黒死の氷森 その六
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戦闘に勝利しました。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
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予期せぬ強敵の集団と遭遇したが、これまでの経験を活かして倒す事は出来た。だが、本当にこの辺で引き返すべきだろう。ここから先に進めば、龍牙隊長と同格の敵がわんさと現れるように思う。そうなると、非常に厳しいと言わざるを得ない。
死亡して折角稼いだアイテムを失うのは馬鹿馬鹿しい。さっさと帰るとしよう。どのような敵がいて、どう戦えば効果的でどんなアイテムをドロップするのか。それが大体分かったのは大きな収穫だ。それにマップもまあまあ埋まっている。第一次遠征の成果は上々だ。
「アイリス、剥ぎ取りは?」
「終わりました」
「よし、じゃあそろそろ帰還しよう。皆、集まってくれ」
私の拠点転移は自分とパーティーをリスポーン地点へ帰還する術だ。そして連合や軍団を組んでいても、その全員が同じ場所をリスポーン地点としていた場合は魔力を多く消費することで纏めて転移させられる。魔力さえ残っていれば何処からでも帰還可能なのは実に便利である。
「…おい、ジゴロウ。いつまでそこにいるんだ?」
私が呼んだにもかかわらず、ジゴロウは龍牙隊長を踏み潰した姿勢のまま固まっている。何をやって…あ。
「…悪ィ、兄弟。治してくれ」
「…怖癒」
ジゴロウのアイコンを見ると、恐怖の状態異常に掛かっているのがわかった。最後の一撃を加えた時に運悪く【恐怖のオーラ】の効果を受けてしまったのだろう。勝ったことに気を取られて見てなかったわ。すまん、ジゴロウよ。
「最後っ屁って感じだな」
「接触で状態異常にしてくる相手って厄介っすね」
「『古の泉』にいた狼の【風のオーラ】みたいに、直接的な攻撃なら分かりやすいので…」
『『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』』
格上が【恐怖のオーラ】を持っていることの厄介さを再確認している時、その雄叫びが我々の耳朶を叩いた。腹の底を震わせるような重低音が二つ、重なっているのだ。
声の主は龍牙隊長よりも強い。そう確信させる力がその声にはあった。今の我々では決して勝てない。ここで引き返すのが最良の選択であろう。
「すぐに帰るぞ」
「…もうちょい早けりゃなァ」
「惜しいのぅ」
若干二名が文句を垂れているが、無視しよう。残りのメンバーは無言で頷いていたのだから。こうして、我々による第一次遠征は終了した。
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
【尾撃】レベルが上昇しました。
【尾撃】の武技、尾縛を修得しました。
【知力強化】レベルが上昇しました。
【精神強化】レベルが上昇しました。
【神聖魔術】レベルが上昇しました。
新たに聖域の呪文を習得しました。
【神聖魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。
【呪術】レベルが上昇しました。
新たに狂化の呪文を習得しました。
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一回目の遠征から、かれこれ一週間が経過していた。その間ににレベルは一つ上がり、使える武技と魔術が増えている。確認していこう。
【尾撃】の尾縛は、文字通り尻尾で敵を拘束する武技だ。締め上げる力は筋力に、抜けられ難さは器用に依存するらしい。どちらのステータスも低い私には使いこなせないものである。
一応、アイリスの持っている【捕獲】という能力があれば効果に補正が加わるようだが、ほとんど使う予定の無い能力にSPを費やす気は全く起きなかった。なのできっと死蔵することになりそうだ。
【神聖魔術】の聖域は、ドーム状の防壁を作り出す防御用の魔術である。性質は聖盾と同じで、一度だけならどのような攻撃であっても防ぐ事が可能だ。その分、聖盾よりも燃費が悪いのが難点ではある。とは言え、強力なのに変わりは無い。ここぞという時に仲間を守れるといいな。
そして【神聖魔術】も【暗黒魔術】に続いて成長限界に達し、SPを消費して限界を突破していた。最も習得が遅れた魔術が、まさか二番目に成長限界に達するとは思っていなかったぞ。
因みに、限界突破に必要なSPは、【暗黒魔術】が20だったのに対して【神聖魔術】は40だった。二倍である。普通に習得しようとした時と同じく、本来は光属性の魔術が使えないハズの不死故のペナルティなのだろうか。何にせよ、これまでコツコツ貯めていたSPがかなり減ったのは悲しい。他の属性が成長限界に達した時のことも考えて、またコツコツと貯めておかねばなるまい。
最後に【呪術】の狂化だが、能力の【狂化】が発動しているのと同じ状態にする術である。コントロールが利き難くなくなるものの、身体能力が強化されるのは間違いない。
なので状況次第ではあるが、敵にも味方にも掛けることになるかもしれない。ただ、あくまでも狂化は状態異常だと言うことを念頭に置いておく必要はありそうだ。
私の事はこんなものか。そしてクラン全体の目的である『黒死の氷森』の探索だが、順調ではあるが終わってはいない。つまりマップは概ね埋まっているものの、ボスの撃破はまだ達成されていないのだ。これには二つの理由があった。
一つ目の理由は、純粋に敵が強いからである。浅い部分ならば安定して倒せるのだが、少しでも奥に進むと現れる不死が厄介だ。魔術が得意なメンバーがいればそこまで苦戦はしないのだが、数が多い上に捨て身の戦いを仕掛けてくるのでほぼ確実にアイテムを消費させられる。そのせいで長時間の探索が困難なのだった。
二つ目は【恐怖のオーラ】対策が万全では無いからことだ。幽鬼を避けつつ探索しても、奥に行けば龍牙兵が高確率で出現する。【恐怖のオーラ】に対抗するには私の怖癒が必須なのだが、その私がいない時に遭遇したら撤退せねばならないのだ。
折角新たな場所まで足を運ぶ事が出来ても、即座に引き返さなければならないのだからたまったものではない。奴らへの対策を確立しない限り、ボスに挑むのは余りにも無謀であろう。
だが、我々も何も考えずに探索していた訳ではない。『黒死の氷森』へ幾度と無く挑み、素材を集めて試行錯誤を繰り返していたのだ。その結果、アイリスとしいたけの両名は恐怖耐性を高めるアイテムの作成に成功した。それがこれだ!
