イレヴス防衛戦 その六
『光と秩序の女神』アールルが召喚した白光能天使は、能力構成の無駄は無いしバランスもいい。正直、ほぼ同格の私であっても、一対一で正面から戦うとなれば間違いなく分が悪いだろう。
しかし、今の私は一人ではない。頼れる仲間が二人もいるのだ。最初は戦闘経験の浅さからジゴロウや源十郎と比べるとどうしても頼りないと思っていたが、馬鹿みたいな数のアリを倒したり、格上である獣鬼騎士の討伐等を経て皆の腕前は飛躍的に向上した。この二人となら、この天使も必ず倒せるはずだ!
「モッさん、しばらく時間を稼いでくれ」
「承知しました」
私は先ず最初にモッさんへ敏捷強化を重ね掛けしていく。モッさんは前衛に特化した種族と職業だが、それでも格上と戦わせるのに変わりはない。体力は既に私よりも多くなっているとは言え、防具の無い彼は一発の被弾が命取りになりかねない。
そこで彼の敏捷を上げられるだけ上げて、敵の攻撃を回避し続けて貰うつもりなのだ。所謂、回避タンクというヤツだ。そもそもモッさんの戦闘スタイルは回避主体なので彼にはピッタリのはずだ。
「おおっ!高速飛行は楽しいですね!」
「ええなぁ~。ワイもあんな風に飛び回りたいな~」
普段よりも素早く飛び回れる事に興奮気味のモッさんと、それを羨ましげに眺める七甲。しかし、今はそんな事を言っている場合では無いぞ?
「七甲は普段の戦法で頼む」
「おっと、任しといてや!」
返事と同時に七甲が大量の烏を召喚し、白光能天使へと一斉に突撃していく。しかし、相手もさるもの。剣を一振りしただけで十羽ほどを真っ二つにし、直撃していないにもかかわらず風圧だけで二、三羽を殺してしまった。流石は進化した武術系の能力である。凄まじい威力だ。
『ふふん!私の天使にそんな弱っちい魔物が通用するわけ無いじゃない!』
「それにしても強すぎないか?何か秘密があるのでは…」
『当たり前よ!ここは聖地ってわけじゃないけど、私の神殿よ?私の天使はステータスが強化されるのよ!』
私が独り言を呟いていると、聞いてもいないのに外野の女神が応えてくれた。彼女の発言に嘘が無いのなら、自信満々であるのも頷ける。慢心してしまうのもわかるぞ。ただ、私ならその情報を決して敵に話そうとは思わないが。
「げっ、マジか!ほんなら、もうちょい強いヤツを召喚せなアカンのか?」
「頼めるか?」
「イケるけど、短期決戦にせぇへんと魔力が厳しいで」
「解った。これはボス戦だと思って臨むべきだ。なら、私も出し惜しみは一切無しで行く」
相手を同格だと思っていたが、そうではないとここで判明した。そうなった以上、もうこの戦闘で魔力を使いきるつもりで行くしかない。私は次にモッさんを援護すべく【召喚術】で下僕を召喚する。モッさんはどう考えても盾役としては向いていない。今も無茶をさせているのだ。直ぐにでも代わりの肉壁を喚び出す必要があった。
そしてそれはいつもの動く骸骨系…ではない。そんなもの【光属性脆弱】を克服した私でなければ【神聖魔術】で瞬殺されてしまう。ならば何を選ぶのか。
「召喚、獣鬼、防御力強化、防御力強化、防御力強化、防御力強化、防御力強化!」
その答えが獣鬼である。このイベントで遭遇した為に新たに召喚出来るようになったのだ。こちらは【火属性脆弱】があるし、召喚しても特に武器や防具を持っていない。一見するとこちらの方が頼り無さそうではある。
しかし、獣鬼には高い体力に加えて【高速治癒】と【物理耐性】があるのだ。これに防御力強化を付与して召喚してしまえば、打たれ強さで言えばこちらの方が断然上を行くことだろう。
そんな防御をガチガチに固めた獣鬼を私は二匹召喚した。これでモッさんも自由に動ける事だろう。私の魔力は随分と減ったが、構わない。短期決戦で決めてしまえばいいのだ!
