交流と調査開始
モッさん達と合流した後、ダーム殿とその部下を護衛しつつ再度サイル村へと舞い戻った。あの下らない嫉妬男は私にまたも詰め寄ろうとしたようだが、龍であるカルに睨まれた途端に尻尾を巻いて逃げていった。龍は信仰対象でもあるはずだし、そりゃあ怖いわな。
どうやら、私が怪しげだが貧弱な魔術師然としていたから絡んで来ていたようだ。まさか龍の主人だとは考えてもみなかったようで、今では青を通り越して白い顔になっていた。
そんな弱い者イジメめいた理由だったのなら、必要以上に刺激しないために袖から意識して出さないようにしていた三本目と四本目の腕を見せびらかしておくべきだったか。それだけで無駄に疲れずに済んだかもしれない。失敗したなぁ。
それと睨み付けたカルだが、【威圧】の能力も使っていないのに怯えてしまった村人へ興味が失せたらしい。地面に横になるとそのまま眠ってしまった。強者の余裕だろうか?貫禄があって良いぞ!
「商談は上手く進んでいるようですね」
「嵐のせいで必要なモノが多いんでしょ。主力商品は木材らしいし」
バーディパーチ側の主な商品は、木材となる母木の枝や医薬品として重宝される母木の葉や表皮である。実りの季節になると果実が加わる事もあるとか。逆にダーム殿がサイル村から購入しているのは麦や普通の野菜などのバーディパーチでは栽培出来ない作物や森の幸が交易品だ。
森は村人にとって危険な場所だが、外縁部ならば滅多に魔物は出現しないので山菜や果物は十分に採集可能であるらしい。ただし、木々を伐採しようと大きな音を立てると単眼鬼など強力な魔物を呼び寄せる事があるので、木材はバーディパーチから購入しているそうだ。
村人の自警団は村周辺の草原にいる弱い魔物なら倒せるものの、森にいる魔物は強力過ぎてどうしようもないのだとか。近くに資源があるのに手を出せないとは、何とも不憫である。ただ、いつか人類のプレイヤーがここまでたどり着いた時、村を大きくするクエストとかが発生しそうだ。発生させたプレイヤーは是非とも頑張ってくれたまえ!
「クエストはいい感じですけど、村人が怯える魔物が気になりますね」
「どんな見た目なんでしょうか?」
件の魔物については、既に皆へと教えている。不気味な見た目だと聞いて兎路は嫌そうに顔を顰めたが、男二人は私と同じく興味津々であった。
「見た目も気になるが、問題はその魔物が討伐されなければ村人は安心して暮らすことが出来ない点だ」
単眼鬼や風魔狼など森に住む凶悪な魔物は、森の奥まで入らない限り襲ってこない。しかし、その魔物は村の近くまでやって来たらしい。これが一回切りだという保証は何処にも無いので、村人が枕を高くして眠るのは難しくなるだろう。
「レアな魔物なら、アタシ達で討伐しに行く?レアな素材が取れるかもしれないし」
「ダメだよ、兎路。今は護衛のクエスト中なんだから」
「そうよねぇ…」
レアアイテムに惹かれる兎路の気持ちも分からなくはないが、言っている事はエイジの方が正しい。護衛を放り出して謎の魔物を追うのは、どう考えてもアウトである。それに相手の見た目や実力も不明なので、返り討ちに会う可能性だってあるのだ。戦うことそのものに慎重になった方が良いと個人的には思っている。
「依頼があれば別だがな。このままここで待っておこう」
「わかってるわよ、リーダー。それにしたって、失礼な連中ね。怯えながら遠巻きにして睨むなんて」
魔物のせいでピリピリしている村人にとって、我々は恐ろしい魔物に他ならない。ダーム殿のような商人などの生産職ではなく、ゴリゴリの戦闘職だから当然だ。なので警戒するのは尤もだが、ここまで露骨に怯えられるのは兎路からすると不愉快であるらしい。いつもクールな彼女が珍しく眉を寄せていた。
「そう怒るな、兎路。あと少しの辛抱…おや?」
ダーム殿の商談が恙無く終わるまでの辛抱だと兎路を宥めていると、誰かが近付いてくるではないか。他の村人、特に若い男達に止められているようだが、その制止を振り切って此方へと駆けてくる。一見すると何の変哲もない少女であるが、その顔に見覚えがあった。
「あ、あの!お久し振りです!」
「ああ。久し振りだね、マーガレット嬢」
見覚えがある女性の村人など、マーガレット嬢以外にあり得ない。共に過ごした時間は短く、また別れてからも大した時間は経っていない。だが、私は少しだけ懐かしい気持ちになっていた。
「ご母堂のお加減はどうかね?」
「はい!もうすっかり元気になりました!」
「それは良かった。あと、後ろにいるのは私の仲間達だ」
「初めまして!マーガレットと言います!」
ペコリと頭を下げるマーガレット嬢に、エイジ達は順々に挨拶していく。第一印象が良かったからか、彼女だけは我々を恐れていないようだ。人類と仲良くしたい魔物プレイヤーの諸君は、こうして好感度を稼いでいるのだろうか?
