都の異変、村の異変
ジゴロウ達は大天狗と共に集会所に集まっていた。今は中央にある囲炉裏を囲うようにして座っている。囲炉裏に掛けてあった茶釜を使い、大天狗は手ずから全員に茶を振る舞ってくれた。お茶はしっかりと味がする上に、知力と器用のステータスが一定時間上昇するバフまで付いている。どうやらかなり良い茶葉を使っているらしい。
ジゴロウは、そのお茶を味わうでもなくグビグビと豪快に飲み干した。煎れたばかりで熱々だったのだが、【火属性耐性】を有する彼には問題など一つも無い。一服して落ち着いたところで、ジゴロウは腕を組んで半眼になりつつ大天狗に問うた。
「んで、俺達に何をやらせてェんだ?どうせろくでもねェことなんだろうがよ」
「ほっほ、相も変わらずせっかちな男子じゃの、お主は。それにろくでもないことでは無いぞ。儂らには大切なことじゃ。…説明せい」
「はっ。先ずはこれを御覧ください」
大天狗の隣に座っていた眼鏡を掛けた側近の天狗が、懐から水晶玉のような何かを取り出す。それに魔力を流し込むと、農地の3D映像が中空に映し出された。
そこでは天狗と鬼達がせっせと田畑を耕したり、家畜の世話をしたりしている。きっと『天霊の都』にある耕作地なのだろう、とジゴロウ達は理解していた。
長閑な田園風景を見て何の意味があるのか疑問に思っていた頃、映像に異変が起こった。田畑の近くにある森の中から、無数の猿の群れが現れたのである。
猿達は異様に統率が執れており、ほとんどの個体が農夫を襲っている間に小型の個体が手際良く作物を強奪していた。猿の波が去った頃には、畑の実りは全て奪われた後であった。
「これは一週間ほど前の映像でございます。同じく猿の妖怪に襲撃された被害が出るようになってから、かれこれ一ヶ月は経過しました」
「なるほど。これがセイを見る目から時折敵意を感じる理由じゃな?」
実は『天霊の都』に到着してからこれまで、何故かセイに向けられる視線だけは友好的なものでは無かった。その理由が、今の猿の妖怪による獣害であったようだ。
セイにとっては理不尽でしかないのだが、理解出来なくもないだろう。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という言葉もあるように、猿の妖怪共に被害を受けている住民にとって似たような風貌のセイも嫌悪の対象となっているのだ。
「か、完全にとばっちりじゃねぇか!」
「左様。お前さんにとっては、とばっちりじゃのぅ。じゃが、猿共のせいで民が苦しんでおるのもまた事実。力を貸してはくれぬか?」
大天狗が尋ねた瞬間、全員の耳に通知の電子音が聞こえると同時に視界にクエストを受注するか否かを問うウィンドウが表示される。クエスト名は『妖猿の異変』。つまるところ、猿による被害がもう出ないようにするのが彼らへの依頼である。四人は目配せし合うと、パーティーリーダーになっている源十郎は受注することとした。
「いいぜェ、ジジイ。猿をぶっ殺した後で、テメェを今度こそぶん殴ってやる」
「ほっほっほ!期待しておるぞい!」
「ぶん殴る…?それはええんやけど、あの猿はどんな妖怪なんかわかっとるんでっか?」
早速喧嘩を売るジゴロウを尻目に、七甲は敵について尋ねた。クエストを完遂するための情報収集である。見た目は明らかに猿だが、逆に言えばそれだけしか七甲達にはわからない。どのような妖怪なのかを正確に知っておきたいのだ。
「あれらは狒々という妖怪です。鋭い爪と牙、堅い剛毛と小さな体格に見合わぬ怪力を持ち、すばしっこい。そして群れで行動する以外は特筆すべき事はありません」
「あれ?それだけわかっとるなら、ワイ等がおらんでもどうにかなるんちゃいます?大して強くも無さそうやし」
七甲は想像以上に敵の情報が判明していた事に困惑していた。十分な情報が揃っていて、しかも側近の天狗の言い方では特殊な能力も無い。難敵であるとは到底思えない。天狗と鬼達であれば容易く駆除出来そうにも聞こえる。
「普段ならそうだったかもしれません。しかし、事はそう単純では無いのです」
「と言うと?」
「そもそも狒々は臆病で、日中に攻めてくるなどあり得ないのじゃよ」
狒々は極めて臆病で、基本的に夜行性の妖怪だ。また森の中で群れを成して生活し、縄張りに侵入した者を集団で袋叩きにする習性を持っている。時折縄張りの外へと食糧を探しに行くが、それは必ず夜であった。故に縄張りの外へ日中に積極的に敵を攻撃して略奪する、というのは明らかに異常事態なのである。
「それに、他にも妙な点があります」
「まだあるのか…」