「行け。そして無理矢理にでも押さえつけろ」
「「グオオオオオオオッ!」」
二匹の獣鬼は雄叫びを上げながら白光能天使に突撃した。当然、相手が素直に捕まる訳がない。背中にある翼は飾りではないのだ。天使は翼を羽ばたかせて上空へと逃れようとした。
『に、逃げなさい!』
「させませんよ!重翼撃!」
だが、そんなことは百も承知である。モッさんは胴体の筋肉を膨張させ、思い切り振りかぶった翼を天使の頭に叩き付けた。
この重翼撃というのはモッさんが使える武技では最も威力に優れ、加えて当てた敵をノックバックさせる効果もある。その代わりに振りかぶるモーションで硬直してしまうというのが欠点だ。彼は天使が上に逃げるだろうと読み、予め上空で待機していたのである。
「「ゴオオオオオッ!」」
武技のノックバック効果で墜落した天使は、即座に体勢を立て直して再度飛び上がろうとした。だが、その前に落下地点にいた獣鬼がその両足を掴んで捕まえる。勿論、偶然ではない。モッさんが狙って此方に落としたのである。
『ああっ!ちょっと!止めさせなさいよ!』
おや、困っているようだな。では、続けるとしよう。敵が嫌がる事を止めろと言われて止める訳がないだろ!
「コイツらならどうや!」
七甲は今度は一段階進化させた、彼の前の種族である魔烏とモッさんの前の種族である吸血蝙蝠を召喚した。
おお、考えたな。木を隠すなら森の中、モッさんを隠すなら蝙蝠の中と言うことか。よく見れば大きさが違うのでじっくり見れば一目瞭然だが、高速で飛び回る戦闘中なら事情は変わる。全方位を囲まれて、爪で引っ掻いたり牙で噛み付いたりする蝙蝠の中から一匹を正確に捉えるのは至難の業だろう。
『あっち!あっ、今右に!ああもう!ちょこまか動いてたら指示が間に合わないでしょ!?』
「…それが狙いなんやから、当たり前やん。ほれ、風槍」
七甲は呆れた呟きを溢しながら、自分が召喚した魔烏に混ざって遠距離から魔術を放つ。彼は召喚術師なので属性魔術の威力はそこそこだが、塵も積もればなんとやらだ。彼と彼の下僕には後方からの援護を任せるとしよう。
その間、私は急いで七甲を【付与術】で強化していく。七甲には三重の魔力強化と二重の敏捷強化。七甲も回避が主体であるし、いつもよりも素早く飛びたいというリクエストにも応えられるしで実用性と楽しみを両立出来るハズだ。
これで二人の強化は終わった。では【付与術】で私自身にはどのような強化を施すのか。それはこの戦闘における私の役割を果たす為のものである。
「…よし、仕込みは終わりだ。器用強化、器用強化、敏捷強化、敏捷強化、敏捷強化!」
私はクリティカル率の上昇する器用強化と速度を上昇させる敏捷強化で自分を強化する。そう。今回、私は大鎌を主体に戦うつもりであったのだ。
これは別に自棄になった訳でも、ましてや舐めている訳でもない。普段のように魔術を使わないのには切実な理由がある。それは私の魔術、特に威力が高いものは攻撃範囲が広いものが多い。そうなると七甲が召喚した魔物達を巻き込む可能性が高いのだ。
これでは数の暴力を活かすどころか、自らその利点を潰してしまいかねない。それに忘れられがちだが、私の『古ぼけた大鎌』には【闇属性付与】という効果がある。これなら天使の唯一はっきりと見える弱点である【闇属性脆弱】を突く事が出来るので、最低限の火力は確保出来るのだ。
「短距離転移、斬撃!からの、闇槍!」
私は【時空魔術】で距離を一瞬で詰めると、闇属性の乗った大鎌の武技を叩き込む。その直後に至近距離から魔術を放った。こういう事が出来るのは、腕を増やしたことの利点である。
『ええいっ!先にあの偉そうな骸骨を倒しなさい!』
