皆の進化と謎の影
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戦闘に勝利しました。
ダンジョンボス、雷角盾恐獣を撃破しました。
報酬と3SPが贈られます。
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ボスは邯那と羅雅亜によって倒された。いやはや、端から見ているだけでも圧倒されそうな戦いであったよ。巨大な恐竜と騎兵が真っ向から突撃し合うなど、なかなか拝める光景ではない。
「いい訓練になったわ」
「悪かったね、我が儘を聞いてもらって」
戦っている最中の猛々しさはどこへやら、二人は普段の穏やかな調子で語りかけてくる。切り替わるのがとても素早い。
「いえいえ!ぼくは感動ですよ!トリケラトプスと人の真っ向勝負なんて滅多に観られません!正面からのぶつかり合いなんて、ここ最近の映画よりよっぽど迫力満点でした!」
「二人とも格好良かったよ!」
「お疲れ様ー」
私なんかよりも盛り上がっているのが二人いる。エイジは鼻息を荒くして、紫舟はウールの頭の上をぴょんぴょん跳ねて興奮を表現していた。人類とはかけ離れた外見であるのに、感情表現が豊かなのはアイリスやルビーと同じである。
「満足したようで何よりだ。じゃあここを出るとしようか」
「わかったわ。攻略情報は掲示板に載せておいた方がいいかしら?」
我々は『恐獣の荒野』の攻略に成功したが、無作為迷宮には専用の掲示板が存在する。なんでも無作為迷宮は一期一会でもう一度踏み込む事は出来ないらしいが、ダンジョンで出現する魔物はこの世界の何処かにいるらしいのだ。なので攻略の成否にかかわらず、出現した魔物やそのドロップアイテムに関する情報を公開する掲示板が存在するのである。
つまり、この世界に五つあるとされている大陸の何れかに恐竜そっくりな『恐獣』というカテゴリーの魔物が住んでいるということだ。シダ植物まみれのジャングルが広がる大陸でもあるのかもしれない。いや、迷宮と同じ荒野なのか?全くわからないが、きっと恐竜好きには堪らない場所であることは確かであろう。
「確か、匿名に出来ない掲示板だったか。我々の居場所について伏せてくれれば問題は無いさ」
「なら、適当に載せておきましょうか」
邯那と羅雅亜なら、不用意に我々に関する情報を漏洩することは無いだろう。それに二人は有名人らしいし、掲示板界隈で話題にはなるかもしれん。それはそれで面白そうではあるな!
そんな事を考えながら、我々は『恐獣の荒野』から去っていく。ドロップアイテムで何が作れるのか、今から楽しみだ!
◆◇◆◇◆◇
我々が『恐獣の荒野』を攻略した翌日、ついに『黒死の氷森』に再挑戦する時が来た。全員が『黒灯の御守り』を装備し、武装を新調し、更にレベルも50代まで引き上げている。私はノルマを課したりはしていないのだが、必要に駆られて戦っているうちに自然とレベルアップしていたようだ。
シオは狙撃鳥人から狙撃鷹人へと進化している。どうやらレベルが50になると、自分が何の鳥人であるのかがハッキリするようだ。ステータスの上昇は当然だが、これまでよりも弓と銃のレティクルが絞られる速度が速くなったと本人はご満悦であった。