「ジゴロウよ、あの女狐の事は少しだけ話したかの?」
「あー、前に聞いた下の方の奴かァ」
大天狗は『天霊の都』の実質的なトップであるし、同じアクアリア諸島にある華国でもそう認識されている。しかしながら、天霊島には己こそがこの島の主であると僭称する妖怪がいた。大天狗が『女狐』と呼ぶその妖怪について、ジゴロウ達は名前も種族も教わっていない。ただ、大天狗に匹敵する強さであるのは間違いないらしい。
その妖怪は天霊山の八合目よりも下と島の平地部分を支配下に収めている。なので支配地域の範囲だけは広いのだが、妖怪の質と統率力で圧倒的に劣っていた。と言うのも、その妖怪は『己への貢ぎ物さえ上納していれば、縄張りを好きに拡大してもいい』というスタンスなのだ。
なので縄張りが隣接している配下の妖怪同士が揉めたとしても仲裁などしない。むしろ縄張り争いに破れたせいで上納品の量が減ったなら、機嫌が悪い時には納められなかった者達を粛清することすらある。しかも質の悪い事に、配下の者達が協力して戦ったとしても絶対に勝てない強さであるので逆らう事も出来ない。
為政者としては失格であるのに、強大な力だけは持っている。正しく最悪の暴君なのだ。
「うむ、それで合っておるぞ。狒々共は臆病故、女狐に従順であった。じゃが、今は積極的に他の縄張りを荒らしておるらしいのじゃ。そのような事はこれまで一度も無かったのじゃがなぁ」
「仲間割れだァ?無茶苦茶だなァ、おい」
あらゆる行動が、これまでの常識では考えられないものなのだ。このクエストは単に狒々を討伐するだけでは終わらない。その原因を明らかにしない限り、事態の収集にはならないのだ。想定よりもややこしいクエストになりそうだ、と七甲は思った。
「皆様と遭遇したのは、見回りの部隊です。今の状況を鑑みて、範囲を広げておりました」
「ふぅむ…取り敢えず、儂らも見回りに加わるとするかの」
「せやな。部外者やからこそ分かる事もあるやろ」
「そうと決まりゃァ、早速行こうぜェ!」
こうして修行のために天霊島を訪れた一行は、大天狗に乗せられるままクエストを開始するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ぐぬぬ…!また行き止まりか」
「見事に塞がってますね…」
「戻るしかないわね」
ジゴロウ達がクエストを受注しているなど知らない私は、エイジ達と共にジャンクパーツを求めて『古の廃都』の地下を探索していた。だが、成果は思うように上がっていない。その理由は崩れた場所が多すぎるからだ。
『龍の聖地』と違って人の手によって整備などされていなかった『古の廃都』はボロボロで、建築物の中も地下道もあちこちで崩落が起きている。しかもゲーム内の昨日、嵐が来たせいで地下通路は水浸しになっていて面倒極まりない。
瓦礫を処理すれば道が拓けるのかもしれないが、下手に手を出したせいで生き埋めにされたりしたらたまったものではない。それに雨で濡れた瓦礫を動かすのは、不慮の事故が起こり易くてとても危険だ。なので出来ることと言えば、普通に落ちている鉄屑を拾うこと位だった。
「小さな身体だった時なら、瓦礫の奥の空洞に入れたんですがね…」
モッさんは【超音波】を使う事で、瓦礫の向こう側がどうなっているかを調べる事が出来る。細部まではわからないらしいが、空洞になっているか判別出来るだけでも有難い。あとは隙間に入り込めれば良いのだが、今のモッさんは四翼血闘蝙蝠というマッシブで大きな蝙蝠だ。無理に入ろうとすれば、抜けなくなってしまうだろう。
「ルビーなら行けそうだけれど、居ないものね」
「それを言っても仕方がないさ。それなりに見て回ったし、今日はこれで切り上げるとしよう」
「あ!だったら一度バーディパーチに寄ってもいいですか?携帯食糧のストックが無くなり掛けてたんですよ」
私は飲食不可なので関係ないが、エイジのような巨体のアバターだと食事は量が必要になるらしい。なので探索中もちょくちょく何かを食べていたのだが、在庫が心許なくなっているようだ。食費も馬鹿にならないと考えると、マッチョな巨漢も大変だな。
「私は構わないぞ。二人はどうだ?」
「別にいいわよ。ついでに買い物したいし」
「私も問題はありません」
よし、全員が大丈夫ならこのまま脱出してバーディパーチに一っ飛びするとしよう。エイジはここに来た時と同じくカルに抱えてもらえばいい。
それにカルは進化してから重いものを運びたがるので、ょうどいい。きっと力が増したのが嬉しく、それをアピールしたくて仕方がないのだ。まったく、可愛い奴め!
