黒死の氷森 その一
「カルの進化も無事に終わった所で、皆に言っておきたい事がある」
「なんだよ、改まって?」
私はカルを一通り甘やかした後、皆に向き直ってそう切り出した。急に真面目な語り口になったからか、全員困惑しているようだ。
「我々のクランとしての次の目標についてだ」
合流は果たしたものの、今の我々にはクランとしての目的ないし目標と言えるものは無かった。今はとりあえず皆が思い思いにやりたいことをやっているし、それを悪いことだとは思わない。ノルマを課すクランもあるようだが、我々には似合わないし私個人の好みではなかった。
しかし、せっかくクランという共同体を作ったのだ。全員で何かを成し遂げるというのも楽しいのではないだろうか?
「クランとして、ね。それでイザームには何かあんの?」
「提案したい事はある。先ずはこれを見てくれ」
そう言って私はインベントリから一つのアイテムを取り出した。それを【鑑定】を持っているしいたけに見せる。意図を察した彼女は【鑑定】した後、素っ頓狂な声をあげた。
「龍玉!?龍神!?え、何これ!?」
「これは私が『蒼月の試練』で得たアイテムだ」
「あー、あのデカイ龍にも見せてた奴か」
「うむ。私はこれを龍神様に返そうと思っているのだ」
墓守殿から貰った地図が龍の楽園とも呼ばれるヴェトゥス浮遊島なのは全くの偶然だった。しかし、この偶然に便乗しない手は無い。私は龍玉がどういうアイテムなのかを皆に伝えてから、本題に入った。
「バーディパーチで集めた情報によれば、ここからずっと北東へ行った場所に『龍の聖地』と呼ばれる場所があるという伝説があった。私はクランとして、その『龍の聖地』を目指す事を提案したい」
「面白そうじゃねェか、兄弟!俺ァいいぜ!」
即座に賛同したのはジゴロウであった。『龍の聖地』を目指せば間違いなく強者と出会う事になると予測したに違いない。同じ理由から源十郎とセイのような強くなる事に貪欲な者達は同意している。
「未知の素材とかありそうですね!」
「【錬金術】に使えるのもあるだろうねぇ~。龍が万能薬の素材って言うのはテンプレだし?」
生産組も乗り気であった。やはり、新たな素材との出会いというのは魅力的なのだろう。
「あの、一つ質問してもいい?」
「どうした、紫舟?」
意外な所から手が上がったな。何か意見があるのなら、どんどん言って欲しい。蟠りを抱えていては楽しくないのだから。
「行くのはいいんだけど、何時にするの?今すぐって訳じゃないよね?私、今日はあとちょっとでログアウトするつもりだったんだけど…」
「もちろん、全員の予定が合う日にするつもりだ。今日直ぐに行こうとは思っていないよ。それに流石に平日は、ね」
「はぁ、良かった~!」
紫舟は安堵したようにため息をついた。流石にゲームのためにリアルを犠牲にしろ等とは言えないし、私もそうするつもりは毛頭無い。ゲームで遊ぶ前に、生活出来なくなったら元も子もないのである。
「じゃあー、僕も質問していいー?」
「どうした、ウール?」
「凄くゲーム的な考えだけどさー、聖地まで真っ直ぐ行ける訳じゃー無いんじゃないのー?」
ほう、鋭いな。のんびりした雰囲気のウールだが、察しがいいのは間違いない。
私は龍玉を返しに行こうとバーディパーチに来た時から思っていた。そのために情報を集めていたし、聞き出すためにインテリヤクザ風鳥人のヘイズや職人達のボス的存在のサイチョウなどの無理を幾つか聞く羽目になった。その結果、私一人では絶対に到達出来ないと判明したからこそ、今まで黙っていたのである。
「その通りだ。『龍の聖地』に行くには、一つ大きな障害がある」
「それはー?」
「まずバーディパーチの北東には『疾風の草原』というフィールドがある。此方は問題は無い。現れる魔物のレベルは20~30程度らしいからな」
「それでー?」
「問題はその次だ。『疾風の草原』を越えた先にある『黒死の氷森』…『龍の聖地』を囲むように存在する、常に鳥人でも飛行出来ない分厚い黒雲に覆われた極寒の針葉樹林だ」
◆◇◆◇◆◇
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戦闘に勝利しました。
