村の事情とイザームの受難
我々がサイル村に近付くと、村の入り口付近には武装した大人が集まっていた。村の自警団だけでなく、普通の村人までいるではないか。村人総出、と言った風情である。
小さな村ではあるが、これは尋常では無い。一体何が起きているのだろうか?
「ダーム殿、どうしますか?」
とにかく、ここは基本的に依頼主の方針に従うべきだろう。一旦距離を取るもよし、思い切って村に行って事情を聞くもよし。どちらを選択しようと、我々は彼の都合に合わせて動けば良い。
「…何も売り買いせずに帰るなど、商人の名折れ。かと言って商品と部下を危険に晒すのも問題です。皆はここで待機。私が一人で行くとしましょう」
「お待ち下さい。ダーム様が行かれることはありません。行くとしても、せめて護衛を一人でも付けた方が賢明かと存じます」
おおっと、そう来たか。ダーム殿が単独で行動しようとするが、それを部下の一人が止める。これに関しては部下の方が正しいだろう。幾ら知り合いだとは言え、殺気立っている村人が何かしでかさないとは限らないのだから。
責任感が強いのかもしれないが、危険を犯すのを黙ってみているわけにはいかない。ここは私が助け舟を出すとしようか。
「ダーム殿、そちらの方の言う通りです。護衛を依頼された者として、貴方だけで行くと言うのは反対します」
「ですが…」
「見ず知らずの我々を同行させると却って事態がややこしくなるとお考えなのでしょう?ご安心召されよ。実は私は一度だけこの村を訪れた事があるのです」
「そうだったのですか!?」
私の言葉が予想外だったのか、ダーム殿は驚いている。そんなに意外だったか?まあ、いい。このまま説得を続けよう。
「歓迎はされませんでしたが、誰一人として危害を加えてはおりません。良くも悪くも、私の風体は人の記憶に残りやすい。覚えている村人も多いでしょう」
「しかし…」
「そこで、こうするのはいかがでしょう?ダーム殿は私一人を同行させて村へ向かうのです。一人なら警戒されにくいでしょうし、私は【時空魔術】も使えます。いざという時にも逃走は可能ですよ」
「…わかりました。イザーム様の仰る通りにしましょう」
説得には成功したようだ。ダーム殿に万が一死なれでもしたら、クエスト失敗どころかヘイズ殿にも失望されてしまう。何よりもこうして言葉を交わした相手が死んでしまうのは、例えゲームの住人だったとしても悲しいことである。
「モッさん、指揮を頼む。エイジと兎路は何時でも戦えるように待機しておいてくれ。勿論、カルもだ」
「引き継ぎましょう」
「了解です!」
「そっちも気を付けなさいよ?」
「グオッ!」
それぞれの言葉を背に、私とダーム殿はサイル村へと飛んだ。一体、何が待ち受けているのだろうか。危機感と警戒心を抱きつつも、私がどこかワクワクしているのも確かであった。
◆◇◆◇◆◇
サイル村の人々は、私達を視認したようだ。真っ先に気付いた誰かが何かを叫ぶと、慌てて槍の矛先を此方に向けたり弓に矢を番えたりして今にも攻撃してきそうになっている。
かなり殺気立っているらしい。危険な魔物が現れたような…って、客観的に見れば私も危険で邪悪な魔物だったわ。一応は何時でもダーム殿を守れるように魔力盾を起動待機状態にしておくとしよう。
「あれは…おい!武器を下げろ!」
「あれは行商人のダームさんだ!」
