル》へと進化した彼の角は硬く、それでいて槍の穂先としてそのまま使えそうな程に鋭い。それに折れても生え変わるので、気兼ね無く使う事が出来た。


 弾くと同時にビリビリと衝撃が伝わり、角がミシリと軋んだ音を立てる。角にヒビが入ったかもしれないと思いつつも、源十郎はその不快感を理性で抑えつけて刀を振るった。


「食らえぃっ!」

「ウゲエッ!?」


 硬い体毛が鎧めいた働きをしているようだが、刺突に対してはあまり強くないらしい。源十郎が三本の刀による突きを繰り返すと、彼の手には肉を斬り裂く手応えが確かに返ってきた。


 そのことに源十郎はニヤリと笑う…代わりに口の横にある触角を揺らす。蟲人(インセクター)であるが故に、彼の顔には表情というものが無いからだ。だが、彼の余裕はすぐに吹き飛ぶこととなる。


「ウウゥ、鬱陶シイィ!!ウゥゥホオォォォォォ!!!」

「「「ウゥキイィィィィィ!!!」」」


 サブロウが甲高い声で叫ぶと、呼応するように配下の狒々(ヒヒ)達も叫び出す。するとその全員が黄色いオーラを纏い始めたではないか。どう見てもパワーアップしており、戦いが第二段階に移行したことを四人は肌で感じていた。


「クソッ!強くなりすぎじゃねぇか!?」

「ハッハハハハハハァ!いいねェ、いいねェ!そうこなくっちゃァなァ!」

「何でテンション上がっとるんや…?」


 敵が強くなって慌てるセイ、逆に歓喜を浮かべるジゴロウ、そんなジゴロウを見て困惑する七甲。三者三様の反応を示したが、その間も彼らは戦っている。森の奥から次々と増援が湧いて出てくる狒々(ヒヒ)達を、それぞれのやり方で倒していく。


「キャイン!」

「フィル!?」


 無限に続くかのような戦いに変化が訪れた。セイの従魔であるフィルが、大きなダメージを受けて瀕死の状態に陥ったのだ。セイはすぐにでも地上に降りたいが、周囲の狒々(ヒヒ)達がそれを許さない。同じく従魔のテスが奮戦しているものの、このままだと彼等が死亡するのは時間の問題であった。


「しゃあない、秘術使うで!【完全なる分身】!」


 この状況で戦力が削られるのは避けたいので、見かねた七甲が彼の習得している『秘術』、【完全なる分身】を使った。この術は【召喚術】のレベルを40まで高めた者だけが習得出来て、己と全く同じステータスを有する分身体を十体も召喚するものだ。


 【召喚術】で召喚可能な魔物は、能力(スキル)のレベルを上げて【付与術】で強化しても同じ魔物のプレイヤーやMobよりも弱くなってしまう。そうでなければ【召喚術】が強すぎるので当然だが、これを覆すのが【完全なる分身】だ。


 召喚した分身は、一秒毎に最大体力の一パーセントが減少していく。また、分身は回復出来ず、体力が尽きたら消えてしまう。ジゴロウが以前に使った【鬼神の剛体】とほぼ同じ条件だが、分身が消えたところで術者が虫の息、という事にはならないので、こちらの方が使い勝手が良いだろう。


「呪文調整、聖光(ホーリーレイ)!十一発同時発射やでぇ!」


 十一発の白い光が、狒々(ヒヒ)達を纏めて貫いていく。【召喚術】に長けた者が習得出来る関係上、使い手はほぼ間違いなく魔術にも長けている。なので分身を出している間だけではあるが、魔術の総合火力が途轍もなく上昇するのだ。七甲は『秘術』を選択するとき、真っ先に選んだ理由がそれである。


「セイ、今や!」

「七甲の兄貴、ありがとう!こっちも奥義を使うぜ!【主従の絆】っ!」


 七甲が派手に魔術をばら蒔いた隙に、セイは従魔達の下に駆け寄って彼の『奥義』を使う。【主従の絆】は調教師の職業(ジョブ)を持つ者だけが習得可能で、その効果は従魔との融合である。


