オアシスの戦い その六
さて、諸悪の根源であった傀儡魔蟲は倒された。だが、問題は残された棘殻蠍大王の出方である。このまま敵対すると言うのなら、第二ラウンドが待っているのだが…?
『いや、迷惑を掛けたのぅ。勇敢なる猪頭鬼達よ』
って、会話出来るんかい!さっきまでギイギイ言ってたけど、それは【傀儡化】していたからってことか。まあ、王だった獣鬼王だって人語を話せていたんだ。きっと【言語学】の能力くらいなら普通に所持しているのだろう。
「正気に戻ったと思って良いのか、偉大なる蠍の大王よ」
『うむ。お主らのお陰じゃよ。本当に忝ない』
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種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
【魂術】レベルが上昇しました。
新たに中魂癒、痺癒の呪文を習得しました。
【邪術】レベルが上昇しました。
新たに幻臭の呪文を習得しました。
【鑑定】レベルが上昇しました。
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ログが流れた、と言うことはこれで戦闘終了だ!いやぁ、物分りの良い相手で良かったよ。じゃあ【怨霊の呪沼】は解除っと。
『ふぃ~、エラい目にあったわい。操られておったとはいえ、これほどの傷を負ったのは何時以来か…やりおるわい!ホッホッホ!』
…戦っていた時と雰囲気が違い過ぎる。好々爺然とした話し方は、源十郎を彷彿とさせる。いざ戦闘になればおかしいくらいに強いのも似ているな。
「蠍の大王よ、この地は代々我等が継いで来た土地である。返してはくれぬか?」
『無論じゃ。しかしのぅ…儂も些か血を流し過ぎた。完全に治るまではここに居らせてはくれんか?勿論、邪魔はせんし、治り次第元の住み処へ戻ると約束しよう』
「ふむ…」
サルマーン陛下は顎に手を当てて思案中である。全ての元凶は傀儡魔蟲であって、操られていた棘殻蠍大王はむしろ被害者であるとも言える。
しかし、実際にビグダレイオの住民を傷付けていたのは棘殻蠍大王の肉体であり、その事は否定出来ない事実であった。理屈ではわかっていても、感情では納得出来ないということはあると思う。
「良かろう。民には余が言い含めておく」
『我が儘を言ってすまぬのぅ』
おお、王様っぽいことを仰るじゃないの!高圧的って感じの国ではなかったが、必要とあらば引き締めも行う。この辺のバランス感覚が為政者には必要なのかもしれない。
「あっ、あのっ!」
『むん?』
二人の会話が終わった頃を見計らって声を掛けたのはジャハル殿下であった。彼が話し掛ける理由など一つしかないだろう。
『おぉ、あの悍ましき寄生虫を引き抜いてくれた若者か。して、如何したのじゃ?』
「僕はジャハルと言いますっ!僕の相棒になってはくれませんかっ!?」
す、ストレートに頼んだ!真っ直ぐな事は間違いなく美徳だが、唐突過ぎるし色々と説明が無さすぎてあれでは伝わらないぞ?
『どういう意味かのぅ?』
「ジャハル…お前…」
棘殻蠍大王どころかサルマーン陛下まで驚いて絶句しているではないか!それに、いきなり頼まれて即座に引き受けて貰えるとは思えない。そこは大丈夫なのだろうか…?
「はぁ…後で余が話すとしよう。先ずは皆の治療が先だ。神官達は重傷者から順に治療を開始せよ。応急処置が終わり次第、ビグダレイオへ帰還する」
「「「はっ!」」」
◆◇◆◇◆◇
オアシスを奪還するための戦いが終わり、我々は今ビグダレイオへ帰還している。ただし、全員で、ではない。軍の中でも比較的余裕がある十数名は、今もオアシスに残っているのだ。オアシスがまた別の魔物に占拠されないようにするためと、棘殻蠍大王がまだ居座っているためである。
ビグダレイオと棘殻蠍大王の間には和解が成立したとはいえ、無条件に信用する事は流石に無理だった。彼が大怪我をしていてその治療のためという側面もあるが、それ以上に監視という面が強い。簡単に仲良しこよしと行かない辺り、電子の異世界と呼ぶに相応しいな!