これまで脚を掴んだまま殴ったり噛み付いたりする二匹の獣鬼を相手取っていた天使だったが、主人である女神の命令に従って私に狙いを定めたようだ。獣鬼達を強引に振り払い、私に向かって突撃してくる。しかし、いいのか?私だけに狙いを定めると…
「斬爪蹴!」
「嵐!」
背後から仲間達が攻撃するに決まっているだろう?またしても頭上から飛び掛かったモッさんが足の爪で翼を、七甲の【暴風魔術】がその全身を切り裂く。魔術の範囲内から逃げても、そこには獣鬼と七甲の下僕が待っている。状況は先程と同じものへと戻っていた。
『むきぃぃぃい!もう許さないんだから!』
女神がヒステリックな金切り声を上げたかと思えば、彼女の石像が一際強く発光し始める。そしてその輝きは一条の光線となって天使へと伸びていった。光を浴びた直後、今度は天使本体が直視出来ない程に強く発光し始めたではないか!一体、何が起きている!?
「ちょ!コイツ、デカなっとらんか!?」
「それにダメージも治っているように見えます。これは一体?」
二人の困惑と驚愕を、私も共有していた。天使の身体が一回り大きくなっただけではなく、ついさっきモッさんが切り裂いた翼の傷も消えている。…なんだか、とてつもなく嫌な予感がするのだが?
「何をした、女神よ?」
『ふふん!私の力で進化させたのよ!この子はもう白光能天使じゃないわ!その一段階上、白光力天使!レベルは50よ!どう!?これが女神の力なのよ!』
おいおい、強制的に進化させたとでも言うのか?劣勢になったからと言って、こういうことをするなんて反則じゃないか!チートだぞ、チート!
「い、イザームはん…?これってひょっとすると…」
「負けイベント…かもしれませんね…」
「いや、そうとは言い切れんぞ」
七甲とモッさんの言いたい事もわかる。三人で上手く戦えていたと思ったら、この仕打ちだ。これが敗北を強制される事態なのかもしれないと思うのは無理もない。だが、私は違うと断言出来る。それは【鑑定】した結果から明らかだ。
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種族:白光力天使 Lv50
職業:力天使 Lv0
能力:【翼撃】
【双剣術】
【鎧術】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【知力強化】
【精神強化】
【神聖魔術】
【虚無魔術】
【回復魔術】
【飛行】
【光属性耐性】
【闇属性脆弱】
【崩壊スル肉体】
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確かに進化によって素のステータスは上昇しているだろうし、【精神強化】という新たな能力も増えている。だがそれ以外に能力は増えていないし、進化してもいない。それどころか【光属性無効】が【光属性耐性】という一段階低いであろう能力へと退化しているし、【闇属性脆弱】は無くなってはいない。
さらに【崩壊スル肉体】という明らかに悪影響を受けていそうな能力(?)がある。これが一体どういう影響を及ぼしているのかは不明だが、これは強制的に進化させられたのが原因と見ていいだろう。
「どうやら無理が祟っているようだ。見た目に騙されるんじゃない。コイツは決して勝てない相手じゃないぞ」
『そ、そ、そんなわけ無いじゃない!』
「あ、ホンマ臭いな」
「そうですね」
うむ、女神の反応が素直でよろしい。そして二人もそれを察しているのか、再び戦意を燃やしている。これで諦めムードは払拭出来たようだな。何よりだ。
「では、第二ラウンドと行こうか!」
もしかしてこの女神、ポンコツ…?
次回は2月2日に投稿予定です。




