異常なる狒々達
「つまり、森にいたのはイザーム様と同じ風来者だったと言うことですか?」
あれからネナーシ達と色々話し合った後、私は一人でダーム殿の元へと戻って事実をありのままに伝えた。嘘は何一つ無く、彼らの種族や事情についても聞いた限りの全てを話したのである。
「そうなのですよ、ダーム殿。彼には村を襲う気などさらさら無かったと言っていました。攻撃された時に反撃しなかった事が何よりの証拠でしょう」
「なるほど…」
「ただ、危険ではないと言っても村人は納得出来ないでしょう。かと言って野宿は難しいですので…」
「バーディパーチに連れて行きたい、ということですか。他ならぬイザーム様の頼みです。帰りの同行を隊商のリーダーとして許可しましょう」
私は心の中でガッツポーズを決める。下手な嘘で取り繕うよりも、正直に事情を説明した上で説得する作戦は成功したようだ。
これは何も私が信頼されているという単純な理由からではない。ダーム殿はあくまでも商売人であり、同情などという利益に繋がらない話では動いてくれない。なのでネナーシの種族と、それが齎すアイテムについても正直に語ったのである。
ウールが羊毛を、しいたけが針をアイテム化させられるように、ネナーシにもアイテム化出来るモノがあった。それは袋の中にある溶解液である。鳥人の行動範囲には溶解液をドロップする魔物はおらず、故にネナーシが齎すモノはかなりの珍品だ。
どのように利用出来るかは未知数だが、大きな利益を生み出す可能性は十分にある。新たな商機に繋がるかもしれず、しかも私に恩を着せる事も出来るとなればダーム殿は許可すると予想したのだ。
その予想は正しかったようで、笑顔で快諾してくれている。屈託の無い笑顔だが、裏では私以上に素早く金勘定をしているのだろう。ああ、恐ろしい恐ろしい。因みに『殿』の方だが、彼はどの街へ行っても重宝される職業に就いていた。なので此方は説得する必要すら無かったよ。
「ありがとうございます、ダーム殿」
「そう言うことになりました、村長。私は一度イザーム様と共にその風来者と面通ししに行きますが、貴方はどうされますか?」
「わ、私は…その…ダーム殿の判断にお任せしようかと…」
「わかりました。では、私が大丈夫だと判断しましたらイザーム様への依頼は完了という形にしましょう」
そしてクエストに関してだが、問題ないと判断するには実際にネナーシ達と話をしてみるしか無い。だが、必要以上に彼を恐れている村長は、森に入るのは腰が引けている。ダーム殿に一任する形で逃げてくれた。これで話が拗れる事は無いだろう。
後から聞いた話によれば、私に矢鱈と絡んできた自警団の男はこの村長の息子だという。私もそうだったが、この村を訪れるプレイヤーはまず村に入るのに一悶着あるのがテンプレになりそうだ。
何はともあれ、話は纏まった。少々風変わりなところがあるものの、あの二人ならダーム殿に迷惑をかけるような事はしないだろう。私はダーム殿とカルを連れて森を目指すのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ふぃーっ、疲れたわい」
「全くだぜ。こいつらは雑魚の集まりじゃァなかったのかよ」
天霊島にて大天狗の縄張りの外縁を見回りに出ていたジゴロウ達だったが、狒々の群れの襲撃を受けた。それを退けたのだが、奴等は決して雑魚とは言えない実力を有していたというのが彼らの感想である。
情報の通り狒々達は連携を得意とし、優れた身体能力で物理攻撃を仕掛けて来た。しかし、ジゴロウ達の想像とはかけ離れた戦い方をしていた。彼らを倒すためには手段を選ばず、更に群れに混ざっていた体毛の色が異なる個体がなんと魔術や魔術めいた能力を使っていたのである。
イザームのように魔術による遠距離攻撃を仕掛けたり、ジゴロウのように炎を纏ったりしていたのだ。単純な物理攻撃だけだ、と思っていたジゴロウ達は面食らって思っていた以上に苦戦を強いられた。それでも技量の差で押し返し、かなりの損害を与えて追い払う事に成功したのだった。
「ジゴロウの兄貴、追い掛けるか?」
「止めとき、セイちゃん。深追いしたら待ち伏せされてそうや」
「七甲の言う通りじゃろう。ここは素材と情報を持ち帰るのが優先じゃの」
狒々の上位個体、或いは特殊な進化を果たした個体を解体しながら、源十郎が冷静な判断を下す。イザームのようなストッパーがいる時だと常に好戦的な彼だが、今は自分がリーダーかつ年長者であると一応自重していた。
「殺意マシマシで案外苦戦したもんなァ。味方ごと俺に魔術ブッ放した奴もいたしよ」
「なんちゅうか、勝利の為には個々の命を度外視しとったように見えたわ。まるでワイの召還獣やで、ほんま」
臆病で本来は好戦的ではない、などという情報が信じられない鬼気迫る戦い方に四人は辟易していた。むしろ七甲の言う様に、何者かの【召還術】で使役される召還獣であると言われた方が納得できる。解体ナイフでアイテムがドロップするので違うのは解りきっているのだが。
「で、どうすんだ?もう帰ンのか?」
「ううむ、どうするかのぅ…」
源十郎は迷った。追撃するのは悪手だと思って即座に止めたものの、ここから戻るか進むかの選択は難しい。苦戦して多少ダメージは負ったものの、各種ポーションでどうにかなるレベルであった。そうすると次に同じ規模の襲撃をされた時、回復アイテムが心許ないようにも思える。
