オアシスの戦い その二
「ウヒョーッ!ド派手じゃねェかよ!」
戦車の荷台からジゴロウが興奮気味に叫んでいる。気持ちは凄くわかるぞ。サルマーン陛下が剣を振ると同時に現れた炎の猪。それが砂嵐に突っ込んだかと思えばそのまま大爆発。砂嵐は晴れて悲鳴を上げる敵こと棘殻蠍大王。焦げた外骨格から上がる煙が開戦の烽火だと言わんばかりに突撃するビグダレイオ軍。総制作費数億円の戦記モノ映画に入り込んだかのようだった。
だが何よりも驚いたのは、棘殻蠍大王の凶悪な外見だった。アグナスレリム様にも匹敵する巨体の蠍というだけでインパクトは十分だが、さらに特徴的な点がいくつもあったのだ。
先ず目に付くのは全長の半分近くの大きさを誇る鋏である。そこには剣山のように針がびっしりと生えており、この針が調査部隊に発射していたものだったらしい。今もビグダレイオ軍に向かって雨のように射出しているのだから間違いない。
次に鋏以外の外骨格にも毒炎亀龍を彷彿とさせられる巨大な棘が生えていることだ。『棘殻』とはよく言ったものである。全体的に刺々しい見た目なのだ。
そして最後の特徴は尻尾である。これがなんと三本も生えているのだ。しかも尾の先端からはビームのように毒液を放っている。これが恐ろしい。毒液であると同時に溶解液でもあるのだ。液体が直撃した兵士は防具を徐々に溶かされながら苦し気に呻いており、その姿は凄惨の一言に尽きる。
幸いにして事前の調査で敵が蠍である事が判明しており、毒を用いる事は予測出来ていた。なのでこれまでの準備期間で強力な解毒薬を大量に用意しており、現在も毒を浴びる度に解毒ポーションを使って事なきを得ている。だが、消耗品はいつか尽きるもの。そうなる前に決着を付けなければなるまい。うかうかしていると軍が壊滅してしまうぞ。
「では、我々も状況開始だ」
「あいよ!」
「わかりました!」
我々も作戦に従って動き出す。アイリスがカルに触手を結び付けて固定した後、私と共に空を飛んで上空からの支援攻撃へと向かう。残ったジゴロウ達は戦車に備え付けられた弩砲から早速槍のような矢を発射した。
この場には我々が乗ってきた一台に加えて魔術師部隊や食料等を運搬していた二台の戦車がある。なのでエイジと兎路、そしてジゴロウの三人が弩砲を使用出来ていた。誰もサボることは許されないのである!
三人が撃った矢が、高速で飛んで行く。それらは飛行している私達を追い越して棘殻蠍大王へと迫ったが、三人の中に射撃系に役立つ能力を持つ者はいない。弩砲は弓兵でなくても使いやすいように設計してあるものの、あまりにも距離が離れていたので一本も着弾することはなかった。
しかし、敵の注意を引く事は出来たらしい。足元の砂に深々と突き刺さったのを見て、無視出来ない威力であると察したのだろう。ビグダレイオ軍に向けていた頭部をこちらに向けたのだ。あれ、絶対こっちを狙ってるよなぁ!?
「カル!回避飛行だ!」
「グオゥッ!」
棘殻蠍大王は私とカルが攻撃したと勘違いしたのか、こちらに棘を発射してきた。それをカルはアクロバティックな動きで飛行して回避する。
私に曲芸飛行は無理なので、慌ててカルの背中に跨がったのだが、失敗だったかもしれん!おげえぇぇ!き、気持ち悪い!酔う!酔っちゃうぅぅ!
「め、目が回るうぅぅ~~~!」
「ぬおおおおっ、星魔陣、呪文調整、麻痺っ!」
だが!私は私の仕事を熟すまでだ!私の役目は【呪術】と【邪術】をガンガン使ってデバフを掛けまくること。FSWにおいて、デバフを完全に防ぐのは難しい。私のように【状態異常無効】を持っていない限り、相当高級な装備品であっても完全に無効化するアイテムは無いらしいのだ。
ただし、抵抗は普通にされる上に、相手が格上であったり能力のレベルが低いと効果時間が短くなってしまう。私の技量ではレベル差のせいできっと一瞬しか妨害出来ないが、その一瞬があればビグダレイオ軍は猛攻撃を仕掛けられるだろう。
私はただ只管に彼らが伸び伸びと動けるように援護するだけである。この戦場の主役は、間違いなく彼らなのだから。
「ブオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
『ギギギイイイイイイイイイイイッ!!!』
そうこうしている内に、単身で突撃したサルマーン陛下が棘殻蠍大王と激突する。大剣と鋏はぶつかりあって鈍い音を響かせた。へ、陛下!どうして一人だけで突出してるんですか!?
