魔界の概要と強引な招待
魔界。それは現世とは異なる一種の裏世界である、とアルマーデルクス様は語った。そこの住人は悪魔という異形の種族ばかりだと言う。
奴らは時折魔界から現世にやってくると、その個体の欲望のままに人類社会を荒らして帰っていく。大抵の場合、事件の黒幕が判明した時には既に魔界へ去っている。なので人類には魔物の中でも最も嫌われている種族だそうだ。
悪魔というと、狡猾で残忍、さらに人々を誘惑した挙げ句に破滅へと導く存在だと私は認識している。アルマーデルクス様も『絶対に信用するな』と仰ったし、この認識は間違っていないようだ。全員が悪辣では無いにしろ、善なる勢力だとは決して言えないのだろう。
人類も仕返しするために悪魔を追撃しようと試みた事は幾度もあるが、一度たりとも成功していない。その理由は基本的に現世の何処かにある入り口からでないと出入りすることは出来ないからだそうだ。その場所はアルマーデルクス様も知らず、故に行ったことは一度もない。
そんな場所に行く為のチケットがモッさん達に与えられたのである。レア度も上から二番目の『L』。これは使うしかあるまい!
「俺の予想でしかねぇが、招待状を貰ったヤツ以外は行けねぇと思うぜ。そうだろ、マリア?」
「ええ、そうよ。注意しておくけれど、魔界は危険な場所。それに行った後に帰って来られるかは本人次第。まあ、風来者である貴方達なら死んだとしても私達の力で復活するから気楽に行ってみるといいわ」
マリア様がしれっと恐ろしい事を補足して下さったが、とにかく魔界へ行けるのは招待状を貰ったモッさん達だけだそうだ。私も行ってみたかったが、私のインベントリには何も入っていなかった。無念である。
「皆さんには申し訳ないですが…遠慮なく行かせて貰いますね」
彼らが魔界に行ったとしても、私達はこれから『龍の聖地』を拠点として活動することを余儀なくされている。何故なら、いただいた船の調整などに時間が掛かるからだ。最低でも動かせるようになるまで修理や組み立てが必要で、可能なら多少の武装もしておきたい。
そのための素材集めなどがこれから始まるのだ。『古の廃都』のガラクタを漁って使えそうな物の回収し、アイリスや『龍の聖地』の職人達に協力して機械弄りを頼む。先程全員で話し合って決めた事である。全てを達成するは搭載されたAIの助言とここの設備があったとしても、一朝一夕には終わらないだろう。リアルの時間にして、一ヶ月は必要だと見積もっている。焦らずに進めよう。
「ごめんねー」
「お土産は持って帰るからね!」
「気兼ねすることはないさ。別に急いでいる訳でもないし、遠出するのは三人だけじゃないのだから」
『龍の聖地』を目指す、というクラン全体として掲げた目標を果たした今、次の目標は戦艦の修理だ。だが、それだけに力を注ぐのは面倒だと思う仲間もいる。ここまで付き合わせた訳だし、ここからは個々のやりたいことをやって貰いたい。実際、ジゴロウは進化した力を試す為にアクアリア諸島へ行くつもりだし、それに七甲とセイが付いていくと言っていた。
他のメンバーは船の完成をいち早く見たかったり、現状でやりたいことが無かったりするという理由で残ると言っている。本来なら彼らもジゴロウ達に同行してもいいのだから、気を使ってくれたのかもしれない。ありがたい話である。
「一応、あの森に残った幽鬼やら龍牙兵やらを倒してくれれば礼はするぜ?邪魔臭ぇからよ」
『黒死の氷森』には、まだまだ幽鬼や龍牙兵が数多く残っている。あれらの不死は、本来ならばあの森にいなかったそうだ。なので異物を処理してもらいたいらしい。その間引きはクエストとして受注出来る。これは何時でも受けられて見返りもあるので、是非とも利用させてもらおう。
