イレヴス防衛戦 その頃の仲間達
中央だけではなく、東西の一部も突破されてしまったイレヴスでは、既に乱戦の様相を呈していた。ただ、統率を失ったからと言って完全に烏合の衆と化した訳ではなかった。なぜならNPCの指揮下で纏まって行動する、という慣れない者が多い状況からプレイヤーが解放されたからである。
「やっぱり、いつものメンバーでやるのが一番だな!」
「行くよ!火槍!」
統率のとれた軍隊に比べれば、一つのパーティーの力など高が知れている。だが、慣れていない軍隊としての行動で枠に嵌められているよりは彼らの判断で動ける今の方が十全に力を発揮出来る者が多いのも事実だった。
「風来者に後れをとるな!街を守るのは我々の役目だぞ!」
「「「おおおおお!」」」
加えてNPCの兵士も必死に戦っていた。人数は小隊や中隊規模だったが、今の状況ではこちらのほうが小回りが利く。あたふたしているだけでは殺されてしまうのだから当然だ。それでも普通なら混乱したであろうが、自由になって本来の戦い方が出来るようになったプレイヤー達に触発されて士気が上がっていた。城壁が破られたにもかかわらず、何故か悲壮感が漂う事はなかった。
それらの要素が相まって、城壁の上やその真下では激しい戦いが繰り広げられている。その一方で、街の内部に入った魔物の数は驚くほど少なかった。イベントの敗北条件は街の陥落なのだが、その条件は街の内部に非戦闘員NPCが避難している五つの『守護塔』の過半数が破壊されること。なので街の防衛は瀬戸際で成されているのだった。
「槍隊、構えぃ!弓隊、魔術隊…撃てぇい!」
「「「「おう!」」」」
特に『戦国乱世』のような大規模クランの活躍は目覚ましいものがあった。単純な人数で言えばNPCの兵士でも似たような規模の部隊はあるのだが、プレイヤーの集団としてならかなり人数が多い。統率の役目から解放され、一つの生き物の如く操れる人員だけを動かせるようになったリーダーの太郎左衛門尉はこの場において最も貢献していると言っても過言では無かった。
彼らは広い道の中央に陣取り、そこから街へ向かおうとする魔物を上手くブロックしていた。前衛の槍兵部隊が槍衾を作って敵の突撃を受け止め、勢いの止まった者達を矢と魔術が貫いていく。それで倒し切れなかった魔物は手練の者達が一気に始末する。この作業を太郎左衛門尉の的確な指示のもとで着実に熟していた。
「ハァイ、素敵なオジサマ」
「ぬうっ!?」
その時、指揮に徹していた太郎左衛門尉に襲い掛かる影があった。頭上からの奇襲に驚きつつも、彼は咄嗟に持っていた軍配を翳して攻撃を防ぐ。奇襲を仕掛けた何者かは即座に飛び上がると、空中で一回転しつつ囲みの外にいた一体の豚頭鬼の肩に飛び乗った。
わざわざ奇襲だというのにわざわざ声を掛けた事から、奇襲の主が本気で殺す気が無かった事が伺える。しかしながら、彼に危害を加えたのは事実であった。故に太郎左衛門尉は声の主に誰何した。
「何者だ!プレイヤーか!?」
「ご明察。この間はごめんなさいね?」
「そうか…君はあの時のプレイヤーか!」
「ふふっ、正解よ」
奇襲を仕掛けたのは、イザームの仲間の一人である兎路だった。彼女と太郎左衛門尉の間には、砦の防衛戦での因縁がある。彼女の仕掛けた分断攻撃によって、彼らの決死の突撃を無意味なものにしたのだ。
太郎左衛門尉は作戦の提案者が兎路だと言うことは知らない。しかし彼女の言い種からその関係者であることは察していた。なのではっきり言えば兎路は彼にとって仇敵とも言える人物であった。
「それで、その豚のような戦士は君の仲間かね?」
「そうよ。頼れる…かはわからないけど、ね」
「え?ちょっと酷くない?」
「近くに貴方がいたから、一応、挨拶しとこうと思って」
エイジの控え目な抗議をまるっと無視しつつ、兎路はそう告げた。強くなったとは言っても、彼らのレベルと人数では『戦国乱世』と戦える訳がない。なので彼女は本当に太郎左衛門尉に挨拶するだけのつもりだった。それがただの煽りにしか受け取れない事がわかった上で、である。
「よくも顔を出せたな!」
「お前らのせいでこっちは全滅したんだぞ!」
「ここで倒してやるわ!」
「止めなさい」
挑発されたと思ったプレイヤー達が声を上げるが、太郎左衛門尉が静かに抑える。彼もここで兎路を追いかければ人数と連携によって高い確率で倒せる事はわかっている。しかしながら、彼らの内何人かがこの場所から離れてしまうと街の内部に魔物を通してしまう可能性が高まる。故にイベント全体のため、安い挑発に乗る訳にはいかないのだった。
