龍神アルマーデルクス
マティス・ドラッヘン達半龍人は、正しく龍を人の形に押し込めたような外見であった。角の生えた蜥蜴を思わせる頭部に蝙蝠のような翼、全身を覆う鱗、そして鋭い爪と牙を持っている。先ほどの幼龍と同じく角や翼の数や形状に個体差があるのは面白い。
それにしても意外と言うべきだろうか、半龍人は現代風の格好をしていた。武器は突撃銃と拳銃、そしてナイフに統一されており、防具はと言えば迷彩服に防弾チョッキっぽいものを着込んでいる。どうやって入手したのだろう?いや、ひょっとしたら彼らが製造しているのかもしれない。
何と言うか、特殊部隊っぽい出で立ちである。尚、ヘルメットの側頭部と防弾チョッキの背部、そして迷彩服のズボンにはそれぞれ角と翼、尻尾を通すための穴が空いていた。
「我等の武器は、この建物を造った人間が遺した機械を使って製造しています。ここには都市などから回収した弾薬を製造する機器もあるので、戦士に行き渡らせる事が出来ています」
「そうなんですか…後で見学とかさせて頂けますか?」
「ええ、構いませんよ」
彼らの武具に興味津々のアイリスは、移動中の現在も積極的にマティスへと質問を投げ掛けている。どうやら彼らで造っているのが正解らしい。そして龍神との面会が終わった後、武器の製造過程の見学の約束をちゃっかりと取り付けていた。彼女も中々に交渉上手である。
そして我々が今どこに居るのかというと、例の建築物のエレベーターであった。ビルの中央を走るエレベーターはガラス張りで、各改装の様子がよく見える。どうやらここは半龍人達の住み処であるようだ。
「うーん、SFチックだねぇ~!」
「建材は何を使っとるんやろな?」
「グオゥ?クルルルル…」
エレベーターの床は無色透明な、それでいて絨毯のように柔らかい謎の素材で出来いる。不思議な感触に、私を含めてほとんどの仲間達が面白がっていた。特にカルは気に入ったのか、脚で何度も押して遊んでいる。
きっと古代の技術なのだろうが、これもプレイヤーが作れると楽しそうだ。そしてカルの寝床にしてあげたい。喜ぶ顔が目に浮かぶな!
「もうすぐ最上階でございます。そこに我等が神がいらっしゃいますよ」
このエレベーターを上がった先に、龍の頂点に立つ存在がいる。『蒼月の試練』を乗り越えてから、ようやくここまで来たのだと思うと感慨深い。
「龍神ねェ…強ェんだろうなァ」
「おい、絶対に喧嘩を吹っ掛けたりするんじゃないぞ?」
ついさっきまで戦っていたというのに、ジゴロウは好戦的な笑みを浮かべてそんなことを嘯く。私は本来の持ち主にドロップアイテムを返しに来たのであって、敵対したい訳では無いのだ。釘を刺しておかねばなるまい。
「わぁってんよ、兄弟。お前の用事が終わるまでは何もしやしねェさ」
「それって、用事が終わったら戦うって言ってますよね…」
「マティスさん達がいるのに…」
「ハッハッハ!勇ましいですね!流石は資格をお持ちの方々と言うべきですか」
エレベーターにはマティスと彼の部下が数人同乗しているのだが、彼らはジゴロウの言葉に怒ってはいないらしい。自分の信仰対象を襲うと公言しているのに、問題無いのだろうか?
「ご心配には及びません。我等が神は寛大なお方故、ジゴロウ殿の挑戦も快くお受けになられるでしょう」
「本当かの?ならば儂も手合わせ願いたいものじゃ」
「お、お祖父ちゃんまで…」
源十郎もかよ!戦っても構わないと分かるや否や名乗りを上げる辺り、内心戦いたいと思っていたらしい。戦闘狂のコンビは非常に心強い仲間である。だが、あまりにも戦いを欲する姿勢だけは何とかならんものかね?
