イレヴス防衛戦 その二
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【魔力精密制御】レベルが上昇しました。
【大地魔術】レベルが上昇しました。
新たに地牙の呪文を習得しました。
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ゲーム内の時刻は深夜。夜目の利く我々には有利な時間帯である。事前に出来る準備は全てやり尽くした。もしこれで門の破壊に失敗したら、大人しく魔物の軍勢に混ざってお手伝いに励む外に無い。出来れば上手く事が運んで欲しいものだ。
「イザーム、魔物の軍が進軍を開始しましたよ」
パタパタと音を立てて私の杖に止まったのはモッさんであった。七甲と同じく空を飛べる彼に偵察を任せていたのだ。その七甲はというと、今は私としいたけと共に集魔陣で魔力の回復に努めていた。
私の即興の作戦のために、二人には随分と魔力を使わせてしまった。下準備を終えてからは魔力の回復に専念していたのでもうほぼ満タンになっているが、思い付きに付き合わせた事は申し訳ないと思っている。私が思っていた以上に地味な単純作業だったので尚更だ。
「よし、ここからは離れた所から戦況を俯瞰し続けるぞ。そしてタイミングを計って門を破壊した後、一気に突入する」
「い、いよいよですね!」
エイジが緊張と興奮を露に鼻息を荒くする。豚の頭を持つ彼がフガフガと言わせていると、なんと言うか、その、迫力がある。中身が好青年なのはしっているだけに、そのギャップが凄い。
何でもリアルの彼は本人曰くナヨナヨしている自分の体格が嫌いで、昔からプロレスラーのような屈強な肉体に憧れていたそうな。なので自分とは正反対であるガッチリとした筋肉とそれを包み込む脂肪を持つ豚頭鬼になったのだとか。決して下卑た動機ではないのである。
「モッさん、いい感じの場所はあったんか?」
「ええ、ありましたよ。先導します」
「頼もしいわ、ホンマ」
よし、都合の良い場所に当たりを付けて来てくれたようだな。そちらに移動してじっくりと時が満ちるのを待つとしようじゃないか。
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下弦の月が中天に上り、青白い輝きで世界を照らす頃。陣容を再編成した魔物の軍勢はイレヴスの街に押し寄せた。その先頭に立つのは先の戦いでは姿を見せなかった獣鬼王である。
群れのトップであり、群れの中でも文句なしに最強である獣鬼王の出陣。これだけで彼らの本気である事が伝わってくる。この戦いで全てに決着を付けるつもりなのだ。
「者共、我に続けぇぇ!掛かれぇぃ!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」」
先陣を切った獣鬼王の大号令と共に、魔物の軍は一斉に攻撃を始めた。連中の雄叫びだけで空気が震え、進軍するだけで城壁に立つ者達がハッキリと感じる程の地揺れが起きていた。前回の攻めなどまるで遊びであったかのような迫力である。
「く、来るぞ!各員、作戦通りに先頭集団を狙い撃ちにせよ!」
竦んでしまいそうな状況だが、人類も負けてはいない。逃げる場所など無い彼らも必死なのだ。
獣鬼王率いる先頭集団が弓矢や魔術の射程距離に入った直後、遠距離攻撃が雨霰と降り注ぐ。それもその全員が獣鬼王を標的としていた。奴を倒してしまえば人類の勝ちである事をよく弁えているのだ。
「グハハハハ!その程度の攻撃が余に効くかぁぁ!」
しかし、獣鬼王は止まらない。それどころか勢いを殺ぐことすら出来ていなかった。これは単純に獣鬼王がタフである事も要因の一つではあるが、獣鬼王の装備が軒並み魔物の軍で最も高性能である何よりも事が最大の原因であった。
