古代の遺産と招待状
我々はアルマーデルクス様とマリア様、そしてマティス殿と共にエレベーターに乗ると、先ほどとは逆にこの建物の最下層へと降りていく。この先にアルマーデルクス様が渡したい何かがあるのだろうか。
「お前達も知っての通り、人類共が古代文明って呼ぶモンにゃあ二種類ある。ここは第一文明の遺産ってヤツでよ、今じゃあどうやっても手に入らんモンが幾つも遺ってんだ」
「第一文明、ですか?」
知っていて当然のように流されたが、もちろん初耳である。と言うか、古代文明って二種類もあるの?是非とも詳しくお聞きしたい話である。
「なんだぁ?知らんのか!?それでよく此処まで来られたモンだな、おい!」
「それ以上は自分で調べてくれるかしら?調べて解き明かすこともこの世界の楽しみだから、ね?」
「…わかりました」
龍神様から詳細な情報を聞いてみようと思ったものの、マリア様に先制されてしまった。きっと考古学者の真似事をしていけば判明するのだろう。私には丁度いい事に【考古学】の能力があるし、調べてみるのも一興か。
「まあ、知らずとも問題はないわな。とにかく、俺が渡してぇ文明の遺産ってのがこの先にあんだよ…っと、到着か」
私が未知なるこの世界の歴史について思いを馳せている間に、目的地である最下層にたどり着く。エレベーターの扉が開いた先は電気が付いていなかったものの、【暗視】の能力を持つ私には内部が見えていた。
どうやらここは工場であるらしい。当時の名残なのか、大小様々な重機が埃を被った状態で放置されていた。また天井付近にある梁のような装置から大型のクレーンも吊り下げられている事から、恐らくはここで何らかの機械を製造していたのだと私は推測される。
気になったのでマップを見ると、ここの名前は『龍の聖地・古代の船渠』と書かれている。船渠とはあまり馴染みの無い言葉であるが、私の知識が正しいとすればとても素敵なモノが出てくる予感がするぞ?
「マティス」
「御意に御座います」
アルマーデルクス様の意図を汲んだマティス殿が壁のスイッチを押すと、工場の明かりが一斉に点いた。すると【暗視】を以てしても見えなかった工場の奥までハッキリと見えるようになる。
そして我々は見た。無数の機械に接続された、全長にして二百メートル超の戦艦を。
「浮遊戦艦…その中でも完成間近で放置されちまった、第一文明の兵器さ」
◆◇◆◇◆◇
アルマーデルクス様とマリア様によると、浮遊戦艦とは第一文明のとある陣営において主力を勤めた兵器だったらしい。二人が言うには、大砲や機銃など大型兵器に加え、マクファーレンが操縦していた強化鎧などの個人が駆る兵器も搭載していたのだとか。
私は兵器に疎いのだが、単体でも相当な火力を誇る空母とでも言えばいいのだろうか?ボンボンと大砲を撃ちまくりながら、強化鎧を護衛兼航空戦力として抱えていたのだろう。いやぁ、完全に別のゲームの話をしているようだ。
ちなみにこの戦艦にはまだ動力が起動されておらず、また一部のパーツが足りていない上に武装も装着されていない。完成間近とはそういう意味だったようだ。なので船内は真っ暗でこのままでは動かず、更に攻撃能力はほぼ無いに等しい状態であった。
武装に関しては船渠内にもそれらしい物は無く、武装したければ自分達で作れとのお達しだ。なのでオーバーテクノロジーの塊で無双したりは出来ない。そんなことをやったら他のプレイヤーに尋常ではなく迷惑なので、出来たとしてもやらなかっただろうが。
「どうだ?中も結構キレイだろ?」
そんな古代の超兵器の内部を、私はアルマーデルクス様に一通り見せてもらっていた。他のプレイヤーに知られたらとんでもない事になると思ったので最初は固辞しようとしたのだが、彼に『貰ってくれないなら俺は自分を許せねぇ!』と迫られた。その勢いに押しきられる形で、有り難く頂戴することとなったのである。
では私が彼と二人だけで船内を歩いているのかと言うと、私を持ち主として登録するためだった。船の制御装置に対象の魔力を記憶させる仕組みらしい。そうする事で、この戦艦に関するあらゆる管理を私が行えるようになるのだと彼は語った。なので今はその中枢部へ向かっている最中である。