だが、突出しても問題ない技量はあるらしい。サルマーン陛下はたった一人で互角に敵と斬り結んでいる。いや、むしろ陛下の方が優勢かもしれない。彼は鋏を弾きつつ、生えている棘を切り裂く余裕もあるのだから。
それでも決して楽勝とは言えない。鋏の棘は明らかに特別製である大剣によってスパスパと切断されているが、敵もさるもの、鋏を振り回しながら棘を発射しているのだ。驚異的な反射神経で回避しているが、そのせいでサルマーン陛下は今一歩踏み込む事が出来ていなかった。
ただそのお陰で私とカルは自由に飛べるので、【呪術】と【邪術】を連射するのは楽になっている。アイリスも落ち着いたのか、状態異常を起こすアイテムをポンポンと投げていた。なので棘殻蠍大王は様々な状態異常に掛かっては治るというのを繰り返している。相手も鬱陶しいのか、何処と無く動きが雑になっていた。
ガゴォン!
『ギイッ!』
おっ、兎路が放った矢が直撃したぞ!けれども金属よりも固そうな外骨格の貫く事は出来ない。空しく弾かれただけに終わった。
しかし、数秒とは言え気を引く事は出来たらしい。その数秒さえあれば十分な戦果を上げられるのが、超一流の戦士である。
「ブガアアアッ!」
サルマーン陛下は兎路の作った一瞬の隙を突いて大剣を振り抜く。業物である大剣は、棘殻蠍大王の鋏に大きな傷痕を残した。
この切傷は大ダメージとは言えないだろうし、敵の攻撃手段を奪った訳ではない。それでも彼らの技量ならば敵にも通用する事が証明されたと言えるだろう。
『ギアアッ!』
棘殻蠍大王は自分に傷を付けたサルマーン陛下を脅威と判断したのか、本気で殺しにかかってきた。これまでは二本の鋏だけで対応していたのに、遂に三本ある尻尾の内の一本も向けて来たからである。残りの二本は毒液を噴射して軍が接近するのを牽制していた。
「ぬうううううう!」
尻尾一本が増えただけだが、その影響は甚大であった。どうやら鋏よりも尻尾による攻撃の方が得意であったらしく、棘殻蠍大王は鋏によって逃げ場を減らして必殺の毒針を叩き込む。その動きは非常に巧みであり、レベルの高さに違わぬ洗練された戦い方であった。
しかし、感心している場合ではない!このままではサルマーン陛下が倒されてしまうだろう。それだけは絶対にさせてはならない。それを防げるのは私だけであった。
「援護する!魔法陣、遠隔起動、聖盾!アイリス!」
「はい!」
尻尾とサルマーン陛下の間に出現した聖盾が一撃で砕け散る。やはり私の技量では一撃であっても受け止め切れなかったか。だが、聖盾の特性上、一発だけならどのような攻撃でも防御出来る。いつものように使い捨ての絶対防御壁として使えばいいのだ!
ダメ押しにアイリスがアイテムを投げ付ける。ビグダレイオでは魔物避けにも使われる爆竹のようなもので、けたたましい音を立てた。それに驚いたのか、奴の動きが止まる。よし、危機を脱することが出来たようだ!
