少(?)年との出会い
ログインしました。話し合った後、私は流石に疲れていたのでログアウトしたのである。そしてゴールデンウィークが明けの仕事初日は残業でログイン出来なかったので、一日空けている。ジゴロウなんかは退屈しているかもしれないな。
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従魔の種族レベルが上昇しました。
従魔の職業レベルが上昇しました。
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っと、カルがまた私のいないところでレベルアップしたようだ。イベント中にも同じ事があったが、これは十八號が退屈そうにしているカルを連れ出してくれたらしい。流石は古代の魔導人間である。
因みに、十八號は本人の知識を参考にしてアイリスが可能な限り修理を行っている。なので激しい戦闘には耐えられないだろうが、雑事を安心して任せられる程度には動けるようだ。だからこそカルと行動出来たわけで、アイリスには本当に頭が上がらないな。
「おっ、来たか兄弟」
「ああ。こんばんは、だな」
「こんばんは。外はこんなに明るいんですけどね」
私が自室から外に出ると、共に旅に出るジゴロウとアイリスが待っていた。二人の方が先にログインしていたようだ。待たせて申し訳ない。
「他の皆は?」
「ルビーと源十郎はルビーと邯那さん達を連れて『古の廃都』周辺を探索するみたいです」
「周辺?廃都そのものではなく?」
「俺達ゃ人面鳥のボスを始末したけどよ、廃都って結構広いだろ?だからまだまだ数が残ってんだ。むしろ失った数はもう補充済みっぽいぜ」
「遠距離攻撃が得意なのはシオがいますけど、カル君やイザームがいない状況では難しいんですよ」
対空手段を持っているのがシオだけであの数を捌ききるのは流石に厳しいか。他の面々は間違いなく地上が得意だろうし、邯那と羅我亜は間違いなく騎乗している時に最も能力を発揮出来る。そうなると遮蔽物だらけの廃都では、やりにくくて仕方がないだろう。
幸い、と言っていいのか我々も廃都の周辺は余り探索していない。新たな発見があるかもしれないし、未だ見ぬイベントが起こるかもしれない。彼らは彼らで楽しめるはずだ。
「では、我々も出発するとしよう。あの二人も待っているだろうしね」
「砂漠か…どんな敵がいるのか、楽しみだなァ!」
「えっと…あんまり長居はしないんじゃないですか?」
未だ見ぬ強敵を思い浮かべてニヤニヤするジゴロウに、アイリスは苦笑いしている。エイジ達を迎えに行って、すぐにトンボ返りするつもりだったのだが、少しは戦わなければジゴロウが文句を言いそうだ。ちょうどいい強さの敵がいればいいのだが。一抹の不安を残しつつ、我々はクランハウスから外に出るのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ううむ、困った」
「困りましたね…」
「まさかこうなるたァなァ…」
カルと合流した我々は、早速『古の泉』へと向かった。先ずは『古代の移動塔』まで楽に転移し、次に空を飛んでエイジ達の元へ向かう予定だったのだ。彼からマップデータは委譲してもらっているので、迷う心配は無い。全て予定通りに進む。我々はそれを疑ってはいなかった。
「まさかカルが入れないとは…」
唯一にして最大の誤算は、カルが進化して巨大になったせいで転移するためのワープ装置そのものに収まりきらなくなってしまったのだ。そう言えば進化してすぐの時は馬と同じくらいだったが、今では羅我亜の倍近い大きさになっている。徐々に大きくなっていたから失念していたのだ。
「グルルルル…」
「いや、お前が悪いわけではないぞ。気にするな、カル」
カルは自分のせいで私達が立ち往生してしまった事に責任を感じているようだ。どちらかと言うと私のミスだから、気に病む程の事ではない。それに解決策が無い訳でもないのだ。
「それに、お前には立派な翼があるだろう?」
「翼…おい、兄弟?ひょっとして…」
「うむ。想像通りだと思うぞ」
「そ、空から飛んでいくつもりですかぁ!?」
アイリスが驚いたように叫ぶが、その通りである。私は装備の効果で【飛行】が使えるので、カルがアイリスとジゴロウを乗せれば同行出来る。時間は随分とかかるかもしれないが、途中で休憩出来る無人島とかもあるだろう。無ければ…その時に考えよう!
「カルよ、成長したお前の力を見せておくれ」
「グオオオオオオン!!」
私が優しくカルを撫でると、彼は嬉しそうに雄叫びをあげた。うんうん。元気を取り戻したようで何よりだ。
「空の旅ってのも、オツなモンだな」
「ちょ、ちょっと怖いですけど、頑張ります!」
ジゴロウは積極的に、アイリスは消極的に空を飛んで旅をする事に賛成してくれたようだ。そうと決まればグズグズしている時間は無い。早速出発する事にしよう!
◆◇◆◇◆◇
『古の泉』から出た我々は、早速空の旅を開始した。ジゴロウがカルの首の付け根に跨がり、アイリスはカルが抱き抱えられている。ただし、彼女は何もしていない訳ではない。しっかりと身体を固定するために、触手でカルにしがみついているのだ。
「暇だなァ…」
「暇ですねぇ…」
空の旅はとても安全で…それ故に非常に暇であった。群れを為して飛ぶ鳥の魔物もいたのだが、カルを恐れてか近付く気配を一向にみせない。
では風景を楽しめばいい、と思うかもしれない。確かに最初は楽しんでいたさ。ヴェトゥス浮遊島はかなりの高度がある場所にあったので、地上から見つからないようにするためにもそこから高度を落とす事なく進んでいた。
結果、ほとんど景色に変化が無いのである。広大な海を見下ろすのは間違いなく絶景と言えるが、ずっと続けば話は別だ。
「グルルルル!」
我々の中で唯一元気なのはカルだけだ。彼は仲間を乗せて飛翔することそのものが楽しいらしく、ずっと機嫌がいいのだった。先程までは落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「む、二人とも。前方に大きな雲が見えるぞ」
「ありゃあ…入道雲ってヤツか?」
そんな事を考えていると、前方にとても大きな雲が見え始めた。ジゴロウの言う通り、その形状は入道雲や積乱雲と呼ばれるそれにそっくりだった。あれは確か大雨を引き起こす場合が多いはず。ならば直下を通らないように迂回するべきか。
「あの…いや気のせいですよ、うん」
「どうした?」
私が飛行ルートの変更を伝えようと思っていると、アイリスが小さな声で何か言っているのが聞こえた。彼女はあの雲を見て何か違和感を覚えたのだろうか?
