悪魔宮殿にて
今回は全編三人称視点です。この章は三人称視点が多くなると思います。
気味が悪い色の煙に捕まった。三人がそう思った次の瞬間、彼らは既に『龍の聖地』から魔界へと移動していた。モツ有るよが急いでマップを確認したところ、『悪魔宮殿・謁見の間』と書かれている。自分たちは無事かどうかは不明だが、魔界に来た事は確実であるらしい。彼はそう理解した。
「ヤッホー、風来者の諸君。元気してる?」
急に知らない場所に飛ばされた三人は、即座に警戒心をむき出しにして声の主を見る。その者は四人の男女を侍らせて、骨と臓物を組み合わせて出来た悍しい玉座に座る男であった。
艶のある黒髪を短く切り揃えた、女神にも劣らぬ美しい顔。肌は真っ白で、程好く筋肉が付いた黄金比とも言うべき肢体。身に付けている服も上等で、きっと悪魔の中でも上位に位置する者だろう、と三人は推測していた。
しかしだらしなく背凭れに身体を預けつつ、胸元をはだけさせているので、威厳と言うものは一切感じられない。何処と無く軽薄そうにも見えるので、格好いい王子様というよりもチャラチャラしたホストのように見えてしまう。
一見するとヘラヘラと笑っている軟派な優男にも思えるが、モツ有るよの目にそうは映らない。彼の種族として持っている能力に【超音波】というものがあるのだが、これは超音波によって彼我の正確な距離や形状を把握するのに使える。
彼の超音波によれば、相手の輪郭にはほんの少しだけ揺らぎがあったのだ。これはアルマーデルクスにも言えた事であり、故に偽りの外見であることに気付けたのである。
「ええ、身体に不調はありません。それで、貴方は誰ですか?」
「俺?俺は悪魔王のサタン様さ。よろしくぅ!」
「悪魔王…悪魔を率いるお方、ですか」
それを聞いたモツ有るよは、いきなり現れたのが想像以上に大物だったと緊張しつつも、自分の判断が正しかったことに安堵もしていた。外見から侮って失礼な口の聞き方をしていれば、今頃どうなっているかわからなかったからだ。
「そうそう、いい感じに分を弁えてるねぇ?前に呼んでみた風来者とは大違いだ」
「以前にも風来者をお招きになったことが?」
「うん。あの時は人間二人に獣人三人だったけど…あんまりにもナメた態度だったから殺しちゃった!アヒャヒャヒャヒャ!」
プレイヤーを殺した時の事を思い出したのか、ゲラゲラと下品に笑っている。招いておいて気に入らなかったら即座に殺してしまえるのは、正に悪魔であるとモツ有るよは思っていた。
「それでさー、我等が呼んだ理由だけど…おめでとう!君達は悪魔になる権利を得ました!ハイ、拍手!」
サタンは満面の笑みを浮かべて、パチパチと拍手を始める。追従するように、侍っていた男女も拍手を始めた。だが、拍手の音は徐々に増えていく。この部屋にはモツ有るよ達の他にはサタン達五人しかいなかったハズなのに、だ。
「ひぇっ…!?」
「うわー、増えてるねー」
いつの間にか、この謁見の間には無数の異形が集まっていた。獣の、鳥の、虫の…様々な生物の特徴を有する化け物が勢揃いしていたのだ。腕や脚の数が二本以上ある者が多いのもあって、謁見の間は万雷の拍手に包まれている。紫舟は思わず怯え、ウールは落ち着いた態度を崩さずに観察していた。
きっとここに集まっているのは、悪魔の中でも高位の者だろうとモツ有るよは予測していた。それもまた、【超音波】の力である。【鑑定】のように正確なレベルの数値や能力などを明らかに出来ないが、大体自分よりも強いかどうかを即座に判別出来るのだ。
但し、決して万能な能力では無い。サタンとその側近らしい四人、そしてラングホート、アルマーデルクス更にマリアからは何も感じなかったのだ。どうやら余りにも実力がかけ離れている相手からは何も感じ取れないのは、【鑑定】と同じ仕様である。
