オアシスの戦い その三
眼下でビグダレイオ軍と死闘を繰り広げる化け物、棘殻蠍大王。それを手懐ける手助けをしろ。それがジャハル殿下の命令、というか依頼である。
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突発クエスト:『王子の我が儘』を受注しました。
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ええ、そうなんです。これね、既に受注した形になっちゃってるんですわ。私が生返事を返したのが悪いんですけどね、無謀だわぁ…。間違いなくパーティーの皆にも通知が行っているだろうし…なんて説明したらいいんだろう?
それにしても『我が儘』って…その通りなんだけどもうちょっと婉曲表現にしてくれないだろうか?子供の我が儘に振り回される大人じゃないか!
「イザーム…これ…」
「ああ。取り消す訳には…いかんよな」
ともかく、クエストを受けてしまった以上は出来るだけクリア出来るように立ち回らねばならないだろう。けれども、眼下で暴れ続ける化け物を抑えることって本当に可能なのだろうか?
「とりあえず、戦車に乗って近付いているジゴロウと一旦合流しよう。いい作戦を練られればいいのだが…」
「その前に、ジャハル君はどうするんですか?」
「ん?おお、ぼくは降ろしてくれっ!戦いに加わらねばならんからなっ!」
ここでいいと続ける殿下の指示に従って、カルはビグダレイオ軍の魔術部隊の辺りにそっと降ろす。軍人達は安堵していたが、だからと言って駆け寄って心配するような者は一人もいなかった。それはサルマーン陛下やマハード宮廷魔術師長も例外ではない。これが武人の国、ということなのだろうか。
「うおおおおっ!」
「げ、元気ですね…」
降ろした瞬間、ジャハル殿下は駆け出した。落下死したかもしれなかった者とは思えんな。それを見送った我々は、ジゴロウ達と合流すべく空を駆けた。
◆◇◆◇◆◇
「妙なことになってやがるなァ、兄弟?」
戦車の荷台に乗ったジゴロウが、ニヤニヤと笑いながら開口一番にそう言った。くっ、これに関しては私のせいではないだろ!?むしろ死んでいてもおかしくない殿下をお救いしたことを誉めてほしいくらいだ!
「けど、実際問題どうするつもりなんですか?」
「殺さずに無力化って、バカみたいに難易度上がると思うんだけど?」
そうなんだよなぁ…。強い敵を単に殺すだけなら、いくらでも方法はある。私は卑怯な手段だって平気で使えるからだ。しかし、捕獲するとなると話が変わってくる。取り得る手段が限られてしまうからだ。
「とりあえず、あの化け物の体力を削る必要がある。追い詰めるまではいつも通りに戦おう」
「へっ、そうこなくっちゃァな!血が滾るぜ!」
「…戦車で近付けるのはここが限界っぽいですよ。鱗駱駝が嫌がってます。てか、完全にビビってますね」
おっと、楽な移動はここまでということか。調練された魔物であっても、圧倒的な強者へと突っ込むのは本能的に無理なのだろう。となれば三人はここから徒歩で移動だ。そうなると、一工夫しないと速度が出ないな。
「アイリス、カル…いけそうか?」
「大丈夫でしょう。ね、カル君?」
「グルルルルッ!」
「え?え?えええ!?」
私の考えを瞬時に察したアイリスが触手を伸ばし、カルがエイジににじりよる。エイジは困惑しているようだが、アイリスは容赦なく彼へと触手を伸ばすとぐるぐると巻いて簀巻きにした。さらにそれをカルが両手で持ち上げてしまう。エイジは悲鳴を上げるばかりだった。
「いいわね、それ。鈍足対策ってことかしら?」
「面白そうだなァ!暇な時にやってくれや」
「そういうことだ、兎路。ジゴロウ、その頼みはカルに聞いてやってくれ」
我々の中で、エイジが最も足が遅い。しかしジャハル殿下にしたようにカル達に運搬してもらえば一発で解決だ。エイジは騒いでいるが、なぁにすぐに着くさ。空の特急旅行を楽しんでくれたまえ!
