恐獣の荒野 その二
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種族:雷角盾恐獣Lv49
職業:荒野の主Lv9
能力:【怪力】
【牙】
【雷角】
【盾術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【精神強化】
【雷撃魔術】
【突撃】
【頑強】
【鈍感】
【咆哮】
【威圧】
【雷鱗】
【雷属性耐性】
【龍の因子】
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『恐獣の荒野』のボスは雷角盾恐獣というらしい。緑掛かった金色の鱗と立派な三本の角、そして全身から迸る紫電が印象的である。例に漏れず、こいつも肉食なのかエイジやウールを見て涎をダラダラと垂らしていた。
そして何よりも警戒すべきは【龍の因子】である。瀕死に追い込まれたら発動する切り札だ。プレイヤーだと使った後の事を考えれば軽々しくは使えないが、相手は無作為迷宮のボス。躊躇なく使うことだろう。
「能力の構成はタンク型だ。見ての通り、雷属性に耐性がある。攻撃面だと、角に気を付けろ」
「わかりました!」
返事と共にエイジが前に出る。だが、ここで待ったを掛ける者がいた。
「ごめんなさい。ちょっとワガママを言っても良いかしら?」
「どうした、邯那?」
「私と夫の二人で挑戦してみたいの」
どうやら、コンビで倒したいと言うことらしい。二人のコンビネーションと技量なら造作もないだろうが、どうして急にそんなことを言い出したのだろうか?
「この前ジゴロウ君と模擬戦をさせて貰った時に、まだまだ僕達が未熟だって思い知らされてね。ちょっと腕前を上げておきたいなって」
「ダメかしら?」
二人以外のメンバーは顔を見合わせる。普通に考えれば、ボス戦を二人だけに任せるのは非常識だ。パーティーとしてボス戦に挑んでいるので、仕様では全員に報酬が配られる。そうなると残りのプレイヤーがまるで寄生しているかのようではないか。
そもそも、ボスモンスターは補正によってあらゆるステータスが高く設定されている。別のフィールドで同じレベルで同じ魔物がいたとしても、ボスはそれよりも一回り以上強力なのだ。なのでレベル的には勝っていても、ステータスは同格だと思った方がいい。
だがそのリスクを考慮した上で、二人は任せて欲しいと言っている。私としては楽でいいし、そもそもあの二人がいなければこの迷宮に踏み込む事すら出来なかった。だったら多少の我が儘を通してもいいと私は思う。あとは他のメンバーの意思を聞いてみよう。
「私はいいが…皆は?」
「あー、僕はいいですよ。むしろトリケラトプスが戦っているのは、離れて見てた方が燃えそうですから」
「私も!ビリビリしててちょっと恐いし…」
「ぼくはー、どっちでもいーよー」
恐竜が好きなエイジは自分で戦うことに頓着しないようだ。紫舟は己の牙や刃のような脚で戦わねばならない関係で、常に雷を纏っている雷角盾恐獣に近付きたくないらしい。ウールは…いつも通りである。
「だそうだ。一つだけアドバイスしておくと、瀕死に追い込まれたら奴は非常に強くなる。死にかけたら助けるから、思い切り暴れるがいい」
「ありがとう。…征くわよ、貴方!」
「頑張ろうか」
「ボゥオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
邯那と羅雅亜が駆け出すと同時に、痺れを切らした雷角盾恐獣も突撃を開始する。騎兵と恐竜の死闘が始まろうとしていた。
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正面から迫る三本の角を見据えながら、邯那と羅雅亜は一切速度を緩める事なく駆ける。普通の者ならば恐怖するところなのだが、二人は思わず頬が弛んでしまう思いだった。
「ふふふっ!今!」