よく見れば獣鬼王はダメージを断続的に食らっているのだが、化け物染みた自然回復速度によって即座に治癒しているのである。それは獣鬼という種族の弱点である火属性の攻撃を食らっても同じことだった。これはイザームのようにチマチマと時間を掛けて克服していった訳ではなく、単純に防具や装飾品で火属性をほぼ無効化しているからだった。
しかも獣鬼王が率いる部隊に限った話ではないが、魔物の軍の中には魔術師や神官もいる。それらが魔術によって援護したり回復魔術を飛ばしたりしているので、余計に質が悪い。そちらを攻撃しようにも、獣鬼騎士達が守っているので有効な打撃が与えられなかった。
なので獣鬼王を撃破するには、この防具を何らかの方法で破壊するか再生力を超える攻撃を与え続けるか、或いは後方からの援護を封じる必要があるのである。しかし、それが簡単に出来れば苦労はしない。結局、獣鬼王はその体力を一割削れたかどうかの状態で街を守る門に取り付いてしまった。
「破城斧撃!砕け散れぇぃ!」
獣鬼王は鬼系の魔物の王が【斧術】を進化させた時に出現する【鬼斧王術】という能力を有している。大層な名前に相応しく、一般的な能力とは比べ物にならない強力な武技を使えるのだ。
獣鬼王の巨体と比較しても大きい大斧が、くすんだ金色の燐光を纏って門に叩きつけられる。すると斧の刃は凄まじい音を立てて門にめり込んだ。使っているのは石斧のはずなのだが、石の材質が特殊なのか金属で補強されている門であっても易々と穴を開けた。
「グハハハハ!脆い!脆いわ…んあ?」
獣鬼王はここから自分と配下達が雪崩れ込む姿を想像して高笑いを上げたが、それは早とちりと言うものだった。なんと彼が開けた穴はみるみる内に塞がって行ったからである。
「人類を舐めるなよ、化け物め!」
「殺し合うだけが戦いじゃないんだぜ!」
ここで活躍したのは街の錬金術師達だった。彼らは【錬金術】の能力がレベル25になって覚える修復という術を使っていたのだ。これは耐久度が下がってしまったアイテムを直す効果がある。直接的な戦闘は苦手な生産職だが、ならば己の得意分野で活躍すれば良いのだ。
「猪口才なぁぁ!」
獣鬼王は自分の武技が付けた損傷を直された事でプライドが損なわれたらしい。怒りの咆哮と共に今度は斧を連続で叩きつけた。武技も何も使っていない攻撃だが、純粋な膂力が恐ろしく高い獣鬼王がやるのだから始末に終えない。一発毎の威力は武技を使った時に遠く及ばないものの、連打されれば総合ダメージは超えるかもしれない。
「資材を惜しむな!どんどん持って来い!」
「削られるペースが思ったより早いぞ!魔力が続く限り全力で直し続けろ!」
それでもプレイヤーとNPCの混じった錬金術師達は必死に修復し続けた。ただし、それで何時までも耐えられる訳ではない。そもそも、修復は魔力さえあれば条件も無く無限に直し続けられるような都合の良い術ではない。損傷箇所を補修するための材料が必要となるのだ。
一応、材料が無くとも修復は出来る。しかしそのやり方ではアイテムの耐久値や品質が少し下がってしまう。幾度も繰り返してしまうと、見た目は立派な城門なのに荒屋の戸板よりも容易く破壊可能な柔らかさになってしまうのだ。
「生産職にばっかり格好させられるかよ!」
「オラオラ!くたばれぇ!」
戦争イベントと言うこともあって、戦闘職のプレイヤーは自分達の独壇場だと思っていた。にもかかわらず砦の防衛戦ではあまり活躍したとは言えず、いざ都市の防衛戦が始まったかと思えば城門を直せる者達が最も働いている。
これでは自分達の立つ瀬が無いではないか。これ以上の無様を晒すのは御免だ、とばかりに戦闘職プレイヤー達は奮起していた。【弓術】や【投擲術】を持つ者達は勿論のこと、持っていない者達も矢玉の補充などに駆けずり回っていた。
「ヌオオオオ…!鬱陶しいぃ!おい!貴様ら、余を手伝え!」
「「ははっ!」」
獣鬼王率いる軍勢が城門に取り付いていた訳だが、それ以外の者達がボーッと見ている訳が無い。残りの魔物達は下から攻撃しつつ、城壁に取り付いてよじ登ったり城壁その物を壊そうと試みたりしていた。
