表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第十二章 修理と強化と変態と
188/688

森の中、草さんに出会った

 話は変わるが、このFSWというゲームでは魔物が出現するフィールドに森と草原がとても多い。これは仮想世界という性質上、魔物という外敵が徘徊するのは人の手が余り入っていない場所に限られるからである。


 つまり何が言いたいかというと、このゲームに慣れたプレイヤーのほとんどは、あくまでもゲームの中限定ではあるが原生林を歩く事にも慣れているのである。


 重装備の巨漢であるエイジですら、軽い足取りで森を難なく歩いていた。巨体が滑らかな動きでスイスイと木々の隙間をすり抜けるのは、何時見ても妙な気分になってしまう。とは言え、彼には【忍び足】や【隠密】等の斥候に向いた能力(スキル)は無いので、感知系の能力(スキル)を使われれば即座にバレる。その辺りはやはりゲームである。


 物音を出来るだけ立てないようにしつつ、我々は戦闘が起きていた場所にかなり近付いた。前方から風魔狼(ウインドウルフ)の吠える鳴き声が聞こえてくるので、まだ戦闘中だと思われる。安全な位置から敵の正体を見定めるチャンスだ!


「…何あれ?」

「う、ウツボカズラ?いや、ハエトリグサ?」


 森の中で我々が見たのは、自然に出来たと思われる洞穴の前で風魔狼(ウインドウルフ)と戦う、幾つかの食虫植物の特徴が見てとれる魔物であった。一つは縦長の袋のような器官と、二枚貝のような葉が付いているのだ。それに、よく見ると他にも色とりどりの小さな花やオジギソウのような葉も大量に生えている。まるで植物の混合獣(キメラ)ではないか!


 そんな植物の集合体めいた魔物は、風魔狼(ウインドウルフ)の群れを相手に善戦していた。ウツボカズラめいた袋には二頭の風魔狼(ウインドウルフ)が詰め込まれて藻掻いており、ハエトリグサめいた葉が暴れる風魔狼(ウインドウルフ)をがっしりと捕まえている。


 しかし、残った五頭の風魔狼(ウインドウルフ)が仲間を助けようと茎や葉に噛み付いているので、ダメージは徐々に蓄積しているようだ。今も触手のように蠢く蔓が噛み千切られている。捕食している袋や肉厚な葉も、【風のオーラ】によって切り刻まれているように見える。


 葉を振り回して迎撃しているようだが、決定打に欠けるようであまりダメージを与えられていない。多勢に無勢と言うことだろうか。長期戦になるといずれ敗北してしまうのは目に見えている。


 取り敢えず、【鑑定】しておこう。このままだと我々の出番が無いままにクエストを達成出来そうだが、見たことの無い魔物である。情報を得ておいて損はない。


――――――――――


名前(ネーム):ネナーシ

種族(レイス)擬態食魔蔓草ミミックモンスティヴォロスヴァイン Lv41

職業(ジョブ):捕食者 Lv1


――――――――――


「あ、あれはプレイヤーだぞ!?」


 私は思わず大声を出してしまいそうになるのを堪えて、皆に【鑑定】した結果を伝える。名前(ネーム)種族(レイス)職業(ジョブ)は見えるのに、能力(スキル)については一切の表記が無いのはプレイヤーの特徴だ。エイジや兎路を初めて見た時と同じである。


「プレイヤー?ってことはアイリスやしいたけと同じ植物系の魔物プレイヤーってこと?」

「ああ。種族(レイス)擬態食魔蔓草ミミックモンスティヴォロスヴァインとなっているな」

擬態食魔蔓草ミミックモンスティヴォロスヴァイン…普通の草に擬態して寄ってきた魔物を食べる植物、という事でしょうね」

「その分、正面切っての戦いは苦手なのかもしれません。どうしますか?」


 モッさんが聞いているのは、助けるのかどうかということだろう。彼か彼女かは不明だが、あのプレイヤーがどのような経緯があって今の形に落ち着いたのか興味がある。それにあのプレイヤーが本当に元凶だったなら、話し合いで解決出来るかもしれない。ならば助太刀してみるとしよう。


