黒死の氷森 その五
一日遅れて申し訳ありません。
龍牙兵と幽鬼の群れを倒した後、アイリスとしいたけは張り切ってせっせと剥ぎ取りを行っていた。確かな情報ではないが、生産職のプレイヤーが剥ぎ取った方がレアドロップを落としやすいという噂があり、それにあやかろうと二人に任せているのだ。あくまで噂であって、歴とした統計データは無いので私は信じていないが。
今回は後々に配分で喧嘩にならないように、アイテムは均等に分けて余りはクランの資産という形をとる事にしている。つまらないことで揉めるのも馬鹿らしいし、こう言うことはキッチリと最初に決めておくのが重要だ。
「おっ?何コレ!」
「こっちもありますよ!」
剥ぎ取りを行っていた二人が、急に大きな声を出す。どうやら珍しいアイテムを入手したらしい。一体何がドロップしたのだろうか?
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黒き火 品質:可 レア度:R
不死と化した霊魂が時折残す暗い火の粉。
尋常の手段で消す事は出来ない。
未練が強ければ強いほど、火の勢いは大きくなる。
集め、束ねよ。
穴だらけの龍の牙 品質:劣 レア度:R
無数の穴が空いた、ボロボロの龍の牙。
劣化が激しく、武器にするには不向きだろう。
属性も残っていないためどの龍のものかは不明。
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『黒き火』しいたけが剥ぎ取った幽鬼から、『穴だらけの龍の牙』はアイリスが剥ぎ取った龍牙兵からのドロップアイテムである。それぞれ一つずつしか入手出来ず、残り全て魔石であった。龍牙兵の使っていた武器などは一切出なかったのは少し残念である。
それにしても、両方ともどう使えばいいのか悩ましい。ただし、悩む理由は真逆である。
『穴だらけの龍の牙』は使い道が多いせいで悩んでしまう。そのままでも武器がダメなら装飾品になる、かもしれない。それに【錬金術】で合成すれば武器にするのに耐えられる品質に出来そうだ。加えて龍の牙は【錬金術】や【調薬】の素材になるので、粉々に砕いて薬として使ってもいい。
逆に『黒き火』はどう使えばいいのかが不明過ぎる。何かの素材になるとか、ヒントがほぼ無いからだ。ヒントと言えるかどうか微妙な唯一の一文によれば、数を集めるといいらしい。レアドロップを収集する必要がある、ということだ。
集めたらどうなるのか、または何になるのか。全くわからないが、とにもかくにも集めない事には何もわからんのも事実。余裕があれば集めることにしよう。
「源十郎、皆の体力はどうだ?」
「うむ。イザームの【魂術】で大体は回復しておるよ」
「けど、アイテムの残りは半分を切ったわ」
「これまでよりも敵は強くなるだろうし、攻略のペースは落ちるだろうね」
先ほどの戦闘は、何だかんだでかなり長引いた。前衛組が恐怖の状態異常に掛かる事が幾度もあったからだ。
掛からなかったのはレベル50に達しているジゴロウ達だけで、他の前衛組は全員が被害を被っている。恐らく、レベルが低い方が掛かりやすいのだろう。私の持つ【深淵のオーラ】と同じである。
そして龍牙兵以上に強い敵が現れる可能性だってある。と言うことは、『黒死の氷森』は恐怖への耐性をしっかりと固めるか、レベル50以上である事が攻略する最低限の条件なのかもしれない。
「帰りは私の拠点転移で帰れば良いとしても、進むペースは落とそう。今日絶対に攻略しなければならない訳でもないしな」
「レアアイテムも集まったし、及第点っすよね」
「けどよ、ここのボスがどんな相手なのかだけでも知りたくねェか?」
無理をせずにもう少しだけ進んでから帰ろう、という方向で話が纏まりそうな時になって、ジゴロウが口を挟んだ。いやいや、お前はそのまま流れに任せてボスに突っ込む気満々だろうが!だから釘を指しておかねばならない。
「可能なら、目指してもいい。だが、様子見だけだ。ボスには挑まない。この条件なら私は構わん」
「ちぇっ、わぁったよ」
