イレヴス防衛戦 その八
白光力天使は狂ったように突っ込んで来たので、我々は慌てて散開してこれを回避した。止まる事を考えていなかったのか、天使は神殿の柱に頭から突っ込んでそのままへし折ってしまった。
…これ、こいつをしばらく暴れさせるだけでも神殿の破壊という当初の目的は果たせるんじゃないか?それだと達成感が減少するし、倒すつもりではあるけどさ。
「楽させては貰えんようだな。奴は動けば動くほど自滅に近付くといっても、その前にやられてしまいかねない。七甲、召喚獣を使い潰す事になるぞ」
「そいつぁいつも通りの話やで、ボス」
「モッさんは待機してくれ」
「今近付くのは自殺行為ですし、当然ですね」
「悪いな。見せ場は必ず用意するさ。…来るぞ!」
じっくりと作戦会議をする余裕は無い。それは相手の阻止しようという策、ではなくて単に攻める事しか出来なくなっているのだろう。いやはや、こういう何も考えていないという手合が一番苦手なのだが。
「七甲!」
「これでもうカラッケツやぞ!お前らぁ、死んでこいやぁ!」
七甲は残りの魔力を全て注ぎ込み、【召喚術】で可能な限りの召喚獣を喚び出す。それらを一斉に、ではなく幾つかのグループに分けるとグループ毎にタイミングをずらして突撃させた。そうするとどうなる?
『ザザザザザ…』
白光力天使は近付く者を優先的に攻撃するのはもう知っている。ならば七甲の向かわせた集団が接近する度に奴はその剣を振るってしまう。そして一振りする度に奴はダメージを受ける。それが七甲の狙いだった。
相手とのレベル差から鑑みて、七甲の召喚獣が相手に与えるダメージはきっと雀の涙ほどしか無いだろう。なので敵の自傷ダメージの方が確実に大きくなるのだ。小賢しいって?そう褒めないでくれよ。
「今だ!解呪、魔力強化魔力強化、魔力強化、魔力強化、魔力強化!」
私は自分に掛かっている【付与術】を【呪術】の解呪によって解除し、即座に魔術の威力を高める付与をこれでもかと掛けていく。私も魔力を使いきるつもりで行くぞぉ!
「魔石吸収、星魔陣起動、呪文調整、闇腕!」
私は用意していた闇属性の魔石を杖に吸収させ、呪文調整で出力を最大まで引き上げた闇腕を使う。巨人のそれを彷彿とさせる五本の黒い腕が出現し、四肢と最も傷が深い翼を鷲づかみにして白光力天使を捕らえる。
自分で言うのもなんだが、その力は凄まじい。今の私に出来る最大限の強化を加えた上で最も得意な【暗黒魔術】を使ったのだ。相手に【闇属性脆弱】があることも相まって、効果は覿面である。
『ザザ…ガガガガガ…』
白光力天使は必死に身体を動かしてその縛めから逃れようとするものの、私の闇腕はびくともしない。むしろ握る力によってメキメキと音を立てて天使の身体に走る罅はより大きくなり、吹き上がる白い粒子の量も増えていく。
「今だ!モッさん!」
「ええ!刃翼斬!」
その時、モッさんは翼腕を大きく広げると、それを手刀の様にして敵の翼の付け根を目掛けて振り下ろした。モッさんが使用したのは、文字通り彼の翼を刃のように変えた素手で敵に斬撃ダメージを与える武技。彼の右翼腕は、白光力天使の翼の中程までめり込んだ。
「うぐぐぐぐ…もう一発!刃翼斬!」
翼を傷付けたことでモッさんは白光力天使の傷口から更なる粒子が吹き出す。それは彼の体力をガリガリ削っていくが、お構い無しにモッさんは左翼腕でも刃翼斬を同じく翼の付け根に放つ。
『ガガッ…』
「やった!」
ダメージに耐えながら放ったモッさんの刃翼斬は、遂に白光力天使の翼を根元から斬り落とした。彼は部位破壊に成功したのである。四枚ある翼の内の一枚であるとは言え、逆に言えば羽ばたく力は四分の三になった。
それによって白光力天使の暴れる力は随分と弱くなった。お陰で私の闇腕が更に食い込んでいく。よし、これで行けるぞ!