「星魔陣、遠隔起動、地牙(アースファング)

「「「「「ヴォッ!?」」」」」

「!?」


 私は五頭の風魔狼(ウインドウルフ)の足元に【大地魔術】の地牙(アースファング)が発動し、小規模な地割れに奴等が脚を取られてしまう。慌てて脚を引き抜こうとするが、割れた地面は脚を捕らえたまま勢い良く閉じた。


 完全な不意打ちにあのプレイヤーも驚いているようだが、即座に蔓を風魔狼(ウインドウルフ)の首に巻き付けて締め上げた。この好機を逃す手は無いし、私でもそうしただろう。


 風魔狼(ウインドウルフ)が窒息して力尽きるのと前後して、捕食していた個体も体力が無くなって死亡する。全滅を確認したプレイヤーは、周囲を警戒していた。自分を追い詰めつつあった群れを即座に行動不能にした何者かが近くにいるのだから、身構えるのも当然か。


 さて、そろそろ出ていくとしよう。私はわざとガサガサと木の枝を揺らしながら、謎のプレイヤーの前に姿を表す。すると先手必勝と謂わんばかりに蔓を此方に伸ばしてきた。


 即座に私の前に飛び出したエイジが盾で受け止めて庇ってくれる。相手も即座に蔓を盾に巻き付け、力ずくで剥ぎ取ろうと引っ張った。しかし、単純な力比べでエイジに勝てる道理は無い。彼は余裕を持ってこの綱引きを制していた。


「待て。此方に害意は無い」

「むむっ…ひょっとして皆様はプレイヤーですかな?」

「その通りだ」


 私は杖をしまって敵意が無い事を示すと、妙に艶のあるバリトンボイスで返答があった。肯定すると、盾に絡み付いた蔦が少し緩められる。完全に警戒を解いた訳ではないようだが、話は聞いてくれるようだ。


「まずは自己紹介と行こう。私はイザーム。『夜行衆(ナイトウォーカー)』と言うクランのリーダーをやっている者だ。こっちは順番にエイジ、モッさん、そして兎路だ」

「エイジです。よろしく!」

「モッさん改め、モツ有るよです。皆にはモッさんと呼ばれていますが、好きに呼んで下さい」

「兎路よ」

「イザーム氏、エイジ氏、モツ有るよ氏、そして兎路氏ですな?拙者はネナーシと申す。お見知り置き願いまする」


 そう言ってネナーシと名乗ったプレイヤーは、ウツボカズラのような袋とハエトリグサのような葉を同時に下げる。あの三つが頭のようなものなのだろうか?そして何故ゴザル口調なのだ?特殊な種族(レイス)を選ぶだけあって、随分と個性的なプレイヤーだ。


「…うん?イザーム?イザーム氏とは、()()イザーム氏でござるか?」

「あー、それが魔物専用スレの話だったら同一人物だと思うぞ」

「おおおおお!?ほ、本物でござるか!?」

「偽物ではない、と証明は出来ないがね」


 この反応は久し振りだ。初めて会った時のエイジがこんな感じだったと思う。掲示板を読む魔物プレイヤーの間では有名人扱いなのは些か面映ゆいものがある。


「ところで、君はどうやってここまで来たんだ?正攻法か?」

「いやいや、違いますぞ。完全に偶然にござる」


 ネナーシはリアルタイムで二日前まで大多数のプレイヤーと同じくルクスレシア大陸で活動していたらしい。しかしそこで大嵐に巻き込まれて飛ばされてしまい、気が付いたらこの地にいたと語った。


 まるで『オズの魔法使い』のような突拍子もない話だ。だが、ここはゲームの世界。そんなことがあってもおかしくない。それにネナーシの話によれば、童話のようにメルヘンな旅ではなかったようだ。荒れ狂う嵐の中にいたのだから、当然である。


 途中で死亡こそしなかったものの、上下左右に揺らされてまともにプレイ出来なかったと愚痴を言っている。御愁傷様としか言い様が無いな、それは。


「それで、一つだけ聞きたい。少し前に森の向こうの村に近付いたのは君か?」

「如何にも。しかし殿と共に行ったのですが、矢を射掛けられてしまいましてな、尻尾を巻いてここまで逃げたのでござるよ」


 私が本題に入ると、参った参ったとネナーシは笑って答えた。やはり、サイル村へ接近したのは彼だったようだ。いや、待て。今何と言った?