仲間達と一通り挨拶終えると、マーガレット嬢は地面に寝そべっているカルに恐る恐る近付く。するとカルは目を開けて彼女をじっと見つめる。少しだけビクッと身体を震わせたマーガレット嬢だったが、意を決してそのままカルの顔の前に膝を付いて目線を合わせた。
「カルちゃん、だよね?私のこと、覚えてるかな…?」
「グルルルル…クゥーン」
カルはマーガレット嬢に鼻先を近付けると、クンクンと匂いを嗅ぐ。それで相手がまだ自分が小さかった時に遊んでもらった少女だった事に気付いたのか、甘えるような声を出した。
マーガレット嬢はこちらを見上げ、私に何かを無言で訴えてくる。きっと触れても良いかと言いたいのだろう。私が構わないと頷き返すと、彼女はカルの頭部を優しく撫でた。するとカルは気持ち良さそうに目を細める。とても微笑ましい雰囲気であった。
「おいバカ!」
「行くな、ガキ共!」
「おじちゃん!僕たちも触っていい!?」
マーガレット嬢がカルを撫でる様子を固唾を飲んで見守っていた村人の大人達であったが、その隙に子供達がいてもたってもいられないと言わんばかりに駆け寄って来た。
子供達は少年は目をキラキラと期待に輝かせている。マーガレット嬢と同じように、龍であるカルと触れ合いたいのだろう。子供達の純粋な瞳に見られては、断ることなど出来るわけがない。
「カル、いいかい?」
「グルゥ」
「良いと言っているよ。ただし!叩いたり、力一杯に引っ張ったり、君達がされて嫌な事はしてはいけないぞ?この約束を守れるかな?」
「「「うん!」」」
「よぅし、良い子達だ。存分に遊んで貰い給え」
「「「わーい!」」」
私が許可するや否や、子供達は一斉にカルに駆け寄った。注意事項を聞いていたか不安ではあったが、彼らは律儀に守っているようで、雑な触り方はしていない。『鱗固ーい!』とか、『羽が四枚もある!』とか言って戯れている。
カルはカルで最近『龍の整地』にいる幼龍と遊ぶ経験が活きているらしく、子供達を傷付けることなく相手をしてあげていた。ゆっくりと尻尾を揺らしたり、翼で優しく風を起こしたりと慣れた様子だ。
普段は我々に甘えたがるカルだが、今は幼子の世話を焼くお兄さんのようである。成長したなぁ…!
