黒死の氷森 その七
我々は二回目になる全員での『黒死の氷森』攻略を開始していた。一度目に失敗してからそれぞれが幾度も浅い場所を探索しているので、龍牙兵長が出現する深さより手前の部分はマップがかなり埋まっている。なので魔物との戦いをなるべく避けながら、最短経路で奥地へと踏み込むことに成功した。
「この辺からは龍牙兵長が出てくるかもしれない。油断は禁物だ」
「わぁってるよ、兄弟」
戦いたくてうずうずしているのか、落ち着きなく視線をさ迷わせるジゴロウを諭しながら先に進む。今回ももちろんルビー達による偵察によって安全を確保し、奇襲されないように気をつけていた。なお、人数を考えるとこちらから奇襲するのは最初から諦めている。
「おっと、近付く一団がいるよ。数は十五体。先頭にいる三体は多分龍牙兵長達だと思う!」
「へへっ、やっとだぜ」
ルビーの警告に、ジゴロウがニヤニヤしながら舌舐めずりをしている。そんなに戦いたかったのか?なら、存分に戦うがいい。
「よし。龍牙兵長はジゴロウと源十郎、それとカルが対応してくれ。残りは我々で片付ける」
「任せな、兄弟!」
「ふむ。それなりに歯応えはありそうじゃし、楽しみじゃのぅ」
「グルルルル…」
ジゴロウは指をパキパキと鳴らし、源十郎はスラリと腰に佩いた刀を抜き、カルが低く唸り声で威嚇する。うむ、やはり頼りに成りすぎる二人と一頭である。強い奴は彼らに任せておけば大抵上手く行くのだ。本人達も強者と戦うことを望んでいるし、win-winである。
「「「ガチガチガチ!!」」」
「ハッハァ!」
「ほう?思ったよりも良い太刀筋じゃな」
「グオオオオン!」
木々の隙間から龍牙兵長達とそれらに率いられた龍牙兵が飛び出す。その先頭を走る龍牙兵長に、ジゴロウ達が立ち塞がった。そしてジゴロウの剛拳が盾を凹ませ、源十郎の刀が剣を受け流し、カルが正面から突撃して組伏せる。
自分達の指揮官が襲われたことで、後ろに付き従っていた龍牙兵達も彼らに攻撃しようとしていた。だが、邪魔はさせる訳がない。
「こっちよ!」
「重突撃!」
ジゴロウ達が前に出るのに合わせて、待機していた邯那と羅雅亜が突撃する。邯那が振り回す方天戟も恐ろしい威力だが、やはり真鋼鉄製の馬鎧を装備した羅雅亜の突撃の重さはもはやそれだけで凶器だ。前方に気を取られていた龍牙兵は騎馬突撃をもろに食らって隊列を乱してしまった。
とにかく、これで分断に成功したぞ。なら後は各個撃破していくだけだ。
「ふん!ぬおりゃあ!」
「…暑苦しいわよ、エイジ」
「元気でいいじゃないですか」
斧と盾を豪快に振り回すエイジと、その隙を潰していく兎路。どうこう言ってもゲーム開始直後からのコンビネーションは素晴らしい。それに加えてモッさんが複雑な軌道で素早く飛び回り、撹乱しつつ体力を削って行く。あの調子なら、彼らが相手をしている龍牙兵は一分と持たないだろう。
「行くぜ、フィル!テス!」
「援護するっすよ」
邯那と羅雅亜よりも突撃力は無いが、その分身軽に動き回るセイも活躍していた。真鋼鉄で補強された彼の棒が龍牙兵を強打し、さらに従魔の角と牙、そして魔術が追撃を加えていく。しかも反撃しようとすれば上空からシオの矢が脳天へと正確に降ってくるのだ。龍牙兵は成す術も無い。
「うーん、やっぱり火力不足だよねぇ」
「私達は手数で勝負だよ、ルビー!」
かと思えば戦場の片隅でルビーと紫舟が二人で龍牙兵を滅多斬りにしていた。確かに、二人の攻撃はジゴロウやエイジなどの前衛に比べれば一発の重さは軽い。しかし高速のナイフ捌きと刃物のような節足は、まるで斬撃の結界のような空間を産み出していた。もしもこのゲームにリアルな流血表現があったとして、この中に生き物を入れたいとは思えんなぁ。
「危なっかしいなぁ…聖盾」
「そのための援護でしょ?ほいっ」
「捕まえました!」
「頑張れー。メェ~」
そして後衛組は安全な位置から得意な分野で援護している。七甲は魔術で、しいたけは投擲武器で、ウールは歌声で、そしてアイリスは触手を伸ばして龍牙兵の足首を絡め取ることで転ばせていた。あ、アイリスの転ばせた龍牙兵がエイジに頭を踏み潰されてる。ありゃあ即死かな?