「はい。ですが、一般用通路の高さと広さは意外でした。人間が建造したと聞いていたので、てっきり通路も人間サイズだと思っていたもので」
「あの時代の人間共が人型の魔物を奴隷にして働かせてやがった名残さ。魔導人間にも雑用をやらせてたが、魔物の方が安いコストで使い潰せたから便利だったんだろ。死んだら素材にすりゃいいしよ」
今二人で歩いているのは、中枢部へ向かうための通路だった。厳重なセキュリティが施されているようで、三枚のカードキーを使わなければ入れない分厚い扉があった。この通路は狭く、高さも二メートル弱しかないのでとても圧迫感がある。それに比べて普通の通路はエイジやカルでも歩ける広さと高さがあったのが気になっていたのだが、理由はろくでもないものであったよ。
どうやら旧人類は現実でもあった大昔の鉱山奴隷よりも過酷な扱いを魔物に強いていたらしい。そりゃマクファーレンが『魔物風情』とか『資源に過ぎない』とか言うはずですわ。そんな時代が舞台ではなくて、本当に良かった。
「それにしても、やってくれたなイーファめ。俺の龍玉を盗んだ下手人をそのまま使い捨ての駒にする図太い神経の女神なんざ、あの性悪女神しか考えられねぇ。…あのアマ、絶対事情を知ってて黙ってたんだぜ?」
「それは…普通に有り得そうですね」
ここまでの道中で、アルマーデルクス様はこれまでの我々の冒険や龍玉を入手した経緯について尋ねられた。私はなるべく誇張せずに事実を伝えたのだが、やはり龍玉がドロップした状況を聞くと顔を顰めておられた。
『蒼月の試練』に限らず、報酬として品質が『神』かつレア度が『G』のアイテムが与えられるクエストには大なり小なり必ず神が関わっているらしい。つまり、『蒼月の試練』のボスとしてあの馬鹿貴族を登用した神がいる事になるのだ。
そして龍玉を奪われたせいで龍達が暴れているという事情をすべての女神は知っていた。知っていた上で龍玉を持ったままの馬鹿貴族を手駒として隠すような神は、イーファ様くらいしか思い付かないのだそうだ。
私は【イーファの加護】を与えられている身ではあるものの、アルマーデルクス様の言い分を否定出来ずに苦笑いを浮かべていた。言葉を交わした回数は多くないものの、何となく享楽主義的な性格であろうと前々から予測している。『面白そうだから』という理由でやらかしていたとしてもおかしくないのだ。
管理AIがそれで良いのか、と思わなくもない。だが、ギリシャ神話や日本神話の神々だって個性的だ。システムの管理さえ怠らないのなら、プレイヤーとしては文句を言う必要は無いのかもしれない。
「マリアが姉って慕う女神だから水に流すがよ、今度会ったら嫌味の一つでも言ってやりてぇぜ」
イーファ様とマリア様は仲が良く、姉妹のような関係であるそうだ。なので妻の姉的な女神を邪険に扱うのは憚られるのだろう。アルマーデルクス様、口調は荒いが粗野という訳ではなさそうだ。というか、ただの愛妻家である。
「加護を賜った身としては申し訳なく思います」
「お前が謝ることはねぇさ。…よっしゃ、ここだ」
狭い通路の最奥には、先程と同じカードキーを通して解除する扉があった。だが、それは開いたままであった。
「ここが…」
「さっき言ったこの船の心臓、どデカい魔石を使った浮遊戦艦のコアってヤツさ」
中枢部の部屋には、無色透明で直径五メートルは有りそうな魔石を内蔵した装置が鎮座している。そしてそこから数える気すら起きない本数のコードが天井と床に向かって伸びていた。このコードを伝って、船全体へ魔力が流れていくのだろう。文字通りの意味でここは心臓部なのだ。
部屋を埋め尽くすようにコードが蔓延っているものの、入り口から装置までは道が確保されている。アルマーデルクス様はその道をそのまま進まれるので、私も素直に付いていく。そして装置の下までやって来た。
「やることは単純だ。ここに手を置いて、後は魔力を送るだけ。やってみろ」
私は言われた通り、装置のタッチパネルめいた部分に骨だけの手を置いて魔力を流す。すると、流した途端に装置は独りでに動き始めたではないか!魔石の輝きは強まり、ゴウンゴウンと何かが動く音が聞こえてくる。ほ、本当に大丈夫か?壊れたりしてませんよね!?
