黒死の氷森 その三
令和最初の投稿です!
『黒死の氷森』の探索は順調に進んでいた。出現する魔物は大体が氷角兎で、時折青水魔狼という以前戦った緑風魔狼の水属性バージョンとも言うべき狼の魔物が現れていた。
レベル帯も40代で同じであり、能力の構成も風属性が水属性に置き換わっただけ代わり映えはしない。しかし、その強さは明らかに此方が上だった。
原因は生態の違いにあるようだ。と言うのも、緑風魔狼は進化前の風魔狼を纏める群れの長であったが、青水魔狼は群れを作らずに単独で行動する魔物だったのである。
部下や数に頼らず、己の力のみで生き抜いて来た一匹狼の方が強いのは道理であろう。ただ、相手が悪かった。此方は人数もレベルも上だったからだ。此方としては美味しい獲物でしかなかった。これも弱肉強食だと思って諦めて欲しい。
そうして出会った敵を狩りつつ森を進んでいくと、遂にこれまでとは異なる強敵と遭遇することとなる。それは想像していたのとは全く異なる魔物であった。
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種族:幽鬼 Lv54~58
職業:呪剣士or呪斧士or呪槍士 Lv4~8
能力:【呪剣術】or【呪斧術】or【呪槍術】
【幽鎧術】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【器用強化】
【時空魔術】
【虚無魔術】
【狂化】
【怨叫】
【物理攻撃透過】
【魔術脆弱】
【状態異常無効】
【光属性脆弱】
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獣系ばかりかと思いきや、まさかの幽霊の登場である。幽鬼は人の形状をした黒い靄で、目の位置からは赤黒い光が妖しく揺れていた。そして全員がボロボロの、しかし汚い深緑色のオーラを纏う武具を持っている。今は真っ昼間なのに普通に動けるのは、きっと『黒死の氷森』が常に分厚い雲に覆われて日光が届かないからだろう。
鬼火と共通する能力が多くあるので、きっと進化系だと思われる。これが六体同時に出現した。鬼火ならば最弱の魔物と言っても過言ではなかったのだが、進化したこいつらの強さは桁違いだ!
「チッ、面倒臭ェ!」
「鬱陶しいのぅ」
前衛を努める源十郎をリーダーとした四人組は苦戦していた。彼らが苦戦する理由は、偏に【物理攻撃透過】という能力のせいである。なんと、純粋な物理攻撃は一切無効なのだ。前衛殺しである。
「うわっ!?斧がすり抜けた!?」
「太刀筋も鋭いです…ねっ!?」
一応、【付与術】で光属性を付与しているのですり抜けたエイジ達の攻撃はきちんとダメージを与えている。だが、それは付与した属性によるダメージだけであり、物理攻撃はやはり無効。本来の破壊力は得られていなかった。
当たっても手応えが無くて調子が狂うし、更には透過する特性を活かして積極的に攻撃を食らいながら斬り込んでくる。肉を斬らせて骨を断つと言うが、斬られる肉が無いならば恐れる必要など無いのだ。
しかも質の悪いことに、【呪剣術】や【幽鎧術】のように武具系の能力も進化済みだった。なので素の戦闘力も高い者が、死をも恐れぬ特攻戦法を躊躇なく取り続けてくることになる。やってられんよ、マジで!
「「「キィイイイイイイィィイィイイイ!!!」」」
「もう、五月蝿いわね」
「ステータスがまたちょっと下がってる!イザームの魔術みたいなの使ってるよ!」
他にも強力な能力が幾つもある。その一つが【怨叫】だ。これは叫び声を聞いた者のステータスを一定時間下げる効果がある。声による【呪術】と言ったところか?
下がるステータスはランダムなのか、私の筋力を下げたり源十郎の知力を下げたりしていた。だが、ルビーから敏捷を奪ったり、シオから器用を奪ったりと的確に最も必要なものを下げることもあった。
「「オ…オオォォオォオオオ!」」
「ちょ!何コイツら!?」
「強くなったー?」
それでも我々は着実に体力を減らしていたが、変化は突然に起こった。最も体力を減らした個体が、急に狂ったように暴れだしたのである。これは間違いない。【狂化】だ!