「殿?」

「そうですぞ。拙者、実は一人で参ったのではござらん。殿と共に参ったのでござる」

「その殿は今何処に?」

「洞穴の中ですぞ。ですが殿は今ログアウト中でしてな、話すことは叶いますまい」


 なるほど、プレイヤーの仲間がいるのか。ではネナーシがここで戦っていたのは、ログアウト中の仲間を守るためだったのか。パーティーで探索している時、見張りを立ててフィールドでログアウトした経験は私にもある。それと同じことだろう。


「その殿は人類か?それとも魔物か?」

「魔物ですぞ。しかし、元人間(ヒューマン)でござる」

「元人間(ヒューマン)…まさか!例の転生者ですか!?」


 驚いたエイジが素っ頓狂な声を上げる。現状、転生システムを発見して使った者は一人しかいないとされている。転生可能な神殿の発見報告はあったようだが、必要なリソースが多大であるためにまだ転生は出来ていないようだ。そんな転生者が洞穴の奥にいる。是非とも話を聞きたいものだ。


「然り。殿は少々変わり者ではありますが、手練ですぞ。我輩、一度住人のチンピラに拐かされたのですが、そのアジトを単騎で制圧する位には強いのでござる」

「じゅ、住人に拉致されたんですか…?」

「我輩のような自律して動く植物系の魔物はルクスレシア大陸にはほとんど居ない故、珍しい商品として売られるところでござった」

「は、ははは…」


 カラカラとネナーシは笑うが、我々は顔を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。弱かった時は行動に制限が多かったこともあり、我々もそれなりに苦労はした。だが、生きたまま売買されかける、というのはハードにも程があるのではないだろうか?


「して、イザーム氏達は何故にこの森へ?先程の質問と関係があるのですかな?」

「正解だよ、ネナーシ。村人からの依頼でね、我々は村に近付いたこの辺りにはいない魔物の調査を請け負っている。そこで君が元凶だ、と言うことは明らかになった訳だが…」

「ううむ、イザーム氏の仰りたいことは言わずともわかりますぞ。我輩達にここから去って貰いたい、と。しかし…」


 私は無言で頷く。ネナーシがどうしてここにいるのかはわからない。だが、彼らがここから移動しない限りサイル村の人々に平穏は訪れないのも事実だ。正体のわからない魔物に怯え続ける事になるからだ。


 では調査の結果を偽って、魔物を倒したと伝えればいいのか?否、これは悪手である。今だけは上手く誤魔化せるかもしれないが、その後森に入った村人が目撃すれば一発で嘘がバレる。そうなれば、ここまでコツコツと積み重ねて来た鳥人(バーディアン)との信頼関係が壊れてしまうだろう。


 初対面のプレイヤーのために、危険な橋を渡る気は無い。かといって折角の魔物プレイヤー仲間を無碍に扱いたくも無い。なのでここは少しだけ骨を折るとしよう。


「それが手っ取り早いのだが…ここは私に任せてくれないか?大ぶ…」

「…誰かいるのですか、ネナーシさん?」


 大船に乗ったつもりで任せて貰おう、と胸を張って続けようとした時、ネナーシの後ろの洞穴から男の声が聞こえてきた。聞いている相手を自然と落ち着かせるような、優しい声色である。旅番組のナレーションとかにピッタリだ、と益体もないことを考えてしまった。


「おお、殿!ログインされましたか!客人ですぞ!」

「その『殿』というのは恥ずかしいと…やはり誰かいるのですか。今出ますね」

「「「「ヒェッ…」」」」


 洞穴の奥からズルズルと何かが這いずる音が聞こえたかと思えば、暗闇の中から『殿』と呼ばれたプレイヤーが現れる。その異形に我々四人は思わず息を飲んでしまうのだった。

 ネナーシはウツボカズラっぽい袋を口のようにして喋ってます。可愛い(錯乱)。


 次回は8月5日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