悩ましい選択だったが、ここで立ちっぱなしというのも時間の無駄であろう。そう考えた源十郎は少し逡巡してから選択した。
「見回りのルートは一周しておくべきじゃろうよ」
「そうこなくっちゃァな!」
ジゴロウが快哉を上げる。彼としては強敵との戦いは臨むところであり、ここで引き返すのは不満であったからだ。源十郎本人も同じく戦いたいという思いは残っていて、敵がこの位の強さならば自重する必要も無いだろうと判断したのである。
それから四人とセイの従魔は天霊島の森の見回りを続ける。大天狗の縄張りではないこの森は『妖魔の忌森』というフィールド名だ。時折現れる地面に生えている薬草などを採取しつつ、周囲への警戒は怠らない。
「それにしても、狒々以外とはエンカしまへんな」
「そう言われりゃ、静か過ぎンなァ…。あの猿共のせいなんだろうがよォ」
七甲の何の気なしに口から出ただけの言葉に、ジゴロウが反応した。イザーム達がイベントに参加していた間、この森で戦ったときの事を彼は思い出したのだ。あの時は弱い妖怪だろうが強い妖怪だろうが、ジゴロウを含めた鬼達に襲い掛かって来た。
それに比べて今日は狒々による大規模な攻撃こそあったが、それっきりである。大きな変化ではあるのだが、それをジゴロウと源十郎は大天狗の言う狒々の影響だろうと深くは考えていなかった。
故に一つの可能性を見過ごしていたのだ。今の狒々達は朝も夜も無く縄張りの拡張と闘争に明け暮れている。故に天狗達の縄張りに隣接している森が、既に狒々の縄張りと化していた、という可能性を。
「おっと!」
「むっ!」
「あ痛ぁ!?」
「イデデデデデ!?」
縄張りの境界に現れたジゴロウ達に対し、狒々達は先ずは力押しで排除を試みた。彼らにとって鬼の一種であるジゴロウと近い種であるセイはともかく、残りのメンバーはこの島では見掛けたことの無い魔物である。これまでの臆病な彼らなら縄張りの内部へズカズカと侵入されない限りは静観しただろうが、今は非常に攻撃的になっている。個々の力が上がっていることもあって、不明な相手でも勝てると思い上がっていた。
だが、実際には多大な被害を受けて撤退を余儀無くされてしまう。倒された者達は『天霊の都』を襲撃するための尖兵であり、まだまだ数がいるとは言えこれを失ったのは痛手であった。
忌々しい侵入者であるジゴロウ達は森を歩き続けている。しかし、これは脅威となる敵を早めに討ち取るチャンスだ。正面からの力押しではどうにもならないことはわかっているので、ジゴロウ達が待ち伏せポイントに辿り着くのをじっくりと待っていた。そしてその時が来たのである。
「石ィ?」
「こっちは栗の毬じゃな」
「ぐえぇ!?光鎧!」
「ヴォゥ!ヴォン、ヴォン!」
樹上に息を潜めていた狒々達が、一斉に攻撃を開始した。個々で集めさせた小石や栗の毬を投擲する。ジゴロウは籠手や角を使って軽く払いのけ、源十郎はそもそもこの程度の攻撃では彼の固い外骨格の防御を突破出来なかった。
しかし、身体の小さい七甲やジゴロウ程には器用でないセイは雨霰と降り注ぐ様々なモノを捌ききれない。剛毛が体表を覆うセイはそこまででもないが、七甲の方は光鎧で防御を固めていなければかなり体力が削られていただろう。
セイの従魔のフィルが【威嚇】の能力を使いつつ吠えるが、意味はほとんど無い。最初こそ怯んだものの、此方からは仕掛ける手段が無い事がバレると逆に生活圏達へ石などが集中する始末であった。
「畜生っ!やってやる!」
一方的にやられっぱなしになっていたセイは、怒りのままに跳び上がった。そして空中で手近な木に掴まって、そのままスルスルと登っていく。
狒々は樹上という自分達のテリトリーに上がってきた愚か者を袋叩きにしようとするが、樹上で自由に戦えるのはセイも同じこと。優れた体格と巧みな棒術によって薙ぎ払う。同じ猿系の魔物には、地の利が通用しにくいようだった。
「ハハハッ!やるじゃねェか、セイィ!」
「儂らは儂らのやり方でやろうかのぅ」
「オラオラ!仕返しじゃあ!」
セイの奮戦によって頭上からの攻撃が疎らになったので、三人にも攻撃する余裕が生まれる。源十郎が武技によって飛ぶ斬撃を放ち、狒々の足場である枝を切り落とす。落ちた者達をジゴロウとセイの従魔が襲い掛かる。七甲は魔術で全員を援護して、戦いを有利に進めていた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
初手の奇襲こそ成功したものの、このままでは最初の襲撃となんら変わらない。四人がそう感じていた時、森の奥から何かが雄叫びを上げながら駆け寄って来た。狒々のように木々を掻き分けるのではなく、ベキベキと何かが折れる音が聞こえるので、それはかなりの巨体を誇る相手だと嫌でも悟らされた。
「侵入者、殺ス!殺ス!殺ス!殺スゥゥゥゥ!!!」
「デケェなァ!ゴリラかァ!?」
現れたのは日本猿のような狒々の数倍の体格を誇る猿の魔物であった。ただし、違いは体格だけではない。上腕は身長と同じくらいに長く、また丸太のように太い。加えて尻尾が二本もあり、意味のある言葉を使うことからも普通の狒々よりも遥かに強力な個体だと言うことは猿でも分かるだろう。
どうやらこの場を切り抜けるにはこの魔物をどうにかしなければならないらしい。四人は覚悟を決めるのだった。
『殿』の正体はもうちょっと引っ張ります。
次回は8月9日に投稿予定です。