ただ、居残り組にジャハル殿下がいるのは彼の目的のためである。治療と帰還の準備をしている最中にサルマーン陛下とジャハル殿下が色々と話していたが、その結果ジャハル殿下が勧誘して了承して貰えるならOKと言う流れになったようだ。カルとどうやって仲良くなったのかについて聞かれたので間違いない。
しかしなぁ…ここで普通に王子がオアシスに残るのを認める辺り、やはりビグダレイオは魔物の国なのだろう。彼もかなりの手練だったが、だからと言って次代の王となるかもしれない者を危険な場所に残して行くのだから。
さて、ビグダレイオに戻るまで暇であるし、新しく覚えた魔術の確認をしておこう。新たに覚えたのは【魂術】の中魂癒と痺癒、そして【邪術】の幻臭だ。順に見ていこう。
先ず中魂癒だが、これは小魂癒を純粋な強化バージョンだ。常時回復という効果は同じで、一度の回復量と回復時間が伸びるようだ。その分消費魔力も増加するが、効果を考えれば当たり前である。即効性の無さは相変わらずだが、回復のメインは此方になっていくかもしれないな。
次に痺癒だが、これは麻痺の状態異常を治す魔術である。毒癒の麻痺バージョンだ。ポーションで治せるっちゃあ治せるのだが、余裕があるのなら消耗品ではなくて時間で回復する魔力で治せるのは便利である。
最後の幻臭は、ちょっと特殊である。掛けた相手に様々な臭いを嗅がせるというもの。臭いは色々あって、鼻が曲がりそうな異臭からフローラルの芳香までだそうだ。直接的な戦いにはほぼ役立たないと思われるが、使い方によっては面白いことが出来そうである。
「おっ。ビグダレイオが見えてきたな、カルよ」
「グオゥ!」
私がカルの首筋を優しく擦りながら語りかけると、頼もしい返事を返してくれる。ビグダレイオに戻って報酬を受け取ったら、今度は空の旅をして源十郎達の待つヴェトゥス浮遊島に旅立たなくてはならない。結構ハードなスケジュールだ。
カルと私だけで全員を運ぶのは難しいが、そこの問題は解決済みである。戦いの後でオアシスに浮かべるための船をサルマーン陛下から譲り受けたからだ。
この船はそこそこ大きく、全員が乗り込める余裕がある。それに乗客の重さを軽量化する魔道具でもあって、カルならば全員が乗った状態の船を持ち上げても平気だった。
きっと高価だろうと思ったので、交渉は難航すると思われた。だが、サルマーン陛下はあっさりと無料で貰えた。何故かと言うと、実はビグダレイオの船において、乗客の重さの軽量化する効果は基本的に付与されるものだったからだ。
これはビグダレイオの多くが豚頭鬼と猪頭鬼であることに起因する。オアシスは広いものの、海と見紛うほどではない。なので船は小回りの利くボートばかりになるのだが、それに巨体を誇る豚頭鬼達が乗ると重さで転覆してしまうのだ。なのでこの機能がデフォルトで搭載されているのである。
帰還の目処が既に立っているので、のんびり出来るのは今だけである。なのでカルに跨がりながら愛でている時、頭の中に通知音が届いた。
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運営インフォメーションが届いています。
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おや?久々にこの通知を見た気がする。イベントの通知が来たのは私がログインしていなかった時だったしね。では中身を見てみるか…
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たった今、プレイヤーが初の転生を果たしました。それを受け、転生システムが解放されます。
転生には幾つかの方法があります。色々と試してみましょう。
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て、転生システム!?なんだそりゃ!?まさか後からキャラクターを変えられるとでも言うのか!?って、また通知が来たぞ!?