「助かったぞ、客人よ!」
『ギギギギギイイイッ!』
「カルっ!」
「グオウッ!」
感謝と憎悪の叫びが同時に届いた。サルマーン陛下をお守りした事で、完全に此方も脅威と判断されてしまったようだ。ビグダレイオ軍の牽制に使っていた尻尾の片方をカルに向けるようになったのである。
鞭のように撓る尻尾の射程外に逃げても、そこからビームのように噴射される毒液は躱すしかない。これで命の危険を覚えるようになった訳だが…これはこれで都合がいい。何故なら我々が狙われている間に、ビグダレイオ軍がすぐそこまで来ることに成功したからだ。
「盾兵、前へ!」
「魔術兵、撃てぇぃっ!くれぐれも王の邪魔をするな!」
「「「おおおおおっ!」」」
重装歩兵が隙間なく盾を構え、その背後に控える魔術兵が一斉に魔術を放つ。魔術の狙いは一本の節足であった。尻尾による打撃が重装歩兵部隊を襲うのとほぼ同時に魔術が着弾する。
「「ぐううぅぅっ!?」」
『ギガアァッ!?』
歩兵は薙ぎ倒されるが、狙いを絞った効果があったのか魔術を浴びた節足の外骨格は破損している。倒れた歩兵も直ぐに立ち上がって即座に隊列を組み直した。流石は精鋭部隊である。
「今だあっ!」
そして砕けた外骨格に向かって、恐ろしい速度で突っ込んだのはジャハル殿下であった。サルマーン陛下の次に足が速い彼がこれまで居なかったのは、この瞬間を待っていたからである。
「螺旋突!」
棘殻蠍大王の節足は、全体的なバランスを見れば普通の蠍と同じく細めである。しかしそれは全長が巨大なだけで、実際は電柱くらいに太い。その節足がジャハル殿下の槍による神速の突きによって千切れた。
『ギアアアアッ!?』
ところで、蠍には節足が鋏の付いたものが二対と地面を踏み締めるものが六対の全部で十二本ある。その内大きな鋏が付いている一対はサルマーン陛下に掛かりきりで、小さな鋏が付いている一対は戦闘に向かないのか最初から動かしていない。そして残りの八本の足で立っているのだ。
つまり何が言いたいかと言うと、節足を一本失ったくらいではダウンをとることなど出来ないのだ。それでも硬い外骨格を砕く威力の一撃を食らって、全く揺るがない訳ではない。その隙にサルマーン陛下はもう一度鋏を斬り付け、ジャハル殿下は…敵の上に乗っただと!?思い切りが良いというより、流石に無謀ではないか!?
「うおおおおっ!これでも食ら…」
『ギッ!?ギシャアアアアアアアアアアアア!!!』
殿下がマウントポジションを取って足元へと突き立てようとした瞬間、棘殻蠍大王は半狂乱になったかのように暴れ始めた。鋏と三本の尾を我武者羅に振り回し、七本の節足によって滅茶苦茶に地団駄を踏んでジャハル殿下を振り落とそうとする。
「うわあああっ!?」
「むっ!?ジャハルッ!?」
ジャハル殿下は暴れ馬に乗ったカウボーイのように上で耐えていた。ロデオの選手ばりに粘ったのだが、遂に吹き飛ばされてしまう。オイオイオイオイ!ここで殿下が死亡とか、洒落にならんぞ!?
「カル!助けるぞ!」
「グルッ!」
未だに狂ったように暴れる棘殻蠍大王の攻撃を潜り抜けて、カルは落下していくジャハル殿下に接近する。クソッ!このままじゃあ追い付かない!
「任せて下さい!」
ここでアイリスがファインプレイを見せる。触手を伸ばして殿下の腕に巻き付けて地面スレスレでキャッチしたのだ。地面は砂なので落下死はしなかったかもしれないが、この状況で地面に落ちれば踏み潰されてしまっていただろう。
「ナイスだ、アイリス!カル!離脱!」
「グルアアアアアアッ!!!」
カルは気合いを入れて急上昇し、安全圏へと離脱した。間違いなくジャハル殿下は重いのだろうが、パワー系の龍であるカルはどうにかしてくれた。私とアイリスも乗せているのに、良くやってくれたな!全く、私には過ぎた相棒である。
「ジャハル殿下!ご無事ですか!?」
だが今はカルを褒め称えて撫で回すよりも、依頼主の息子の安否を確認するのが先である。
「さ…さ…こっ…」
「どこかお怪我をされたのですか!?」
「今ポーションを出しま…」
「最っっっっ高だあああああああああああああっ!!!ワハハハハハハハハ!!!」
…俯いているから深刻なダメージを負ったのかと思ったが、見当違いであったらしい。元気どころかあの危険な体験をして大喜びしてやがるよ、この子。スピード狂とは聞いていたが、さては絶叫マシンとか連続で乗りたがるタイプだな?
「決めたぞっ!イザームよっ!ぼくはあの子を乗騎にしてみせるっ!」
「「…は?」」
え?何言い出してんの、この坊っちゃん?
「もちろん協力してくれるよなっ?」
「あ、えっ、はぁ、その…」
「そうと決まれば早速行動だっ!先ずは動きを止めて説得するぞっ!」
…嘘だろ、おい。
次回は4月3日に投稿予定です。