フィールドボス、嵐獅子を撃破しました。
報酬と5SPが贈られます。
次回からフィールドボスと戦闘するかを任意で選択出来ます。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【暗黒魔術】レベルが上昇しました。
新たに暗黒穴の呪文を習得しました。
【暗黒魔術】が成長限界に達しました。限界突破にはSPが必要です。
【召喚術】レベルが上昇しました。
【符術】レベルが上昇しました。
【死霊魔術】レベルが上昇しました。
【降霊術】レベルが上昇しました。
新たに獄吏召喚の呪文を習得しました。
【暗殺術】レベルが上昇しました。
――――――――――
あれから皆の予定を確認したところ、次の日曜日ならば大丈夫だったので平日と土曜日はレベル上げと準備、そして前段階である『疾風の草原』の攻略に励んだ。
『疾風の草原』は、事前に仕入れた情報通りの平和な場所であった。いや、それは間違っているか。我々のレベルが適正では無いのが問題なのだ。これがボスの【鑑定】結果である。
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種族:嵐雄獅子 Lv35
職業:草原の主 Lv5
能力:【大牙】
【剛爪】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【知力強化】
【暴風魔術】
【付与術】
【暗殺術】
【斬撃耐性】
【咆哮】
【指揮】
【統率】
【風のオーラ】
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決して弱くはない。ボスである嵐雄獅子を中心に、風雌獅子という取り巻きがパーティー人数と同じ数出現して、高度な連携を以て襲い掛かったからである。レベル20代ではほぼ勝てないだろうし、レベル30代でもパーティーの連携が上手く機能していなければ厳しいと思う。
しかし、全員のレベルが40を越えている私達の敵とは言い難い。結局、探索の日時を決めてすぐに下調べを兼ねて私とジゴロウのコンビで向かったら瞬殺であった。
ここまでは順調そのものであった。だが『疾風の草原』と『黒死の氷森』の境界まで来た時、私達の間に漂っていた油断したような空気は一瞬で霧散した。端から見るだけで非常に危険であることが丸わかりだったからである。
数少ない情報通り、『黒死の氷森』は分厚い黒雲によって常時覆われていた。常に雪も降っているようで、特に『龍の聖域』があるだろう中心部は吹雪いているように見えた。森からはしょっちゅう激しい戦闘音が聞こえてきて、恐ろしい断末魔の叫びも聞こえてくる。バーディパーチの人々が危険すぎて近付こうとも思わないのも納得であった。
その後、幾度か外縁部を探索した。出現する魔物のレベルは40代で、今の我々に適切なレベルと言える。レベル上げにも丁度良い難易度だったし、至れり尽くせりだった。
その探索で凄まじく寒いのは確認出来た。故にウールの羊毛とバーディパーチの人々から抜けた羽毛を貰い、アイリスに防寒具を作ってもらった。『黒死の氷森』の魔物のドロップアイテムを用いれば寒さ対策になる装飾品が作れるようだったので、これもアイリスに頑張ってもらった。私のように防寒具が必要ない者もいて、人数分用意する必要が無いのは救いであった。
現れる魔物についての情報も無いので、多種多様なアイテムを用意した。各種状態異常回復用ポーションから攻撃アイテム、各種属性の札も全員に行き渡るようにしてある。
加えて十分に【死霊魔術】と【符術】のレベルが上がったので、邯那の僵尸化を終えている。恙無く施術は成功し、上位人間だった彼女は英雄僵尸へと変貌を遂げた。私と同じく不死系の種族になったので、【光属性脆弱】を克服するためにログアウト中に光属性ダメージを負う、という随分と前に私がやっていたダメージ稼ぎも行っている。経過は順調だそうだ。
