イレヴス防衛戦 その十
「【龍の因子】、発動」
私の真なる切り札。それはもちろん【龍の因子】である。非常に強力なこの能力だが、条件が厳しいので過去に一度しか発動させた事は無い。山の主の残った体力を一撃で消し去ったのはまだ鮮明に覚えているぞ。
「うむ、あの時と同じ感覚だな」
自分以外の周囲がとてもゆっくりに見える感覚は、山の主との戦いで発動した時と同じである。きっと筋力も敏捷も恐ろしく上昇しているのだろう。
しかし、異なる点もあった。それは体力の回復速度も若干上昇しているっぽい事である。それはそのまま【龍の因子】の効果時間が短くなってしまう事を意味する。よし、さっさとやってしまうか。
「杖を交換して、と。では、行くぞ?」
私は杖を愛用の『蓬莱の杖』へと戻してから接近戦を試みる。さて、どの程度まで強くなっているのかな?
「は、速っ!?」
私は驚くほどの速度で白天能天使に突撃しているらしい。らしい、と言うのは私の主観では速度が変わっていないからである。自分だけが素早く動けるというのは中々に優越感を覚えるものだ。
「ふん!ぬお…りゃあ!」
私は杖でがら空きの胴を強かに打ち据えると、次は大鎌を振り下ろす。それだけで既に白天能天使は虫の息であったが、流石に倒す事は出来なかったらしい。なので返す刀で大鎌で斬り上げ、そのまま止めを差した。
やはり、同格の敵相手では相手にならない程に強化されるようだ。接近戦が苦手なはずの私が、魔法剣士的な白天能天使を圧倒しているのだから間違いないだろう。
『な、何よそれ!?どうしてアンタがその能力を使えるの!?どうやって!?』
「それはな、私がこの能力を習得したからだよ」
『答えになってないじゃない!もう、次よ!次!』
わざわざ丁寧に教えてやる義理も無いし、そんな時間も無い。制限時間は徐々に迫っているのだから。私は君と違ってそう易々と口を滑らせることは無いのだよ!…多分。
二体目の白天能天使をこれで倒した訳だが、それで許してはくれないらしい。アールルは自分の手先があっさりと倒されてご立腹なのか、今までの神々しいエフェクト無しで次の天使を召喚した。随分と雑だな、おい。
「ならば次の実験だ。星魔陣起動、闇槍」
次の実験とは、勿論魔術の威力がどうなっているのかの確認である。比較するためにも、私はあの時と同じ闇槍を使ってみた。するとあの時よりも更に巨大な闇槍が五本出現する。そしてそれらを全て白天能天使に向かって放った。
「うわぁ…滅茶苦茶やな…」
闇槍そのものが五本もあったし、相手にある【闇属性脆弱】に突き刺さったこともあったのだろうが、白天能天使がこれだけ死んでしまったのには我ながら驚いた。おいおい、ちょっと威力が上がり過ぎじゃあありませんか?七甲の声には感心以上の呆れが含まれていたぞ。
『こ、このぉ!』
「まだ来るのか。ならば次の実験だ」
私は三つ目の実験を執り行う事とする。今度は前に【龍の因子】を発動させた時には存在しなかった部位を使ってみるのだ。それはもちろん…
「それが尻尾…ですか…?」
モッさんの言う通り、尻尾である。彼は私に尻尾が付いている事は知っているし、ついさっきそれで敵を仕留めるところを見ている。だが、それでも驚いているのには私も同じ気持ちだった。
それは何故か。理由は幾つもある。全体的に太く、そして長くなっているし、先端以外の骨の突起が全て鋭くなっており、まるで刃物の集合体の様でもある。先端の棘に至っては普段の倍近くまで長く伸ばせるし、イッカクの角のように螺旋状になっている。総合して非常に禍々しく、凶悪な見た目に変貌していた。
尻尾の形状に驚いていると、召喚された白天能天使は即座に距離を詰めて来た。なので尻尾を振り回してこれを迎撃する。相手もさるもの、剣を振るって尻尾を防いだ…のだが、その瞬間に両方の剣が砕け散ってしまった。
『嘘ぉ!?』
「おお…予想以上だが、攻めの手を緩める必要も無いか」
私は今度こそ尻尾を白天能天使に突き刺すと、そのまま仕込みを済ませていた壁へと投げ飛ばす。そこには一体目の白天能天使と戦闘を開始する直前に仕掛けておいた【罠魔術】があるのだ。
込めてあるのは【爆裂魔術】の爆弾だ。【爆裂魔術】には罠のように使える地雷もあるのだが、此方は地面にしか設置出来ないという条件がある。【罠魔術】を使えば壁や天井にも仕掛けられるので、今回はこちらを使った。代わりに魔力の消費は激しくなるので、使い分ける必要はあるのだが。
「…おや?」
白天能天使が壁にぶつかったにもかかわらず、何故か【罠魔術】は発動しなかった。これは一体…?