この能力に頼り過ぎると一般人かと思えば自分よりも遥かに強かった、という事態になりかねない。なので彼は過信していなかった。
(チャット?七甲からですか)
努めて冷静さを保とうとしていたモツ有るよの耳に、拍手の音に紛れて通知音が聞こえた。手が使いにくいアバターである彼は、視線操作によってチャットを開く。そして脳波タイピングで素早く、そして可能な限り詳しく現状について打ち込んでいった。
「拍手終わり!…ってなわけで、ホイ。これあげる」
サタンが胸の前で一際大きく柏手を打つと、拍手は一斉に止んだ。続けてサタンは合わせた掌を開く。すると、そこから三つの濁った紫色の歪な形をした石のような物体が出現していた。その物体はモツ有るよ達の前まで独りでにフワフワと浮遊しつつやってくると、パッと一瞬で消えてしまった。
「今あげたのはね、悪魔の素ってモノさ。そいつを飲み込んだ状態で進化すると、晴れて悪魔の仲間入りってワケよ。あっ、言っとくけど誰かにあげたり売ったりは出来ないからね?そこんとこ注意してよ?」
悪魔の素は譲渡が不可能、あるいは譲渡した時に何らかのペナルティが下されるアイテムであるらしい。モツ有るよはその情報を頭に入れつつ、少々戸惑っていた。何故なら…
「あっ、あの!この悪魔の素って、今使わなくてもいいんですか?」
紫舟が言った通り、今ここで飲み込めと言われなかった事が信じられないのだ。『失礼だった』とプレイヤーを始末するサタンならば、『今すぐ飲み込まないなら死ね』と殺しにかかると思ったからである。
「ええっ!?いやいやいやいや、無理強いなんてしないって!強引に同胞に引き込んだって、良いこと無いんだよ~?過去の失敗は繰り返さないのさ!」
サタンは手と頭をブンブンと振り、全力で心外だと訴えた。動きだけなら誤解を解こうと真摯に対応しているようにも思える。表情もまるで心の底から嘆いているようだ。
しかし、モツ有るよはアルマーデルクスからの忠告を忘れてはいなかった。相手は悪魔なのだ。彼から情報によれば、悪魔は狡猾に立ち回って不特定多数の人々を苦しめる存在である。ならばどれだけ説得力のある動きだとしても、迫真の演技だと考えるのが妥当だった。
第一、サタンが以前に強引に勧誘した事があると白状している。絶対に油断することは出来ない。モツ有るよは警戒心を更に強めた。
「では、私も質問して構いませんか?」
「いいよ!どしどし質問して?」
「悪魔となった場合、何らかの義務が発生するのでしょう?それは何でしょうか?」
モツ有るよの確信しているとしか思えない質問に、一瞬だけ驚いたようにサタンは目を見開いた。だが直ぐにより悲しそうな顔になって立ち上がると、彼らを潤んだ瞳で見詰めた。
「そんな…まるで俺達が騙そうとしているみたいじゃないか!」
「質問の答えになっていませんよ、サタン様」
「大事なのは、君達が強くなりたいかどうかさ!風来者というのは、多かれ少なかれ強くなりたいものなのだろう?」
サタンは誘うように手を差し伸べる。その仕草はとても自然で、本当に善意であるように思いそうになってしまう。しかし、先ほどまでは泣き落としするかに見えたのに、今はうってかわって邪悪な笑みを浮かべて誘惑してきた。
「悪魔は強いよぉ~?この世界では強さは自由に繋がる。風来者は自由を愛すると聞いているよぉ~?」
「急に雰囲気が変わりましたね…そちらが素でしょうか。そちらの方が似合っていますよ」
「ヒヒヒッ!そりゃあ良かった!」
豹変した態度に気圧されつつも、モツ有るよは余裕の態度を維持し続ける。これは短い間ではあってもイザームと共に行動して学んだ事だが、仮想世界とも言えるFSWでは本気でロールプレイした方がNPCのウケが良いのだ。