「ここで熱くなれば、相手の思うツボだ。それに追い掛けた先に別の仲間がいないとも限らないだろう?」
「た、確かに…」
「我々は、ここを死守する。その方針を変える事は無い」
もちろん、太郎左衛門尉にも思うところはある。だが、その感情よりも勝利を優先させたのだ。リーダーとしては当然の選択ではあるし、それを当たり前のように選べる辺り、太郎左衛門尉はリーダーに向いていると言えるだろう。
「あら、来ないのね。じゃあ、私達は別の場所で遊んでくるわ」
「…そうするといい。君達が余り戦果を挙げない事を祈っているよ」
「そりゃそうよね。それじゃ」
「あー、えっと、お互い頑張りましょうね」
エイジの無難な挨拶を残して、二人は魔物の群れに紛れるようにして去っていった。『戦国乱世』の面々は二人の背中へ様々な感情の綯交ぜになった視線を送るのだった。
◆◇◆◇◆◇
ウスバから預かった地図データを持っているしいたけ達は、迷うことなく目当ての店で略奪を働いていた。武器や防具を扱う店では全員の使う系統の武具を手当たり次第に盗み出し、便利系から単に面白そうなネタ系魔道具も既に回収済みだ。
「七甲とモッさんがまだ来てないのが気になるけど、とりあえず次はここだねぇ」
三人の次の目的地は裏路地にある錬金術関連の店であった。しいたけは【錬金術】関連のアイテムここで盗むつもりなのだ。
「中にNPCは居ないわよね?」
「きっとー、避難してるよー。ここまでもー、そうだったじゃないかー」
紫舟は心配そうだが、逆にウールは楽観的だった。それはここまでで寄って来た店の全てでNPCは『守護塔』に避難済みであったからだ。ウールは『守護塔』の存在を知っているので、どこもかしこももぬけの殻である事からNPCは既にそこへ逃げたのだろうと予想していた。
加えて言えば、イレヴスにいた錬金術師の大半は戦場にいた。彼らは城門の修理や【錬金術】によって作成されたアイテムの投擲、さらに魔術による援護などの為に呼ばれていたからである。そして半人前の見習い達は普通のNPCと共に『守護塔』に避難している。なので今、錬金術師でありながら店舗に残っている者はいないハズ…だった。
「そーそー。気にしないの、紫舟ちゃん。んじゃ、お邪魔しまーす」
「…いらっしゃい」
「「「!?」」」
店からあるわけがないと思っていた挨拶が返ってきたことで、三人は思わず固まってしまった。色々と疑問は尽きないが、いち早く硬直から逃れたのはしいたけであった。
「やあやあ、お婆さん。どうして残っているんだい?街の外は大変なことになってるのにさ」
「ふぇふぇふぇ…こいつは驚いた。魔物がこの婆の心配かい?」
しいたけの言葉がツボに入ったのか、錬金術師だと思われる老婆はしばらく笑い続けていた。そして落ち着いてから口を開いた。
「何、大した理由は無いさね。あたしゃ、もう老い耄れさ。戦いの役にゃあ立てないから呼ばれやしない。それに脚が悪くてね、『守護塔』に逃げるのも間に合いやしない。だったら自分の城でおっ死んだ方がマシってことさ」
「ほーん、なるほどね」
「それで、この婆を殺すんだろ?だったらさっさとやっとくれ。こう見えて結構怯えてるんだよ」
そう言われた時、紫舟とウールは気がついた。よく見れば老婆の手や身体が小刻みに震えていると言うことに。気丈で飄々として見えても、リアルな人間のように怯えていると言うことに。
「いやいや、別に私たちは殺しが目的ってわけじゃ無いんだぜ?そうだ、だったら私達と取引しない?」
「…取引だって?魔物とかい?」
「そんなに驚くことじゃないっしょ?他の大陸には魔物の国が幾つもあるって話だし、そもそもこの大陸にだってそういう国は南の方にあるじゃん」
「噂は聞いた事があるけどね…事実なのかい?」
「本当らしいよ。私の実体験じゃなくて、そこにいたって奴が知り合いにいるだけだけど」
しいたけの言う知り合いとは、他でもないエイジと兎路である。彼らはイベントが始まるまで豚頭鬼が主たる国民の都市国家を活動拠点としていた。なので詳細は知らないが、その存在に関しては断言出来るのだ。
「大体、ここにいるプレ…風来者の中にも魔物はいたんじゃない?」
