イレヴス防衛戦 その四
所変わってこっちは私、しいたけ率いる『チームコソ泥』でお送りいたしますぜ。我々は今、兎路達とは正反対の東側に来ております。向こうもそうだと思うけど、イレヴスの抵抗は非常に激しいですねぇ~。ただでさえ戦闘が苦手な私達じゃあ正攻法での突破は無理っぽいし、するつもりもないわな。
「さてさてさぁて、ほんじゃあ予定通りに行きますか」
「うん!」
「頑張るぞー」
まず取り出したるは私が【錬金術】で作った煙幕玉。攻撃力はカスみたいなモンだけど、目眩ましにゃあ持ってこいさ。そいつをありったけ投げ付ける。
温存?バカ言っちゃいけないよ。【風魔術】でどうせ吹き散らされるんだ。ケチって煙の量が足りなかったら、街の内側に入り込む前にゲームオーバーさ。
「先ずは私から!ぬりゃあ、連遠投!」
私は煙幕玉を【投擲術】の武技を使って連続で遠くまで投げまくる。武技を使ったことで、現実だとヘロヘロな投球しか出来ない私がプロ野球選手もびっくりな遠投が出来ちゃうのだ。
う~ん、リアルチートって呼ばれる連中は素直にスゲーって思うけども、私みたいな運動音痴でもこんな事が出来るようにする武技ってシステムの方がよっぽど凄いと思うんだよねぇ。へなちょこ運動神経からしたら、こんなに動けるだけでも十分楽しいんよ?
「うわっ!何だこりゃ!?」
「え、煙幕だぁ?魔物のくせに、こんなモン使って来やがるのかよ!」
「ゲホッ、ゲホッ!ってぇ!?おい、気を付けろ!」
「怒鳴ってる場合じゃないでしょ!?【風魔術】が使える人はさっさとしてよ!」
むふふふふ!いい感じに混乱してるじゃな~い?でも、【風魔術】を使おうとしてる人もいるし、さっさと動かないとちょっとした騒ぎが起きただけに終わっちゃう。ほら、絶好のチャンスだよ?逃すのは勿体無いぜぇ?
「何だかわからんけど、チャンスだ!」
「乗り込めぇ!」
「っしゃあ!一番乗りだぜ!」
「おー、そりゃープレイヤーは便乗するよねー」
私の煙幕が齎した混乱に乗じて一気に梯子を駆け上がった魔物プレイヤーがいたっぽいね。獣レベルのAIしか積まれて無い魔物NPCならともかく、臨機応変に動ける魔物プレイヤーなら即座に行動してくれるって信じてたよ。
こうなりゃこっちも行けるってもんよ。コソ泥する為にも、先ずは街に入らないとお話にならないもんね。
「んじゃ、こっからはヨロシク」
「任せてよね!」
「やれるだけやるよー」
こっからは紫舟とウールの仕事さね。私は短い手足を使ってえっちらおっちらとウールの背中にしがみついた。おおー、温い!そして柔らかくて気持ちがいい!何これ?リアルな部屋に欲しいんですけど?
「…このまま寝落ちしそう」
「この状況でー?」
「ウールの毛が気持ちいいのは分かるけど、起きといてよ?」
あー、紫舟ちゃんはこの感触を知ってるのねー。もうね、夢中になっちゃうよね。夢羊って毛にも睡眠導入効果あるのかのぅ?
「じゃあ、行くよ!ウールもしっかり着いてくるのよ!」
「わかったー」
のおぉう!?きゅ、急に走り出すのは勘弁してぇ!噛んじゃう!舌を…あ、このアバターには舌なんてなかったっけ?
何はともあれ、潜入作戦が遂に始まったね。紫舟とウールは煙幕に隠れながら城壁へダッシュして、そのまま壁を登っていく。正確には垂直な壁をカサカサ走れる紫舟が、角に糸を巻き付けたウールを補助しながら登ってるのだ。登山家かな?
「うーわー、首がー。もーげーるー」
「頑張れー」
ウールは私を背負ったまま、四本の脚を必死に動かして壁を登ってる。応援くらいしかできることが無い私は今は完全にお荷物だねぇ。
「もう少しよ!頑張って!」
紫舟ちゃんはさっさと登りきって、今は糸を巻き上げてウール君と私が登るのを手伝ってくれてる。そしてウール君が両前脚を城壁の縁に引っ掛けた時、問題が発生してしまった。
「あ!おい、こっちにもいるぞ!」
「落とせ!落とすんだ!」
「気付かれた!?」
おっと!こんなに早く見つかっちゃうのはちょぉっと運が悪いか。けど、突破しないって選択肢だけはあり得ない。かなり無茶をすることになっても、だ!
