イレヴス防衛戦 その九
「ボス!?」
「イザームさん!?」
七甲とモッさんは思わず悲鳴を上げた。自分で自分の眼窩に大鎌を突き立てたのだから、当たり前の反応だろう。だが、これでいい。私は狂った訳でもないし、自暴自棄になった訳でもない。
『バカじゃないの?そんな事したらダメージを負うだけじゃない!』
「その通りだ。そしてそれで構わんのだ…む、少し足りんか」
私は更に大鎌を押し込んだ。周囲のドン引きする視線が痛いのだが、関係はない。気にしたら負けなのだ。
大鎌を眼窩から引き抜くと、そこからパラパラと骨の破片が溢れていく。しかし自分の目から固形物がポロポロと出てくる感覚とは奇妙なものだ。何と言うか、この種族でなければ体験出来なかっただろう。
「これで、私の体力は一割を切った。…感謝するよ、女神アールル。久々にこの能力を使えるのだからね」
『何を言って…?』
私が大鎌の刃の抜くと、私の眼窩に一際強い光が灯る。今から自分がどれ程の事が出来るのか、とても楽しみだなぁ!
「行くぞ…【龍の因子】、発動」
◆◇◆◇◆◇
イザーム達が白光力天使と死闘を繰り広げている時、城門前での戦いは佳境を迎えていた。その戦いで優勢なのは、意外にも人類側であった。
「グ、グヌウゥゥゥ…!余が!余が負けるなど有り得ん!」
「今の状況でよくそんなセリフが吐けるわね!乱れ突き!」
「ゴハアアアアアッ!?このおぉぉ!」
獣鬼王は炎属性を付与された槍の穂先で何度も穿たれて、堪らず悲鳴を上げた。普段ならば強力な防具とそれを使いこなす武技がダメージのほとんどをシャットアウトしていたはずだ。
しかし、防具は既にほぼ破壊され、武技を使う魔力も尽きている。彼はその肉体で受ける他に無かったが、怒りのままに自分を傷付けた者に向かって大斧を振り下ろした。
「ふぬっ…!はん!もうへばってんのかい!?」
だが彼の攻撃は『聖火と剣』のメンバーの一人であるキクノによって防がれてしまう。彼女は基礎ステータスでも能力でも獣鬼王に劣っているが、ここで人数の差が如実に現れていた。
と言うのも、人類側は盾役と攻撃役を交代することで個々の負担を軽減していたからだ。一旦退いた者は回復に集中出来るし、代わりに前に出た者は回復出来る事を前提に戦える。プレイヤーとNPCによる即席のチームではあるが、しっかりとした連携がとれているのはお互いに一流のプレイヤーとNPCだと言えるだろう。
「小癪な真似をォォォ!」
「おやおや、そう私を放置しないで頂きたいですね。寂しくなってしまいますから」
「ごぶっ…!?チクチクと鬱陶しい!」
そうして別の誰かが気を引く、即ちヘイトを稼いだ瞬間を狙ってウスバがその喉元を掻き切る。短剣での斬撃なので傷口そのものは余り深くは無い。しかし彼は正確に急所を突いている上に、武器に猛毒を塗りたくっているので無視出来ない持続ダメージを与えている。実のところ、総ダメージで言えばウスバが一番稼いでいるかもしれない。
「ここだ!」
「はっ!」
「炎帯!」
ウスバが気を引けば、今度は上級騎士やルーク達の武技と魔術が殺到する。輝く剣が、鋭い槍が、弱点を突く魔術が獣鬼王の体力を確実に削っていく。このままでは間違いなく自分は削り切られて倒される。それを悟った獣鬼王は最後の切り札を使う決断を下した。
「ゴオオオオアアアアアアアア!!!」
「うわぁっ!?」
「な、何!?」
獣鬼王は鼓膜が破れそうになる程の大音声で雄叫びを上げた。それはアバターであるにもかかわらず、腹の底に響く気さえしてくる。
だが、戦っている者達にとって重要なのはそこではない。雄叫びには物理的な衝撃波が伴っており、周囲にいた全員が吹き飛ばされてしまったのである。ダメージこそ無かったものの、強制的に周囲から全ての敵を吹き飛ばした事には必ず意味がある。それがボスエネミーであればそれはお約束とも言えるだろう。
