黒死の氷森 その九
それからしばらくは龍牙兵達を黙々と減らす作業を行っていた。主に幽鬼は魔術で、龍牙兵は物理攻撃で片付けて行く。数が多いので苦戦は必至であったが、まだ戦えている。そしてここまで戦えているのには理由があった。
「オラァ!全然足りねェぞ!」
「ゴオオオオオオオオッ!!!」
戦場の奥の方で繰り広げられている大怪獣バトルもその一因である。ジゴロウもカルも二頭を相手にしているので、戦いそのものの決着はまだ付いていない。むしろ不利なようにも見える。
しかし、やられっぱなしではない。両者とも偽骨龍の攻撃を龍牙兵達に当てさせて同士討ちを誘発していたのである。爪による引っ掻きや尻尾の薙ぎ払いが、背後から龍牙兵達を時々減らしていく。流石に龍牙兵長には通用しなかったが、そちらは別の者がどうにかしてくれていた。
「ほい、ほい、ほい。連携は未熟じゃのぅ」
源十郎である。彼が一人で残った五体の龍牙兵長を引き付けていたのだ。しかも既に二体を斬り捨てている。レベル的には上の相手を一パーティー分引き受けて、しかも互角以上に渡り合うなど尋常ではない。リアルチート様々である。
逆説的に、並外れて強い者がいないとこの状況を乗り切るのは不可能であったと言える。レベルは足りているのだが、ここに挑むには人数が足りていなかったのだろう。そう思う根拠は、今も戦っている仲間達の様子を見れば一目瞭然だった。
「もう見切ってるよ!」
「慣れると遅いわ…ねっ!」
何故なら、マクファーレンが追加した増援は弱かったからである。正確に言えば、増援は全ての個体が一律で50レベルであり、更に物理攻撃が効かない幽鬼はいなかったのだ。
なので前衛組の攻撃が通用しない相手、というのが徐々に減っていく。敵の質が落ちつつ対応しやすくなっていくのだから、此方としては有り難かった。
「があっ!このぉ!」
「ぐぅっ!き、厳しいですねぇ…!」
だが、そろそろ皆の限界が見えてきそうだ。長時間の戦いが、我々の集中力を殺いでいる。特に最前線で引き付けてくれているエイジ達の疲労はかなりのものだろう。
未だに残っている敵は多く、彼らからすれば斬っても斬っても減っていないかのような錯覚に陥っていてもおかしくは無い。ここらで戦況を大きく動かさねば、戦いの主導権はいつまでも向こう側に握られっぱなしになってしまう。そうはさせるか!
「まだ粘るのか…面倒な」
マクファーレンは再び片手を掲げている。指輪を使って新たな龍牙兵を召喚するつもりだろう。手を出すなら、今しかない!
「シオ!撃て!」
「はいっす!速射!」
待ってましたと言わんばかりに、シオは矢を射った。使った武技は矢を番えるまでの時間を短縮するもので、その動きは西部劇の早撃ちが如く素早い。
「小癪なぁっ!」
マクファーレンは急に発射された矢が迫ってくるのに驚いたらしい。慌てて杖を掲げて聖域を展開する。それによってシオの矢は防御出来たが、やはり脆い聖域は砕け散ってしまった。これでマクファーレンを守るモノは何もない。攻撃のチャンスだ!