「ああ、わかっているよ」
角が刺さるギリギリの距離になって、羅雅亜は右前方へ進路を変える。そうして角を回避すると同時に、馬上で方天戟を振りかぶっていた邯那が左から思い切り振り抜く。
「あら?硬いわねぇちょっと痺れるし」
そのまま雷角盾恐獣の頭部を切断しようと試みたのだが、刃はガリガリと硬質な音を立てて鱗の表面を削りながら浅い傷を付けるだけに終わる。予想外の手応えに邯那は不満げに武器を構え直した。最低でも肉までは刃が届くと思っていたのに、それを防がれたからである。
また、邯那は雷属性のダメージを食らっていた。ビリビリとした不快な感覚に、彼女は顔を顰める。【雷鱗】は直接ないし間接的に触れた相手へダメージを与える能力だったのだ。加えて低確率で麻痺の状態異常に掛かる場合があるのだが、【状態異常無効】を持つ邯那には効かなかった。
「まあまあ。ボスというのは、そんなに甘い相手じゃ無いのは知っているだろう?それに武技も使って無かったし」
「それもそうね」
機嫌を良くした邯那は、再度方天戟を構える。彼女の視線の先には、イザームの張った石壁から角を引き抜いてこちらへ振り返る雷角盾恐獣がいた。今のところ攻撃する気の無いイザーム達よりも、ヤル気満々の邯那達を先に始末しようとしているのだろう。
「うん、ヘイトはこっちに向いているね」
「臨むところ、よ!」
言うが早いか、邯那は羅雅亜の腹を蹴る。それに呼応して、羅雅亜は駆け出した。そして交差する刹那、今度は突きの武技をお見舞いする。
「疾風突!」
「ボボオオオオッ!」
刃と角がぶつかり合い、互いの一撃が相殺される。邯那は武技を使ったが、どうやらそれは雷角盾恐獣も同じことだったようだ。
先程と同じく攻撃が弾かれてしまったが、邯那はむしろ笑みを浮かべている。何故なら、確かな手応えがあったからだ。
「ボオッ!?」
「ふふっ。その角、この真鋼鉄の方天戟には勝てないようね」
邯那と打ち合った雷角盾恐獣の角には、大きな傷が入っていた。互いの矛同士のぶつかり合いでは彼女に軍配が上がったらしい。
「バオオオオオオッ!」
「退く気は無いっぽいかな?」
「それは此方も同じことよ」
自慢の角を傷物にされたからだろううか、雷角盾恐獣は怒りを露にして再度突撃してくる。それはさっきのように食欲からではなく、敵と見なして戦おうとしていることが伺えた。
「ここ!剛刃斬!」
「ボオオッ!」
三度目の激突。邯那の斬撃が雷角盾恐獣の発達した盾のような頭部の表面を削り取る。しかし、邯那に返ってきた衝撃は予想よりも大きなものであった。そのせいで馬上の彼女の姿勢が若干ではあるが崩れてしまう。
「おっと、大丈夫かい?」
「ええ。ありがとう」
それを騎馬である羅雅亜がフォローすることで、致命的な隙を曝すことは無かった。二人の息の合った様子は、人馬一体と言う言葉を体現しているようですらある。
「思った以上の衝撃だったわ。どうなっているの?」
「多分だけど、【盾術】と【突撃】の合わせ技だと思うよ」
羅雅亜は【鑑定】した結果から仮説を立てており、そしてそれは正しかった。【盾術】による攻撃に、【突撃】の威力を上乗せしていたのである。
「器用だわ」
「流石はボスってことだね。けど、僕達なら勝てそうだよ」
「もちろんよ」
軽口を叩きつつ、二人は助走をつけて四度目の突撃を敢行する。同じく雷角盾恐獣も顎を引いて突撃。これまでと同じ削り合うだけかと思われた。
「今!」
「はい、よっと!」
「ボッ!?」
四度目の激突に至る直前、二人が仕掛ける。羅雅亜が左前方へと進路を変えたかと思えば、その場でドリフトして方向転換したのだ。そしてそのまま270°ほど回っているではないか。
その場での回転によって、雷角盾恐獣の側面への攻撃を可能になった。その好機を逃す邯那ではない。さらに彼女は回転の勢いすら乗せた突きを、よりにもよって雷角盾恐獣の右眼に叩き込んだ。