「それにしても怖癒を使わなくていいのは楽でいい。星魔陣、遠隔起動、聖光」
私は私で援護は欠かさない。魔法陣から放たれた五条の光が龍牙兵を貫通する。呪文調整で強化はしていないので、これだけで即死したりはしない。だが、確かに体力をゴリゴリと削ることが出来た。
後衛組の攻撃によって隙が生まれ、それによって前衛組が戦いを有利に運んでいく。全体的に余裕もあるし、これで戦いが無駄に長引くことは無いだろう。
「ハッハハハハァ!恐怖さえなけりゃァ、こんなモンかよ!」
「ふぅむ、悪くは無いが…愚直過ぎるわい。これでは大した修行にはならんのぅ」
視界の端ではジゴロウと源十郎が格上の魔物を相手に、一方的な戦いをしている。もちろん、有利なのはあの二人であった。剣を往なし、盾を掻い潜って攻撃を食らわせる。やっている事は同じなのだが、荒々しいジゴロウと大きく動いたりはしない源十郎では印象が随分と異なっていた。
というかジゴロウよ。お前もやろうと思えば源十郎のように戦えるのは知っているぞ。そうしないのは単に身体を動かしたいからか、それとも前の時の鬱憤が溜まっているからか?
いや、多分後者だろうな。恐怖の状態異常によって足止めされてたことが、どうにも腹に据えかねていたらしい。ほどほどにしておけよ。
「グオオオオオッ!」
そして前は恐怖になった者を後ろに下げてばかりであまり戦えていなかったカルだが、今は本能のままに大暴れしていた。爪で、牙で、角で、そして尻尾で一方的に殴り倒している。相変わらずのダイナミックな動きには惚れ惚れするぞ!
「…よし。片付いたか」
それから数分後、三体の龍牙兵長が率いる部隊は全滅した。こちらの損害はほぼ無い。それにしても状態異常にならないだけで以前苦戦した相手を一方的に倒せるのを見ていると、状態異常への対策が如何に重要であるのかがわかる。
私は【状態異常無効】を持っているが、いつか状態異常を無効にする装飾品などが人類の間で充実していくかもしれない。そうなると私のような不死のアドバンテージが一つ無くなってしまうし、私自身が使う【呪術】などの状態異常による攻撃が無駄になってしまう。そうならない事を祈るしかない。
「剥ぎ取りが終わったら、どんどん進もう。今日は辿り着ければ今日はボスに挑戦するぞ」
「おう!楽しみだぜ!」
「私の目的地はその奥なのだがね」
「ああ、そういやァそうだったっけ?」
戦いにしか興味のないジゴロウは、私が『黒死の氷森』攻略を持ち掛けた理由すら忘れていたらしい。この戦闘狂め!