街の自警団らしき比較的に武装が充実した者達が声を張り上げる。ダーム殿の存在を確認したようだ。理性的に行動出来る者が残っていたのは僥倖であった。私とダーム殿は頷き合うと、降下を開始する。
私達が着陸すると、他の村人を諫めていた二人の自警団らしき者が駆け寄って来た。その両方の顔には、『間が悪い時に来てしまった』と露骨に書かれていた。
「お久し振りですな、サイル村の皆様。一体何事ですか?」
「ダーム殿、それがです…お、お前は!?」
ダーム殿に村に何が起きたのかを説明しようとした村人だったが、その直前で私の存在に気が付いて片方が大声を出す。もう片方は叫んだりはしなかったものの、顔を顰めている。やはり覚えていたか。そして悪感情を持たれたままらしい。これは困った。
どうやら、マーガレット嬢は私達の事を『善良な魔物』だと伝えるのに失敗したのだろう。端から伝えようとしなかった可能性もあるが、そんなことは無いと信じたい。
何はともあれ、敵愾心を持たれているからといって此方も喧嘩腰だとまとまる話もまとまるまい。あくまでも、私はフレンドリーに接するとしよう。
「やあ、村人君。今日の私はダーム殿の護衛として来ている。気にする必要は無いよ」
「なっ…!?ぬけぬけと…!」
「嘘ではありませんよ。彼とその仲間は私の護衛です。そんなことよりも、事情をお聞きしても宜しいでしょうか?事と次第によっては、出直す事になりますので」
大声を出した自警団員は想像通りに反発したものの、ダーム殿が食い気味に遮って本題を切り出した。この緊急事態に不毛な罵倒など聞いても意味が無いと言いたげである。もう一人の自警団員もダーム殿の意図を汲んだのか、今にも私に襲い掛かりそうな男の前に出て説明を始めた。
「…魔物が出たのですよ。それもこの辺りでは見ない魔物でした」
「森から単眼鬼でも出てきたのですか?」
「違うっ!そうじゃねぇ!あれは、そんな分かりやすい魔物じゃねぇっ!」
ダーム殿は近くの森から単眼鬼のような強力な魔物が出現したのだ、と推測していたらしい。私も同じ答えを推測していたのだが、どうやら違うらしい。態度の悪い方がハッキリと否定している。
と言うか、言葉では強がっているが、態度の悪い方は震えているようにも見える。魔物を見て怯えていると言うことだろうか。一体、彼は何を見たのだろう?
「最初、空に何かが浮いているのを村人の一人が見付けました。それが魔物で、しかも此方へ向かって近付いて来たので此方から攻撃して追い返したのです」
「おや?その話を聞く限り、撃退に成功したのではないのですか?」
「も、問題はそこじゃ無いんだ!あんな…あんな冒涜的な魔物が居ていいはずが無い!」
「…コイツと同じ意見の村人が多いんです。間が悪い事に、昨日の嵐で村を囲む柵が一部壊れてしまって…暫くは見張りの人員を増やすことに決まりました。それでバタバタしていたのです」
ゲーム内の昨晩に嵐がこのヴェトゥス浮遊島を襲ったのは私も知っている。『古の廃都』も地下道が水浸しだったり水溜まりが出来たりしていて、探索が面倒であった。この村を囲んでいる柵が壊れたらしく、出入口だけではなくてその穴も守らなければならないのだ。そりゃあ混乱しますわな。
それにしても、必要以上に警戒している理由は追い払った魔の外見であったとは驚きである。大の大人が震える位に恐怖する外見か…冒涜的とか言ってるし、どれぐらいキモいのだろうか?会ってみたくなるじゃないか!