「ちょっ!ちょおおおおお!?うわあああああああああ!?」
◆◇◆◇◆◇
空を飛びながら【付与術】を使って全員を強化しておく。いつ攻撃を受けて戦闘に入ってもいいようにするためだ。まあ、ビグダレイオ軍が強いお陰でかなり近付くまで此方に注意が向くことは無かったのだが。
「し、死ぬかと思った…」
戦う前だというのに、エイジはすでにグロッキーであった。どうやら高速での空の旅はお気に召さなかったようだ。少しだけふらついている。ゲーム的には状態異常になってはいないようなので、きっと大丈夫さ!
「お疲れ様です、二人とも」
「グルオオォ」
エイジを地面に降ろすと、アイリスが労うようにカルとエイジを触手で撫でる。カルは嬉しそうに喉を鳴らすが、もう一方のエイジは無反応だ。それどころでは無いのだろう。
「情けないわねぇ…」
「大丈夫かァ?こっからが本番だぜ?」
呆れたように首を振る兎路と心配しているジゴロウ。どうやらジゴロウは後輩に優しいようだ。平日の戦闘訓練だと見ているだけの私がドン引きする位のシゴキだったのだが…
「うぅ…っ!き、来ますっ!」
我々が馬鹿な話をしていても、敵は待ってはくれないらしい。棘殻蠍大王の背後に回った我々だったが、そこに向かって尻尾の一本が恐るべき速度で迫って来た。
「大盾弾き!ぬうおおおおっ!?」
エイジは尻尾が直撃する瞬間、【盾術】の武技を使って尻尾に弾き飛ばされた。彼の盾が軋む音が聞こえて来たし、本人も背後に飛ばされてしまう。体力も少しだけ削れているようだ。それでも死んではいない。防ぐ事に成功した訳だ。
「ナイスだ、エイジ!」
「ぐ、偶然ですよ!」
「それでも十分だぜェ!」
エイジが弾いた瞬間、ジゴロウが矢のように駆け出した。私とアイリスを抱えたカルも外へと飛び上がって上空からの攻撃を開始する。
「巴魔陣、小魂癒!星魔陣、呪文調整、睡眠!」
「オッッッッラアァァァァ!初っ端から飛ばして行くぜェェェェ!」
私が地上組に常時回復の魔術を掛けつつ【呪術】によって嫌がらせを行う一方、ジゴロウは初手で彼の籠手が持つ能力である【破鎧之拳撃】を使った。防御力を無視しつつ防具をも砕く、毒炎亀龍戦で活躍した技である。これを尻尾の先端、即ち尾節という毒針がついている部分に叩き込んだ。
『ギギイイィィィィィ!?』
巨大な尾節にジゴロウの腕が肘までめり込んだことで、悲鳴を上げた。体力の減りから判断するに、ダメージは大したこと無いようだ。しかし、サルマーン陛下とジャハル殿下以外の攻撃で初めて外骨格が砕かれたことに驚いたらしい。
慌てて引き戻そうとするのを、ジゴロウは棘だらけの尾節をむんずと掴んで押さえ込もうとした。だがいくらジゴロウの筋力が高いと言っても、棘殻蠍大王には及ばない。即座に振り払われてしまった。
「っとォ!へへっ、やるじゃねェかよ!」
ジゴロウは空中で身体を捻って姿勢を制御し、両手両足を使って着地する。猫のような奴だな、お前は!