 発動中のステータスは『プレイヤーとパーティーを組んでいるすべての従魔のステータスの合計値』となるので、一時的にフィールドボス並みのステータスを得て大暴れ出来る。加えて融合中は従魔の能力(スキル)をも使えるので、セイの場合は妖精系の魔物であるテスの魔術まで使えるようになる。数の利を失うが、補って余りある強化が得られるのだ。


 効果時間は融合する従魔の『懐き度』に比例する。これは一から百の数字で表される隠しステータスであり、普段はハッキリとした数字はわからない。従魔とコミュニケーションをとって地道に上げることしか出来ず、故に従魔を武器として使い捨てるタイプの調教師は融合出来る時間が非常に短くなってしまうデメリットも存在する。正に、主従の絆が深くなければ使えない『奥義』であった。


「うおおおおおおおっ!行くぜぇっ!」

「うわっ、けったいな見た目やな~」


 このデメリットであるが、セイに関しては問題は無い。初期からずっと一緒に戦ってきたフィルとテスの『懐き度』は既にカンストしており、きっちり百秒融合可能であった。


 ただ、七甲が思わず口にしてしまう位には融合した彼らの姿は異形であった。全体的にはセイの体格の良い類人猿の姿がベースなのだが、頭部は角の生えた狼のそれであり、さらに背中からは蝶の翅が生えている。


 そんな化け物が翅を使って飛び回りながら、長い棒を振り回しているのだ。とても個性的で、奇抜だった。


 しかし、その戦闘力は凄まじいの一言に尽きる。棒の一振りが、狼の牙の一噛みが、蝶の翅から撒き散らされる鱗粉が、そして魔術が狒々(ヒヒ)達へ即死級のダメージを与える。その荒々しい戦いぶりは、ジゴロウにも匹敵するだろう。


 因みに、セイは『奥義』の試運転も兼ねてジゴロウと融合状態で模擬戦を行ったが、コテンパンにされて敗北した。アバターのスペックでは圧倒的にセイが上回っていたのに、プレイヤーの技量でひっくり返された形である。


「ハハハハァ!やるなァ、セイ!腕上げたかァ?」

「いつか『奥義』を使わずに一本とってみせるぜ、兄貴!」

「ガハハハハァ!その意気だぜェ!」


 ジゴロウは狒々(ヒヒ)が強化された今の状況でも、一貫して楽しげに笑いながら暴れ続けていた。正面から来るなら拳で殴り倒し、足元から迫られれば踏み潰し、上から飛び着かれれば角で突き刺し、魔術は躱し、更に礫を投げられればキャッチして投げ返す。


 しかも背後から襲われてもまるで背後に目がついているかのように対応するので、彼の周囲には狒々(ヒヒ)の屍がどんどん積み上がっていくばかりである。出鱈目過ぎる強さを目の当たりにして、セイは憧れ、七甲は呆れ返った。


「…にしても、悔しいよなァ。()()()の方がもっと楽しそうだぜェ」


 押し寄せる狒々(ヒヒ)の群れから一瞬だけ視線を反らして、ジゴロウは源十郎の方を見る。そこでは角が折れ、外骨格には幾つもの亀裂が入った源十郎がいた。


「ウホオォォォォォ!!!死ネェェェェェェ!!!」

「ぬぅぅ…!」


 味方と自分を強化したサブロウの雄叫びは、彼の『奥義』であった。名を【鼓舞闘気】と言い、己と声が届く範囲にいる味方に『闘気』というオーラを纏わせる効果がある。


 これが黄色いオーラの正体だ。『闘気』には纏っているだけで物理攻撃力と物理防御力を高める力があり、これが狒々(ヒヒ)達が急激に強くなった理由だった。


 加えて蛮闘狒々(バントウヒヒ)という種族(レイス)であるサブロウは、この『闘気』そのものを能力(スキル)によって武器として使うことが出来る。全身を包むような『闘気』の形状を変化させ、新たな『闘気』の腕を形成させていた。


 この『闘気』の腕は単純に腕が増えるのも厄介だが、『闘気』という特殊なモノを使っているので伸縮自在である。これが間合いを狂わせ、源十郎を苦戦させていた。


 源十郎は間合いをしっかりと管理して戦うスタイルなので、この形状が変わる腕というのは天敵に近い。その都度間合いが変わるので、正確な間合いというものが無いので非常に戦い辛いのである。回避のためには安全策として長めに距離を離す必要があり、自然と反撃に移るのは困難であった。