「皆も異存はないか?…無さそうだな。では、出発しよう」
反対意見は出なかった。と言うことで、このまま探索をしつつ、もしボスエリアらしき場所へたどり着けたら様子見をして帰る。その方向で行くこととなった。
◆◇◆◇◆◇
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【魂術】レベルが上昇しました。
新たに眠癒と怖癒の呪文を習得しました。
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それからも幾度となく魔物と遭遇した。それは全て十体以上の集団を成す不死で、その中には必ず龍牙兵が含まれていた。そのせいで前半はかなり苦戦を強いられた。しかし、ダメージが嵩んで私が【魂術】のレベルが上がった事で状況は一変した。
それは怖癒の呪文の力である。この術はその名の通り、恐怖を治す呪文だったのだ。そのお陰で恐怖状態になる度に私が治療すればどうにかなる。故に我々は最初の時とほぼ変わらないペースで進む事が出来ていた。
「アイテムは大分減りましたね」
「ああ。強敵と遭遇したら、あと一回しか戦えないだろう」
順調に進んでいても、消耗品を使わなくていい訳ではない。じわりじわりと減っていき、余裕は無くなっていた。もし苦戦必至な敵と戦闘するなら、一回が限度と言ったところか。
「もう少し進んで何も無ければ、引き上げよう。マップは埋まっているし、同じ場所にはいつでも行ける。無理をする必要は…」
「ちょっと待って!何か来るよ!」
そろそろ帰るかと思った時、ルビーが警戒を呼び掛ける。間の悪いタイミングだが、あと一回なら戦えるのも事実ではある。今向かって来ている者達を倒したら終わりにしよう。
「数は五体!速いよ!もう出てくる!」
ルビーが言うや否や、森の奥から五体の人影が飛び出して来た。それは全部龍牙兵のように見えるが、先頭の一体だけは趣が異なる。簡単に言えば、武具が上等なのだ。恐らくは上位種だろう。【鑑定】だ!
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種族:龍牙隊長 Lv62
職業:下僕兵長 Lv2
能力:【怪力】
【龍剣術】
【龍盾術】
【鎧術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【敏捷強化】
【恐怖のオーラ】
【状態異常無効】
【光属性脆弱】
【龍の因子】
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「強そうな一体は龍牙隊長でレベルは62!格上だ!」
「いいねェ!燃えるじゃねェか!」
龍牙隊長について簡潔に説明した途端、ジゴロウはニヤリと笑っていた。あっ、戦闘狂のスイッチが入っちゃったらしい。これはもう人の話は聞いてくれなさそうだ。
「ジゴロウ、足止めを頼む。倒してしまっても構わん」
「そうこなくっちゃァなァ!」
ならば、任せてしまえばいい。正直、ジゴロウの方が不利だとは思う。しかし、彼が抑えている間に他の龍牙兵を倒してしまうとしよう。
敵は格上だが、ジゴロウなら瞬殺されることはあるまい。ただ、【恐怖のオーラ】の効果を受ける可能性は高い。レベル40代組とジゴロウの両方に気を配らなければならないが、そこは私の腕の見せ所だ!
「邯那と羅雅亜は突撃して敵を分断。あとはこれまで通りに行くぞ」
「了解でーす」
普段通りの返事を返しつつ、邯那と羅雅亜が人馬一体となって突撃する。四体いた龍牙兵は二体ずつへと分断された。
「グオオオオオオオオン!!」
その内の一体にカルが体当たりをしてそのまま馬乗りになった。上空からの急襲に対応するのが難しいのは、龍牙兵も同じことなのだ。
カルの圧倒的な体格もあって、のし掛かられた龍牙兵は藻掻くことしか出来ない。カルの爪を剣と盾でどうにか防いでいるが、焼け石に水である。これまで通り、そのままカルに叩き潰されて終わりだ。もう何度も繰り返した襲撃は手慣れたものである。流石は龍だな!