「えっと、気のせいだと思うんですけど…あの雲の切れ間から大きな脚が見えたような…」
「はぁ?」
「足だって?」
ここから目視出来る足…?気のせいでなければ、その身長はどれ程になることか。これではまるで…
「巨人でもいるってか?まるでガキの頃に呼んだ絵本みてェだな」
ジゴロウも私と同じ童話を想起させられたようだ。天まで伸びる豆の木をよじ登り、金の卵を産むガチョウを雲の上に住む巨人から盗み出すあのお話である。こうしてあらすじを読み直してみると、子供の頃は大して気にしていなかったが相手が人を食べる巨人であったとしても土足で住み処に侵入した上に、主人の宝を盗んで行く主人公は間違いなく盗賊の類いである。
「いえ、違うんです!見えたのは人の足じゃなくて、動物の前脚っぽかったんです!」
「何だと?」
「獣の脚って事かァ?」
どうやら、私とジゴロウは大きな勘違いをしていたようだ。だが、そうなるとあそこには一体何がいると言うのだろうか?
「グォッ!グルルルルルル…!」
その時、カルが牙と歯茎を剥き出しにして低く唸り始めた。これは彼が警戒を呼び掛ける時の鳴き声である。それを知っている我々は即座に臨戦態勢をとりつつ、カルの視線の先を追う。
そこには先程の積乱雲しか見えなかったが、徐々に何かが近付いて来るのがわかってきた。しかし、私はそれが近付くに連れて自分の目がおかしくなったのではないだろうか?いや、そうではない。ジゴロウとアイリスも私と同様に呆けているのだから、あれは錯覚ではない!
「なァ、兄弟。ありゃあ、人間っぽいよな?」
「ああ、そうだな」
「跨がっているのは…羊ですよね?」
「ああ、そうだな」
「けど、デカくね?」
「大きくないですか?」
「ああ、そうだな」
私は二人に相槌を打つことしか出来ない。二人の言う通り、私にも近付いてくるのが羊に乗った人間のように見えるのである。
しかし、それらが二人の言う通りにとてつもなく巨大であるのも間違いないのだ。感覚的な話になるが、羊の体高は高層ビルくらいはあるんじゃないか?そんな巨体が、我々目掛けて真っ直ぐに迫ってきているのが現状であった。
「ッ!ほ、呆けている場合じゃない!あの速度だ、逃げられんぞ!」
「流石にデカ過ぎだが、ぶっ潰してやらァ!」
「で、出来るだけ足手まといにならないようにしますぅぅ!」
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
どんどんと大きくなって来る羊に恐怖を駆り立てられつつも、我々はむざむざ殺られはしない。勝てないかもしれないが、逃げられないのなら戦うまでである。そう腹を括った時であった。
「ねえねえ!そこの小さい人!」
「こ、子供の声?」
なんと、羊の上に跨がっていたのは巨大な子供であった。どうして子供だとわかるのかと言えば、その声色が子供特有の高音だったのもあるが、ハッキリと見えた幼い顔付きと頭身も理由だった。人間に換算すれば小学生の低学年くらいの少年だろうか?
「わぁぁ!小さい人なのに飛べるんだね!それにカッコイイ子供の龍もいる!誰?どこから来たの?教えてよ!」
巨大な少年…と言うよりも巨人の少年か?とにかく、その子供は好奇心に瞳を輝かせて我々に迫ると、色々と質問をぶつけて来た。
…ひょっとして敵ではないのか?空を飛ぶ我々が珍しくて声を掛けに来ただけなのだろうか?よし、ここはフレンドリーに会話してみるとしよう。何、私は幾度もコミュニケーションで危機を回避してきたではないか!
「はじめまして。私はイザームと言う。私と仲間達はヴェトゥス浮遊島と言う大陸からルクスレシア大陸を目指して旅をしている最中なのだ」
「あ!父様から聞いた事あるよ!ヴェトゥス浮遊島には龍神様が住んでいて、ルクスレシア大陸は樹神様が住んでる場所でしょ?」
「じゅ、樹神…?」
じゅしん…樹神か?初めて聞いた単語である。そんなものがいるのか?いや、ちょっと待てよ?もしかして、『古代の移動塔』から見えた巨木だろうか?あれなら樹木の神と呼ばれても納得の大きさであった。
「恐らくは君の考えている場所が正解だ」
「わーい!合ってた!」
少年は無邪気に喜んでいる。よしよし、この調子で波風を立てず、平和に物事を進めるとしよう。
「ところで我々は旅の…」
「殿下ぁぁぁ!探しましたぞぉぉぉ!」
「げっ!?爺!?」
あっ、これはすぐには逃げられないヤツだ。我々三人は迫り来る更に巨大な羊とそれに跨がった重武装の巨人を見てそう悟ったのだった。
女神以外の神が龍神だけではない、という事実。
次回は3月2日に投稿予定です。