「ここだな。星魔陣、遠隔起動、酸霧」
「ひっ!?ひぃあああぁぁぁぁ!?」
私は【煙霧魔術】の酸霧をチョイスしたのは、マクファーレンの【機械ノ肉体】という能力を意識したからだった。実は私は十八號から魔導人形や魔導人間の弱点を聞いている。その弱点は【煙霧魔術】と【砂塵魔術】であるらしい。
【煙霧魔術】は湿気が、【砂塵魔術】は細かい砂が内部機構にダメージを与えやすいようなのだ。【砂塵魔術】の方は魔導人形と戦った時に使ったので知っていたが、【煙霧魔術】も効果的だというのは盲点だった。特に酸霧は装甲を腐食させ、更に魔術妨害を無効化する反魔加工を剥がすことまで出来ると言う。これを試さないという選択肢は無いだろう。
「あがああぁぁぁ!!身体が!私の身体がぁぁ!」
効果は覿面であったようで、マクファーレンは全身から白煙を上げながらのたうち回っていた。身体の内外を同時に焼かれるのだから、当たり前の反応ではある。機械化人間ということで痛みとは無縁かと思われたが、そんなことは無かったようだ。
「今の内に敵の数を少しでも減らすぞ!シオは射撃であの科学者を攻撃だ!」
「了解っすよ!」
「いぎぃっ!?」
酸の霧の中で悶えるマクファーレンに、容赦なくシオの矢が突き刺さっていく。矢が当たる度に身体が痙攣させる様は、先程までの自信に溢れた姿が嘘のようであった。
「増援は無いんやな!?よっしゃ、やったるでぇ!」
「今の内だよー。メェー」
マクファーレンはシオに任せて、我々はまず不死の処理に掛かった。龍牙兵のお代わりが無いと知った仲間達の士気は上がり、動きに力強さとキレが戻ってくる。更に、戦況が此方に傾く出来事が起きた。
「片付けたぞい。そちらを手伝うとするかのぅ」
遂に源十郎が龍牙兵長を全て片付けたのである。そして苦戦している我々に合流してくれたのだ。正確無比な斬撃が少しだけ他の部分よりも脆い関節を捉え、手際よく解体していく。
これが決定打となった。みるみる内に敵の数は減少していき、全体的に余裕が生まれ始めたのだ。殲滅するのも時間の問題である。
「ふぅー!ふぅー!よ、よくもやってくれたなぁ!魔物がぁっ!」
おっと、マクファーレンが私の酸霧からどうにか這い出したらしい。憎悪の籠った表情で私を睨み付けている。酸のせいで人工皮膚が溶けて内側の機械が見えているので、SFホラーチックな恐ろしさがあるのだが、同時に全身に刺さっているシオが放った矢が哀愁を誘う。
そんな見るに堪えない姿となったマクファーレンだが、ニヤリと笑いながらステッキを持っていない方の手を掲げた。またもや指輪を使おうとしているらしい。だが、使わせる訳にはいかない。次の増援など真っ平である。
「魔法陣、遠隔起動、爆裂」
「ぼべぇ!?」
源十郎のお陰で攻撃出来るようになった私は、【爆裂魔術】をお見舞いする。爆風によって錐揉みしながら吹き飛んだマクファーレンは、そのまま顔から地面に墜落した。あれは痛いぞ。
「追撃っす」
「そう何度も同じ手を食らうとでもぉうっ!?」
べちゃっと落ちたマクファーレンだったが、シオが追い討ちに放った矢を躱す。しかし、彼女はそれを読んでいたらしい。回避を見てから素早く第二の矢を放って奴の手に突き刺さった。おや?その矢は確か…
「ぎゃあああ!?手が!私の手がああぁぁぁ!?」
シオが使ったのは、【爆裂魔術】を付与した矢であった。以前に様々な属性を有する矢を作ったことがあったが、その時に【爆裂魔術】によって爆発する矢を作ったことがあったのだ。
矢はマクファーレンの手を貫いた直後に爆発する。そして奴の手は爆散してしまった。手のパーツが周囲に飛び散り、手首の部分からオイルらしき液体がドロドロと流れ出す。あー、こうして見るとやっぱり機械化人間なんだなぁ…
「おっ?これは…アイツの指輪か?」
足に何かが当たった気がしたので足元を見ると、そこには紫色の指輪が転がっていた。奴の指に嵌まっていたモノが、爆発によってここまで飛んできたのだろうか?とりあえず私はそれを拾い上げると、そのままインベントリにしまった。今は【鑑定】など悠長にやっている暇など無いのだ。
「ゆ、指輪は!?どこに行った!?」
マクファーレンは取り乱した様子で周囲の地面を見回している。やはり、私が拾ったのは奴の指輪だったらしい。さっき龍牙兵を召喚した時に使っていたと思われるし、これで増援が呼べなくなったのかもしれない。そうだったら儲けモノである。
「ほいっと」
「ぐうぅ!」
まるでコンタクトレンズを探している人のように四つん這いになって指輪を探すマクファーレンだったが、シオはお構い無しに撃ち続けている。上空から淡々と矢を撃ち込み続ける容赦の無さ、尊敬に値するぞ。
「な、ならば…!これを使う!」
シオの射撃を食らいながら探すのは割りに合わないと悟ったのか、マクファーレンは探すのを諦めたらしい。代わりにステッキのグリップを捻って外していた。それを目線の高さまで持っていく。よくみるとグリップの先端にはスイッチのようなモノがついているではないか!何かしらの装置を起動させるボタンということだろうか?