「気ィ付けろ!見境が無くなるからよォ!」
『狂』の文字を含む種族だったこともあるジゴロウは、同じく【狂化】を持っている。これはステータスが劇的に上昇するが、己の意思に反して勝手に身体が動くことがあるというデメリットがあった。
しかもこのデメリットは、【狂化】が長引くほどに頻度が増していく。【狂化】は一度発動させると戦闘終了か死亡するまで効果が持続する。なので非常に使い勝手が悪いのである。
だが、幽鬼とは相性が良すぎた。元々正気を疑うような特攻戦法なのは変わりは無く、そのせいで純粋にステータスが上昇しただけだからだ。ただでさえ強い相手が強化されたのはとても厄介ではある。あるのだが…
「私達としては好都合だがね。浄化」
「ヒィィアアアァァ!?」
「そうなんですよね。聖光」
「ギャアアアァアア!?」
逆に魔術がメインの者達にとっては、ただのカモでしかなかった。何故なら【光属性脆弱】と【魔術脆弱】があるからだ。【神聖魔術】が使えるのは私とアイリスだけだが、前衛が止めている間に二人で撃ちまくるだけでガリガリと体力を消し飛ばしていく。
「キエェェェエェエエェ!」
ただ、弱点を的確に突いてくる私達を先に始末しようとする知能はあるらしい。【時空魔術】の短距離転移で此方に瞬間移動してくるのだ。しかし、その対策は済ませている。
「こっちもいるっすよ!」
「【雷撃魔術】でも十分火力が出るね」
「ヒィィ!?」
シオが光属性の矢で、羅雅亜が魔術を放って接近してきた幽鬼を追い散らす。。彼らは【光属性魔術】を使えないが、【魔術脆弱】があるので十分にダメージは与えられるのだ。
「うーん、やっぱり歌が効かないなー。じゃあ頑張れー、メェェー」
敵の持つ【状態異常無効】のせいで、ウールは何時ものように歌声で眠らせる事は出来ない。しかし、眠らせるだけが歌の力ではなかった。彼の歌には味方を鼓舞し、ステータスを上昇させるものもある。それによって後衛組の知力を強化し、魔術によるダメージを底上げしていた。
「ヒギャアアアァァァァァ…」
「よし、一匹撃破したか。数を確実に減らして行くぞ!」
「簡単に言ってくれる…ぜ!」
前衛組に負担を強いる事になりつつも、後衛組による魔術で一匹ずつ数を減らして行く。【怨叫】によるステータス異常も、私の【呪術】による解呪によって解除出来ることが判明してからは楽勝であった。
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戦闘に勝利しました。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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そのまま特に大きな変化もなく、我々は幽鬼を全て討伐した。此方の方が人数は多かったが、同格の敵だったこともあって思ったよりも経験値は多目に入ってくれた。ホクホクである。
「慣れるまでは苦戦したのぅ」
「やりにくい敵って感じだったね」
源十郎とルビーは疲れを隠せない様子で呟いた。生命を感じさせる程のリアリティーがあるからこそ、これまでの魔物は基本的に相討ち覚悟の攻撃を加えてくることはなかった。だが、今回の敵は逆に幽霊としてのリアリティーがあるからこそ、捨て身の戦法を当たり前のように使ってきたのだ。やりにくくて当然であろう。
「剥ぎ取りは出来ないけど、アイテムが落ちてますね」
「そうだねぇ~。魔石と武器…って!げぇ!?それは拾っちゃダメ!」
急にしいたけが大声を出して警告する。普段は飄々とした彼女が、珍しく焦っているではないか。何か問題発生か?
「どうした?」
「どうもこうも無いって!この武器、【鑑定】してみなよ!」
「どれどれ…げっ!?」
私はしいたけに言われるまま、落ちている剣を【鑑定】してみた。そうして初めて、私は彼女が慌てた理由を理解した。これが【鑑定】の結果である。
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真鋼鉄の直剣(呪い) 品質:劣 レア度:R
鉄本来のもつ力を極限まで引き出した、真鋼鉄製の直剣。
古代の技術による量産品であり、特殊な効果は無い。
しかし、一流の鍛冶師の作品に勝るとも劣らぬ性能を誇る。
※この武器は呪われています。
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地面に転がっていたのは、まさかの呪われた武器であった。真鋼鉄という金属も気になるが、それよりも呪いの方が問題だ。この武器からは幽鬼が持っていた時と同じ深緑色のオーラが滲み出ている。明らかに危険物である事を全力で主張していた。
「これは、不用意に触るのも憚られるな」
「でしょ?研究素材になるかもしれないから持って帰りたいんだけどねぇ」
「装備しないと呪われないのか、それとも持つだけで呪われるのか…それすらも不明なのは怖いですよ」
お化けが持っている武器が呪われている、というのは確かにお約束と言ってもいいだろう。様々な物語でも、似たような状況はよくある事だった。
だが、ここからが物語によって異なるのだ。その武器を鞄に入れるだけで持ち主が呪われる場合もあれば、武器を鞘から抜き放つと呪われる場合もある。なんの対策もしていない状態で拾い上げるのは警戒してしかるべきなのだ。
「よし!じゃあアタシが拾うわ!」
「いいのか?」
「女は度胸って奴よ!えいっ!」
意を決したしいたけは、勇気をもって呪いの武器を拾い上げた。これで呪われてしまったとして、一体どうなるのかは不明である。最悪、我々の手で葬る事になるのだが…
「…おぉっ!?大丈夫だったわ!装備しない限りは大丈夫っぽいねぇ!」
しいたけの身体を張った実験によって、呪いの武器は拾うだけなら問題ない事が判明した。しかし、装備出来ない事に変わりはない。現状では加工可能かも不明なアイテムである。そのために危険を犯すとは、彼女の探究心と好奇心は並みの強さではないのだなぁ。
「なあ、イザームはん。思ったよりも消耗しとるし、そろそろ一回休憩せぇへんか?」
「ああ、それがいいだろう。」
全く情報の無いフィールドを、戦い慣れている相手とは言えそれなりの強敵と戦いながら探索し、更に直前まで強敵の群れと戦っていたのだ。精神的な疲労は無視できないだろう。七甲の言う通り、ここは休憩するべきだ。
「じゃあ最初に決めた通りの順番で休憩に入ろう。テントの設営に入ってくれ」
「うーい」
「はーい」
それぞれが適当な返事を返しつつ、アイリスが作成したテントを張る。更にしいたけが作成した魔物避けの香を焚いてより安全性を上げておく。それでも魔物が来ないとは限らないので、見張りを残して交代で休憩するのだ。
こうして『黒死の氷森』における最初の探索は一段落ついた。私は最初の見張りだからすぐには休めないが、ログアウトしたら水分補給してから何か食べるとしようか。
次回は5月5日に投稿予定です。