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新たに【イーファの加護】を賜った者が現れました。
よって効果は変わりませんが、【イーファの加護】は固有能力から通常の能力へと変化します。
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…色々と有りすぎてもうわけがわからん!下の方でも仲間達が乗っている戦車がざわめいている。と、とりあえずビグダレイオに戻ってから皆と話すとしよう。
◆◇◆◇◆◇
『さあ、転生は成就しました。新たな身体の具合はどうですか?』
とある森にある洞穴、そう偽装してある隠し神殿にて。ボロボロだが黒いオーラを纏っている怪しい神像から艶やかな女性の声が聞こえてくる。もしこの場にイザームがいたなら、きっと防衛戦イベントの時の『光と秩序の女神』ことアールルを思い出していたことだろう。
実際、その神像には女神が宿っていた。ただし、それはアールルではない。声の主は『死と混沌の女神』イーファ。イザームに加護を与えた、混沌とした状況を望む享楽的な女神であった。
「…最高です。本当にありがとうございます、女神様」
彼女の神像の前に跪く男性プレイヤーは、隠しきれぬ喜色を滲ませながらそう答えた。彼が蠢く姿を見れば大抵の人は嫌悪感を浮かべるであろうが、イーファは動きから喜んでいる事をきちんと理解していた。
『それは良かったです。しかしよろしかったのですか?数ある魔物の中でも、その種族を選んだプレイヤーは一人もいませんよ?』
イーファが珍しく心配しているのも無理はない。イザーム達が迷宮イベントで活躍したのをきっかけとして、魔物のプレイヤーもそれなりの人数となっている。まだまだ割合としては彼女が望んでいる水準に達していないが、それでも『人外=普通の動物』であった初期に比べれば十分マシであった。
それでも、初期選択の幅が広いこともあって選ばれなかった種族はかなり多い。同時に、シオ一人だけ鳥人と同じく、一人二人だけの種族も多かった。これはイベントで活躍したイザーム達の種族に人が集中した結果である。
だが、選ばれなかった中でもほとんど誰も候補にすら上げなかった種族があった。理由はただ一つ。余りにも生理的嫌悪感を人に与える見た目であったからだ。イーファの前のプレイヤーはその種族を敢えて選んだ。その事に後悔は無いのかを尋ねたのである。
「構いません。むしろ、普通のプレイヤーに嫌われるのは丁度いいくらいですよ」
彼は元々、普通の人間のプレイヤーであった。しかし、とある事件に遭遇して人類よりも魔物に惹かれるようになった。そして人類を辞める事を決意したのである。
その道は楽なものではなかった。ファースの図書館で得たヒントとも言えないヒントだけで旅に出て、危険な冒険の末に今いる洞穴を見つけ出した。そして残されていた少ない資料を元に素材を集め、ようやく転生の条件をどうにか満たす事が出来たのであった。
『ふふふ、いいですね。面白いですよ。なのでご褒美をあげましょう』
「加護…?これは一体?」
『私のお気に入り、ということですよ。貴方の他にはあと一人だけ与えています』
その一人とはもちろんイザームの事である。これまではイザーム以外に彼女の琴線に触れるプレイヤーは居なかったので、そういう意味で目の前にいるのはようやく現れてくれた興味深いプレイヤーだった。
「おぉ、それは光栄です」
『貴方の旅路には、間違いなく多くの苦難が待っていることでしょう。なので一つ、ヒントをあげます。ヴェトゥス浮遊島を目指しなさい。そこにはきっと、貴方を受け入れてくれるプレイヤーがいます』
「ありがとうございます、女神様。預言に従い、彼の地を目指そうと思います」
『ご自由に。さあ、この世を楽しんで下さいませ』
それだけ言い残して、神像が纏うオーラは消えてしまった。女神の降臨はこれで終わったのである。
「ヴェトゥス浮遊島…そこにあの御方がいらっしゃるのですね、女神よ!一刻も早く馳せ参じねば!」
そのためにも強くならねばならないし、今のアバターを使いこなせるようにならねばならない。彼は決意を胸にインベントリから武器を取り出すと、洞穴の外へと歩き出すのだった。
あと一話で本章は終わりです。掲示板回と一緒に投稿します。
次回は4月15日に投稿予定です。