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従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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それから幾度かの襲撃を返り討ちにしながら進み続けると、遂に森の最奥までたどり着いた。それと同時に、明らかなフィールドボスエリアと思しき開けた空間も発見している。
広さで言えば学校の校庭くらいはあるだろうか?そしてここが森の端でもあるようで、我々とボスエリアを挟んだ向こう側には白い霧のようなものがあって先が見えない状態になっている。きっとこの向こうに我らが目指す『龍の聖地』があるに違いない。
しかし、楽に突破することは出来ない。ボスエリアの様子を目の当たりにした我々は、想像していたのよりも遥かにここのボス戦が激しいものになる事を嫌でも理解させられた。
「オイオイ、この数は反則だろ…」
そこには龍牙兵長を入れて五十体は優に超える龍牙兵と幽鬼がいたのである。まるで不死の軍隊だ。さらに敵はこれだけでは無かった。
「ほ、骨の龍だ…」
「野生の龍は初めて見るわね」
「いや、野『生』ではないんちゃう?死んどるんやし」
「七甲、今はそんなとんちを言っている場合じゃありなせんよ」
龍牙兵の奥には、四頭の白骨化した龍が控えているのだ。しかも身体のサイズはカルよりも二回りほど大きい。恐らくは『劣』が無くなった龍の骨格なのだろう。肉が無くなっても生前と同じ強さだとすれば、それだけで我々に勝ち目は無い。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛…」
そんな骨だけになった龍は、ただ只管に白い霧に攻撃していた。どうやらあの霧は物理的に硬いようで、奴らの攻撃ではびくともしていない。強引に次のエリアへ行く事は出来ないようだ。
「どうするね、イザームよ。このまま進むか?」
「正直、迷っているところだ」
ここまでの道中で、我々はほとんど消耗していない。なのでボス戦に突入しても全力で戦えるのは確実だ。
しかし、あの敵の数に加えて骨の龍を見てしまうと尻込みしてしまうのも事実だ。一人一人の質では勝っていると私は信じているが、純粋な数で圧倒的に負けている。ここは先ずは【鑑定】によって強さを推測し、その結果次第では一度撤退するべきではないか?そう考えてしまうのは自然なことだと思いたい。
「おや?誰だね、そこにいるのは?」
――――――――――
フィールドボスエリアに入りました。
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「馬鹿な!?」
「急にアナウンスが…一歩も動いて無いのに!」
だが、ここで迷っていたのが悪かった。自我無き不死しかいないと高を括っていたのも原因だろうか。ボスエリアから何者かに声を掛けられたと同時に、我々はボスエリアに入ったことにされてしまった。
「…バレてしまったのなら、仕方がない。行こう、皆」
我々は観念して隠れていた木陰から広場に出る。すると龍牙兵の群れが二つに割れ、道のようなものが出来たではないか。そしてその道を歩いて此方へ近付いてくるのは、驚いた事に人間であった。
一見すると裾が擦りきれてボロボロになった白衣と、分厚いレンズの入った瓶底メガネ、そして塗装が禿げかけている汚いステッキが特徴の窶れた科学者のようだった。だが、まともな科学者が不死系の魔物に囲まれている訳が無い。一体何者だというのか。
「種族の異なる魔物が群れを成すとは、珍しいこともあるものだ」
「そりゃどうも」
「ほう!しかも人語を話せるとは!見た目とは裏腹に知能も高いのかね?それはつまり…」
「あ゛?」
無遠慮にじろじろと観察する科学者にジゴロウが適当な返事を返すと、相手は何故か興奮しはじめた。しかもナチュラルに煽られたので、ジゴロウは殺意を露にして睨み付けている。だが、当の本人はその視線に気付く様子もなくブツブツと独り言を呟いていた。
どうやら自分の世界しか見えていない人であると見える。現実ならば絶対に関り合いになりたくないタイプだ。
「ふむ、良い…良いぞ!これ等を私の僕とすれば、研究所への帰還が叶うかもしれん!」
「ボク?何言ってるの?」
僕という言葉のあまり聞き慣れない使い方に、紫舟は首を捻っている。しかし、それが分かる者達は無言で武器を構えた。
「僕とはな、紫舟よ。下僕…つまり召し使いや奴隷という意味だ」
「行け!奴らを捕らえろ!原形を留めているならば、生死も問わん!」
「「「カタカタカタ!!!」」」
「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」」」
科学者の号令と同時に、全ての不死達が一斉に襲い掛かる。ええい、こうなれば全力で戦うしかない!ボスだろうが何だろうが、やってやろうじゃないか!
ボスエリアに突然入った事になったのは、ちゃんと理由があります。
次回は6月6日に投稿予定です。