エイジは豚頭重戦鬼から猪頭重戦鬼へと進化した。ビグダレイオでも幾度か見掛けた、逞しい巨体を誇る鉄壁の盾職である。進化した直後、模擬戦にてジゴロウの蹴りを盾で受け切ったのは驚きであった。その後、嬉しそうに笑うジゴロウの投げ技やら何やらでエイジがボコボコにされたのは言うまでもない。
兎路は屍食剣舞鬼から屍食炎剣舞鬼に進化した。どうやら屍食剣舞鬼で火属性の魔術にも通じる者が至る種族であるようだ。高い火力と低い防御力というピーキーさはそのままである。彼女ならこれまでのように使いこなしてくれるだろう。
しいたけは猛毒針茸から猛毒針大茸に進化していた。小柄だった彼女が、成人女性の平均身長くらいにまで大きくなっている。相変わらず手足は短いし、私と同じくらいに虚弱だ。しかし一日に作り出せる菌糸などのアイテムの量は格段に増えている。なので強力な毒薬などが、より安定的に入手出来るようになった。有難い話である。
七甲は召魔白烏から召魔輝烏に進化している。見た目は淡く発光する神々しい羽毛を持つカラスであり、性能としてはより【召喚術】と【神聖魔術】に特化した代わりに他の属性魔術への補正が前衛職に低いらしい。これまでは【召喚術】を鍛えていたようだが、不死だらけである『黒死の氷森』では【神聖魔術】を使える彼は大活躍が期待出来る。
しかし、私と同じく『天使殺し』と『アールルの仇敵』の称号を持っているのにまるで奴の部下であるかのような外見である。単に属性の問題なので関係ないのだが、『あの女神がワイを見たら怒り狂うんちゃうか?』と言って笑っていた。彼はクランの常識人枠ではあるのだが、なんだかんだでいい性格をしているらしい。
モッさんは大吸血闘蝙蝠から四翼血闘蝙蝠に進化した。これは文字通り翼が二対四枚になっていて、それらを器用に使って飛行と格闘を熟すことが出来る。腕が増えてすぐの時は扱いに四苦八苦していたが、私を含めて多腕や多脚のアバターを持つ仲間は多い。先駆者のアドバイスとシステムアシストによって、今では空中を意味不明な軌道でキビキビと飛ぶことも可能であった。
紫舟は血濡剣蜘蛛から血狂剣蜘蛛に進化し、更に凶悪な見た目になっていた。それに伴い、【狂化】に近い【血狂】という能力を得たらしい。一回の戦闘で敵に一定値以上のダメージを与えると、強制的に狂化状態になってしまうという効果だ。素のステータスは非常に高いし能力の効果も普通の狂化よりも強力であるが、強制発動というのが厄介であった。
だが、紫舟の問題は相方であるウールが解決してくれた。彼は悪夢羊から悪夢歌羊となってより強力な鳴き声を使えるようになった。そして職業も吟遊詩人系の上位職になったことで、鼓舞だけではなく恐怖や狂化を鎮静化させることが出来のだ。デメリットを中和させられる二人は、邯那と羅雅亜に勝るとも劣らない名コンビと言えるだろう。
セイは武猿猴から武棍猿猴に、彼の従魔はそれぞれ氷刃角狼と幻蝶純妖精に至った。武棍猿猴は棍、即ち【棒術】に特化した種族であるようだ。氷刃角狼はしいたけの手によって混合獣となった冷気を纏った刃物めいた角を持つ狼であり、幻蝶純妖精はそのまま順当に進化したようだ。
因みにセイに新たな従魔を増やさないのかと尋ねたところ、彼は『フィーリングに合う奴が中々見付からない』と言っていた。しばらくは増えそうに無いな、これは。
何はともあれ、前回以上に執拗なまでに攻略の準備を整えて来た。今回はボスに挑むのが前提で進むことになるだろう。それを下し、必ずや龍神の元へ行ってみせるのだ!