「あれ?う、動けません!」
「動けないのは、マズイ」
それと同時に、衝撃波に巻き込まれた者達は身動きがとれなくなっていた。状態異常のアイコンは何一つ出ていないのに、である。
「オオオ…オオオオオオオオオ!!!」
だが、絶好の攻撃チャンスであるのに獣鬼王は何もしてこない。その場で空を仰いだまま叫ぶだけである。しかし、何の変化も無い訳ではなかった。獣鬼王の肉体はミヂミヂと音を立てながら筋肉が盛り上がっていくではないか。
動けなくなったプレイヤーとNPC、明らかに強化されていくボスエネミーである獣鬼王。それを見てゲーム慣れしている者達は何が起こっているのかを察する事が出来た。
「ふむ、これはひょっとすると…」
「ムービー、なの?」
古来より、ボスエネミーが窮地に追い詰められるなどの特定状況に陥った時、その能力が強化される展開は定番である。そして強化される時にムービーが挿入される、というのもよくある話であった。VRのゲームであっても、その演出はよく採用されている。迫力があるし、何よりも敵が強くなったのが分かりやすいからだ。
そして今、獣鬼王は実際に強化している最中であった。それは【王の激怒】という能力の効果である。発動条件は『王』に至った魔物が、体力と魔力の双方を九割以上消費した時。効果は死亡するまでありとあらゆるステータスが大幅に上昇し、魔力もほぼ完全回復する事だった。
この逆境に追い詰められてからの超強化こそ、王と名の付く種族が恐れられる所以である。最後の最後になって命を振り絞るような暴れぶりを見せ、戦況をひっくり返して逆転勝利を掴むことがあるからだ。それに倒されるにしても、この強化によって一人でも多くの敵を道連れにしようとする。これが騎士団長が犠牲は避けられないと言った真の理由でもあった。
「ハアァァ…余は負けぬ…!負ける訳がないのだぁぁ!」
「あれが奴の切り札か…。しかし、それを使ったことこそ追い詰められている証拠!皆、気を抜くな!最後の詰めにかかる!」
確かに獣鬼王は強化されたが、人類も負けてはいない。NPCの精鋭部隊を指揮していた騎士団長は、対抗するように剣先を天に掲げた。
「女神よ、我らに勝利を!奥義、戦神の祝福!」
騎士団長も負けじと遂に切り札を使った。それは彼の使える中でも最も強力な奥義、『戦神の祝福』である。効果は自分と周囲の味方のステータスを上昇させるというもの。
ステータスの上昇幅は流石に【王の激怒】に劣る上、魔力の回復も含まれていないので一見するとただの下位互換にも思える。だが、この奥義の真骨頂はそこでは無かった。
「おおっ!?何か急にステが上がった!?」
「魔術の威力が上がってるわ!」
そのような声が戦場のあちこちから聞こえてくるではないか。『戦神の祝福』の真価とは、その適応範囲の広さであった。獣鬼王と直接戦っていない者にも効果があるのだ。
そしてその効果は発動した騎士団長が死亡したとしても、効果時間が切れるまでは持続する。なのでもし彼らが敗北を喫したとしても、強化されたことで他の魔物の軍勢を粗方片付けたプレイヤーやNPC兵士が獣鬼王と戦うだろう。即ち、この奥義は使った本人と言うよりも、味方全員を勝利に導くためのものと言えるだろう。
強力な奥義なので使用する際の条件と発動後のデメリットも非常に厳しい。まず条件だが、他の奥義がクールタイムに入っていない状態であること。そして発動後のデメリットはクールタイムが切れるまで他の奥義も使えなくなるのである。簡単に言ってしまえば一度『戦神の祝福』を発動した者は、その戦闘で他の奥義を使用することが出来ないのである。