「それは災難ですね…それで、我々は通常通りに商売が出来るのでしょうか?柵の修繕にも使えそうな品も幾つかありますよ」
「それについては村長と話し合って決めて下さい。こちらへどうぞ」
私が不謹慎な関心を抱いている間に話が纏まったようだ。自警団員に促されて、ダーム殿は村へと入る。護衛として私は同行したいのだが、態度の悪い方は槍先を此方に向けて言い放った。
「お前はダメだ!昔から取引のある鳥人の旦那ならともかく、不審な魔物を入れる訳には行かない!」
「ダーム殿、今は村全体がピリピリしておりまして…その、護衛の方はここで待機していただけないでしょうか?」
おいおい、入れてくれないの?それじゃあ護衛出来ないじゃないか!これは困った。
ただ、私を村に入れたくないという気持ちは理解出来る。魔物によって村が脅かされている時に、見ず知らずの魔物である私が入ってくるのは認め難いだろう。この場に来た意味が無くなるが、決めるのはダーム殿だ。
「村長にここまで出てきていただく訳にもいきませんか。イザーム様、少しばかりお待ちいただけますか?」
「仕方がないでしょう。危険な事は無いでしょうが、お気をつけ下さい」
初めて訪れる訳でも無し、いきなり襲い掛かってくる村人は居ないだろう。万が一に備えて短距離転移のお札も渡している。むしろ私がついていくと余計なトラブルが起こりかねない。待機する他にないか。
私は村へ入っていくダーム殿を見送る。ただ、問題は彼と共に話のわかる方の自警団員が行ってしまった事だ。態度の悪い方と二人で残されていて、現在も凄く睨まれている。勘弁してくれよ、全く。
「おい、お前」
「…何か?」
「ちっ、スカした野郎だ」
は?これだけで罵倒されちゃうの?それに嫌いなら話し掛けなきゃいいのに…
「まあいい。お前だろ、マーガレットに変な事を吹き込んだのは!」
「おお、彼女は元気か?ご母堂の病は治っ…」
「質問してるのはこっちだ!」
えぇ…?教えてくれたっていいじゃないか。それに、変な事ってひょっとしなくても我々に関する事ですよね。
「変な事と言われても…彼女は何を言ったというのだ?」
「惚けるなよ、この野郎!恩人だの何だの言ってたが、魔術か何かで操ってるんだろ!?」
「…まさか、私達の誰かが彼女を操っているとでも?そんなことをして、なんの意味がある?」
「うるせぇ!そうでなけりゃ、あのマーガレットが俺を殴るわけがねぇだろ!」
「うん?殴る?」
それから彼の罵倒まみれの説明を聞かされたのだが、どうやら彼女は別れ際に言っていたように我々に救われた事を村で言って回ったらしい。鳥人と取引をしていることもあって、村人の大多数はプレイヤーの魔物は話が通じるのかと驚きつつも受け入れたのだと言う。
しかし、一部の若い男衆が反論した。彼ら曰く、鳥人以外にそんな例外がいるわけがないそうだ。だからマーガレット嬢は騙されているか操られるかしており、その犯人は必ず罰しなければならないと主張し始めた。
それに最も反発したのが当のマーガレット嬢である。彼女は若者達に自分は正気だし、恩人を馬鹿にするなと庇ったようだ。それで言い争いになった結果、我々を最も悪し様に罵っていたこの男は殴られたのである。
ははぁ…この男、さてはマーガレット嬢に惚れているな?確かに可愛らしい少女ではあった。その男衆も同じく彼女に気があるのだろう。惚れた娘が、他人を恩人と持ち上げる。その事に嫉妬しているのだ。うへぇ、聞かなきゃ良かった。
男女問わず、惚れた相手が他の者を褒めているのは面白くない。そこまでは理解出来る。だが、その恩人を貶める言い方をすればその相手が怒るのは当然だ。そんなこともわからないのだろうか?
私はこんな男の嫉妬からくる恨み言を聞きに来た訳ではないのだ。ああ、ダーム殿。早く戻って来てくれないかなぁ…。
「イザーム様!許可が下りました!」
「おお、それは良かった!ささ、一刻も早く皆を呼びに行きましょう」
「え?え、ええ。そうしましょう」
「あっ、おい!話は終わってねぇ…!」
もう一秒たりともこの場に居たく無かった私は、ようやく戻って来たダーム殿を急かしてさっさと空へと飛翔する。私の必死さが伝わったからか、疑問を抱きつつもダーム殿も私に続く。
背後から何か聞こえた気がするが、無視するに決まっているだろう。私は決して悪くないのに、逃げるようにしてサイル村から一時離れるのだった。
次回は7月28日に投稿予定です。