◆◇◆◇◆◇
イザーム達が攻略に乗り出そうとしていた頃、ルクスレシア大陸のとある洞窟が襲撃されていた。そこはNPCの反社会的組織が有する隠れ家の一つであり、街から離れたフィールドの片隅にあった。
ここならば街の衛兵に知られたら面倒な話し合いもバレ難いし、近付く者はすぐにわかる。それに入り口は外から分かりにくいように偽装を施しているので、発見するのは困難である…ハズだった。
「畜生!ニックがやられた!」
「死んだのか!?」
「いや、生きてる!けど、立てねぇ!足が折れちまってる!」
「クソッタレ!今は幹部会の真っ最中だってのに…!」
ちょうどその日は集団のボスと幹部が定期集会を開く日であり、普段は街にいる組織の中心人物が一堂に会していた。もし奥にある会議室に乗り込まれて暴れられれば、彼らの身が危ない。最悪、組織が空中分解してしまう可能性だってある。
なので護衛として組織の腕利きが揃っていた。流石に訓練を重ねて高位人間などに進化している衛兵に正面から戦って勝つことは難しい。だが、組織が用意したアイテムを使えば殺害することは可能であるし、一般人や駆け出しのプレイヤー程度なら楽に殺せる力が彼らにはある。そんな彼らが劣勢に立たされていた。
「死ねや、化け物ぉ!重斧斬!」
「致命突!」
戦斧を持った大男と、その影に隠れていた小男が仕掛けた。斧による高威力な攻撃に気を取られている隙に、大男の背後から音もなく飛び出した小男が短剣で急所を抉る。これが二人の必勝の策であった。
「おっと、危ない」
しかし、彼らの攻撃は襲撃者に届かない。二枚の円盾によって弾かれ、それと同時に二人は鎚によって強かに打ち据えられた。吹き飛んで壁に激突し、そのまま蹲って悶絶している。どうやら戦斧の男は腕を、短剣の男は脚を骨折してしまったようだ。
「あ、あの二人が…」
「こんなの勝てっこねぇよ…」
腕利きと言われていても、彼らは辺境の街のチンピラでしかない。故に自分の命を賭して格上の相手と戦う覚悟は出来ておらず、既にほとんどの者は腰が引けている状態だった。
「こんな時に限って兄貴がいないなんて、ツいてねぇ!」
加えて彼らの運が悪かったのは、本部から派遣された刺客であり唯一の高位獣人である男が別の仕事で不在だったことだろう。彼さえ居れば、このように防戦一方になるどころか逆に倒せていたに違いない。
「それで、取り次いではいただけないのでしょうか?」
「うるせぇ!魔物の癖に喋ってんじゃねぇよ!気味が悪ぃ!」
「お前ら!囲んでやっちまうぞ!」
まだ意識のある者達は、恐怖に屈しそうになりながらも己を奮い立たせて向かっていく。畏れ慄きながらも戦うことを止めないのには、二つの理由があった。
一つ目の理由は、逃げても組織に追われて粛清されるだけだと知っていること。彼らの所属する組織は、ルクスレシア大陸のほとんどの街に影響力がある巨大な組織の末端に過ぎない。実際、洞窟の奥にいる彼らのボスは本部からリヒテスブルク王国の辺境にある街を任されているだけの男である。
しかし、逆に言えばボスは本部の信頼を勝ち取ってこの地を任されているのだ。組織を国に例えるなら、彼らのボスは領主なのである。それを見捨てて逃げれば、当然のように組織の粛清対象にされてしまうだろう。
二つ目の理由は、襲撃しているのが魔物であるということ。彼らは敬虔なアールルの教徒ではないが、その文化圏で育っているので思考の根底に『魔物とは人類全体の敵』だと刷り込まれている。なので魔物とまともなコミュニケーションが取れるとは思っていないし、コミュニケーションを望む魔物がいたとしても知能が発達したより危険な魔物だと判断してしまうのだ。
「…参りましたね。ここもダメですか」
敵意を剥き出しにして自分を取り囲むチンピラ達を見て、魔物は疲れたようにため息をつく。彼はNPCを無闇に殺すのは気が引けるので、わざと骨折させて戦闘不能にしている。だが手加減するのも難しいのに、相手が取り付く島も無いとあっては辟易してしまうのも事実であった。
「ヴェトゥス浮遊島へ行く方法について教えて貰いたいだけなのですが…」
「おりゃあああああ!」
「食らいやがれぇぇ!」
魔物の呟きなど聞いてもいないチンピラ達が、気勢を上げて襲い掛かる。その姿を複数の目で見つめながら、彼は盾と鎚を振るうのだった。
次回は6月2日に投稿予定です。