「高みを目指す事は尊い事です。さあ、到着致しました。どうぞ、此方へ」
私達が頭を抱えていると、チンという音と共にエレベーターの扉が開いた。エレベーターから出ると、そこは壮大な絵画と彫刻に包まれた空間であった。包まれる、というのは比喩でも何でもない。天井と壁、そして床に至るまでが一つの絵画のキャンバスとなっていたのだ。
モチーフは全て戦いの記録であるようだ。ある場所では醜い化け物や巨大な兵器などを用いて人間同士が戦争をしており、またある場所では龍と巨人が雄々しく一騎討ちしている。古今東西の伝説に残るような戦いを表現した空間に、ジゴロウですら圧倒されて口を半開きにしていた。
芸術のパワーに気後れしていた私だったが、エレベーターの昇降口の目の前に五メートルほどもある大きな扉に気づく。木製の扉にも当然彩色とレリーフが施されており、そのモチーフは二つある。右側の扉は様々な魔物の屍の上に君臨する一頭の龍であり、左側の扉は両手を開いて微笑みを浮かべる美しい女神であった。
三対六枚の翼に、真っ直ぐに伸びる四本の角を持つ黄金の龍。きっとこの龍こそ、龍神に違いない。神と呼ばれるに相応しい迫力と、溢れんばかりの神々しさを兼ね備えた雄壮な姿である。
そして女神だが、黒い円環の中に薔薇が浮かぶ聖印である事から『闇と快楽の女神』マリアである事がわかる。濡烏色の黒髪に抜群のスタイルがハッキリとわかるタイトなドレスを纏った、随分とセクシーな女神である。快楽を司る女神は伊達ではないということだろうか。アグナスレリム様曰く、龍神様は女神が降臨することで暴れるのを止めたらしいので、その女神がマリアなのだろう。
龍神と女神のレリーフがあることから察するに、この先が所謂『謁見の間』のような場所なのだろう。マティスが恭しく触れると、扉はゆっくりと開いて行く。遂に、龍神と対面の時である。
「行くか、皆」
私達は緊張と期待を同じくらいに募らせながら、脚を踏み出した。部屋の中は意外にもシンプルなもので、中央にある上等な木材を使ったと思われる大型の長机に、五十席ほどの艶やかな革ソファーが並べられている。え、『謁見の間』と言うよりも会議室っぽいぞ?
「おう、来たか。待ってたぜ」
「いらっしゃい」
長机の上座には、二人の人物が座っていた。一人は扉のレリーフにもなっていた女神マリアである。あれとは違って、真紅のドレスに金の装飾品というゴージャスな出で立ちだ。レリーフ通りのダイナマイトボディは現実であれば視線をさ迷わせていただろうが、女神がここにいる事の驚きの方が大きいので気にしていられなかった。
問題はまだ残っている。普通に考えて、あの席に座っていいのは龍神様だけであろう。しかしながら、そこにいるのは砕けた喋り方が全く似合わないボーイソプラノのスーツを着た金髪金眼の美少年が座っているのはどういう訳だ?
「こ、子供?」
「子供ってのはご挨拶だぜ、風来者のお嬢ちゃん。俺はアルマーデルクス、人呼んで世界最強の龍神様よ!」
紫舟の呟きに、少年は自信満々に胸を張ってそう答えた。うむ、認めざるを得まい。彼こそが龍神、アルマーデルクス様なのだろう。名前は初めて聞いたが、その姿は厳めしいものだと想像していたので些か以上に動揺してしまった。
「拝謁させて頂く栄誉に…」
「あー楽にしな。堅っ苦しいのは性に合わん!それとさっさと座れ。その為の椅子だろ?あとマティス、そっちの坊主達の為にクッションでも持ってきてやれ」
「畏まりました」
気を取り直して私が挨拶しようとするが、アルマーデルクス様は嫌そうな顔を浮かべて手を振った。堅苦しい言い方はお嫌いと見える。そして我々に着席を促した。
お二人に最も近い位置に私が座り、他の皆は適当に座ったらしい。人型ではないウール達は座れないが、マティス殿が代わりに持ってきてくれたクッションに腰を下ろした。一段落したところで、気を取り直して普通に話すとしますか。
「わかりました。私はクラン『夜行衆』のリーダーでイザームと申します」
「まだ堅いが…いいや。イザームよぉ、お前らはこんな辺鄙な場所まで来て、あの目障りな野郎をぶっ倒した。十分に俺と面会する為の資格がある訳だが…何が望みだ?」
え?望み?何の事?