ああ、そうか。術技封殺のせいか。あれは私の【付与術】を解除させていた。それと同じように【罠魔術】も解除出来るのだろう。自分の策を一つ潰されたのは少しだけ悔しいが、それ以上に術技封殺を使われた時に【罠魔術】は解除されてしまうという情報を得た事を喜ぶべきだろう。知識とはそれだけで武器なのだから。
「ならばもう用済みだ」
私は再度尻尾によって白天能天使を突く。その場所は頭部だ。弱点なのかは不明だが、常識的に考えれば頭を完全に破壊すれば大抵死ぬだろう。まあ、ここはゲームなので覆されてもおかしくないがね。
『まだまだぁ!』
「まだ召喚するんかいな!?」
アールルは敵わないと知りながらも新たな白天能天使を召喚してきた。狙いは間違いなく時間切れだろう。奴は【龍の因子】という能力を知っていた。ならばその解除条件も知っているだろう。それは私の体力が一割を超えるまで回復するか、制限時間である三分が経過するかである。
劇的なパワーアップを遂げて暴れている私も、その時間が終わってしまえばただの死にかけた骸骨に過ぎない。対するアールルは今のところ無制限とも言えるペースで天使を召喚し続けている。そう考えれば、実は私達が不利なのに変わりは無いのかもしれない。
「そろそろ頃合いか。これで終わりにしよう」
私は五体目となる白天能天使の剣を大鎌と尻尾で受け流しながら準備をする。何の準備かと問われれば、もちろん【龍の因子】が発動中に一回しか使えない大技、龍息吹を使用するためだと答えるだろう。その前に一つ、女神に聞いておく必要がある。
「時に『光と秩序の女神』アールルよ。もしこの神殿が崩壊すればどうなるのかね?」
『そんな事になったらもう天使は召喚出来な…って!あっ、アンタまさか!?』
私は銀の仮面の奥でほくそ笑む。やはりそうだったか。アールルの言葉をよく聞いてみるとわかる事だが、この神殿があるからこそ奴は天使をポンポンと連続で召喚出来るのではないか、と思っていたのだ。あれだけ口を滑らせていれば、子供でもわかるだろうが。
そしてその推測は事実であったらしい。笑うなと言う方が難しいと言うものではないか。これで戦いは終わり、しかも私本来の目的である神殿の破壊まで達成される。まさに一石二鳥という訳だ!
『ちょっ!止め…!』
「行くぞ、龍息吹!」
龍息吹を発動した瞬間、私の口から極太の黒い炎のような何かが放たれた。何故『何か』と修飾語が付くのかと言うと、その炎はどことなく苦悶の表情を浮かべる亡霊か何かの集合体のように見えたからである。
無論、私の気のせいかもしれない。しかし、私は怨念やら瘴気やらが似合う見た目をしている。そんな私の龍息吹が異様な見た目であっても何もおかしくないとは思うのだ。
閑話休題。私の龍息吹は白天能天使を貫き、そのまま神殿の正面扉とその周囲を砕いてそのままイレヴスの正面にある城門へと真っ直ぐに延びて行った。
あっ、ヤベッ。あっちは今沢山のプレイヤーがいるんだった。同時にNPCの兵士も大勢いるはずだ。今更彼らを殺してしまう事に大して忌避感は無いけれども、余りにもやり過ぎると流石に申し訳なく感じてしまう。
それに大穴を一つ作った所で、神殿は崩壊しないかもしれない。なので私は正面を向いていた顔を龍息吹を吐きながら上に向けた。それによって神殿は扉から天井までを抉られて行く。
私が真上を向いた辺りで龍息吹は途切れた。同時に全身から力が抜けていく。【龍の因子】の効果が切れたようだ。
「…ワイ、ホンマにアンタが同じプレイヤーなんか疑いたくなってきたわ」
「七甲に同意ですね。どちらが悪役…って、最初から悪役は我々ですし…うん、どちらがボスエネミーなのかわからなくなっていましたよ」
「ふふふ…これを見たからには絶対に仲間になって貰うからな?」
私の様子がいつも通りに戻ったタイミングで、七甲とモッさんがそれぞれ私の肩と杖の上に止まってそんな事を言ってきた。七甲の言い分はともかく、モッさんのそれは私にとって誉め言葉でしかないぞ?
「おっと、今にも崩れてしまいそうだな」
「それに次の天使も喚べないようですね」
「そうだな。では逃げる前に…」
『神殿が…私の神殿が…』
私は崩壊寸前の神殿で、先ほどまでと比べると随分と弱々しい光しか放たなくなったアールルの神像の前に立つ。そして茫然自失している奴に語りかけた。
「女神アールルよ、これで私の本気が伝わったか?魔物プレイヤーを敵に回した結果がこれだ。そしてこれは私からの宣戦布…」
『許さない!』
なぬ?
『絶対に許さないわ!アンタ!どこに居るかは知らないけど、見つけ出したら絶対にケチョンケチョンにしてやるんだから!覚えてなさ…』
アールルが言い終わる前に落ちてきた瓦礫によって彼女が宿っていた神像が潰されてしまった。どうやらはっきりと宣戦布告する前に相手から敵として認定されてしまったらしい。
よし、これで元々の目的は果たした。後はここから逃げるだけだ。神殿は内側から黒い剣によって切り裂かれたような状態だし、モタモタしていては我々も瓦礫の下敷きになってしまう。
「じゃあ帰るとするか。これで私達のイベントは終わりだ」
「ちょお待ってや!その前にこの天使から剥ぎ取っていこうや!使えるアイテムがゴロゴロ出てくるで、絶対!」
「七甲に同意です。一秒を争う訳ではないのですし、経験値以外の成果も欲しいですよ」
「…ちゃっかりしてるな、二人とも。なら急ぐぞ」
そして我々三人は天使の残骸からアイテムを剥ぎ取ると、イレヴスの街を後にした。剥ぎ取っている内に術技封殺の効果がやっと切れたので、拠点転移で一発である。
こうしてクランメンバーの中からは私一人で参加したイベントは幕を閉じた。新たな仲間が増え、人脈とアイテムまで色々と手に入ったし、実りあるイベントだったな!
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戦闘に勝利しました。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
【付与術】レベルが上昇しました。
新たに属性強化の呪文を習得しました。
称号、『天使殺し』を獲得しました。
称号、『アールルの仇敵』を獲得しました。
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思っていた以上に長くなりましたが、イベントはこれで終わりです!
あと一話か二話を挟んで掲示板回、そして次章へ続きます。
次回は2月18日に投稿予定です。