「私の奥の手を見せてやろう!貴様等のようなただの魔物風情に使うのは惜し…」
「ほいっと」
「ぐああ!?」
映画の悪役の科学者のように口上を述べようとしたマクファーレンだったが、シオは躊躇なくその眉間に矢を撃った。彼女には映画や特撮のように悪役が奥の手について語るのを親切に聞く趣味は無いらしい。
ますます哀れだが、これは戦いだ。隙を曝した方が悪いのである。ただ、悪役志望者としては口上を聞いて上げたかったよ。あんな感じの口上を述べるのって楽しそうなんだけどなぁ…
「ぐうぅ…魔物共めぇっ!殺してやるぞ!来いっ!我が最強の兵器よ!」
「おおっ?」
「木が割れた!?」
マクファーレンは忌々しげにシオを睨みながら、スイッチを押した。するとボスエリアの外周に生えている木がパカッと割れて、中から機械のパーツのようなモノが大量に飛び出したではないか!
パーツが射出された後、木に見えていたものは金属製の柱っぽいモノに変わっていた。恐らくあれは樹木に擬態したパーツのケースのようなもので、それが光学迷彩か何かでカモフラージュしていたのだろう。
それはマクファーレンに向かって飛んで行き、奴を中心にして瞬く間に組上げられて行く。そうして出来上がったのは、機械仕掛けの巨大な龍であった。
『見よ!これこそ、我ら人間の叡知の結晶だ!成体となった龍とも互角に戦える魔導兵器だぁ!フハハハハハハァ!』
機械の龍から、マイク越しにマクファーレンの勝ち誇ったかのような声が聞こえてくる。実際、奴の言っている事が事実なら非常に危険だ。万全の状態でも勝てるかどうか分からない大人の龍に匹敵する敵が増えたのなら、絶望するしか無いだろう。
だが、ここで絶望する者は誰も居なかった。それは我々が自信に満ち溢れているからではなく、単に奴の外見のせいである。
「いやいや、今にも壊れそうじゃん。ちゃんと修理してんの?」
しいたけがため息を吐きながら呆れたように言った通り、奴の龍は損傷が激しい状態だった。胴体の装甲は傷だらけで、剥がれて回路が見えている部分もある。翼も穴だらけで動くようには見えない。しかも尻尾の先端や右前肢は何かに千切られたように欠損しており、頭部に至っては左眼から左の角にかけての部分と下顎が融解して原型を止めていない。もし生物であったら、間違いなく死んでいる状態であった。
『ふん!修理など、結界を突破しさえすればいつでも出来る!今は全力を以て貴様等を始末するのが先決だ!行くぞぉ!』
「つまり、修理していないんですね…」
アイリスが小声で突っ込むが、マクファーレンには聞こえていないだろう。戦場から最も離れた場所から、此方へ突撃しているのだから。
ただ、このボス戦が佳境に入ったのは間違いなさそうだ。残った敵に対処しながら奴とも戦うのは難しそうだが、ここが正念場だ!踏ん張るぞ!
急にボス戦が始まった理由があのケースでした。マクファーレンが気付けたのも、あのケースが持ち主に接近する生物の反応を伝えていたからです。罠っぽいものに誘い込まれてしまった訳ですね。
次回は6月14日に投稿予定です。