「そういやそんな話を聞いたっけね。それに言われてみりゃあ言葉が通じる相手なら商売相手としちゃあ合格か。人類なのに言葉の通じないチンピラは、この辺にゃあゴロゴロいるしねぇ」
しみじみと語る老婆から、怯えの気配はほとんど無くなっていた。それはおそらくしいたけの話術によるものだろう。単に気さくな彼女と老婆の気が合っただけかもしれないが。
「それで、どんな取引をお望みだい?」
「じゃあ先ずは普通に【錬金術】の機材を売ってほしいかな。代金は勿論支払うよ」
「【錬金術】の機材だって?まさかとは思うけど、あんたは錬金術師なのかい?」
「そうだよ。自分自身が素材みたいなモンだけどね!あっはっは!」
「全くだよ!ふぇふぇふぇ!」
どうやらしいたけの自虐ネタは老婆のお気に召したようだ。もう彼女の恐怖心は無くなったと言ってもいいだろう。
「売るのはいいけどね、肝心の金はあるのかい?」
「あるよ?出処は聞かないでね~」
しいたけの持っている金はキャラクター作成時に配布されたはした金と、砦やここに来るまでの道中で盗んできたものだ。決して綺麗な、真っ当な手段で得た金とは口が裂けても言えない。
「ふん、構いやしないよ。この界隈じゃあ真っ当な奴の方が少ないからね。どれ、じゃあ選んどくれ」
「ありがと、婆ちゃん!」
それからしばらくの間、しいたけと老婆はああでもないこうでもないと言いながらアイテムを選んでいた。そして五、六分が経過してようやく購入する物が決まったらしい。二人は納得した様子で売買を終えた。
「そうだ、婆ちゃん。一つ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「この辺でさぁ、色々と溜め込んでてぇ、しかもそいつのモノが盗まれても誰も同情しない奴っていなぁい?」
老婆はしいたけの質問に呆れ果てたようにため息をついた。なぜなら、しいたけは自分の目的が何なのかを全く隠す気すら無かったからだ。
「あんたねぇ…まあいいか。いいよ、教えてあげようかね。ここいら一帯でその条件が当てはまる連中っていやぁ、カローネファミリーって奴らさ」
「ふぅん。どんな連中なの?」
「ざっくり言えば高利貸しさね。利率もバカ高いし、取り立てがまぁ厳しくてねぇ。借金の形に奪ったモンを二束三文でさっさと売っ払って、足りない分を返せっつって借りた奴から死ぬまで毟り取る外道さ。それに盗賊ギルドの洗濯を担当してるって噂もあるよ」
「ほうほう。そりゃあたんまりと溜め込んでそうだねぇ~」
とても楽しげなしいたけだが、それを咎めるように老婆は続けた。
「バカな事を考えるのはおよしよ。あいつらはきっと『守護塔』には行ってない。要塞みたいな屋敷に住んでるし、腕利きの用心棒だって雇ってる。返り討ちに合うのがオチだよ」
「そっかぁ…そうだよね。んじゃあ、はい。コレあげる」
「もしかして…あんたのトゲかい?」
「そうそう!珍しいんじゃないかって思ってさ」
「確かにそうだけどね…」
しいたけが情報料代わりに渡したのは、彼女の傘から生えるトゲであった。彼女の種族である毒動針茸は、この大陸では非常に珍しい。故に素材の流通もほとんど無く、しいたけの針は老婆も書籍で読んだ事しかない珍品であった。
「はぁ、仕方ない。これじゃあ貰いすぎだからね、もう一つ噂を教えたげるよ」
「噂って?」
「嘘か本当かはわからないけどね、奴らは溜め込んだモノを分けて幾つかの倉庫に仕舞ってるって話さ。一番大事なモンはガチガチに警備を固めて近くに置いてんだろうけど、今なら倉庫街の方の警備はがら空きなんじゃないかね」
「おおお!婆ちゃん、ナイス!そっちを当たってみるよ!ところで、婆ちゃんは逃げないの?『守護塔』まで案内してもいいけど?」
「そうだねぇ…そっちの二人が面倒じゃないなら頼もうかね」
老婆としいたけの視線を受けた紫舟とウールは、無言で頷いた。地図は持っているので倉庫街が何処にあるのかは把握出来ているので、老婆からの情報だけで大体の見当は付けられる。
それに、ここで断るほど二人は空気が読めない訳ではない。正直言ってこの店に関しては出番が無かったので、口出しするのは憚られたのである。ウールは黙って老婆を背中に乗せて歩き出すのだった。
セイと従魔達は隠れて近付くのが苦手なので、少し離れた場所で待機中。出番がなくて可哀想…なので次の章では増やしてあげたい(願望)。
次回は1月29日に投稿予定です。