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黒灯の御守り 品質:優 レア度:S
黒き灯火が封じ込められた御守り。
不死系魔物による状態異常に高い耐性を得る。
素材に龍の牙が使われており、効果が高められている。
装備効果:【限定的状態異常耐性】Lv7
※不死系魔物による状態異常にしか耐性を得られません。
※レベル70以上の不死系魔物による状態異常には効果はありません。
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口が避けても、状態異常に対して万能のアイテムとは言えない。不死が引き起こす状態異常にしか効力は無いし、高レベル相手だと意味が無いのも厳しい。雰囲気的には、強力な怨念によって他の化け物による状態異常をはね除けるというところだろうか?
しかし龍牙兵や龍牙隊長、そして幽鬼には有効である。持っているだけでほぼ確実に恐怖を防げるのは確認済みだ。
ただ、これを人数分集めるのは骨が折れた。問題は素材である。全て『黒死の氷森』で集められるのだが、その中に例の『黒き火』を使ったアイテムが含まれているのだ。それは『黒灯の御守り』の説明文にもある通り、『黒き灯火』というアイテムである。
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黒き灯火 品質:良 レア度:S
不死と化した霊魂の残滓の集合体。
尋常の手段では消すことは出来ず、迂闊に触れた者は魂が削られてしまう。
未練が強ければ強いほど、火の勢いは大きくなる。
集め、束ねよ。
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この『黒き灯火』は『黒き火』を二十個集めるだけで作成可能だった。だが、この数を集めるのが大変であった。決して弱くはない幽鬼のレアドロップを人数分集める必要があるのだから、当然である。
特に複数集めなければならない私とセイは大変であった。特に二つで良かった私と違って、従魔の分も合わせて三つ必要なセイは必死であった。彼は運良く多目にドロップした七甲とモッさんに余りを譲ってもらって、ようやく昨日集まったのである。
素材集めに付き合わせた他のメンバーにも感謝しきれない。皆はいい経験値稼ぎになったと言っていたが、苦労をかけたのは否めない。今度彼らが困った時には、積極的に手を貸す事を心に誓った。
ところで、この『黒灯の御守り』を私は必要としていない。何故なら、私には【状態異常無効】があるからだ。なので万が一に備えてカルの分だけ用意すれば良いハズだった。なのに何故、もう一つ求めたのか。それは、私の武器である『古ぼけた鎌』の強化素材であったからだ!
もう一つの素材である黒鉄は、既にアイリスが作ってくれている。こちらは鉄と闇属性の魔石を【鍛治】の能力を用いて融合させて出来るものだ。こちらはとっくに製法を知っていたし、実際に作って貰っていたのだが、ようやくもう片方を入手出来た形である。
「じゃあ、強化しますね」
「ああ、頼む」
そして私は今、アイリスの工房にお邪魔していた。彼女に素材を渡して武器を強化するのを見学するためである。この『古ぼけた鎌』ともそれなりに長い付き合いだし、なんとなく見届けたい気分になったのだ。
「これをこうして…えい!」
アイリスは私の鎌と一緒に黒鉄のインゴットを炉に入れる。すると、インゴットがドロリと溶け、鎌の表面を粘体のように這いずりながら徐々に覆い始めた。…武器の強化ってこんな感じだっけ?
「強化素材が決まっている武器は、素材の方が勝手に動くらしいですよ?手順も武器が教えてくれちゃいます。そこを試行錯誤するのが醍醐味なんですけど…」
鍛冶屋としては微妙ですね、とアイリスは続けた。どうやら彼女は素材が指定されている武器の強化に関する記述を生産職の掲示板で調べていたらしい。流石である。
「これを叩いて凹凸を無くして…」
アイリスは炉から鎌を取り出しては叩き、再度炉に入れるのを幾度も繰り返す。かなり集中しているらしく、軽々に話し掛けるのは憚られる緊張感があった。
その間に『古ぼけた鎌』に浮かんでいた錆は剥がれ落ち、刃毀れも消えていく。その代わりに飾り気の無い、武骨な刃が現れてくる。きっと、これこそこの鎌の本来の姿なのだ。美しい。そんなありきたりな言葉だけが、私の頭を支配していた。
「うん、これでいいね。仕上げです」
その作業を幾度か繰り返した後、アイリスはインベントリに収納していた『黒き灯火』を取り出す。それをそのまま鎌に落とした。すると『黒き灯火』は音も立てずに鎌へと染み込むようにして吸収されて行く。直後、鎌は独りでにガタガタと震え出した!
「うおっ!?」
「ひえっ!?」
私とアイリスは驚いて声を出してしまう。この反応を見るに、動き出すのは知らなかったらしい。鍛冶士を驚かせるのは勘弁してくれませんかね?
「収まったか?」
「そう…みたいですね」
震えていたのは、ほんの十秒程だった。唐突にピタッと止まったのがより不気味である。あれを使うのか?いいじゃないか!私にはピッタリさ!
「これで完成…え?」
「は?」
早速強化された武器へと手を伸ばした時、突如として跳ね上がった鎌が私の首を刎ねてしまう。私は自分の武器に首を狩られて即死した。
次回は5月17日に投稿予定です。