「フゥーッ…やれやれ、まだ二分とは…」


 源十郎が一方的にボロボロにされるのは、このゲームを始めてから初めてに近い。しかし、彼は起死回生の一手のために動いていた。と言うのも、この状況を打破するにはレベル60に至った時に選んだ新たな『奥義』が役立つと確信していたからだ。


 この『奥義』を使うには『三分以上一切攻撃していないこと』という条件がある。本来は初手に不意打ちで使うのが最適なのだろうが、反撃する余裕が無い今は一発逆転を狙える隠し玉であった。


「お主ら、何故に暴れておる?何か、理由でもあるのか?」


 現状では堪え忍ぶ事しか出来ない源十郎は、時間稼ぎと暇潰しのために彼らの事情を聞いてみる。攻撃の手が緩くなるとは思っていないが、もし躊躇してくれれば儲け物だ。


「親父ノ命令ダ!黙ッテ死ネェ!」

「親父…のぅ」


 『親父』という言葉が父親という意味なのか、それともボス的な意味なのかは不明である。しかし、この短い問答でこの侵略戦争とも言うべき戦いは、何者かの意思によって引き起こされたことが判明した。


 無論、虚言かもしれないが、源十郎の目にはサブロウは腹芸が出来るタイプには見えなかった。なのでほぼ確実な情報だと思っていいだろう。


「親父殿が心変わりした切っ掛けはあるかの?」

「ウルサイッ!オ喋リ野郎ハ、シェントゥダケデ十分ダ!」

「シェントゥ…?」


 新たに出てきた『シェントゥ』という固有名詞に、源十郎は違和感を覚える。今戦っている相手の名前(ネーム)がサブロウであるように、天霊島は和風な世界だ。魔物の名前(ネーム)もそれっぽい場合が多く、あまり聞き覚えのない響きは明らかに浮いていた。


「大天狗殿と相談するが吉じゃな。さて、ようやっと三分経ったわい。【剣豪推参】、【朔の刻】…ふんっ!」


 源十郎は三本の刀の内、刀と小太刀を装備から解除する。そしてマクファーレン戦でも使用した自己強化を施すと、四本の腕全てで大太刀を握って肩に担ぎ、翅を使って背後へと大きく跳躍した。


「ムッ!逃ゲルナ!」

「逃げやせん…よ!」


 源十郎は最初のぶつかり合いのように、真っ直ぐにサブロウへと突撃した。プレイヤーであれば何か秘策があるのでは、と疑うだろうが、サブロウは狂暴性のままに正面から迎撃する。ついさっきまで回避しか出来なかった雑魚を恐れる必要など無かったからだ。


「潰レロォォォ!!!蛮獣連重拳!」

「ッ!?」


 サブロウは実体の腕と『闘気』の腕を振りかぶって、武技による連打を繰り出した。眼前に迫る『闘気』の伸びる腕をどうにか回避したものの、掠っただけで外骨格を砕かれた源十郎はそこそこのダメージを負ってしまう。


 しかし、源十郎は退かなかった。肩部、胸部、そして腕の外骨格が剥がれ落ち、右の前翅が完全に破壊されつつも、源十郎は己の間合いにまで距離を詰める事に成功した。


「オオオオオオオオオッ!【絶刀】!」

「ウゴ…?」


 普段の好々爺然とした雰囲気をかなぐり捨て、腹の底からの雄叫びを上げつつ大太刀を大上段から振り下ろす。先ほどと同じく毛皮によってダメージが軽減するかに思われたが、彼の放った一閃は頭頂から股下まで真っ二つに両断してしまう。サブロウに己が絶命した事にも気付かせぬまま、源十郎は勝利するのだった。

 ちなみにサブロウのレベルは70代です。格上相手に一対一で勝てるのは、プレイヤーでもごく一部ですね。


 次回は8月13日に投稿予定です。

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[気になる点] 蛮闘なのか蛮族なのか…
[気になる点] 誤字報告ですね。ctrl+fでどうぞ→進化した彼の角は硬く、 >から|錬武士甲蟲人《サムライマスターインセクター・エッジビートル》へと進化した彼の角は硬く、 ルビの上限が関係してい…
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