彼はここまで奥義を一度も使っていなかった。だから『戦神の祝福』を使うことが出来たのだが、もし彼が己と彼の部隊だけで戦っていれば温存することは出来なかったであろう。彼らだけならばもっと直接的な攻撃力の高い奥義で勝負を決めようとしたはずだ。そうならなかったのはルーク達とウスバの奮戦のお陰である。
「行くぞ!我らは民を守る最後の盾!最後の瞬間まで戦うのだ!」
「団長に続けぇ!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
全体に『戦神の祝福』の効果が行き渡った事を確認した騎士団長は、先陣を切って突撃を敢行する。上級騎士の数人も彼に続く。彼らは目にも止まらぬ速さで近付くと、そのまま獣鬼王を包囲する。彼らの連携と『戦神の祝福』の効果があれば、彼奴を一息にボロ雑巾のように切り刻む事が出来ただろう。
「フンヌゥアアアアア!!!」
「がはっ!?」
「団長!?ぐわああああ!?」
しかしその予想はあくまでもこれまでの獣鬼王ならば、である。【王の激怒】によって大幅に強化された獣鬼王は大斧と盾を無造作に振り回すだけで騎士団長達を吹き飛ばしてしまった。その様子はまるで羽虫を払うかのようですらあった。
「貴様らは所詮、余よりも脆弱な存在に過ぎん!いくら強くなろうと、数に頼ろうと、王である余を討つ事など出来んのだ!」
「ぬぅぅ…!」
『戦神の祝福』によって強化されたと言っても、敵は想像を超える強化を遂げていた。騎士団長達の連携攻撃を力ずくでどうにか出来る程に、である。
吹き飛ばされた騎士団長達は顔を顰めながらも直ぐに立ち上がった。彼らもまた、強化されている事によってそう易々とやられる事は無いのだった。
「どうせアイツはガンガン回復するんだ!ここは畳み掛けよう!」
「わかった!」
「了解です!」
次に攻撃を仕掛けたのはルーク達である。獣鬼王が他の獣鬼以上の回復力を持つ事はここまでの戦いで身に染みて理解している。回復する暇を与えないという獣鬼と戦う時の定石を守ろうとしているのだ。
「無駄だァ!」
「お、重っ…!?ううぅっ!」
獣鬼王の大斧の前に出たキクノだったが、その威力が想像以上に高かった為に完全には受け流せない。踏ん張った姿勢のまま、後ろに押し退けられてしまった。その力は彼女の足が石畳に刻んだ二本の傷跡の深さからも容易に想像出来るだろう。
「そこかァ!」
「おっと、気付かれていましたか」
ルーク達に合わせる形で獣鬼王の右斜め後ろから忍び寄っていたウスバだったが、寸前で気付かれてしまう。獣鬼王はウスバ目掛けて大斧を振るうが、彼はギリギリのところで回避した。
獣鬼王が気付いたのは不意討ちに対応出来るように成長したと言うよりも、【王の激怒】の効果であった。怒っているのに視野がむしろ広がるという辺り、非常に強力な能力である。
「ですが、この一瞬が欲しかったんですよね」
「ぐっ!?」
獣鬼王が追撃として盾で殴ろうとした瞬間、ウスバは腰に隠し持っていたアイテムを投擲した。それは小さな球体だったが、獣鬼王の顔面向かって投げた直後、凄まじい音を伴って爆発したではないか。
これはウスバが盗み出した爆薬を丸めておいた彼の奥の手であった。イザーム達に届けた爆薬もこれと同じ場所から拝借したものである。連続攻撃と毒による持続ダメージが主な攻撃手段であるウスバは単発の火力が低くなりがちだ。なのでそれを補強出来る手段として用意していたのである。
「ぬぅぅ、余の盾が…!」
反射的に盾を構えたことでダメージを最小限に止めた獣鬼王だったが、その代償は大きかった。防御にも、敵を殴る武器としても使っていた盾が遂に壊れたのである。
「まだだ!まだ余は負けてはおら…!?」
怒りのままに負け惜しみめいた事を叫んでいた獣鬼王だったが、それを最後まで言い切ることは出来なかった。何故なら、イレヴスの内側から放たれた黒い閃光に撃ち抜かれたからだった。
次回は2月14日に投稿予定です。