「乱れ撃ち!ウール君!」
「めー、めー」
私は躊躇せずに奥の手の一つを使う。それは頭に生えてるトゲを周囲にバラ撒く【射出】の武技。武技の性質上、一本一本の威力は低いし狙った誰かへ正確に当てることは無理だね。けど今は倒す事よりも目眩ましをする方が優先。だからこれでいいのさ!
「痛っ…ぐぅ…」
「す、睡眠だ…と…すぅ」
さらに!今のウール君の使う【睡眠】の効果は、初期に比べて随分と上がってる。もちろん、能力のレベルが上がった事も理由の一つだけど、それ以上に効果的だったのは【歌唱】って能力を覚えた事さ。
どうやらウール君の鳴き声による【睡眠】って、歌声の判定になってるっぽいんだよね。子守唄的な?それとも単に声扱いだから?まあなんにせよ、普通だと役に立たなさそうな【歌唱】って能力が上手くハマってるんだよ。
だからプレイヤーの中でもそこそこレベルが高そうな二人を一発で眠らせる事に成功したのさ。まあ、敵が獣鬼ばっかりの戦場へ臨むのに、【睡眠】なんてマイナーな状態異常への対策をしてくるプレイヤーはいないからこそ成功したんだろうけど。
「痛っ…って、毒!?」
「これは、毒針か?どっから飛んできた!?」
「早く入っちゃおうよ!」
「紫舟にさんせーだよー」
あ。私のバラ撒いたトゲが刺さっちゃったプレイヤーやらNPCやらが此方に向かって来るっぽいね。ここは紫舟の言う通り、ちゃっちゃと不法侵入しないとヤられちゃう。なら最後の嫌がらせしてやろう!
「ほれ、煙玉のお代わりをおあがりよ」
使うのは勿論、煙幕玉さ。ただし、さっき使ったのとはちょいと趣が異なる。なんせこいつぁ毒煙玉だからねぇ!
「げぇっ!毒煙玉だっ!」
「やべぇっ!解毒ポーションは切らしてるんだった!誰か持ってないか!?」
「そんなの、皆自分の分しか持ってないわよ!」
うひゃひゃひゃひゃ!大混乱だねぇ!此方は手間が掛かってる分、毒針よりも効果が高いし範囲も広い。これでしばらくは統率の取れた行動って言うのは難しくなるんじゃない?
「ほんじゃ、頑張ってね~」
こうして私達三人は色々と拝借するためにその場を後にするのだった。
◆◇◆◇◆◇
イザームの嫌がらせ、と言うにはやり過ぎな破壊工作によってバラバラになった城門前では非常に激しい戦いが繰り広げられていた。だが本イベントにおけるラスボスである獣鬼王が城門の内側に侵入したにしては戦況は拮抗していると言えた。
その原因もまた、イザームにある。彼が引き起こした爆発によって獣鬼王はそれなりに深い傷を負い、同時にその左右にいた獣鬼将軍は半死半生の重体となっていた。なので狂乱状態に陥っていた人類が無茶苦茶に撃ちまくった魔術によって数分後に倒されてしまったのである。
門の崩壊とほぼ同時に獣鬼王直属の兵士達が突入したものの、プレイヤーとNPCの兵士が激突して足止めをしている。そして獣鬼王本鬼と生き残った獣鬼将軍の二匹に果敢に立ち向かっていたいたのはイレヴス側の最高戦力である上級騎士の部隊であった。
「がはぁ!」
「アンリ!おのれぇ!」
しかし、流石に相手はレベル70オーバーの王。彼らだけでは分が悪い戦いを強いられていた。彼方はダメージを負っても徐々に回復していくというのに、此方はまともに攻撃を受けてしまえば一撃か二撃でノックアウトなのだから。既に数人の騎士が戦闘不能に陥っており、彼らは絶望的な戦いに身を投じざるを得ない状況にあった。
「グハハハハハ!貧弱な人間如きが余に歯向かうからだ!さあ、直ぐに街を明け渡せ!そして余らの腹に収まるがいい!」
「巫山戯るなよ、知恵の足らぬノロマな化け物風情が!我等が決して屈っすることは無い!皆の者、命を惜しむな!国王陛下への忠誠を示せ!」
「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」