『ピピー…ガガガ…ザザザザザザザザザザ!!!』
勝利を確信した瞬間、白光力天使が一際大きなノイズ音を立て始めた。おいおい、またこのパターンかよ!?
「うおお!?」
「があぁ!?」
「なぁっ…って、余りダメージはありませんね?」
白光力天使から凄まじい衝撃波が放たれ、それが我々を強かに叩く。しかし迫力の割には余りダメージそのものは大したものではない。至近距離で衝撃波を浴びたモッさんの体力もまだ残っている。
「だが…ダメージ以上の問題が起こっているようだな」
「わ、ワイの召喚獣が全部消えてもぅた…」
「イザームさんのバフも解けていますね…」
しかし、衝撃波の効果の本質はダメージにはなかった。どうやらあれには魔術の強制解除…【呪術】の解呪に近い効果があったらしい。いや、むしろダメージを与えつつ広範囲に効果を及ぼしているのだから上位互換かもしれない。だが、その効果はまだ続きがあったようだ。
「しかも魔術が使えん。二人はどうだ?」
「ワイもや。モッさんは?」
「武技も…ダメです。魔術も武技も封じるなんて…滅茶苦茶じゃないですか」
加えて魔術妨害の効果と武技まで封印するオマケ付き。モッさんの言う通り、本当に滅茶苦茶な効果だ。こんなもんズルだ!イカサマだ!
「おい、女神のねーちゃん!こりゃ何なんや!?」
『えっ!?これは【虚無魔術】の術技封殺っていう魔術で…って!何でアンタの質問に…』
「らしいで、ボス」
なるほど、純粋な魔術であるらしい。ならばズルとは言えないな。いつか私も使えるようになるはずなのだから。
そして発動時に小ダメージと解呪に魔術妨害の効果を撒き散らす訳か。しかし、これだけの強力な効果を持つ魔術が何の制約も無く使えるものだろうか?
「普通に考えれば魔力のほぼ全てを消費する、位が妥当な代償か?」
『ええっ!?何で知ってんの!?』
「別に知らなかったんだが…」
この女神はつくづく口が滑るのだな。同じ女神でも狡猾で何を考えているのかが全く読めないイーファ様とは大違いだ。女神の個性というのも興味深いものである。
「奴も魔術や武技が使えないのだろうが、魔力を使い果たしたのだからどちらも関係無いのか。そして残された者達は、魔術も武技も使えない状態でガチンコ勝負を強いられる、と。なるほど、正に最後っ屁のような魔術だな」
「言うとる場合かい!」
「控え目に言って、我々は絶体絶命なんですが?」
確かに、我々は絶体絶命である。ここからは純粋な殴り合い…ステータス同士のぶつかり合いになる。後衛職である私と七甲は無論のこと、モッさんもレベル差という暴力を覆すのは至難の業だろう。難なくやり遂げるのはジゴロウや源十郎のようなリアルチートと呼ばれる化け物だけである。そしてそれは私達には不可能だ。
「しかし、打開策は二つ残っている。一つは私の装備はまだ使えること。術技封殺は魔道具の効果まで妨害出来る訳ではないようだな。そしてもう一つは…」
私は愛用の杖、『蓬莱の杖』をインベントリに戻す。それを見た七甲とモッさんは驚いたようだが、今は気にしない。そして私はインベントリから予備の杖を引っ張り出した。それは一般的な捩れた木の枝から作られたような杖なのだが、私には似合わない純白に染め上げられていた。
「この杖だ」
「それは…?」
「ひょっとして、すげぇ魔術が使えるとか?」
「違う。むしろ、魔術の威力を補正する効果だけならさっきまでの杖の方が余程上だ」
もし七甲の言うような効果がある杖ならば、これを予備ではなく切り札と読んでいただろう。と言うより、『蓬莱の杖』が優秀過ぎるのだ。私がこれを持ってきたのは今のような状況に対応するためである。使わずに済むならそれで良かったのだが、これが備えあれば憂い無しという奴か。
「はあぁ?意味無いやん!」
「いえ、魔術は元々使えませんよ。そんなことを忘れるようなイザームさんではないでしょう?」
「その通り。まあ見ていてくれ」
私は『月の羽衣』の効果で空を飛び、白光力天使の頭上に移動する。そして私は手に握った杖を構え、そして握りの部分にある引鉄を引いた。
