天巨人
「殿下!授業から抜け出したかと思えば、こんなところで何を…むっ?小さき人、ですと?」
急接近してきたのは、黄金に輝く全身鎧と身の丈ほどもある長大な槍を携えた完全武装の巨人だった。兜を被っているので顔はわからない。しかし『爺』と呼ばれていた事からも察するに老人なのだろう。年配の方特有の渋味ある声でもあるしな。
巨人は我々を見て警戒しているようだ。よ、よし!ここはコミュニケーションをとろう!敵意が無い事を全力でアピールするのだ!
「お初にお目にかかる、巨人殿。私はイザームと申すしがない魔術師。空の旅の途中、この少年を見かけまして。呼び止めてお話を聞かせてもらっていたのです」
身構えていた巨人だったが、私の言い分を聞いて肩の力を抜いたようだ。敵意など無い事が通じただろうか?
「…魔術師のイザーム殿。お気遣いは要りませんぞ?大方、殿下が好奇心を抑えられずに近付いたのでしょう?」
「ばっ、バレてる…!?」
おい、少年!そこは黙っていれば誤魔化せただろうに!どうやら嘘が苦手なようである。
それにしても『殿下』と来たか。この少年は間違いなく巨人のコミュニティにおける貴人の子息にあたるのだろう。それも王族や族長と呼ばれるような立場の者だと推測出来るな。
「はぁ、やれやれ。イザーム殿が話のわかる方でしたから良かったものの、問答無用に殿下を攻撃していたらどうするつもりだったのですか?」
「うぅ…す、すまない爺…」
「素直に謝る事は良いことですぞ、殿下」
そう言うと、老巨人は羊から降りて浮遊しつつ少年に近付き、その頭を撫でた。あの…私が言うのもアレだけれども、あの巨体でどうやって浮かんでいるんだ!?ロボットアニメの人型兵器くらいの大きさがあるんだぞ!?
「おお、自己紹介が遅れましたな!私は偉大なる天巨人王様にお仕えしております、天巨人が一人。名をカロロスと申す者。そしてこのお方は天巨人王様のご子息であらせられます、リュサンドロス殿下でございます」
「天巨人…?」
「おや、イザーム殿は我ら天巨人をご存知ありませんか。ところで皆様方は旅をされておられると仰っておりましたが、どちらまで行かれるので?」
「ルクスレシア大陸の南部まで行くつもりですが…それが?」
「いえ、殿下がご迷惑をお掛けしたお詫びに皆様をお送りしようかと」
えっ?マジで?
◆◇◆◇◆◇
「へぇぇー!地上にはそんな種族もいるんだ!」
カロロスの申し出を我々は当然受けた。超弩級の巨大羊に乗る機会を逃すのは勿体無いし、これが別のイベントに繋がる可能性もある。NPCと積極的に交流するのは、このゲームでは間違いなく推奨されるべきことなのだから。
道中にて、カロロスは運賃代わりにリュサンドロスに我々の冒険譚や地上の街の様子等を語ってやって欲しいと頼んでいた。これはリュサンドロスの授業なのだ。元々は座学の授業から抜け出したようだし、楽しんで学べるならそれを優先しようと画策した彼の策である。
「むしろ私は天巨人の王国の方が興味深いがね」
カロロスとリュサンドロスとの会話によって、彼らから多くの事を聞くことが出来た。まず、天巨人とは天空に住む巨人の一族である。成人男性ならば二十メートル前後、成人女性ならば十八メートル前後に至る。最初は気が付かなかったが、彼らの頭髪は羽毛のような形状で、それは他の体毛も同様であるらしい。そして種族単位で【飛行】の能力を持っており、さっきはその力で浮遊していたのである。
次に我々が乗せてもらっている羊であるが、雲羊という羊の魔物らしい。この魔物は空の上で生活しており、天巨人の友として共生関係にあった。その中でも太古の時代から生きているのが全ての雲羊の祖先でもある古代雲羊大帝は尋常ではなく大きい。
そう。アイリスが見たのは古代雲羊大帝の脚だったのだ。そして我々が積乱雲だと思っていたのは、古代雲羊大帝の本体であったのだ!