「内容次第だが、褒美をやってもいいぜ。アグナの小僧のダチみたいだし、交渉にもある程度応じてやる」
「褒美?交渉?一体何の事ですか?」
アグナの小僧とは、アグナスレリム様の事で間違いない。それよりも褒美や交渉など、我々は求めてはいない。むしろ本人に持ち物を返還するべくここまでやって来たのだ。何だか話が食い違っていないだろうか?
「あん?何を言ってやがる。俺の宝が目当てなんだろ?嫁の話じゃあ風来者ってのはそういうモンだって聞いてんだが…」
「奥方ですか?あの、それはひょっとして…」
「おう、マリアだ」
「どうも、奥さんですよ」
驚愕の事実である。龍神アルマーデルクス様はてっきり『闇と快楽の女神』マリアに説得されたか力ずくで秘宝の捜索を諦めさせたのだろうと思っていた。なので二人で一緒にいた時点で、きっと和解したのだと勝手に解釈していた。
だが、それは誤りであった。和解どころか、二人は夫婦となっていたのである。一体、どういう経緯だったと言うのか…
「龍達に命じて宝物を探させていたこの人を止める為に私は降臨したのだけれど、その時に口説かれたのよ。とっても情熱的に、ね?」
「一目惚れってヤツさ。それ以上の宝があるから、盗られた宝を諦める決心がついたってこった」
「貴方ったら…」
まさかの一目惚れであったらしい。そして我々の目の前でイチャイチャし始める神々。美女と美少年とは、一部の人には人気のジャンルなのだろうか?
それはともかく、私達と龍神様の間にあった誤解の原因が判明した。私達は『目的の為にここまで来た』のだが、龍神様は私達が『ここに来るのが目的だった』と勘違いしているのだ。
確かにここに至るまでそれなりに苦労したし、そう思われてもおかしくないだろう。だが、誤解は解かなければならない。宝への執着はあまり無いようだが、本来の目的を果たすとしよう。
「アルマーデルクス様。私達の、と言うよりも私がこの地へ参ったのはその奪われた宝の事が理由なのです」
「あん?どういう意味だ?」
私は先ずインベントリからアイリスに作ってもらった小さなクッションを取り出して机に置く。そして次に龍玉を取り出すと、その上に置いた。それを見たアルマーデルクス様とマリア様は眼を丸くして驚いた様子である。
「龍玉、確かにお返し致しました」
「…そうか、これを返す為に来たってことだったのか」
アルマーデルクス様は徐に龍玉を手に取ると、少し泣きそうになりながら表面を撫でていた。眷属である龍に世界を壊しかねない勢いで探させただけあって、彼にとって大事なものだったのだろう。愛おしそうにする瞳からは、万感の思いが込み上げているに違いない。
「こりゃあ、デカすぎる借りが出来ちまったな…。マリア、俺はどうやって報いたらいいと思う?」
「そうねぇ…先ずは、はい」
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ゴッドクエスト:『龍神の秘宝』をクリアしました!
能力、【マリアの加護】を獲得しました。
従魔、カルナグトゥールが【アルマーデルクスの加護】を獲得しました。
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く、クエストクリアだと!?受注していなかったのに…それに【マリアの加護】だって?カルにも【アルマーデルクスの加護】とは…大盤振る舞いではないか!
「これは私から全員へのお礼よ。クエストの報酬って形にしておいたわ。それだけの偉業だと思ってちょうだいな」
「俺は女神じゃねぇから、加護は眷属にしか与えられねぇ。悪いな」
そう言ってマリア様はウインクをする。皆に目配せすると、全員が【マリアの加護】を得たようだ。そしてアルマーデルクス様は龍にしか加護を与えられないらしく、この中ではカルだけであった。もしも可能であったなら、我々にも加護をくれたっぽいぞ?
「だが、こんなもんじゃ俺の気が収まらねぇ…そうだ、アレをやろう。ついてこい!」
「あらあら…じゃあ行きましょうか」
言うが早いか、アルマーデルクス様は立ち上がると部屋から足早に出ていった。どうしていいのかわからない我々だったが、マリア様に促されて彼の後を追うのだった。
色々と悩みましたが、龍神はショタにしました。超強いショタ…いいですよね。
次回は7月4日に投稿予定です。