◆◇◆◇◆◇
それから特に戦闘もなく『古の廃都』を出た我々は、バーディパーチへ向かった。近づくに連れて、街の活気ある騒がしさが大きくなってくる。ついさっきまで滅びた街にいたのもあって、この騒がしさが妙に安心させてくれるなぁ。
「おや、イザーム様ではございませんか。お久しぶりです」
「貴方はヘイズ殿の所のダール殿ですね?こちらこそ、お世話になっております」
バーディパーチの母木の根本に着陸した時、顔見知りの鳥人の商人が仲間と共に外へ出てきていた。彼は前から世話になっているあのインテリヤクザ風鳥人ことヘイズ殿の部下である。
ヘイズ殿は我々の拠点とした物件を紹介してくれたり、紙を融通してくれたりと世話になった。我々も見返りに稀少なアイテムや金属を安値で提供したのでwin-winの関係である。ただ、何かにつけて恩を着せようとするのを回避するのは少々骨が折れたものだよ。
「私などの名前を覚えていただき、恐縮です」
「恐縮する必要など、全くありませんよ。ところで、どこかへ行かれるのですか?」
「ええ。今からサイル村へ行商へ行くのです」
どうやら彼らは隊商が従魔にしている鳥の魔物と共に行商へ行くらしい。サイル村とは、我々がこのヴェトゥス浮遊島に来た時に初めて出会った第一島人ことマーガレット嬢を送り届けた村である。
あの時とは我々の見た目も、強さも、更に人数も異なっている。母の病気を治すための薬を探しに森へ踏み入った少女は元気にしているだろうか?
「そうだ、イザーム様。私達を護衛しては下さいませんか?危険な魔物はそうそう現れませんが、嵐の翌日は腹を空かせて狂暴になる魔物が多いので気が抜けません。ここで会ったのも何かのご縁です。報酬は適正価格をお支払いしますよ」
「護衛か…どうする?」
私の前に『鳥人隊商の護衛』というクエストを受注するか否かを選択する仮想ウィンドウが現れる。村までの距離を考えると、時間的にはこのクエストを終えるまでログインしていても大丈夫だとは思う。三人はどうだろうか?
「受けましょう!人間の村を見てみたいです!」
「小遣い稼ぎにはなりそうね」
「では、決まりですか」
「…と言うわけだ。受けよう」
「おお、ありがとうございます」
私はウィンドウのYESを押してクエストを受注する。ダール殿はニッコリと笑って頭を下げた。上司と違って屈託の無い笑みである。商人としてはどうなのだろうか?
それはともかく、その後直ぐに我々は彼らの護衛を開始した。先頭をモッさんが飛び、私が隊商より少し高い位置から周囲を警戒。兎路は荷物を積んだ鳥の魔物の背に乗って下に注意し、エイジを抱えたカルが殿として最後尾を飛ぶこととした。
私のポジションはシオにやってもらうのが最適だが、今は居ないので私がやっている。いつでも魔術を使えるように準備はしておかねばならない。
…と気を張っていたのだが、一度も戦闘にならずにサイル村に接近するに至った。ただ単に空を飛んでいただけである。これで金を貰えるなら、こんなに楽な仕事は無い。
「皆さん!村の方角が騒がしいです!注意してください!」
しかし、そうは問屋が卸さないらしい。サイル村で何か起きているようだ。我々のクエストは護衛であり、彼らの商売を成功させて帰還するまでが仕事である。こう騒ぎが起きていては村での商売が成り立たないだろう。
上手く解決出来ればいいのだが。そう思いながら、我々は警戒しつつサイル村へと急ぐのだった。
次回は7月24日に投稿予定です。