その中から獣鬼王の本隊の左右にいた部隊を指揮していた個体がそれぞれ城門の前に駆け寄って来た。その者達は獣鬼将軍というレベル60代の魔物である。魔物達の中では獣鬼王に次ぐ実力者であった。
そんな魔物がそれぞれの部隊の指揮を残りの部隊を率いる同僚に任せて王の下へ馳せ参じたのである。ただでさえ防ぎ切れなさそうな門への攻撃が激しくなったのだ。
「ゴオアアアアア!」
「ガアアアアアア!」
「っ!ヤバいヤバいヤバい!あいつらに集中砲火だ!このままじゃあ門がぶっ壊れちまう!」
人類側からすればたまったものではない。敵の魔術師や神官へ攻撃していた者達も慌ててその攻撃の矛先を獣鬼王と獣鬼将軍に集中させる。一般的なプレイヤーでは一分と耐えられないだけの攻撃が降り注ぐが、魔物三匹の体力は中々削れない。このままでは門の破壊は時間の問題であった。
「城門が壊されるかもしれないピンチ…!ここは俺の出番だな!」
「なっ!?おい、どこへ行く!?」
「勝手な事をすんなよ!話し合っただろ!?」
その時、一人のプレイヤーが勝手に持ち場を離れて城門方面へ向かって駆け出した。勿論、指揮官であるNPCやその指揮下にあるプレイヤーのまとめ役が止めにかかった。だが、そのプレイヤーは聞く耳を持たなかった。
「うるせぇ!俺よりも弱い癖に命令すんな!」
彼の名前はアーサー。『勇者』ルークのように闘技大会で優勝した訳でもなく、大きなクランを率いるリーダーと言う訳でもない。特にこれと言った肩書きを持たない彼がどうしてこのような強気な発言をしているのか。その理由はレベル50に到達した最初のプレイヤーであり、同時に人間から高位人間へと初めて進化を遂げたプレイヤーだったからである。
『全プレイヤーで初』だからと言って別に特別に優遇されてはいない。それは称号にも現れていなかった。しかし、彼はプレイヤーの中で最もレベルが高いと言うことをシステム的に証明されている。誰よりも先に進んでいる、という確信が彼の気を大きくさせていた。
「やってやる…あのボスモンスターをぶっ殺せば、俺も一躍有名人だ…!」
その自負が暴走し、彼は一つの衝動によって突き動かされていた。それは虚栄心である。そのためにこのイベントの元凶を自分の手で倒して見せようと言うのだ。
種族に王と名が付く魔物をソロで討伐しようと思えば最低でも相手と同じレベル帯にいなければ話にもならないとされており、加えてプレイヤーの中でも頭一つ抜けたプレイスキルが必要だ。彼はその事を彼は知らない。よって知識のある者達からすれば、彼の挑戦は無謀の極みでしかなかった。
「おい、そこの風来者!何をしている!?」
NPCの誰何する声を歯牙にも掛けず、彼は抜剣しながら城門の真上から飛び降りた。彼は今使える唯一の『奥義』を使う。わざわざ『奥義』を使ったのはそれが強力というのも理由の一つだったが、それ以上に他のプレイヤーに『奥義』を見せ付けて悦に浸るのが最大の理由だった。
「行くぜ!俺の『奥義』を食らいやがれっ!」
「あぁ?なんだ、あれは?」
ひたすら門を殴り続けていた獣鬼王だったが、ふと顔を上げると見えた自分に目掛けて落ちてくる小さな影に思わず困惑する。彼からすれば、現状最高レベルのプレイヤーも所詮は獣鬼騎士と同格の雑魚に過ぎない。その屑一匹で何が出来ると言うのか。
「奥義!飛天げぶはああぁぁぁ!?」
「そのまま食ろうてくれぇぇぇ!?」
結果的にアーサー氏が本人は必殺だと信じている『奥義』が陽の目を見る事も、逆に彼が獣鬼王に踊り食いにされる事もなかった。何故なら、突如として城門の真下が大爆発したからである。
「おおー、思ったよりも威力があったのだな」
その時、全ての元凶である骸骨魔術師は呑気にそう呟いたと言う。
遂に本格的な戦闘が始まった…かと思ったら即刻横槍を入れる主人公。
次回は1月13日に投稿予定です。