『ギュイイイイイッ!!』
「させん!聖盾!」
尾での直接攻撃を嫌がったのか、棘殻蠍大王は毒液によるビームに切り替えた。だが、それは私の聖盾が通さない。連続攻撃扱いになっていない毒液は、聖盾を割れるだけで地上組には一切ダメージを与えられなかった。
「ギイィッ!」
遠距離攻撃は効果が薄い事を知ったのか、はたまた先程の攻撃が戦闘に支障をきたす程の損傷ではなかったからか。理由は不明だが、棘殻蠍大王は躊躇無く尾による攻撃を再び開始した。標的はジゴロウである。己の外骨格を砕けるジゴロウを早めに仕留めようという腹積もりなのだろう。
「させるかっ!守護!大盾弾き!うがあっ!」
それをエイジは【盾術】の武技によってジゴロウの前に割り込んでこれを防ぐ。やはり完全には防ぎきれなかったが、軌道を反らす事には成功し、尾は地面に突き刺さった。
「サンキュー!行くぜオラァ!透拳!」
「今よ、ね!四連突!」
ジゴロウは外骨格に覆われた部分を殴り付ける。意味がないように思えるかもしれないが、彼が使ったのは防御を貫通してダメージを与える【格闘術】の武技である。貫通させられるのは微々たるダメージだが、強大な相手とも戦える便利な武技だ。
一方の兎路だが、本来ならば彼女の攻撃では硬い外骨格を傷付けることなど出来ない。だが、ジゴロウが殴り砕いた部分ならば攻撃が通る。彼女は両手に握った剣によって四連続の突きを、砕かれた部分へと正確に放った。
微少のダメージなのだろうが、棘殻蠍大王は我々のような数段も格下の相手に傷つけられて苛立ちを隠せない様子だ。だが、我々だけに気を取られるのは悪手だぞ?戦っているのは我々だけではないのだから。
「こちらが、疎かになっているぞ!」
「ギギギギギィィィ!?」
サルマーン陛下やビグダレイオ軍への対応が雑になっていたらしく、陛下の雄叫びと共に何かの破砕音が響き渡る。どうやら鋏がまたしても切り裂かれたらしい。流石は国王陛下と言うべきだ。
「いい調子だ!このままチクチクと攻めるぞ!」
我ながら少し情けない言い分だが、これが我々の役割であり、今のところ唯一の戦い方なのだ。徹底的にチクチクと攻撃してやろう!
◆◇◆◇◆◇
あれから約二時間ほど、戦いは続いていた。戦況は未だに拮抗状態であり、敵も味方も疲労がピークに達しつつあった。
「えいっ!やあっ!」
「グオオオオオン!」
微笑ましい掛け声と共にアイリスが投擲アイテムの鉄球を放り投げ、カルが【邪術】で幻覚を見せる。直接勝敗に関わる攻撃ではないが、塵も積もれば山となる。こういう嫌がらせの積み重ねが勝利に繋がるのだよ。
『ギイイッ!?』
「ん?」
その時、奇妙な事が起こった。アイリスが投げた鉄球が当たった瞬間、棘殻蠍大王が身体を硬直させ、加えて片方の鋏を持ち上げてまで庇おうとしたのである。与えたダメージは本当に微々たるものだったのに、一体何があったのだろうか?
「イザーム?」
「ああ。試してみよう」
アイリスも同じことを思ったようだ。地上でも突然鋏を振り上げた事を訝しんだようだが、単に我々の援護が隙を作っただけだと捉えたようで、ここぞとばかりに攻撃している。正確に状況を把握していたのは上空から眺めていた我々だけだった。
「先ずはさっきの場所とは違う部分を狙ってくれ」
「わかりました!」
アイリスは早速、投擲アイテムをもう一度投げ始める。使うのは勿論、先程と同じ鉄球だ。同じもので比べなければ検証にならないからである。
アイリスの投げた鉄球は、微々たるダメージを与えただけで棘殻蠍大王の外骨格に弾かれている。しかし、今回は態々鋏を振り上げることはなかった。
「…付与の更新、完了。カル、彼処に攻撃魔術を使ってくれ」
「グオオオオオッ!」
私は味方へ【付与術】を掛け直した後、カルに指示を飛ばす。カルは正確に私が杖で示した場所に【闇魔術】を放った。すると、またもや鋏を振り上げて防御する。これは…ひょっとして弱点発見かぁ?
「アイリス、皆と合流するぞ」
「どうするんです?」
「弱点をぶっ壊す!」
「はいっ!」
上手く行けばこの状況を一気に優勢に持っていけるかもしれない。そのためにも私はカルに指示してジゴロウ達の元へと向かうのだった。
触手で締め上げられるオーク(♂)って、どこに需要あるんですかね…?
次回は4月7日に投稿予定です。