『所有者ノ固有魔力ヲ登録シマシタ。オハヨウゴザイマス、マスター』
魔力を流すのを止めるべきか悩んでいると、機械的な音声で船内アナウンスが流れる。こ、これで終わりでいいんだよな?
「終わったぜ。これでこの戦艦はお前のモンだ」
終わりでいいらしい。無事に終わって良かったのだが、それよりもまず聞いておかねばならない事があるぞ?
「それは良いのですが…さっきの声は一体?」
「もちろんこの船の声に決まって…ああ、そうか。第一文明の事をほとんど知らねぇんだったな…」
アルマーデルクス様は難しい顔になると、額に手を当てて何かを考え始めた。きっとマリア様が仰ったように、彼らの立場からペラペラ教えていい情報では無いのだろう。
「ざっくり言うとだな、あの時代の兵器の一部には魂が宿ってたのさ」
「魂、ですか」
魂とは即ちAIの事だろう。兵器古代の文明は随分と進んでいたらしい。現代と大差ない高度な技術である。
しかしNPCであるハズのアルマーデルクス様がAIについて語る…何だかちょっとややこしい。ひょっとして、当時はテレビゲーム機とかもあったのだろうか?ゲームの中のゲームがあったなら、それは興味深い。探してみるのも一興かもしれんな。
◆◇◆◇◆◇
それからアルマーデルクス様からカードキーを賜ったことで、私は名実共にこの船の所有者となった。その後、彼と共に船内から外へ出て皆の下へと戻る。すると、彼らは彼らで色々と盛り上がっていた。
「ジゴロウが…少し縮んだ?」
「へぇ?あいつ、童子になったのか。中々骨のある男だな」
ジゴロウはマクファーレン戦で遂にレベル60に達していたらしく、進化していた。パッと見ると、その変化は髪の毛や全身の刺青がキラキラと輝いているだけに見える。だが、よく見ると少しだけスマートになっている気がした。ボディビルダーからボクサーに変わったような…いや、例えが分かりにくいか?
そんなジゴロウを見て、アルマーデルクス様は楽しそうにしていた。童子、と言うと御伽草子などに登場する日本の鬼である。悪鬼、邪悪鬼と来て今度は童子か。兄弟と呼び合う相棒が、着々と悪役の道へ進んでいる。いいぞ、もっとやれ!
「兄弟!戻ったか!」
「ああ。進化だな?」
「そうだぜ!金色童子ってんだ。お前と同じ『ユニークモンスター』って称号も増えたぞ!」
おお!お前もか!持っていて損は無い称号だ。まあ、これからプレイヤーが増えていけば同じ種族になる者も出てくるだろうし、時間制限付きなのだが。それにしたって目出度い事に変わりは無いな!
「けどよ、進化しただけの俺よりもモッさん達の方が面白ェことになってんぜ?」
「ほう?どうしたのか、聞いてもいいか?」
私はモッさんに水を向ける。ジゴロウの進化よりも面白いとは、一体何があったのだろう?
「ええ。気が付いたら妙なアイテムが私達のインベントリに入っていたんですよ」
「妙なアイテム?それに私達?」
「ええ。私と紫舟さん、それにウール君の三人です。これが実物ですよ」
そう言ってモッさんが差し出したのは、一通の手紙であった。ご丁寧にも封蝋までされた真っ黒な封筒に入っていたらしい。封筒は上側が切られているが、きっとモッさんの翼爪でやったに違いない。
そして手紙を見ると、封筒と同じ真っ黒な皮紙に鮮やかな赤で文字が書かれている。悪趣味でおどろおどろしい手紙だ。モッさん達だけに届いた、というのも気になる。先ずは読んでみるとしよう。
「何々…『我等、闇の子たる汝を祝福せん。この文を焚べよ。さすれば道は開かれん』…なんだ、これは?」
手紙にはこう記されていた。この手紙を燃やせばいいのか?それ以外は何も分からんぞ。
「アイテムとして【鑑定】したところ、『魔界の招待状』となっていました」
「魔界…?」
「ほほぅ!こいつは珍しいモンを見た!喜べ、お前ら。魔界の大物の目に止まったらしいぜ?」
訳知り顔のアルマーデルクス様は、そう言って笑うのだった。
次回は7月8日に投稿予定です。