「ふん!兎路!」
「はいはい。セイ?」
「任せろ!」
「ワイもおるで!」
カルが踏み潰している横で、一体の龍牙兵を四人の仲間達が圧倒していた。エイジが盾で武器を弾き飛ばし、兎路の剣が骨を削り、セイの棒が強かに打ちのめし、七甲の魔術が着実にダメージを与えていく。
彼らの連携も見事なものだ。特に【恐怖のオーラ】の範囲内に入る者を常に一人にする立ち回りは非常に助かる。私の手前が省けるのだから。あ、邯那と羅雅亜が合流した。倒すのも時間の問題だな、これは。
「行けるよ!やあっ!」
「上手いっすよ、紫舟!」
「ぬぅん!」
「良い一撃だね、モッさん!」
「負けてはおられんのぅ」
残りの二体は他の皆にボコボコにされていた。源十郎が三本の刀で翻弄し、その隙に他のメンバーが攻撃していく。源十郎によって攻撃はほぼ封じられているので、やりたい放題であった。
「聖光!」
「連投!うーん、楽だねぇ~」
「そーだねー」
そして後衛組は前衛組の活躍もあって落ち着いて攻撃出来ていた。危うい場面は少ないし、ヘイトは源十郎が一手に引き受けているからこその話なのだが。
しかし、一人だけ例外がいる。後衛組で全体の戦況を把握しつつ、忙しなく魔術を放っている者がいるのだ。
「怖癒。そっちも怖癒。魔法陣起動、浄化。光属性付与をかけ直して…むっ、聖盾!」
そう、私である。有利に事を運んでいても、恐怖状態に掛かる事そのものを防ぐのは困難だ。なので唯一恐怖を癒せる私は、誰かが恐怖に掛かる度に逐一治療せねばならない。
それに不死へ効率よくダメージを与えるべく、武器には光属性を付与している。時には攻撃魔術も挟んでいるので、やることが多すぎて結構厳しい。
「ハハハハハッ!オラオラオラァ!」
真っ先に突撃したジゴロウだが、哄笑を上げながら龍牙隊長と戦っていた。拳と剣がぶつかり合い、蹴りが盾に弾かれる。お互いに一歩も退く事無く、正面から殴り合っていたのだ。
ジゴロウと渡り合えるのは、高いステータスと進化した能力のお陰だろう。しかし、常に押しているのはジゴロウであった。格上だろうがなんだろうが格闘の技術で捩じ伏せるのは、本当にリアルチートとしか形容出来ない。
「これでも…って、ぐぇっ!?」
「怖癒」
「サンキュー!」
しかし、決着はまだ着いていない。その理由はジゴロウが一歩も退かずに戦っているせいで、何度も恐怖状態に掛かっていたからだ。その度に怖癒で治すのだが、恐怖状態のせいで時折攻撃が中断させられている。そのせいで強烈な一撃を入れるタイミングを逃しているようだった。
恐怖の状態異常は思っていたよりも厄介らしい。ただ、NPCと違ってプレイヤーが本当に恐怖している訳ではないのが救いである。身体は怖じ気付いていても、心は臨戦態勢を維持しているのだ。現実ではほぼ有り得ない事だが、だからこそ面白い。
「ここだァ!」
「ガカッ…」
ジゴロウの剛拳が、ようやく龍牙隊長の顔面を捉えた。クリーンヒットしたことで、後方へ吹き飛んで行く。この一撃で体力がガクッと減少し、奴の体力は残り一割を切っていた。発動条件を満たしたぞ!
「ジゴロウ!奴は【龍の因子】で強くなる!気を付けろ!」
「わかったぜ、兄弟!」
「ガガガガガガガガ!」
咆哮を上げるかのように、龍牙隊長はギザギザの歯を噛み鳴らしながら立ち上がる。そしてジゴロウに向かって突撃した。その踏み込みの速さと振るった剣の鋭さは先程までの比ではない。うっわ、私にはほぼ見えないぞ!
「速いなァ!けどよ、それだけじゃ俺にゃァ勝てねェぜ?」
対するジゴロウは笑みを浮かべながら剣を躱しつつ、がら空きの胴体に蹴りを叩き込んだ。負けじと龍牙隊長も反撃するが、またもや躱しながら顔面に裏拳を入れている。カウンター戦法、ということだろうか?よくやれるなぁ…。
「ガガガッ!」
「あ、やべっ…」
パワーアップしたのに殴られ続けていた龍牙隊長は、ジゴロウは攻撃をどうにか盾で防ぐとその機を逃すまいと武技を使った。それによってジゴロウの体勢は崩れてしまう。無防備になったジゴロウに向かって、龍牙隊長はまたもや武技を使って渾身の突きを放った。
「なんてな!オラァ!」
だが、無意味だった。ジゴロウは崩れた体勢を立て直そうとはせずに、むしろ自分から素早く地面に屈んで突きを回避。そのまま足払いと言うには凶悪な蹴りが龍牙隊長の膝を襲う。武技を発動した後の硬直で避けられず、膝を蹴り折られた龍牙隊長はそのまま地面に倒れ臥した。
「これで、終わりだァ!」
「ガ…」
ジゴロウは這いつくばる龍牙隊長の頭部を踏み潰す。これで体力は全損し、動かなくなった。こうしてジゴロウは強敵たる龍牙隊長を討ち取ったのだった。
次回は5月13日に投稿予定です。