「イザーム様、少々お時間を頂けますでしょうか?」
「時間は構いませんが…ダーム殿。そちらのご老人は?」
しみじみとカルと子供達を眺めていた私だったが、村の方からダーム殿の呼び掛ける声が聞こえてきたので其方を向く。するとダーム殿と一緒に一人の老人がいた。まだ不確定だが、村人の様子から見て村長だと思う。少なくとも村の名士だろう。
「ご紹介します。此方はこのサイル村の村長です」
「初めまして。私はイザームと申します、村長殿」
「う、うむ…」
予想通り、この老人は村長だったようだ。その村長だが、私を前にしてガチガチに緊張している。鳥人以外の魔物と面と向かって対峙するのは初めてなのだろう。私の背後にいる仲間達やカルに威圧されているのかもしれないが。
「イザーム様。サイル村が抱える問題はご存知でしょう?村長は村から危険を排除されるのを望まれております。それは私も同じこと。私と村長の連名で依頼しても宜しいでしょうか?」
「例の魔物の件、ですね?依頼と言っても、今受けているダーム殿の護衛はどうなるので?」
「この村で私達を攻撃する方などおりませんよ。どうしてもと仰るならば、カルナグトゥール様さえ居られれば大丈夫でしょう」
「ふむ…」
私は手を顎に当てて考える。村人がダーム殿を襲わなかったのは事実である。普段から取引はあったようだし、揉める事はあっても刃傷沙汰になることはほぼ無いのだろう。ならばダーム殿にとっては、村が危険に曝されて取引が難しくなる方が問題なのだ。なので彼にとっても村の安全が確保される事は利益がある。
だが、安請け合いも出来ない。相手がどのような魔物かは教わっていないし、我々の実力で倒せるかはわからない。情報がほとんど無い状態で勇み足で突っ込んでも、ろくなことにならないだろう。
「条件は討伐ではなく、調査なら引き受けましょう。それでいいのなら、報酬は安くても構いません」
「調査…なるほど。強すぎた場合はジゴロウ様達を連れて討伐に向かわれる、という事ですね?」
私はその通りだ、と首肯する。万が一我々が全滅してしまったら、今受けているクエストも失敗になってしまうのだ。護衛のクエストは順調なのに、寄り道のせいで失敗したら目も当てられない。
「わかりました。その条件にしましょう。村長も宜しいですね?」
「そ、そうですな。お任せしますぞ」
なんと言うか、頼りない村長だ。ダーム殿と連名の依頼主だというのに、ほとんど二人で決めてしまった。仲間達に相談していないが、同じ依頼主からのクエストなのだから大丈夫だろう。そう思って私は仮想ウィンドウに現れた『サイル村の異変の調査』というクエストを受注した。
◆◇◆◇◆◇
クエストを受けた我々は、カルを除いた四人で寄ってくる魔物を蹴散らしながら『風の大森林』を歩いていた。『風の大森林』とは、『古代の移動塔』の出口であった『古の泉』を包み込むようにして広がる広大な森である。幾つかのフィールドの複合体であり、フィールドボスも構成するフィールドの数だけ存在するらしい。
以前に倒した毒炎亀龍は『風の大森林』にある河川フィールドのボスであった。他にも森林フィールドのボスや丘陵フィールドのボスなどもいるそうだ。何故知っているかって?バーディパーチで調べたからに決まっているじゃないか。
「村人の話を纏めると、例の魔物は『全体的に丸くて翼が生えた化け物』らしい。心当たりはあるか?」
「いやぁ、それだけだと全く。そもそも、ぼくは余り神話とかの知識には詳しくなくて…」
「アタシもそうね。それにこのゲームの世界って、オリジナルっぽい魔物も多いじゃない?」
私は何気無く尋ねたものの、エイジと兎路の言う通りだなと思った。あれだけ村人が恐れ戦いていた割りに、具体的な外見に関する情報は一切無かったのである。我々は何らかの能力の影響ではないか、と推測しているが実際のところは不明である。
なので断片的な情報を頼りに想像するしかない。だが、『全体的に丸くて翼が生えた化け物』と言われて正解するのは無理というものだ。シルエットだけで判別出来るほど魔物の知識は無いし、兎路の言うように遭遇した事もないオリジナルの魔物だったら知っている訳が無い。結局、ヒントなどほとんど無いという訳だ。
「…悪魔かもしれませんね。個性的な外見の者が多かったですし」
一方でモッさんは悪魔ではないかと疑っているようだ。悪魔は至るところで暗躍していると言うし、あり得ない話ではなさそうだ。
「魔力探知…おや?前方に何かが集まっているようだ。目的の魔物かもしれん。モッさん、どうだ?」
「こちらも確認しました。恐らく、戦闘中です。戦っているのは風魔狼の群れだと思われますが…すいません。風魔狼の相手はよくわからないです」
【虚無魔術】によって感知出来るのは離れた位置にある魔力だけで、【暗殺術】のレベルが高いと隠蔽される事がある。なので物理的な肉体があればほぼ確実に捉えられるモッさんの【超音波】の方が信頼出来る情報なのだ。
しかしこの【超音波】も万能ではなくて、高速で動き回る戦闘中の相手だと形状がはっきりしないのである。また、可聴域の広い相手には【超音波】を発した事が覚られるらしく、同じ蝙蝠系の魔物には使い難いようだ。
「単眼鬼ならわかるだろうし、これは当たりかもな。なるべく音を立てずに近付こう」
戦闘中だと目の前の敵に集中しているので、気付かれることなく接近するチャンスではある。こうして我々はこっそりと接近を試みるのだった。
戦っているのは一体何者なのか、予想してみて下さい!
次回は8月1日に投稿予定です。