「バッ!?ボアアアアアアアアアアアアアッ!?」
邯那の方天戟は深々と眼球を抉り、潰してしまった。痛みからか、雷角盾恐獣は絶叫を上げている。迷宮のボスにあるまじき醜態を晒しているが、観戦しているイザーム達はむしろ憐れみすら感じてしていた。
「逃がさないわ!」
「当然さ!」
観客は可哀想だと思っているからといって、二人が攻勢を控える訳が無い。それどころか増していた。羅雅亜は突き入れると同時に雷角盾恐獣と並走を始め、邯那は刃を更に深く捩じ込んでいるのだ。
あらゆる生物の急所の一つである眼球と、その奥を傷つけられたことで雷角盾恐獣の体力バーは恐ろしい速度で削られていく。雷角盾恐獣は自分を拷問するかのように痛め付ける刃から逃れようと走るが、全く逃げられない。ジグザグに走ろうと、緩急をつけようと、羅雅亜の巧みな足捌きから逃れられなかったのだ。
このままでは命の危険すらあると堪らず雷角盾恐獣は急停止して我武者羅に暴れた。それによってようやく羅雅亜から距離を取ることに成功する。しかし、それはあまり意味のある行為では無かった。
「止まったわね?」
「その巨体で止まるのは致命的じゃないかな?」
馬とは人間に比べればかなり大きい生物である。その例に漏れず、羅雅亜も大きい。だが雷角盾恐獣の体長は馬の約三倍もあり、故に小回りなど一切利かない。それに巨体故の重量もあるので、加速するのにも時間が掛かる。そのせいで背後からの攻撃への対応が鈍く、また即座に距離を取ることも難しいのである。
それを見抜いていた二人は、これ幸いと襲い掛かった。しかも目が潰れている右側を狙うという徹底ぶりである。【雷鱗】によって邯那もダメージを負うが、それ以上に雷角盾恐獣が傷だらけになっていく。また、羅雅亜も魔術を使い始めたことで戦いの趨勢は決したように見えた。
「バルルルル…ボオオオオオオオオオオオッ!」
「発動したみたいね。なんて言ったかしら?」
「【龍の因子】だよ」
だが、雷角盾恐獣には【龍の因子】がある。これによってステータスが上昇し、角と鱗から迸る電撃も勢いを増した。上昇したステータスにものを言わせて強引に羅雅亜を振り切った雷角盾恐獣は、Uターンして再度突撃してくる。今度こそ正面から力で叩き潰そうというのだろう。
「なら、私達も奥義を使いましょう」
「受けて立つってことだね?じゃあそうしようか。『戦馬の誇り』」
雷角盾恐獣に対応すべく、二人も切り札である奥義を使う。先ずは羅雅亜が自分と自分に騎乗している者を強化する『戦馬の誇り』という奥義を発動。自分だけでなく邯那も強化されるという、まさに騎獣に相応しい奥義である。
「突っ込むよ!」
「何時でもいいわ!」
それに呼応するように、邯那は方天戟を振り上げて頭上にて回転させる。これは格好をつけているのではなく、奥義を使うまでの溜めであった。
被我の距離は瞬く間に詰まって行き、雷角盾恐獣の角は一際激しく電撃を放ちながら発光し出す。それを見た邯那は、普段の柔らかな雰囲気が嘘であったかのように口角を吊り上げた。
「自慢の角を叩き折ってあげるわ。『大車・龍鱗穿ち』!」
『大車・鎧穿ち』は武器を回転させた回数が多ければ多いほど威力が上がる【斧槍術】の奥義である。グルグルと回している間が隙だらけで、回転が途切れると威力が激減する。しかも走る事が出来なくなるのでプレイヤーの間ではハズレ奥義扱いされていた。
しかし回転させながら移動出来る手段を持つ邯那にとっては最強の奥義と言えた。回転数を稼げば龍の鱗でも貫く事が出来る奥義は雷角盾恐獣の角を易々と砕き、そのまま眉間を貫いて脳天へと刃の根本まで突き刺さった。
「ボ…ボアァ…」
「少しは腕前が上がったかしら」
いくら【龍の因子】が使えようと、頭部を大きく損傷すれば即死するのはプレイヤーでも魔物でも同じこと。糸の切れた人形のように雷角盾恐獣は倒れ伏すのだった。
意外と負けず嫌いな夫婦でした。
次回は5月29日に投稿予定です。