そもそも、あの不死はどうして発生したのか。それはあのマクファーレンが造り出したのが原因である。最初は幽鬼くらいしか居なかったのだが、結界の前にいつまでも居座る奴に若い龍が襲い掛かったそうだ。
しかし『龍の聖地』から巣立ったばかりの若輩者では、強化鎧を持つマクファーレンには敵わなかった。強化鎧は繰り返される龍との戦闘で損傷していったようだが、何頭も返り討ちに合った頃から事情が変わったらしい。龍の死体は、強力な不死の素材として利用出来たのだ。
龍の牙からは龍牙兵が、そして幽鬼や龍牙兵が倒した『黒死の氷森』の魔物の素材を組み合わせて偽骨龍が生み出された。そうして戦力を溜め込んだところ、若く血気盛んな龍ですら寄り付かなくなってあの状態になったのだ。
結界を張っていた神代光龍女王のラングホート様はそれを何故見逃していたのかと言えば、むしろ外からの訪問者の実力を試すのに丁度いいと思ったかららしい。マクファーレンは間違いなく厄介者だが、その戦力は高いからだ。奴を倒せる者達ならば、アルマーデルクス様に会うに足る実力者だと看做す試金石としたのだという。
「ま、ランの奴が当時は最低限の結界しか張ってなかったせいで盗っ人に忍び込まれちまっ…」
「貴方?」
「おっと、いけね。口が滑ったぜ」
マリア様は笑顔のままだが、目が笑っていない。彼女が制止したと言うことは、自分たちで調べる必要のある情報だったのだろう。だが、今言い掛けた一言だけでわかった事がある。『盗っ人に忍び込まれた』というワードから、十中八九それは馬鹿貴族の命令か依頼で龍玉を盗んだ奴らに違いない。結界を強化させたのだから、きっとそう言うことだと思う。
そしてマクファーレンが言っていた『研究所を取り戻す』という言葉。また、墓守殿は『人類が作った生物兵器によって文明が滅んだ』と言っていたし、加えて『龍はそれらを倒し、封じ込めた』とも言っていた。これだけ情報が揃っていれば、推理は容易だ。
「…人類同士の戦争で滅びたのが第一文明、滅びる原因になった古代兵器を封じたのが龍族。その後に龍玉を盗んだ事で龍族に滅ぼされたのが第二文明、ということでしょうか?」
「…貴方?」
「ちょ、ちょっと落ち着けって!これは自分で調べた情報から導き出した答えってヤツだろ!?セーフ!セーフだって!」
顔は笑っているが目が全く笑っていないマリア様と、慌てふためくアルマーデルクス様。これは確定だ。この世界の背景が一つ明らかになった。ふっふっふ、歴史の真実を知ることが出来たぞ!
「と、とにかく!戦艦はお前らの拠点として使えるからよ!そこから元の世界に帰れるぜ!お、俺は用事を思い出したから行くからな!」
「…失礼するわ」
そう捲し立てたアルマーデルクス様は、逃げるように船渠を後にした。マリア様はそれを急ぐでもなく、しかし妙な威圧感を放ちつつ追いかけて行く。きっと大目玉を食らうのだろう。可哀想ではあるが、諦めてほしい。私達には両手を合わせて無事を祈りつつ、二人を見送ることしか出来なかった。
◆◇◆◇◆◇
はい、ログインしました。怒れる女神が船渠から出ていった後、残された我々は同じく残されたマティス殿からこの『龍の聖地』でやってはならない事等を教わった。教わったと言っても、特別な事は何も無い。常識的な範囲で接するならば、皆快く応じてくれると言っていた。
その後、我々は貰った戦艦でログアウトした。アルマーデルクス様が言っていた通り、この戦艦にはログアウトする拠点としての機能もあったのである。拠点転移にもちゃんと対応するので、修理が終われば空飛ぶ拠点の完成だ。冒険の幅が広がるなぁ!