「食らうがいい!」
「ま、魔術やて!?」
その瞬間、私の杖の先がパカッと音を立てて開いた。そしてそこから黒い靄が吹き出した。それは魔術の闇波に酷似している。その正体は一体なんなのか?答え合わせと行こう。
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M09四等戦術杖
γ型魔導人形、魔術師タイプが装備していた杖。
内部に魔石の収納機巧があり、装着させた魔石の魔力を放出させる事が可能。
装備効果:【魔術効果上昇】 Lv3
【魔力放出】
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これは古の廃都で戦った人型魔導人形の一体が持っていた杖だ。奴は魔力妨害を無効化しつつ、我々が魔術を使えなくなった抵抗領域の中でも魔術のような火炎放射攻撃を行っていた。そのカラクリがこの【魔力放出】である。杖そのものに魔力妨害の中でも魔術モドキを使える仕掛けがあったのだ。
そして私が杖の内部に仕込んでいたのは闇属性の魔石。それによって射出口から闇属性の攻撃が放たれたのである。
『ガガガ…』
「そして短距離転移!」
白光力天使が剣を上にいる私に向かって突く直前、私は【時空魔術】の短距離転移を発動する。それはおかしいと思うかもしれないが、そうではない。
魔力妨害の中でも魔術を使う方法は一つある。それが【符術】だ。こちらは説明不要だろう。廃都での戦闘でも活躍していたのだからな。これも杖と同じくイベントのために持ち込んだアイテムである。そして私が短距離転移によって移動したのは、白光力天使の背後だ。
「これでっ!終わりだっ!」
背後に回った私は大鎌で白光力天使の首を斬り裂くと同時に、ここまで隠していた尻尾の先を心臓の位置に突き立てた。こいつに急所があるとは思えないが、ジゴロウ達に叩き込まれた癖でそこを狙ってしまった。
『ガッ………』
もう虫の息だった白光力天使は遂に倒れた。全身から力が抜けて地面に墜落し、そのままピクリとも動かなくなる。同時に傷痕から漏れ出ていた粒子の流出も途切れた。我々は遂にやったのだ!
「やった…んか?」
「勝ったようですね…」
七甲とモッさんは、いまいち勝利した実感が湧かないようだ。気持ちはわかる。私だってまた白光力天使が復活するのではないかと警戒しているのだから。
「とりあえず、こいつを倒す事は出来たはず…」
『そうはさせないわよ!』
あ、そう言えば女神アールルがまだ残っていたか。そしてしゃしゃり出てくると言うことは、ろくな事にならないんだろうな。
『よくもやってくれたわね!けど、中級の天使ならまだまだ喚べるのよ!この神殿の格じゃあ一体が限界だけどね!』
そう言うと最初と同じ光が差し込み、新たな天使が現れた。それは白光力天使…ではなく白光能天使である。本来ならこれが限界だと言っていたから違和感は無い。
だが、ここでおかわりと来たか。ふふふ!何と言うかここまで来たら笑うしかないな。
「も、もう無理や…」
「流石にここからの連戦は…」
二人から覇気が消えていくのも無理もない。あれだけの激戦を繰り広げ、ようやく勝利したかと思ったらもう一回やれ、と言われたのだから。しかもアールルの言い方だともしもう一度倒せたとしてもまた次があることを匂わせている。戦うことそのものが無意味だと言われているようなものだ。
『ふふん!諦めてさっさとやられちゃいなさい!』
「いや、それは出来んな」
私は諦めろ、と言われて『はい、そうですか』と引き下がるほど物分りのいいプレイヤーではない。もしそうだったらこんな所にまで来てはいない。それに私にはまだやれる事があるのだから、敗北宣言などしてやるものか!
「私はまだ負けてはいない。最後の足掻きを見せてやろう!」
『な、何を!?』
そう言って私は大鎌の刃の付け根を持つと、その切っ先を自分の眼窩に突き立てた。
次回は2月10日に投稿予定です。