そして天巨人は古代雲羊大帝の上に王国を築いている。ビル並みに大きな存在が、山よりも大きなサイズの魔物の上で生活しているのだ。あらゆる意味で大き過ぎる話である。
「ふふふ。殿下、世界とは広いものでございますな。我ら天巨人にとっても然りという事です」
「うん!ねえねえ!もっとお話してよ!」
「おう、いいぜ!ありゃあちょいと前に…」
私とジゴロウ、そしてアイリスが順番に色々な話を聞かせていく。私とアイリスはともかく、敬語が苦手なジゴロウは荒っぽい話し方をするが、天巨人の二人は全く気にしていなかった。これは天巨人という種族は全体的におおらかな性格であるかららしい。
ただ、おおらかを通り越してズボラであったり身勝手な行動をとったりする者も多いようで、カロロスのような几帳面な者は珍しく、同時に苦労しているようだ。ご心労、察して余りあるよ。
カロロスが言うには、天巨人以外にも地巨人や海巨人、霜巨人に溶巨人など様々な巨人族は存在するらしい。それぞれに性格は異なり、謹厳実直な者ばかりの巨人族もいればひたすら好戦的な者ばかりの巨人族もいる。なので接触するにも下調べはするべきであるそうな。我々は最初に出会った巨人族が寛大な天巨人で運が良かったと言うことだな。
「…ってなモンよ。いつか絶対に勝ってみせるぜ、俺ァ」
「わあぁ!その大天狗さんって、父上とどっちが強いかなぁ?爺はどう思う?」
「ふぅむ、わかりませんな。ですが、天霊島の大天狗と言えば最強クラスの妖怪として我々の耳に轟くほどに有名。少なくとも全力で戦えば、我らが王とて易々と勝つことはできますまい」
「父上と同じくらい強いの!?すっごいねぇ!」
リュサンドロスは目を見開いて驚いている。巨人は魔物なのかどうか定かではないが、魔物のように『王』や『帝』がつく者が最も強いようだ。
「おや?お三方、そろそろ目的地が見えてきましたぞ」
おお?無茶苦茶速いな、雲羊!リュサンドロスの騎乗していた個体もカルの飛行速度よりもかなり速かったが、それはまだ子供であったらしい。カロロスが跨がる個体はリュサンドロスと我々三人にカルとリュサンドロスの雲羊を乗せた状態でも風のように疾走していた。
これはきっと体格が原因だろう。羊は脚が長いイメージは無いが、純粋に身体が大き過ぎるのだ。一歩で下手をすると百メートル近く進んでいるようにも思える。それをせかせかと動かしているのだから、飛行機並みの速度が出ているのかもしれない。もしそうだとしたら、どうして我々は風圧を感じないのだろう?
何か秘密があるのだろうが、今は考えても仕方があるまい。今重要なのは目的地がもう目の前であるという事だ。
「えぇ~、せっかく仲良くなれたのにぃ~…」
「殿下、我が儘を言ってはなりませんぞ?この方々にも目的があるのですから」
「む~…あっ!じゃあこれあげる!」
カロロスに宥められるリュサンドロスだったが、閃いたように自分の頭髪を掴むと一気に何本か引っこ抜いた。そしてその内一本ずつ私達に差し出す。彼の頭髪である羽毛は、体格相応に巨大である。私の身長ほどもあるではないか。【鑑定】してみよう。
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天巨人の頭羽髪 品質:優 レア度:S
天空に住まう天巨人の頭羽髪
天巨人にとって白は高貴なる色であり、これは王族のものである
紡ぐことで非常に珍しい繊維にすることが可能
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ほうほう。これは頭羽髪というのか。そして加工すれば繊維として利用出来ると。アイテムとして高い価値があるようだが、友好の証に貰ったのだから手を加えはしない。失礼だし、勿体なさ過ぎる!
「爺は兜を被ってるからわからないだろうけど、白い羽毛は僕とか父上みたいな王族だけの色なんだ!いつか僕達の国に遊びに来てよ!これを見せればきっとまた会える!その時はまたお外のお話を聞かせてね!」
「わかった。その時は他の仲間も連れていく。約束だ」
「うん!」
リュサンドロスは無邪気な笑みを浮かべる。むふふふふ!これで我々は天巨人の国へ行けるようになったんじゃないか?冒険したくなる場所が選り取りみどりで困っちゃうぜ!