閑話休題。今、私達は『龍の聖地』の草原に集まっていた。目的は当然、『魔界への招待状』を使う所を見物するためである。貴重なアイテムだと言うし、どんな演出が入るのかにも興味があるのだ。
「他の皆はまだかの?」
「いや、今日来るのはこれで全員だ」
集まったと言っても、数人はその姿が見えない。彼らにはリアルの用事があるからだ。『黒死の氷森』はクランメンバーの全員で攻略したが、普段から常に全員がログイン出来る訳がない。今日は休日なのだが、実は私も見送った後に出勤しなければならない。あー、憂鬱だ。
「では、着火しますね」
モッさん達は『魔界への招待状』の文面通りにするべく、予め用意しておいた焚き火の中に手紙を放り込んだ。三通の黒い招待状が炎の中に焚べられると、赤紫色の煙が立ち上る。その煙からは熟れすぎて腐った果物のような、甘ったるいのにどこか不快になる悪臭が発生した。
「何よ、この臭い!?」
「きついねー」
焚き火に程近い位置にいた紫舟とウールは、その臭いに驚愕しているらしい。モッさんも臭いによって咳き込んでいた。好奇心から我々の様子を眺めていた幼龍達も蜘蛛の子を散らすように離れ、彼らと同じくカルも無言で飛び去った。…仲良くしているようで何よりである。
現実逃避は止めるとしても、これだけの異臭だ。明確な目的がなければ我々も一度距離を取ったかもしれない。離れたい衝動を我慢していると、ようやく変化が起きた。赤紫色の煙が物理法則に逆らうように集束し、一本の触手のようになったのだ。その触手がブルリと震えたかと思えば、先端から三本に分かれていく。
分かれた煙の触手はニョロニョロと蠢いており、苦手な人ならば生理的な嫌悪感を抱くことだろう。アイリスで慣れている我々は平気であったが。
「ちょ!?」
「きゃああ!?」
「あーれー…」
煙が触手になるという非現実的な光景を見て呆気にとられていると、その触手は目にも止まらぬ速さでモッさん達三人を絡め取ったではないか!我々は慌てて助けようとしたが、動き出した時にはもう遅かった。三人を捕らえた煙は中空にて球状になると、一気に収縮してそのまま『ポフッ』という気の抜けた音を立てて消えてしまう。同時に焚き火の炎も消え、仲間達もまたきれいさっぱり消えてしまった。
「こ、これ、大丈夫ですよね!?」
「落ち着け、アイリス」
アイリスは動揺からか、触手を激しく動かしている。それだけ動かしていて、よく絡まらないものだと私は感心してしまう。今、我々に出来ることはただ一つなのだから、慌てても仕方がないのである。
「先ずは安否確認だ。モッさん達に連絡をとってみよう」
「チャットやな。やってみるわ」
そう言うと七甲は嘴を器用に使って虚空を突付き始めた。どうやら翼よりもこっちの方が仮想ディスプレイを操作するのには向いているらしい。ただ、チャットの文字を打ち込むために嘴を小刻みに動かす様は、カラスと言うよりはキツツキにしか見えないのは内緒だ。
「…おっ?返事が来たで!全員無事やって!」
「それは良かった」
モッさんからの連絡がきちんと返ってきたので、我々は胸を撫で下ろした。実は罠だった、とかだと余りにも不憫だからだ。
「今、なんや気色悪い建物におるんやって。マップには悪魔宮殿って書いてあるらしいわ」
「悪魔宮殿…悪魔の本拠地だろうか?」
明らかに重要な拠点っぽい悪魔宮殿に現世からプレイヤーを招くとは、連中の目的は何だろうか?私達はモッさんからの返答を黙って待っていた。
「…なるほどな。モッさん、連中の目的が分かったらしいわ」
「それは?」
「モッさん達を悪魔に勧誘するつもりらしいわ」
悪魔からの勧誘。その目的を聞いた私は、妙に納得してしまうのだった。
サブタイトルにはありませんが、しれっとこの世界における過去の文明がどうなったのかに触れました。世界を滅ぼしかけた古代兵器は必ず登場させます(断言)。お楽しみに!
次回は7月12日に投稿予定です。