それでも彼らの心が折れる事はない。それはそういうプログラムだから、と単純に言い切ることは出来ない。彼らには疑似人格AIが搭載されており、故に彼らは個性もあれば人間的な恐怖もあるのだ。
では何故、騎士達が命を懸けて戦えるのか。それは偏に騎士としての矜持があるからである。本能的な恐怖を抑えつけ、義務を果たすために戦う。その気高さは人間のそれと違いは無いのではないだろうか。
「ほざけ、虫ケラが!貴様らの命なんぞ、そこらの畜生と代わらん価値しか持たん!貴様らの覚悟なんぞ、余にとって取るに足らぬ戯れ言よ!」
「言うじゃないさ、化け物の癖にさ!」
そう言って獣鬼王は最も近い騎士に向かって斧を振り下ろしたが、その間に何者かが割り込んだ。そしてその人物は武技も使わず攻撃を見事に受け流してみせた。
「ぐぬぅ!?貴様、あの時のメスか!」
「ブ男に覚えて貰ってても嬉しくないね!」
獣鬼王が忌々しげに睨み付けたのは、『勇者』ルーク率いるパーティー『聖火と剣』のメンバーであるキクノであった。彼女にはプレイヤーの中でもトップクラスの壁役としての技量と、『蒼月の試練』を乗り越えて得た大盾がある。その力を最大限に活かして先の砦からの撤退戦で活躍したのだ。
なのでキクノの事は人類の顔など一々覚える気など無い獣鬼王でもよく覚えていた。自分の邪魔をしてくれた怨敵として。
「余の斧で潰したというのに、性懲りもなく甦りおったか。何度来ようと結果は同じことよ!今度は生きたまま食い殺してくれようぞ!」
「そうはさせない!」
「援軍に来ました!」
当然だが、キクノ単身で此処に来るハズがない。ルーク達パーティーメンバーも援軍に駆け付けていた。彼らはプレイヤーを纏める立場であったのだが、混戦となった今ではあまり意味がない。砦からの撤退戦の功績をよく知っているNPCの指揮官が彼等なら戦力になるだろうと判断して送り込んだのである。
「ふん!多少数が増えたところで、何が変わるというのだ!全員纏めて…」
「うふふふふ。いいですねぇ。命懸けで、本気で戦う人というのは」
「!?」
獣鬼王が罵倒を返そうとしたその時、不意に彼の耳元から声が聞こえてきたではないか。驚いた獣鬼王は思わずそちらを振り向くが、そこには何者の影も見当たらない。気のせいか、と思った瞬間、彼の脇腹に鋭い痛みが走った。
「グオオオオオオッ!?な、何だ貴様は!」
「ああ、自己紹介が遅れました。私、『仮面戦団』というしがないパーティーを率いておりますウスバと申します。お見知り置きを、獣鬼の王よ」
口調を荒げるでもなく、早口になるでもなく、ウスバは獣鬼王の脇腹にナイフを深々と突き刺しながら淡々と名乗りを上げた。非常に丁寧かつ慇懃な言い方をしてはいるものの、やっていることと相手を嘲笑うような笑みを浮かべる道化師の仮面からは相手への敬意など微塵も感じられなかった。
「ぺ、『仮面戦団』のウスバ!?最悪のPKがどうしてこんな所にいるのですか!?」
「いえいえ、昨日楽しませて貰ったお礼に少々助太刀させて頂こうと思いまして」
それを聞いたルーク達の表情が強張る。それはウスバが言っている言葉の意味を即座に察したからだ。それだけ『仮面戦団』の悪名はプレイヤー間に轟いているのである。
「このおおおおおっ!皆殺しだあああああ!」
その件に関してルークは問い質したい気持ちはあったものの、敵がそんな悠長な時間をくれるハズがない。沸点の低い獣鬼王は、ウスバに虚仮にされた怒りで襲い掛かって来たからである。こうしてイレヴス最強のNPCとプレイヤー最強のパーティー、そして最悪のPKによる奇妙な共闘が始まった。
人間っぽい頻度で「うっかりミス」とか「ど忘れ」とかするAIの開発って言うのがある意味一番難しいんじゃないかと思う今日この頃であります。(素人考え)
次回は1月21日に投稿予定です。