ちなみに、『英雄』とついているのは彼女が闘技大会で優勝した経験のお陰だ。一定数以上のNPCかプレイヤーに英雄的な功績を遺した人物だと認知されているのが条件であるらしい。だが、NPCはともかくプレイヤーに関してどうやって判断しているのか?基準が謎である。
さらに予定していた日迄に全員に攻略してもらい、『黒死の氷森』のすぐそばにテントを張って簡易の野営地を作った。出発前日にはここをログイン地点にしてもらい、即座に『黒死の氷森』攻略可能な状態にしていた。出来る限りの準備は終わらせたと胸を張って言えるだろう。
私自身のことだが、二つの武技と八つの魔術が増えている。それらを整理していこう。
まずは武技から。【尾撃】の鞭尾は尻尾を鞭のように撓らせて、高速で叩き付ける武技だ。シンプルだが、隙も少ないしモーションも素直なので使いやすい。ジゴロウとの模擬戦でも牽制の手段として大いに役立ってくれている。
【鎌術】の斬首だが、これは首へのダメージが激増する代わりに、首以外の場所に当たっても通常攻撃よりも低いダメージしか出なくなる両極端な武技である。鎌と言えば死神の持つ武器だと相場は決まっているものの、魔術師である私の場合は鎌の間合いに敵の首が入っている時点でもう危機に瀕している。きっとほとんど使わないだろうな。
次は魔術に移ろう。一つ目は【水氷魔術】の氷雨は、氷柱のような氷の礫を雨のように降らせる呪文だ。これ、とっても使いやすい。【水魔術】から進化してからだと最も汎用性が高いかもしれない。
二つ目は【暴風魔術】の風鎚で、空気の塊で敵を殴り付ける呪文である。風属性には珍しく、打撃属性を持つ攻撃なのだ。私のように【打撃脆弱】を持つ相手には滅法強いだろう。私は【光属性脆弱】を克服しているが、打撃属性には気を付ねばならない。
三つ目は【樹木魔術】の魔樹召喚。これは限定的な【召喚術】のようなものだ。一時的に魔樹を召喚して戦わせる事が出来るそうだ。応用力はありそうだが、【樹木魔術】って茨鞭以外に直接的な攻撃手段が無いじゃないか!
四つ目は【溶岩魔術】の溶柱は、他の柱系のように溶岩の柱を生み出す術だ。炎と違ってドロドロとして残る溶岩は、使い所は考えなければならないが強力なのは変わり無い。きっと役に立つハズだ。
五つ目は【砂塵魔術】の砂刃は、砂で象った刃で敵を切り裂く呪文である。砂嵐よりも範囲は狭いが、直接的な攻撃力は非常に高い。似ている魔術である風刃よりも速度は遅いし目視しやすいが、代わりに威力で勝る。以外と使える場面は多いかもしれない。
六つ目は【煙霧魔術】毒霧は、文字通り毒の霧を発生させられる魔術だ。【呪術】以外で珍しい状態異常を掛けられる魔術だし、基本的に対象を一人にしか絞れない【呪術】と違って範囲攻撃である点も評価したい。集団戦で猛威を奮うかもしれないな。
七つ目は【暗黒魔術】の暗黒穴は、周囲のすべてを吸い込もうとする黒い球体を発生させる術だ。吸い込まれてしまえば、前後左右上下の全方向から圧力が掛けられてしまう。その威力は高く、流石は成長限界に到達してから覚える術と言える。
最後の八つ目は【降霊術】の獄吏召喚だが、これは地獄にいる獄吏という魔物の一種を召喚するらしい。『古の廃都』でのことがあるのでまだ使っていないが、これも強力なのだと思う。しかしなぁ…前のように絶対に制御出来なさそうなモノが出てくるかもしれないと考えるとみだりに使うのは憚られるぞ?
「イザーム、皆揃いましたよ」
「おお、そうか」
「ふふっ。私もですけど、皆楽しみにしていたんでしょうね」
「ははは、そうだな」
今日は『黒死の氷森』へ向かう日だ。しかし、待ち合わせの時間よりもかなり早いのに全員が集まっている。私自身もそうだが、新たなエリアへ冒険に向かうと言うのは不安と期待でワクワクしてしまうのだ。
いい歳してと自分でも思うが、それはこのゲームが面白いのが悪いと思う!我々は悪くない!
「それではゆるりと出発するか。繰り返すが、目的地の周囲の情報はほぼない。油断だけはせずに行こう!」
「「「おう!」」」
「…なんや、引率の先生みたいやな」
七甲が何か言っていたがスルーしよう。こうして我々は『黒死の氷森』の攻略を開始するのだった。
次回は4月27日に投稿予定です。