常識的に考えればわかることだが、クエストの依頼に限らず普段の会話すらNPCにとっては現実のものだ。それを『ゲームだから』と適当に聞き流す者や真剣に取り合わない者は、決して良い感情を持たれないし信頼もされない。それを知っているプレイヤーは多いものの、実践出来ている者が少ないのも事実である。今はそれをほぼ完璧に熟すイザームに倣うべきだと考えたのだ。
「確かに、風来者は自由を好む者が多いですね。現状では魔物の風来者は自由とは言い難いのも事実。それに強さを求めるというのも、強ち間違ってはいないでしょう。私も強さを欲する一人ですから」
「だろう?」
サタンは満足げに頷くが、モツ有るよは「ですが」と続けた。
「私は今の仲間とそれなりに自由にやらせてもらっているのですよ。そして強さだって、コツコツと積み上げて来たモノに少なからず自負があります。デメリットに関する説明もなく、貴殿方の同胞になる事に飛び付くほど餓えてはいないのですよ」
「ヒヒッ…ヒャハハハハハハ!」
モツ有るよの言い分を聞いたサタンは、急にゲラゲラと笑い始める。一方でモツ有るよは内心ヒヤヒヤしていた。自分が生意気な口を叩いている自覚はあるし、それが原因で何時三人共殺されてもおかしくなかったからだ。
「良い!良いね!良いんだよ、それで!それでこそ、俺達の、悪魔の一員に相応しい!わざわざ大根役者を演じた甲斐があったというものだ!」
口調が変わったサタンはしばらく爆笑し、落ち着くまで三人は何も言わずに待っていた。紫舟とウールは交渉をモツ有るよに任せているし、彼は彼で余計な一言でサタンの機嫌を損ねる訳にはいかなかったからだ。
「ふぅ、では答えてあげよう。君達が悪魔となった場合、時々現世でのお使いを頼む事になる。もちろん、報酬は支払う。まあ、失敗したり無視したりを繰り返せば、それなりのペナルティは覚悟してもらうけどねぇ」
「お使…仕事の内容とペナルティについてお聞きしても?」
「お使いは色々だねぇ。現世で悪戯してる同胞のお手伝いだったり、魔界の魔物の退治だったり…他にもあるかな?ペナルティは悪魔の素の剥奪さ。使えないヤツは俺の同胞に必要無いからね」
「なるほど…」
サタンの言い分を纏めるのなら、『悪魔になる事で専用のクエストが受けられるようになるが、クエスト失敗や拒否を繰り返すと悪魔の素を取り上げられる』となる。悪魔となってから悪魔となる為のアイテムを没収されるとどうなるのかは不明だが、ろくなことにならないのは間違いない。
「貴殿方に振り回される覚悟は必要ということですか」
「風来者への期待の大きさだと思って欲しいね。何にせよ、よく考えてから使ってよ?ウフフ、これから楽しくなりそうだ」
サタンは端正な顔を愉悦に歪ませている。それはまるで彼らが悪魔になると確信しているようですらあった。見透かされているようで不快ではあったが、モツ有るよは態度に出す事はなかった。
「さて、来てもらって悪かったね。君達が来た場所まで転移させるよ」
「…送って下さるのですか?」
「当然さ!」
サタンは指をパチンと鳴らす。するとジュルジュルと気色の悪い音が部屋のどこからか聞こえて来た。何となく嫌な予感がしたモツ有るよは、顔を引き攣らせて問うた。
「一体、何をしたんですか?」
「何って、君達を送らせるのさ。悪魔宮殿に、ね!」
「ゆ、床から触手が!?」
「きゃあああああ!?」
「まーたーだーよー」
三人は足元から伸びた無数の触手に包まれ、そのまま床へと引きずり込まれた。その様をサタンはこれまでで最高の笑顔を浮かべたまま眺めているのだった。
次回は7月16日に投稿予定です。