おっと、テンションを上げ過ぎたか。兎に角、これで皆で目指す場所が一つ増えた事になった。天空に浮かぶ羊に住む巨人の王国…お伽噺の世界のようだ。
「もうここで降ろしてくれて構わない。ここまで送ってくれて本当に感謝する」
「ありがとな、巨人の爺さんと王子さんよ!」
「ありがとうございました。羊さんも、ありがとうね」
「グルルルル…」
言葉を交わしている間にも、カロロスの雲羊はどんどん進んでいく。そのお陰でいつの間にか我々の飛行速度でも十分前後で到着する位置にまで辿り着いていた。なので我々は感謝と共に別れを告げた。ジゴロウはアメリカンな別れのジェスチャーをしているし、アイリスは別れを惜しむように雲羊を撫でている。…アイリスは羊が好きなのだろうか?ならばウールを見れば喜ぶかもしれない。
「いえいえ。こちらこそ殿下に貴重なお話をしていただき、ありがとうございます。またお会い出来る日を楽しみにしておりますぞ」
「うん!またね!」
雲羊から降りた我々は、最初の姿勢に戻って空へと舞い戻った。そして目的地へと向かいながら徐々に下降していった。
「じゃーねー!絶対、ぜーったいに来てねーーーー!」
リュサンドロスの声が、背中越しに聞こえてくる。短い時間であったが楽しい旅の同行者でもあった二人を惜しみつつ、我々は前に進んでいくのだった。
◆◇◆◇◆◇
「見えてきたぞ。あそこが我々の目的地、都市国家ビグダレイオだ」
ルクスレシア大陸南部は乾燥した荒野と砂漠の大地である。都市国家ビグダレイオは砂漠に近い荒野にあるオアシスを中心とした、豚頭鬼を中心とする魔物で構成された国だ。高潔な戦士の国家であり、強欲で下劣なイメージが先行している豚頭鬼とは対極の気風であるらしい。
種族間の格差は無いものの、やはり魔物というべきか強者であればあるほど周囲の敬意を集めやすいのも事実。逆に強い者には仲間を守る義務があり、滞在しているだけの旅人であっても強者であれば戦ってビグダレイオの脅威の魔物を狩らねばならない。
これはプレイヤーにも当てはまり、長期滞在するには無数の魔物を狩らねばならない。バーディパーチのようにまったり出来ないのである。ただし、生産職は事情が異なる。こちらは真面目に生産して、相応の滞在費を払えば長期滞在が可能となるようだ。
「あ…暑いぃぃ…」
「そうかァ?むしろちょうど良いぜ?」
ルクスレシア大陸南部は昼は暑く、夜は寒い。【火属性脆弱】を持っているアイリスには辛い環境かもしれん。心なしか触手が萎れているようにも見える。逆に【火属性耐性】のあるジゴロウは調子が良さそうだ。周囲の環境によって状態異常にかかるのは大いにあり得る。後で色々と調べるべきだろう。
「辛いなら何時でも言って…ん?あれは…誰かが魔物と戦っているのか?」
アイリスに威力を落とした水球でもぶつけてあげようかと思っていると、前方で何かが戦っているのが目に入った。片方は巨大なミミズめいた魔物の群れであり、もう片方は重武装に身を包んだ戦士達である。
顔は見えないが、位置的に十中八九ビグダレイオの戦士だろう。遠目に見ているだけなので予想でしかないが、戦士達の方が不利であるように見える。向こうの方が大きい上に、数も多いのだから仕方があるまい。
「おいおい。無視はしねェよな、兄弟?」
「もちろんだ。人道的にも、打算的にも、な」
エイジと兎路には我々が向かっている事は既に報告済みだ。ただ、龍に乗ってやってくる余所者など攻撃されてもおかしくないのは理解している。なので普通に人…ではなく魔物助けの精神を働かせながらビグダレイオにスムーズに入るために彼らに助太刀しようとしているのだ。
「ふぇぇ…戦闘ですかぁ?」
「無理はしなくていい。アイテムを投げるだけでも十分な援護だからな」
「はいぃ…」
「行くぞ、カル!」
「グオオオオオオン!!」
力なく首肯したアイリスが若干不安だが、苦戦している戦士達を助けるべく、我々は急いで戦場へと飛んでいくのだった。
次回は3月6日に投稿予定です。




